神は年金加入を許さない
32才になるA子が私の外来を初診したのは、もう20年近く昔のことである。彼女は診察室で下を向いたまま、長らく逡巡している様子だったが、やがて意を決したかのようにこういった。
「私、もう夢も希望もないんです。どうしていいのか判らないんです」。かなりしっかりした口調でそう語ると、また口をつぐんで下を向く。まあこういうことはよくあるので、こちらも見当外れの促しなどをせずに観察を続ける。
彼女は全く化粧気がなく、あえて地味さを強調するような衣服に身を包んでいた。整った顔立ちからはそれなりの教養と利発さ、意志の強さが窺える。困惑を口にするものの、悲嘆に暮れているという印象はない。むしろ自分の訴えが理解されるかどうか、自信が持てないのであろう。
そこで、「どういったことに希望を持てないんですか?」と質問を向ける。彼女はちょっと間を置き、「私、滅びるしかないんです」、と答えた。「滅びる?肉体的に、ということですか?」と問い直すと、彼女はその後、結構雄弁に自分の苦境について語り始めた。
曰く、彼女は10代の終わりから某キリスト教系の新宗教を信じ、布教活動にも熱心に参加してきた。数年前、母親が脳血管障害で寝たきりになり、それを期に仕事も辞め、宗教活動と介助だけの生活をしてきた。教団の教えでは、やがてこの世には終わりが来て、義人たちはこの地上で復活し、永遠の命を得ることになるとされている。


