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Ghost in the shell症候群

2010年1月6日 at 10:47 pm in 未分類 | 2 コメント »

正月早々、院内各科回り持ちで行われている研究会の順番が回ってきてしまい、演題を出せと迫られたので仕方なくレビー小体病を題材にすることにした。一般身体科の医師たちには精神療法的なテーマより、脳の器質的障害が明らかな疾患について話す方が良かろうと思ったからである。

レビー小体病と言うのは以前にも触れたことがあるが、今までアルツハイマー病と一緒くたにされていた一群から、日本の研究者が別疾患として取り出したという経緯がある。まず、死後の解剖によって、神経病理所見が積み重ねられ、症状レベルでの診断が可能となり、薬物的介入も出来るようになった。

正直言って、不勉強な私がこの診断名を知ったのはほんの5年前で、それまではアルツハイマー病の中にはちょっと変わった症状と経過を示す一群があるなあと言う、漠然とした印象を持っていただけだった。疾患単位として一度認識すると、これには様々なバリエーションというか、スペクトルの広がりがあるように思われる。

スペクトルには3軸あり、ひとつはいわゆる認知症状、要は痴呆である。二つ目がパーキンソン症状、最後は私が一番注目するREM睡眠関連の障害である。この3軸が様々に組み合わさって現れ、臨床像を複雑なものにする。症状進行が進み、末期に至ると痴呆に加え、パーキンソン病末期と同じ状態になりうるが、それよりはかなり進行が遅いように思われる。

お年寄りが突然生々しい幻視を訴えるような例は、老人ホームなどからしょっちゅう相談が舞い込むものだ。普通の幻覚妄想なら、時系列的な因果も無茶苦茶になって大混乱になり、対応にはかなり注意が必要である(といいつつ若い人と比べて圧倒的に薬の効果が高いので、スタッフさえしっかりしていれば、そう困ることは無いのだけれど)。

その点、訴えの奇天烈さの割には結構抑制された態度を維持出来ているような場合、レビー小体病の範疇である可能性が高い。「窓から次々に忍者が入ってくるんですのよ。そしてベッドの周りに隠れるんです。どんどん入ってくるのに、みんな隠れてしまうのが不思議で、それはやはり忍者だからなんでしょうね」。

あるホーム入所中の清楚な老婦人は、そんな訴えでスタッフを慌てさせ、何とか入院させてくれと頼み込んで来たのだが、彼女が示す上肢の振戦と、軽度のパーキンソン歩行障害、それに幻視に対する距離をおいた態度が、レビー小体病を疑わせた。この状態への定番処方である、アリセプトとドーパミン作動薬のセット処方で、この老婦人の症状はほぼ消失し、入院の必要(と言うよりそれを求めるスタッフの不安)はなくなった。

この状態で本人が訴える幻視症状は、私がそう思うだけかもしれないが、基本的にREM睡眠障害症状であるようだ。入眠時幻覚と同じようなものだが、眠ろうとしていない状況でも出現する。症状改善後も眠りの浅さ、多夢を多くの人が訴えるため、少量の抗うつ剤(SSRIではダメ)が必要となることが多い。

逆に、ほとんど認知症状やパーキンソン症状が目立たないのに、このREM睡眠関連障害だけが目立つ准高齢者がいて、こういう例には今まで抗うつ剤だけで対応していたのだが、今ひとつ効果が乏しかった。そのうちの一人から、なんとなく歩行がおぼつかないと言う訴えを聞いて、もしかしてレビー小体病のスペクトルに入るのかも、と思ってアリセプトを追加したら著効したと言う例があったので、その辺を主に強調するのが、今度の発表内容。

その訴えの持ち主は、自室でふとぼんやりしていると、いつの間にか部屋の家具が昔使っていたものに変わり、昔ながらの鏡台の前で死んだ筈の母親が化粧しているのだという。そして次々に死んだ兄弟や親戚たちが昔の姿のまま現れ、何も言わず自分の手をとって、古いタンスの中に引きこもうとするのだと。

これは死者の世界に連れて行こうと言うのだなと思って、必死になって叫ぼうとするが声がでない。恐怖で茫然となっていたら、いつの間にか元の部屋に戻っている。これが毎日続くので怖くて仕方がないと訴える。普通ならREM睡眠障害として、三環系抗うつ剤投与で改善するはずなのだが、なかなかうまく行かなかった。

それが次第に、いわゆる継ぎ足歩行というパーキンソン症候群が出てきたため、思いつきでアリセプト+ドパミン作動薬処方をしてみたところ、これが著効した。70歳のこの男性は、ある伝統的な自営業を営んでおり、その知的能力にはいまのところ全く問題がない。軽度のパーキンソン+白昼夢という組み合わせ(+軽度抑うつ)が症状である。

普通の意識状態から、急に白昼夢に全く継ぎ目なく切り替わる様子が、アニメの攻殻機動隊に出てくるゴーストハックみたいなので、自分では「Ghost in the shell症候群」と呼んでいた。似たような例を他には一つ二つほどしか経験していないのであんまり強く言うつもりはないけれど。仲間内の発表なので、多少のギャグでも入れないと間が持たないので、ちらりと主張してみるつもり。オタクと思われるだけかしら。

2 Responses to “ Ghost in the shell症候群 ”

  1. # 1   遅れてきた少年 Says:
    1月 7th, 2010 at 10:15 AM

    まったく素人の感想ですが,お書きになっている幻視のあり方は何となく「稲生物怪録」を連想させます.稲生平太郎という人も今なら器質的な脳障害と診断されて薬物治療の対象になるのでしょうか?

  2. # 2   webmaster Says:
    1月 7th, 2010 at 3:49 PM

    二年前の「クリスマスキャロルとレビー小体病」と言うエントリーで、ディケンズの「クリスマスキャロル」のスクルージの体験は、この疾患によるものではないかという意見があることを紹介しました。
    http://med-legend.com/2008/12/クリスマス・キャロルとレビー小体病/
    稲生物怪録というのは読んだことはありませんが、怪異体験のかなりの部分は、こういう入眠時幻覚系体験で説明できるように思います。
    治療対象になるかどうかは、本人の希望の問題ですが。

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