クリントン前大統領の心バイパス術後認知障害
食事療法と運動療法を基本にした医療を提唱している(しかも、結構な額の短期指導ツアーも提供している)マックドゥーガル医師のブログより。
「現世代のもっとも知的な政治家の1人で、そのウィットと魅力、外圧の元でもなお穏やかな態度を保っていた事で知られるビル・クリントン元大統領が、2004年9月に心臓バイパス術を受けて以来、人格の崩れを進行させているのは、スピーチやインタビューの際などの奇行や失言をみても、明らかな事実である。
モニカ・ルウィンスキー嬢との不適切な関係が露呈し、世界中から非難されても、彼は政治的指導力を失うことはなかった。ところが今、彼は妻の大統領戦キャンペーンのインタビューでは、質問者にすぐに当たり散らし、単純な事実関係を取り違え、人種的中傷を平気で語る。誰もが彼の精神的・情緒的な衰退を感じているが、医学専門家は誰もその原因を語ろうとせず、援助しようともしない」。
マックドゥーガル医師によれば、クリントン元大統領の状態は「バイパス手術後認知機能障害(post bypass surgery cognitive dysfunction)」として知られるものなのだそうだ。米国では人工心肺を回すような手術で術後認知障害が起こったときは、「ポンプ・ヘッド」と俗称されるという。血液をチューブに迂回させるために血栓が生じやすくなり、有害物質も混じりやすくなると考えられているらしいが、そう詳しく検討されているわけではない。
2001年、バイパス術を受けた患者の4割に20%の認知機能低下がみられるという調査結果が発表されており、2008年にも、術後患者の5割にMRIで認められる脳変化が出現するという論文が出ているという。マックドゥーガル医師は、この術後合併症について、専門医たちが何ら声を発せず、そのため前大統領の憂うべき病状が揶揄と嘲笑の対象になっている現状に、いらだちと悲しみを感じているという。
バイパス手術後認知機能障害というのは、いかにもと言う病名なんだが、正直言うと今まで私は聞いたことがない。昔から、外科手術後に一過性のせん妄を示すことはよくあり、特に心臓手術の後には、食事もすぐに取れるからか、かなり深刻な精神運動興奮が続くことも多い。それが一過性に止まらず、持続性脳機能低下を来すことも、そうまれなことではない。
そもそも、心臓の血管が詰まるぐらいの状態なのだから、脳の血管だって詰まりかけているに違いない。まして、患者には当然高齢者が多いわけで、手術ストレスが悪化要因の一つとして働くのだろうというユルイ認識で、手術そのものが原因という風には考えられていないだろうと私は思うし、なにより「命が助かるのだから、多少のことはよしとしようよ」という意識が、医療側にも患者側にも存在するので、本格的な取り組みに至りにくいのではないかと思ったりする。
私も一昔前に、某先進的心臓専門病院で術後精神症状対策のコンサルテーションをしたことがあるが、もっぱら、せん妄対策の依頼がメインで、専門医が中長期的影響を問題にすることはなかった。私自身、独自に診ている高齢の脳血管性認知機能障害の持ち主には、バイパス術を受けた人がかなり多いという印象はあるものの、全身性の血管障害があるのだからこんなものか、という認識だった。
マックドゥーガル医師は正論を言っているとは思うのだが、バイパス術が必要となるような状態の人に、今さら食餌療法やら運動療法をやっても追いつかないわけで、外科的治療が重要な対応になるのは当然である。ただ、その際の短期-長期リスクについて、充分な説明と同意をえる努力がなされる必要がある。もちろん、術後の不具合に関しては、総合的な視点から対策を立てるべきなのは明らかだろう。差し当たって、「命が助かっただけ有り難いと思え」というのを禁句にすることからはじめるべきかな。

