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神は年金加入を許さない

2008年7月28日 at 10:52 pm in 医学・科学一般, 日常・随想 |

32才になるA子が私の外来を初診したのは、もう20年近く昔のことである。彼女は診察室で下を向いたまま、長らく逡巡している様子だったが、やがて意を決したかのようにこういった。

「私、もう夢も希望もないんです。どうしていいのか判らないんです」。かなりしっかりした口調でそう語ると、また口をつぐんで下を向く。まあこういうことはよくあるので、こちらも見当外れの促しなどをせずに観察を続ける。

彼女は全く化粧気がなく、あえて地味さを強調するような衣服に身を包んでいた。整った顔立ちからはそれなりの教養と利発さ、意志の強さが窺える。困惑を口にするものの、悲嘆に暮れているという印象はない。むしろ自分の訴えが理解されるかどうか、自信が持てないのであろう。

そこで、「どういったことに希望を持てないんですか?」と質問を向ける。彼女はちょっと間を置き、「私、滅びるしかないんです」、と答えた。「滅びる?肉体的に、ということですか?」と問い直すと、彼女はその後、結構雄弁に自分の苦境について語り始めた。

曰く、彼女は10代の終わりから某キリスト教系の新宗教を信じ、布教活動にも熱心に参加してきた。数年前、母親が脳血管障害で寝たきりになり、それを期に仕事も辞め、宗教活動と介助だけの生活をしてきた。教団の教えでは、やがてこの世には終わりが来て、義人たちはこの地上で復活し、永遠の命を得ることになるとされている。

彼女自身、聖書に書いてあるような終末と復活の印が、世界に表れていることを体験してきた。ほとんど何の楽しみもない毎日の生活も、永遠の命を得るためだと思えば、苦労だとも感じなかった。

ところがある日、知り合いが「国民年金」の手続きをした方が良いと忠告してくれた。彼女が以前の仕事を退職した時、年金更新をやっていなかったからである。本人にしてみれば、やがて終末が来るのに、老後の生活資金のことなど考える必要も無いだろうと思っていたのである。

しかし、彼女はその時あまり深く考えずに勧めのまま年金加入の手続きをとり、保険料の支払いを始めた。その直後、彼女は自分が神の教えに背いたことを自覚したのだった。終末を信じられない人間には、復活もあり得ず、ただ無にかえる死しかないという事実を前にして、彼女は恐れおののき、一方で軽く考えて手続きをした程度のことに対して、このような罰を与える神への憤りも感じたという。そして、そのように感じることが更に神の怒りを倍加させてしまうことにも彼女は気づいた。

「もうどうしようもないんです。まさか、あんなことでこれだけの罪を背負うことになるとは思わなかった。それは酷いと何度も考えた。でもそう思えば蟻地獄に引き込まれるだけなんです」。彼女は絶望と言うよりは、とんでもない演出家の手の込んだオチを見た観客というような泣き笑いの表情で訴え続けた。

一体、何故あなたはその年金加入によって、神から許されない存在になったと判るのか、と問うと、「今まで、神による救済の予兆だと受け取っていた様々なしるしが、全く別の邪悪な意味として感じ取られるようになったからだ」と言う。このあたりは詳しく聞いても堂々巡りで、許されないからしるしも変化したからだと、どちらが先かよく判らない。時には、神の怒りが直接自分の心に向られていることすら感じるとも言う。

診断レベルでは、抑うつ性気分変調による知覚変容なのか、妄想着想なのか判別しがたいところである。宗教的回向体験だと本人が自覚しているが、実は分裂病性幻覚体験の始まりであったなんてことはよくあることだが、この例ではこの妄想的体験は年金加入を巡るエピソードに限られ、他の思考や人格面の障害も認められず、日常生活もほぼ維持できているのである。うつ病圏の病態として対応すべきだと思われた。

ただ、抗うつ剤による治療は副作用ばかりで改善は得られず、結局少量の向精神病薬と抗不安剤の組み合わせが、本人の感情コントロールにいくらか有用であった。彼女はその後、二週間に一度程度の来院を続け、「あんなにがんばったのに、何でこんなことになってしまったんでしょう。ヒトラーだって神は最後にはお許しになるのに、私はその機会もない」と、愚痴を述べては、また母親の介護に帰って行く。

私は時折、彼女は神様を呪いつつも、その全能性を信じ続けていることとか、えらく狭量な神だと思おうとしているのではと指摘したり、彼女の信仰の中では、信者ではない母親はどんな位置であったのかなどと尋ねたりするが、冷ややかな視線が帰ってくるだけである。

彼女にすれば、神は全能にして論理の権化であり、中途半端なごまかしなど効かず、一切の日常的感情から隔絶していると体感しているのだ。私のやることは、薬物の調整と、彼女の愚痴を聞いてやることがすべてであった。

結局、そこの病院を退職するまでの数年間、私は彼女の通院治療に付き合った。悪くもならず、よくもならずだが、現状維持が出来たのはよしとすべきだったのかも知れない。彼女は初診のころと全く変わらず、「何でこんなことに」を繰り返し、それが惰性化することもなく、訴えの都度、忸怩たる思いがよみがえって来る様子だった。

