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クリスマス・キャロルとレビー小体病

2008年12月24日 at 11:56 pm in 今日は何の日, 医学・科学一般 | 3 コメント »

chrismas_carol_s世紀英国の国民的作家、チャールズ・ディケンズは多くの作品を世に残しているが、とりわけクリスマス、ということで思い出されるのは「クリスマス・キャロル」であろう。

私はこの話を数枚の絵にまとめた絵本を幼児期に読まされ、ホラー話の原体験となったのをいまだに記憶している。その後、子供向けリライトとか漫画では読んだが、ちゃんとした翻訳を読んだ覚えはない。

何回か映画化もされ、TVの洋画劇場で放映されているはずだが、それがビル・マーレー主演の翻案物であっても、もう一つ見る気にならなかったのは、幼児期の衝撃がいまだに持ち越されているせいなのかもしれない。

それでも、有名な話なのであらすじは一応知っている。クリスマスイブを孤独に過ごす強欲な偏屈爺さんのところへ、死んだ仕事仲間の霊や「過去のクリスマスの霊」、「現在のクリスマスの霊」、「未来のクリスマスの霊」が現れ、様々なビジョンを見せて爺様の人生を総括させる。爺さんはあっさりそれまでの嫌われ者生活を悔い改め、えらく気前のいいハッピー爺様に変身するという話である(細かなところは怪しいが)。

あんな不思議で衝撃的な体験をしたら普通は大混乱になって、余計偏屈さに磨きがかかってしまうのではないか。キリスト教信仰というものがバックにあると、神様の導きという風にポジティブな捉え方になるのかもな、少なくともどんな導きであれ、自分のところには妙な精霊などは現れないで欲しいものだと、子供時代には思ったものだった。

それはさておき、主人公のスクルージ爺さんの体験は、単なるアレゴリではなく、ある疾患の詳細な記述なのだという主張が、二年ほど前、ある医師によって提出されている。一度それについて書いたことがあるような気もするのだが、自分でも見つけられないので、もう一度まとめてみる。

WPによると、ディケンズという作家は、プロットの巧みさと言うより、緻密な人物描写に定評がある人なのだそうである。彼は19世紀英国の人々の生活やその行動特徴を実にリアルに記述したため、後年そこから定型的症候群を取り出すことができた例が少なくとも二つあるのはよく知られている。

一つは「ピクウィック・ペーパーズ」という初期作品に登場するジョーと言う人物が示す、超肥満と呼吸困難に日中すぐに眠りこける嗜眠という状態で、これは1950年代に定義された肥満低換気症候群を過不足なく記述していたため、この状態をピクウイック症候群と呼ぶほどである。

別の作品では、今日、失読症とされる障害をもった人物も登場し、これも疾患概念が形作られる50年以上も前にその症候が正確に記載されている。しかし、こちらにはディケンズ作品の名前がつくことはなかった。

そうした視点からクリスマスキャロルを見直してみると、主人公スクルージの霊との出会いはどのように説明できるだろうか。偏屈で社会的には孤立しているものの、ちゃんと自立した経済生活を送っていた高齢者が、あるとき突然、かなり主旨一貫した幻覚体験に襲われる、という病像はどんな疾患によってもたらされる物なのだろう?

アルツハイマー病などの痴呆疾患の場合、全く社会経済的営為に問題がない状態から突然幻覚症状というのは考えにくい。高齢発症の分裂病とか、うつ病圏の疾患でも同じことがいえる。

では脳血管障害か?軽度意識水準低下をきたすような限局的なものでも、一過性であれ、けいれん、麻痺、脱力などの運動面の症状を伴うものだ。それに、軽度意識水準低下状態では持続した幻覚体験をきたすことはまずない。分別もうろう状態というのもあるが、病状はかなり異なるものだ。

先にリンクした記事を書いたリサ・サンダース医師は、「レビー小体型痴呆」だろうと診断する。この疾患単位は、1980年に日本の研究者によって提唱され、当初は稀なものだとみなされていたが、現在では痴呆性疾患の二割強を占めるとみなされ、しかも次第にその率は増加しつつある。

今まで、他の痴呆疾患に伴うせん妄状態であるとか、理解力低下のために二次的に幻覚妄想状態をきたしたと考えられ、大雑把に分類されていたが、その症状を詳細に分析すれば、明らかにアルツハイマー病や脳血管性痴呆とは、別の病像と経過を示す疾患が浮かび上がってきたわけである。

などと言いつつ、私もこのレビー小体型痴呆を、実際にそういう診断を別の医療機関で下された人を自分で見るまで、別の疾患だと知ることはなかった。なんとなく、経過や薬物の反応に違いがある一群があるなぁ、とは感じていたものの。

