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家庭争議:冗談関係の疎外形態として

2009年12月7日 at 11:16 pm in 医学・科学一般, 日常・随想 | コメントは受け付けていません。

引き出しの奥から、昔々の研究会レポート原稿が出てきた。20年以上前の「ニューアカ」ばやりのころのものだ。本物はもっとくだくだしい考察が書かれているが、ここでは大幅に割愛し、今の考え方も加えて書き直してみた。

症例は例によって、本人が読んでもわからないほど大幅に翻案してある。「個人情報」がどうしたというような、人に説教できる機会を見つけたいだけのつまらんおせっかいには取り合わない。

ある時、40台の女性が私の外来を訪れた。夫が付き添ってきたようであるが、彼女だけが入室してくる。表情は苦悶に歪み、瞼は涙で腫れぼったい。曰く、自分は会社員として20年来働いているが、今朝仕事に行こうとしても体が動かず、玄関で踞ってしまったと。

数年前から精神的変調を自覚していたが、ここ1~2年がとにかく辛い。仕事はいそがしく人員は足らない。同僚は協力してくれず、自分だけに負担がかかってくる。一応、眠れるし食欲もあるので身体だけは持っているが、職場で思わず泣き出したこともある。

そんな風に立て板に水のごとく現状を述べる彼女を見て、私は少々困惑する。正直、仕事の不満を言われてもなぁ。嫌なら辞めればいいのでは?と言うしかないぞ、と思うのだ。

そんな私の思いを見てとったのか、彼女はしばしの沈黙の後、また話を続ける。本当は一番辛いのは家庭内なのだと。夫と実母の関係がうまくいかず、いつも家の中はギスギスしている。間に入ってとりなそうとするだけで胸苦しい思いをしてしまう。

母は一人娘である自分の結婚に養子縁組を求めた。しかし夫となる人は長男だったので、そうはせず、嫁の家で暮らすことで妥協した。長男を家に入れた引け目もあったので、母は自分の蓄えから夫の実家に医療費の援助をしたり、近所に住む夫の兄弟への住宅資金融通などをしていた。

向こうの両親が相ついで病死した数年前から、母親と夫の関係が目に見えて悪くなり、家の中はちょっとしたことがきっかけで起こる言い争いが絶えなくなり、自分は一応正論を言う夫について、母親に意見することが多くなった。

母は夫を失った後、女手ひとつで子供を育て、一応の蓄えも作って家も建てたやり手で、その分気も強く口も達者なので、自分はつい相手を傷つけるようなひどい言葉を吐いてしまい、それを後で悔やむ。

夫は鷹揚というか、母親が求めるようなきっちりとしたこと、例えば子どもたちの躾とか、教育方針などを細かく指図されるのを嫌う。困ったときに考えれば良いではないかという考え方。お金で苦労したこともなく、母が身を削る思いで実家に金を工面したことへ感謝の念も持たない。

ある時言い争いの末、その金のことが問題になって、「それならそんな金は返す」と夫が言い、彼の兄弟のところに本人が電話することになった。弟は「金を借りた?何の話ですか」ととぼける。問題なら裁判でもやりますかという言葉を聞き、何という人たちなんだろうと憤り、その気持ちの持って行き先がさらに無くなってしまった……。

私は基本的にクライエントの「訴えの形式には注意を払うが、その内容には興味を持たない」という主義なので、このあたりですでにうんざりしていたが、この夫の兄弟が無茶なことを平気でいう(もちろんそう思っているのは本人とその母親だけだろうが)と訴えたところで、その「中身」に急に興味を覚えた。

これ、人類学でいう冗談関係(ジョーキング・リレーションシップ)じゃないか。それはアフリカから広くアジア・太平洋諸島にまで広がる親族間の慣習で、ある関係の間にだけ、タブー破りとなるような罵りとか逸脱行為が許されると言うものだ。

伝統社会で「女の交換」という目的のために定められた様々な権威的秩序を、その枠の中で茶化すような慣習があるわけだ。そこでは集団内の厳然とした世俗的ルールと、反権威的な祝祭的反秩序が仲介されているのだ、なんて言うような構造機能主義的な説明がされていたような記憶があった。

意味があるとも思えぬ本人や実母の「家」へのこだわりを、比較的自由な立場でありつつ、なお「男を譲渡した」債権が未だに回収されていないと感じる夫の実家親族が、冗談関係となって本音をあらわにしているのである。

母親は相手の無法さを責めるが、そもそも自分たちの家へのこだわりが無効であることには気付かない。本人はほぼ母親と同一化しているので、夫やその実家成員への苛立は共有しつつも、それを生む原因が自分たちであることをある程度自覚しているが故に、その攻撃性は母親と自分に向かうのであろう。

この症例は、結局口喧嘩しながら、仲良く憎み合いながら暮らしていきましたとさ、というような話で落ち着いたような記憶がある。家にこだわらず、まず今の生活だけを考えれば良いのでは、というような当たり障りの無いアドバイスが、そこそこ効果があったのかもしれない。その後の臨床で、親族間の不和問題を「冗談関係」をモデルとしてみるという視点が、結構役に立つと言うのを、初めて体験した例でもあった。

今でも、こんなふうに妙に昔ながらの「家」にこだわる家族をみるが、あほらしい事だと思う。そうした家族はまず、疎外された「冗談関係」が巻き起こす憎しみと不和を、必ずと言って良いほど纏っているものだ。家族はやはり解体されるべきものだと、私はかなり本気で思う。

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