彼女の母親はかなり長い間寝たきりということだったが、経過を見ていた数年の間も彼女に支えられ、状態悪化することもなかった。退職時、同僚に彼女の担当を引き継いでもう10年以上になるが、さすがに母親はもう亡くなられたかも知れない。

一家の生活費が母親の年金から出ていたこともあり、彼女に何らかの転機が来るのは母親の状態が変化するときだと思っていたので、その後どうなったかが気になる。母も看取りましたからと、案外、力強く社会に打って出ているようも思う。そう思うことで、私の役立たなさが救われるから、というだけの根拠なのだが。

(注)こういう記事を書くと、必ずプライバシーがどうのこうのと関係もないのに有り難い助言をする人が現れるので書いておくと、この症例は昔地方学会で報告するためにまとめたことがあり、その際に本人から公表の了承を得ている。今回、更に抜粋化、事実関係の変更で個人情報を削いでいるので、問題なかろうと判断している。

5 Responses to “ 神は年金加入を許さない ”

  1. # 1   Dr. Marks Says:
    7 月 29th, 2008 at 12:53 AM

    症例そのものは、私が読んだ限り、宗教学の分野では風邪引き腹痛の患者ほど一般的なものであり、それなりの対策の長い積み重ねがある。そうではあっても、相談する者と相談される者との具体的な「生」の関係は、一様な対応を許すものではない。(「生」の関係の中においては、相談すること自体が目的で来る場合もある。)

    >そこの病院を退職するまでの数年間、私は彼女の通院治療に付き合った。悪くもならず、よくもならずだが、現状維持が出来たのはよしとすべきだったのかも知れない

    そうかもしれない。それ以上の成果を期待してはいけないのかもしれない。しかし、そうだとしても、投薬意外に、精神科医がこの症例に具体的にかかわったことと「現状維持」の結果との考察がやはりほしいな、と一読者としては思ってしまう。それこそプライヴァシーかもしれないが。

    Mark W. Waterman

  2. # 2   小狸工房 Says:
    7 月 29th, 2008 at 1:07 PM

    ある日馴染みの船頭さんが真剣な顔つきで尋ねてきた。

    「アンタはいくらか学もあると皆も言うから相談するが、
    …もうじき神様の再臨があるから人間は誰しもとこしえの幸せが得られるという噂があるが、果たして本当かね」
    「とっつぁん、気を確かに持ってくれ!それこそ18世紀から何度と無く再臨の噂が立ち、その度に大勢が財産を処分し丘の上に集まったものだが、結局何も起こりやしねえ」
    「それじゃあいつまで待てば良いのだい」
    「五十六億七千万年も待てばちっとは何か変わるかもな」
    「弥勒菩薩様かい、ワシャそれまで待てるかのぅ」

    何かの落語のパロディみたいになりましたが、風の噂によると、少なくとも彼は日常生活は恙無く送っているようです。

  3. # 3   問題児 Says:
    7 月 30th, 2008 at 8:08 AM

    逆から見れば信心が足りないと言うことで。

  4. # 4   webmaster Says:
    7 月 30th, 2008 at 10:49 PM

    日本で臨床をやっていると、敬虔なキリスト教徒(この場合、そう言って良いかどうかは微妙)というものに接する事は希で、ましてや教義がその病像に多少なりとも関与しているような例はまずありません。伝統的社会で「神仏から罰せられる」という苦悩を抱く例(ほとんど中高年女性)は何度か診たことがありますが、その神仏はほとんど「世間」と同じものと言っていい。

    この症例のような困惑内容が、キリスト教信仰生活ではありふれていそうなのはなんとなく判り、そのあたりを俯瞰する視点から接していくことが出来れば、多少の治療的アドバンテージはあったかも知れません。実際にはごくごく普通の日本型不信心者として、彼女の日常的生活努力を評価し、支援するという視点だけから接し続けました。

    まあ時には、「神のものは神に、カエサルのものはカエサルへ、なんて言うじゃないですか」と、そう思い詰めなくてもという気休めは言いつつ。キリスト教と言うには多少怪しげな彼女の教団ですが、その仲間も基本的には同じような慰めをしていたようです。少なくとも彼らは、ちゃんとした宗教学的な観点から彼女の不安を解消する努力をすべきだったとは思います。それ以上に、やっぱ自分でも勉強すべきだったかも。

    そう悪化もせず(良くもならず)、通院を中断することもなく、何とか数年を過ごせたのは何故なんだろうと今でも考えます。基本的には、大した救いにならない成果主義的布教活動だけが評価されるような教団の教えに絶望し、グチをいう相手もいない閉塞的生活のバランスを取っていた、という単純な話だったのかも知れないな、と言うのが差し当たっての仮説。

  5. # 5   狼少年 Says:
    7 月 31st, 2008 at 10:28 AM

    年齢的に彼女もそろそろ年金生活ですよね。(まだ早いか?)
    几帳面に「受け取らない」と突っ張るのか、年相応に「清濁併せのむ」のか、知りたいです。^^

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