レビー小体型痴呆をかなり大雑把にまとめると、従来、パーキンソン病の際に中脳周辺に沈着することが知られていた、レビー小体という脳細胞内の変性物質が、大脳全体に沈着して脳機能が低下していく疾患である。

昔から、パーキンソン病の際に痴呆が来ることがあるのは知られていて、また痴呆性疾患の経過中にパーキンソン症状が出現することがあるも知られていた。あんまり治療手段がないこともあり、これらは末期状態の仇花的なものだろうと、そう深く追求されてこなかった。

それらのかなりの部分は、レビー小体型痴呆のバリエーションであった可能性がある。定義上、死後に脳組織を顕微鏡で見ないとこれらの病名はつかないのだが、症候学的にもかなりの違いがあるため、次第に診断される機会が増えてきた。

症状の特徴は、初期には痴呆よりも幻視を中心とする幻覚症状が目立つと言う点にある。幻覚に対する態度が割合冷静なのも一つの特徴で、「枕元にずっとおかっぱの女の子が座っているんですよねぇ」などと落ち着いて語られるので、こちらが逆にギョッとすることもあるほどだ。

一般に用いられる抗幻覚作用のある薬に対して、かなり強い副作用が出るのも特徴で、これはもともとのパーキンソン症状の悪化として理解できる。普通の抗幻覚剤はまず使えず、かなり効果が期待できるのは、アルツハイマー病に使われるアリセプトである。

もっとも、この薬に対しても結構パーキンソン症状が出るので、ほとんどの場合、ドーパミン作動薬という抗パーキンソン剤を併用し、アルツハイマーに使用する量の半分から3分の1ぐらいのアリセプトを処方することになる。そうすると、健康保険の審査係から、「何でちゃんとした薬用量を使わないのだ」とお叱りが来たりするのも面白い。その分安上がりになるんだから、いいんじゃないですかねぇ。

クリスマスキャロルのほうに話を戻すと、痴呆症状の既往がなく、ある時突然主旨一貫した幻視幻聴が出現していて、その上、ディケンズによるスクルージの行動描写からは、彼が筋強剛、歩行障害などのパーキンソン症状を示していることが読み取れるのだと言う。

ディケンズは58歳と、比較的若くして死んだが、その生活史からはレビー小体病を思わせる疾患があったとは思えない。彼の周囲にいた類縁疾患を抱えた人を観察して、スクルージという人物を描いたのであろう。

ただ、スクルージがその不思議な体験を通じて、それまでの生活を悔い改め、回向にいたるというもっとも重要な部分は、レビー小体型痴呆という疾患によって説明できるわけではない。私のような罰当たりには十分理解できないものの、世の心清き人々には奇跡がもたらした当然の回心の物語として、いつまでも記憶されていくことだろう。って、ちゃんと読んでないのに言うのもなんだけど。

3 Responses to “ クリスマス・キャロルとレビー小体病 ”

  1. # 1   Dr. Marks Says:
    12月 26th, 2008 at 7:57 AM

    「改心の精神病理学」という昔流行ったおどろおどろしいものになるのかと思って恐る恐る終わりまで読んでみて、「ほっ」としたところです。Merry Christmas!

  2. # 2   webmaster Says:
    12月 26th, 2008 at 11:25 PM

    かんぐりのレベルが通用するところでは、それなりのおしゃべりをするのもいいが、安易な了解を拒む病的現象については、詳細な観察と記述を重ねるに止めましょうね、というのがヤスパースの教えであると理解しております。

    それを守ってきたおかげで、それほど恥もかかずにこの業界をわたってこられたように思います。

    どんな学派であれ、精神病理学の言葉で物事を説明するというのは、なかなかの誘惑で、それでいい加減なことを言って飯を食ってる人もいますが、やはり業界人としては認められるものではない。大体、生業として効率悪いし。

    ブログなんだから、もうちょっとハッタリかましてもいいのではないかとも思うのですが、それを一貫していく元気もないというのが正直なところです。

    遅れましたが、Merry Xmas & Happy New Year!.

  3. # 3   元院生 Says:
    12月 27th, 2008 at 5:22 PM

    >詳細な観察と記述を重ねるに止めましょうね
    まったく同感で、それは僕の業界では守られていません。何故かって、シミュレーション(それなりのおしゃべり)が流行過ぎなもので。モデルが先にあって、それに合うように『観察と記述』の表現方法を変えるってのが主流です。レフェリーもそれを要求する時代ですんで。

    それはそうと、文学に現れる科学的記述って、色々な分野でありますよね。それを徹底的に調べると面白いだろうなあ、と思いつつも、それをやると生活に困るので、中学高校生の自由研究に期待するしかありません。

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