引越しは子供を自殺に追い込む?
購読しているMLに、ある精神科医が文化的事象について散文を書いておられるものがあり、正直言ってそう面白くは無いが、精神医学をかなり即物的な商売にしようと努力されている姿に興味を引かれるので、そのまま購読している。一時よく見た「情報商材」関連のビジネスを企画しておられるようで、私も老後の小遣い稼ぎに応用できればいいな、なんて考えるのである。
いつもは題目を読んで、削除するだけなのだが、今回、子供の自殺率と転居回数は相関するという論文の紹介があったので、珍しくその部分を読み込んだ。参照されている論文は”Frequent change of residence and risk of attempted and completed suicide among children and adolescents.”(頻回の引越しと小児期思春期の自殺企図・完遂との関連)デンマークのオルフス大学の研究者によるものである。
私は当然無料の抜粋しか読んでいないが、件の先生はちゃんと中身も読んでおられるようで、そこから得た数字も引用しながら説明したい。デンマークで1978年から1995年の間に生まれた子供全例を対象にその後を縦断的に観察すると、11~17歳の間に自殺企図した例が4160例、自殺完遂は79例あった。(どうも、17歳以降の自殺は考えに入れていないらしい。よく判らんが)(追加:2007年度のデンマークの人口、出生率から、ものすごく大雑把な計算をすると、17年間の出生総数は約100万人になる)
そして、自殺企図例の55.2%は3回以上転居経験があり、逆に10回以上の転居した経験の割合は、対照群では1.9%であるが自殺企図例では7.4%になるという。著者たちによれば、引越し回数が増えれば増えるほど自殺企図例が増え、これは出生時要因や出生順序、生育地、父親との関係性、両親の年齢などを補正してもその傾向は同様であったと言う。
患児の精神疾患病歴、片親もしくは両親の喪失、両親の精神疾患病歴などで補正すれば、この傾向は弱まったが、なお有意な差が見られたという。頻回の引越しは子供たちにストレスとなり、自殺企図を増加させるというのが抜粋での結論。例の先生によれば、転居が多い親は、転居の必要性、小児に対する影響を最小限にとどめる転居の仕方、転居にあたり小児を積極的に関与させる方法を考慮する必要がある、というのが著者達の結論だとしておられる。
これを読んで、引越しが大好きだった自分の少年時代を思い出し、なんとなく唖然としてしまった。そんなに定住することは立派なことなのかね。新しいところで暮らせば、アホな教師や下らんクラスメートとの関係もチャラになり、新しい人間関係がまた始まるのである。過去の人々との関係は思い出にとどめておけばいい。がんじがらめの人間関係に閉ざされるのがいいこととは思えないぞ。
これは私だけがそう思っているわけでもない。何しろ、孟母三遷ということわざだってあるぐらいだ。愚かで閉塞的なしがらみをチャラにして、自由で新しい生き方を見つけることの可能性は、どんな努力をしても得るべきことだと、いにしえの人も主張しているのである。
そりゃ、サーカス少年や旅回りの劇団員でもないのに、子供時代に10回以上も引越しに付き合わされるとなれば、それはちょっと身体的にキツイだろう。でも、大概の引越しには合理的理由があるのだし、新たな期待の方が大きいのではないか。生息地を変えないことが一番と言う、そう根拠があるとも思えない押し付けを合理化するのに、こういう論文が利用されるのはかなり危険なことだと私は思う。
論文に関して言えば、ある期間の一国家総出産を対象にしていて、自殺完遂者は79例なのである。そのぐらいの数なら、統計だけでごちゃごちゃ言わず、ちゃんと全例個別調査をすべきだと私は思う。そこから4160例に敷衍した結論を導くべきだ。大体、引越しが多いほどというが、例えば生後数ヶ月ぐらいのときの引越しもカウントするのだろうか。16歳ぐらいになれば、逆にまた関係なくなるようにも思うし、その辺どう考えているのかよく判らない。
わたしは物心がまだつかぬころに3回ほど引越しし、その後小学校4年までの間に3回、計6回引越ししているから、この論文でいえばハイリスク群に近い。確かに、循環性気質に分類される性格傾向はあると言えるが、そんなもの、全く固定的では無い。人はそんなにベタで一面的な性格なんぞに、どんな状況でも閉じ込められているものではない。コメディアンが普段は無口で人嫌いというような例は良くあること。
私は、人間というものは閉ざされた関係性の中で、ある意味煮詰まってしまうことが最大の危機だ、という必ずしも共有されない洞察をメインにこの仕事をやっている。狭い人間関係で自己確立し他者に優越するという、一般的には人生の目標だと考えられていることは、かえって危機を生むと考えるのである。
「新しい環境適応に伴う苦痛や心労」なんて、そんなにたいした事ではない。もしそれが大きなストレスになるとしたら、どう暮らしの外部的環境を変えても新たな可能性を見出せない、より大きな絶望の側面をみる必要があると思う。
とにかく、定住と関係性の持続が何より大事なんて、いうなりゃ百姓が一番立派というような浅くてクサい人間のとらえ方に、この論文が利用されることは何としても防ぐ必要があると、かなり真剣に思う。
「共同体を解体するヘゲモニーに反旗をひるがえすのは悪いことなんだよ」
「スズキさんの休息と遍歴」(矢作俊彦)より



9月 17th, 2009 at 11:43 PM
0歳~17歳までの引越し回数をカウントしたら10回になりましたら・・。ブラボー!
