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分裂病者の時間体験

2009年10月26日 at 10:07 pm in 医学・科学一般 | 2 コメント »

愛読ブログであるKyupin先生の日記に「患者さんの過去の出来事について」という記事がアップされていた。分裂病(ゴメン、私はどうにも「統合失調症」という間抜けな病名に馴染めない)の患者さんが、とんでもなく昔のトリビアルな記憶について、脈絡なく話しだすことがあると指摘しておられる。

確かにそのとおりであるが、それについての考察があるかと期待したが、「単純に考えれば『思考の障害』であろうが、ある種の『認知の障害』と言うこともできる」と言う指摘のみで、さらりとまとめられていた。Kyupin先生のことであるから、これをもっと追求していたら、かなり面白い議論が展開されたのではないかと思った。そこで力不足ながら、私がそれを幾分なりともやってみようと思う。

私がはじめて、分裂病者の体験には時間的な軸に大きな変容があるのではないかと思ったのは、まだ研修医のころだ。初発の患者さんや、慢性期ながらなお活発な異常体験を訴えている人の話を聞き書きしていると、どうにも言語的表現に混乱が生じるのである。ごく単純な言い方をすると、彼らの訴えは「食言」だらけで、聞き直すたびに内容が揺らぐのである。

「えぇー?さっきは違うこと言ってたじゃないの」と、不安定だからうまく言葉にならないのだろうと、「つまりこういうことですよね」と修正し、何とかストーリーに継ぐのだが、どうもその中身は彼らの訴えの切迫性とは微妙にずれる印象があるのだ。あれほど真剣に妄想内容を訴えていた人に、その中身を要約して伝え返してもなにか他人事で、場合によっては「そんなの知りませんよ」と、否定されてしまったりすることもある。

妄想内容を隠蔽したいというバイアスがあるのだろうな、などと納得しようとしていたが、それだけでは説明が付かぬようにも感じた。異様なファンタジーとかホラーの極端なものとして、妄想内容を言語化することは出来ないんだろうな。それこそ、「了解不能」なんだからと思う一方、多くの病者はその体験を言語化しようと必死になっているのだから、それをより彼らの側に踏み込んで理解することは出来ないだろうかとない知恵を絞っていたものだった。

この時期に、理論的な面でヒントになったのはK.Conradがゲシュタルト心理学の立場から唱えた、分裂病者の体験野構造の変化、という視点である。Conradは聖なるものの顕現という場面に使われる神学的用語を使い、病者が体験する世界の変容をTrema(トレマ:場怯え)に始まり、Apophanie(アポフェニー)という新たな意味が示現する時期を経て、Anastrophe(アナストロフェ)という自己を中心に世界が回転し始めるような意味体系の変換に至るのだと説明した。(解説はこの辺が適当か)

そんなの、コンラッド(ドイツ人だからコンラートか)が妙な言葉を使っただけじゃないかと言われたらその通りなのだが、これを「妄想気分」、「妄想知覚」そして「関係妄想」という、併置的な症状用語に置き換えて比べると、コンラッドの説明は初発期の分裂病者の体験を、その中身に触れないまま、ダイナミック、且つ構造的に捉えていると思えるのである。もちろん、それを感じるのは患者さんたちではなく、彼らの訴えをうまく掬い上げられないと感じている我々、つまり精神医学の業界人なのだが。

コンラッドの説明は、あくまである時間軸の1点からみた空間的な体験野についてであるのだが、私は時間軸に対しても同様な変容があるのではと考えた。そこでは、時系列的な因果にも混乱が生じ、未来が過去の原因となったり、過去が今なお決定されておらず、現在を揺るがせ続けているような体験もありうるのではないだろうか。

そして、そういう視点から食言的妄想ストーリーを語る患者さんの話を聞いてみると、これがなんとぴったりと彼らの体験を捕らえるのである。ある慢性患者は、初診の病院で体の中に機械を入れられ、それを電熱器で熱せられて苦しめられるという被害妄想をもっていた。それはもう50年以上も前の事なのであるが、彼にとって、その電熱機は今なお彼の体に作用していて、過去の迫害者は過去の時点でさまざまな新機軸を展開して彼の苦痛を増そうとし、その結果は今ここに現れるのである。

私だって、「妄追想は過去の時点の障害ではなく、現在の障害である」という精神病理学的な定義は知っていたが、そういう一面的なものではなく、彼は未来における自分や同盟的救済者の反撃もその妄想に取り込んでいて(妄予想というべきか)、それは迫害者に対する彼自身や救済者の戦いの経過の表現として、彼の今現在の苦痛と安らぎの度合いとして体験されているのだった。話を聞くたびに内容が変わるのも、まあ当たり前のことだった。

話が飛びすぎていて、何のことか判らんと大概の人に言われるのは承知の上で、この時間軸の変容をほぼ自分の力で見出せたことは私の業界人としてのキャリアには大いに役立った。私は真面目に文献を当たるようなことはしないので、そんなこと、とっくにみんな知っているよと言われる可能性も大いにあるのだが、少なくともGoogle先生に聞く限り、同じようなことを言っている人はいないような気がする。この辺はもしかしたら似たようなことを(もっと適切に)言っているのかも知れないが、金が必要なので中身は確認していない。

一部のインテリに評判のいいキム・ラビンじゃない木村敏は「ものとしての時間、こととしての時間」などと、なんだかよく判らんことをいうのだが、私は単純に分裂病においては時間体験が障害されていると指摘しているだけである。今後、脳科学の側面から分裂病の本態を極めようとするなら、分裂病障害の基本的視標が必要だろうが、これを例えばDSMⅣにするなら、そもそも診断の均質性が問われるのである。私としては、この時間体験障害を視標とすれば混乱を避けられるのではないかと密かに考えている。

肝心なことを最後に残したが、それではこういう理解は今何か治療に役立つのかということには触れておかないといけないだろう。正直言って、それ自体はあまり役には立たないが、薬物療法の効果判定と、面接の省力化には大いに役立つ。なにより、話するたびに中身が変わる慢性妄想患者とか、初発期に話を理解されず、無力感をつのらせる人々に、話の勘所を比較的ちゃんとつかんでくれる人として接することが出来るのは、大きなアドバンテージであろう。

こいつ、ついに頭にきたなと思われても仕方がない内容で申し訳ないが、Kyupin先生の鋭い指摘に触発され、つい秘伝にもならぬ分裂病への対応テクニックについて長広舌をふるってしまった次第である。「統合失調症の人のそれ(過去の記憶)は、なぜその話が突然そこで出てきたのか意味不明のことが多い」とKyupin先生は言われるのだが、私に言わせればそれは、現在を直接揺るがせ続ける過去という名の鉱脈がそこに露頭しているのだ。

注:私は妄想的内容について述べているが、Kyupin先生は妄想的な内容ではない、多分事実としての記憶に触れておられるので、問題意識はかなり違うと思う。しかし、事実としての記憶においても、現在とのかかわりは変容している場合があるのは当然だと思う。

2 Responses to “ 分裂病者の時間体験 ”

  1. # 1   通りすがり Says:
    10月 27th, 2009 at 10:07 AM

    状態の悪いときは、過去の時間軸がぶれる(どれが先のことで、どれが後のことかわからなくなる)、ことがあります。
    なるほど、納得です。

  2. # 2   二人目 Says:
    10月 29th, 2009 at 7:39 PM

    そう言えば、会話ではレコードの針が前後に飛んでいる様な感じと、行動面では凄まじい過去の事象を現在の行動の基準にしているような感じと二種類感じます。

    ここを読むまで気が付きませんでしたが。

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