病院へ行こう:入院処置編その2
ふと気付くと、枕もとに妻が付き添っていてくれていた。もう終わったのかと尋ねようとするが、うまく喋ることができない。だめだめ、まだ話すのは無理、気管挿管されているんだから、それに今はまだ処置中なんだし。
まだ処置中?声にはならないが、妻はそれに答える。難航しているみたい、標準処置では不整脈が止まらないんだって。すると、やはり説明にあった右心房内の焼灼を加えることになるのか。打つ手が残っているのは、まだラッキーと考えるべきか。
ところで、どうして君がここにいるのかな?たしか二週間前に、君の葬式をしたような気がするんだが。あなたの入院に重ならないよう、精一杯の配慮をしたつもりなんだけど、その辺に感謝が足らないような気がしてね、苦言ついでにちょっと様子を見に来たわけ。
そうだったのか、それは申し訳ないような……、心強いような……。礼を言わないとね……。そのうち、ぼんやりと濁った意識が加速度を感じ、自分がストレッチャーで移動し始めたのを知る。病室につく頃には、意識はかなりクリアになっており、思わず自分の脈をとるが、まだ手先の感覚が充分でなく、正常化したのかどうかまでは分からなかった。
多少残る眠気に任せ、ベッドでウトウトしていると、処置を見学していた長女が戻ってくる。「はじめは操作室のガラス越し、という話だったんだけれど」、自身も麻酔科医である長女によれば、担当麻酔科医の勧めでガウンに着替え、ずっと麻酔器のそばから処置を間近に見ていたという。
「肺静脈口を全部取り囲んで焼灼しても細動が止まらなくてね、三回カウンターショックをかけたんだけれど、それでも駄目」。なんでも私は仰臥位のまま、二代目博多淡海顔負けの空中浮揚を演じて見せたらしい。「結局、右心房にもカテ先を入れて処置を追加したら、やっとサイナスリズムに戻ったの」。その時カテ室には、おのずから拍手が巻き起こったそうな。
朝八時から始まった処置は結局昼ごろまでかかり、カテーテルを挿入していた部分の出血予防のためということで、その後夕方まで寝返りも、足を曲げるのも許されずにベッド上安静。薬で多少ぼんやりしていたから過ごせたようなもので、ここが一番つらい部分だった。
主治医の回診でも、ちょっと難治例だったと言われ、右心房のアブレーション追加でようやくおさまりはしたが、「心臓が低温ヤケドしているようなもの」なので、別の不整脈も出ることがあり、気をつけないといけないと。気をつけろと言われてもね。
翌日、ようやくクソ忌々しい尿道カテが抜かれ、病室内歩行が許される。二日ぶりに食べたお粥が矢鱈にうまい。結局、この日を含めて四日ほどゴロゴロと安静生活を続け、食道に火傷していないかを確かめる内視鏡検査を受け、やっと無罪放免。ただ、数か月はアルコール厳禁と申し渡され、そいつが今のところ一番の足かせ。退院祝いの乾杯もできないわけで。
この入院治療のために、妻を失ったあとの男やもめ生活というものに向き合う姿勢が、いささか曖昧化されてしまったような気もする。未だ機能が十全とはいえない心臓をなだめすかしながら、食っていくための労働に加えて、あの複雑怪奇なゴミ出しルールを理解したり、冷蔵庫の中身を腐らせないよう順序良く消費したり、洗濯物処理の適切な手順をこなせるようになるのだろうか。人生には、いまだ多くの課題が残されているのだなという思いは尽きないのだった。



10月 28th, 2008 at 8:20 PM
おそらく、そういった事であろうかと思っては居りましたが、やはり、そうでしたか。お悔み申し上げます。
10月 29th, 2008 at 12:24 AM
短期間に随分大変な御経験をされましたね。
無事生還された事をお喜び申し上げたいと思います。また、奥様のことお悔やみ申し上げます。
暫くは治療に専念されて、またちょっと毒を含んだ大人のユーモアで楽しませてください。
昨日よりも今日、今日よりも明日の一歩ずつの御回復をお祈り致しております。