9月 18th, 2009 at 12:21 AM
自殺するような環境を経験したから引っ越ししたという逆の因果を差し引いていないんじゃないでしょうかねえ?
9月 18th, 2009 at 9:30 AM
自殺企図のせいで住みにくくなり、引越しするという因果もあるはずで、相補的になっている事象を一方向だけからみれば、「引越し回数が増えればその分自殺企図も増える」という単純な結論が強化されるばっかりでしょうね。
9月 18th, 2009 at 5:42 PM
webmaster、同業です。リエゾンから転職して、健康管理にまわりました。「煮詰まってしまうことが最大の危機だ。」激しく同意です。自殺問題は、自由を放棄しないということが鍵になるのでは。
9月 19th, 2009 at 5:05 AM
子供の自殺はどこまでもレアケースであり、引っ越しなんかよくあることなのだから
そのふたつを結んで何の益がある訳もないのは自明だと思えますが
大まじめにそんな研究発表して致命的に株が下がるとか、あほ扱いされて出世に差し支えるとか無いのかなあ
こと精神医学業界では多少のお茶目も許されるみたいな空気が内輪にあるのかと勘ぐってしまう
9月 19th, 2009 at 7:56 PM
これを紹介していたMLを始めとして、お茶目どころか結構大真面目に「引越しの弊害を世に訴えよう」なんてスタンスで取り上げていた同業者サイトは結構ありました。ちょっと、暗澹とせざるを得ない。
9月 22nd, 2009 at 12:44 PM
> 新しいところで暮らせば、アホな教師や下らんクラスメートとの関係もチャラになり、
極道教師や不良同級生が待っているかも知れません。
> 大概の引越しには合理的理由があるのだし、新たな期待の方が大きいのではないか。
親の立場では、新天地の職場とか、夢を実現したマイホームとかがあるのでしょうが、
子供の立場では、必ずしも喜ばしい理由にはならないように思います。
私は子供時代に、引越しを1回しか経験しておらず、
しかも、それは、親がマイホームを建てたからであり、
住環境は明らかに改善されたのですが、
それでも、子供心に引越しは嬉しいものでは無かったです。
ただ、それでも、引越しと自殺とを相関付けるのは、
無理があり過ぎるように思います。
9月 23rd, 2009 at 9:56 PM
新天地には理想に近い物がある、という思い込みはあまり健康的ではないでしょうね。
要は、人間どこに行こうが仮の住まいなんだという相対的な感覚、土地なんぞに縛られるものではない、カタツムリよりはスズメに、釘よりはハンマーになりたいという思いが自分の生活感覚になったのは、やはり何度も引越しを体験したことから来ていると私は思います。
そんな私も二度ほど引越しを契機に陥込んだ事がありますが、それは二度とも家を建てて定住するという前提のものでした。
郊外の新興住宅街でマイホームを持つというのは、政策的に刷り込まされた人生の理想の一種になっていますが、それを3回ぐらい繰り返した経験から言えば、あれほど非健康的な人生の目標はないと思いますね。
民主党政権は、今までの持ち家政策を積極的に解体し、賃貸住宅のスムーズで安価な提供を追及すれば、多くの世帯の可処分所得向上(=内需拡大・成長率回復)と、住宅関連産業振興が実現するだけでなく、おそらく自殺率も劇的に減少すると思います。
9月 29th, 2009 at 7:41 PM
>郊外の新興住宅街でマイホームを持つというのは、政策的に刷り込まされた人生の理想の一種になっていますが、それを3回ぐらい繰り返した経験から言えば、あれほど非健康的な人生の目標はないと思いますね。
家は建てるまでが楽しいと思います。それに、幼少期に同じ土地に3年と腰を据えた事が無い身としては、どうも「腰を据える」事自体普通でないような気がして、3年経つとどこかへ越したくなる感覚になります。これは、私ばかりでなく、同じく幼少期から引越しを繰り返した私の夫も同じ事を言っています。転勤族の師弟は同じような感覚を持っている人が多いように思われますがどうでしょう。