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良い誤診、悪い誤診

2010年6月16日 at 12:17 pm in 医学・科学一般 | 8 コメント »

昔々、どこやらの内科教授が引退するときに、自分の誤診率を30%だったか、もうちょっと低かったか忘れたが、そのぐらいだと発表し、世の医療関係者はその低さに驚嘆した、なんて話をよく聞かされた。

今なら診断手段が格段に進歩しているので、身体疾患になった人が大病院でごちゃごちゃと検査を受ければ、まず誤診率は0%になるだろう。ちゃんと診断がつくことと、治療ができると言うこと、ましてやその病を持った人が苦しみから解放される、と言うことはまったく別の話ではあるものの。

精神科医療の領域では、昔はこの「誤診」はそれほど問題にならなかった。言うならば分裂病群とうつ病群、そして神経症群の3つ位しかないのである。アミダくじで決めたって、イチローの打率を越える結果がでる。

分裂病に関しては、あんまり言語化されないようなフィーリング診断が決め手で、言うならばこのフィーリングを感じ取れるかどうかが精神科医の専門性なのだった。若い頃はなんといい加減な話かと思ったものだが、今はこれに勝るものはないと考えている。

というのも、DSMのような診断基準の明示化を図る試みは、結局精神科医の無能化をもたらしただけだったからである。初診患者がドアを開け、診察椅子に座るまでの数秒で「あ、この人は分裂病だ」という独特の感覚を得られることが前提でないと、こうした言語的基準は役に立たない。

昔重視されたシュナイダーの診断基準にしたって、言語的定義はむしろ後からついてくるもので、結局まず分裂病だという確信が先行するからこそ、ある症状を一級症状だ、いやそうでないだのと言えるのである。解離性障害でも一級症状がでるから誤診がどうの、などというようなことがネットに書いてあるのを見るが、我々から言わせれば笑止千万なのである。

昔は精神科医の役割は分裂病の人を末永くケアすることだったので、他の疾患群の人を見るのは余技というか、むしろ分裂病治療に還元出来るものがあるかもしれないという期待があった。

まして、治りにくい神経症として付き合ってきた人が、分裂病症状を呈するbreak downを見せるような例は、分裂病観を修正する好例であって、誤診とは言わないのである。

今のように、うつ病群が世にあふれ、メンタルクリニックが大繁盛する時代になることは、私なんかがこの業界に入ったときには全く予想もつかない事だった。先輩の精神科医で開業する人はたまにいたのだが、その人達は殆ど内科をメインに標榜し、それこそ余技として精神科疾患もみるというスタンスだった。

さて始めの意図とはぜんぜん違う方向に話が進んでしまったが、精神科領域でもあんまりとんでもない誤診は困るぞ、というのが本来の意図である。

先日70代の老人患者が紹介されてきた。病名は「レビ小体病」。一年前から夜間を中心に幻視幻聴が続き、家族に対して攻撃的となることがある。薬物治療に全く反応しない。入院させてほしいという内容。紹介してきた医療機関は入院施設を持っているのに、何でうちに振ってくるんだと訝しく思いつつ本人を見る。本人以上に憔悴した家族に連れられ、困惑した表情で診察室に入ってくるが、その段階でこれは誤診だと確信した。

というのも、レビ小体病はいうならばパーキンソン病のバリエーションなので、パーキンソン症状が必須である筈が、それが全くない。しょぼしょぼとした風体ではあるが、歩行はしっかりしているし、振戦もない。

薬物はアリセプトだけが多量に投与されており*、抗パーキンソン剤は処方されていない。レビ小体病は抗精神病薬に過敏だから、幻覚症状があっても、それを処方しない方がいいというトリビアなノウハウはあるものの、肝心の診断基準は知らないと言う困った医師に当たってしまい、ここ一年の大混乱が助長されていたのであろう。その医師自身も混乱し、丸投げしてきたと言うのが紹介の理由と思われた。

こういう時、後から診る医者は圧倒的なアドバンテージがあるので、先に診ていた治療者の誤りをどこまで指摘するべきかと言うのは難しい。業界内の付き合いということもある。腹ふくるる思いで、「お困りのようなので、しばらく入院してもらって様子を見ましょう」と家族に伝える。

ただ、全く別の根拠から、この例は少量の抗精神病薬でかなり落ち着くという確信があったので、「薬を工夫したら案外早く落ち着くと思う」とは言っておいた。家族はその雰囲気を感じ取ったようで、「半年ほど、必死にあの薬を飲ませるために苦労したんだが、それは無駄だったんですか?」と尋ねてくる。

無駄ではないです。間違った治療をしていても良くならないという教訓が得られたのですから。そう言いたかったが、そこはぐっと我慢し、「経過を追わないと分からない事の方が多いですから……」と誤魔化さざるをえないのだった。

追記:私の予想どおり、ハロペリドール2.25mg/日程度の投薬で本人の幻覚は入院当日にはほぼ消失し、軽度の痴呆症状はあるものの、家庭介護可能な状態となった。デイケアと介護施設のショートステイを使いながら自宅生活を送る方向で調整中である。

*それと抑肝散という漢方薬が出されていた。抑肝散は痴呆患者の興奮を抑えるということでよく処方されているが、正直言って効果があると思える例を見たことがない。

精神症状に漢方は効かないというのは私の経験を踏まえた実感で、偏見ではないと思うんだけどね。大体、あんな飲みにくい薬を飲めるぐらいなら、その段階で症状は大したコト無いんじゃないの?

8 Responses to “ 良い誤診、悪い誤診 ”

  1. # 1   水瓶座 Says:
    6月 16th, 2010 at 9:13 PM

    以前、「ためしてガッテン」か何かの番組で、抑肝散はアルツハイマーの周辺症状を抑える効果が有るように紹介されていた記憶があります。
     「早目に飲んどいた方が良いかも?」と一人で納得したのですが・・・、効かないなら困りものですね。

    >ちゃんと診断がつくことと、治療ができると言うこと、ましてやその病を持った人が苦しみから解放される、と言うことはまったく別の話ではあるものの。
     
     自分が抱えている不調の診断名がちゃんと付いて、本人もその病気だと納得したら患者は治療法を色々調べると思います。色々とことんやってみてそれでもダメだ治らないと言う経験を踏まないとなかなか諦めが付かないのが人の常ですよね。
     
     私は以前、不調の正しい診断が付くまで1年以上かかり、乳飲み子を抱えて病院を30軒位回ったことが有ります。その時は東京近郊の某県に住んでいたのですが、元の原因を作った大学病院と同じ大学出身の医師の派閥で形成されたその県の主要公立病院は何軒回っても無駄でした。
     
     その後、東京の某病院で東大出身の女医さんが、正しい診断を付けてくれました。

     診断を付けてくれて、自分の先輩で最もふさわしいと思うようなお医者様に紹介してくれました。その後紆余曲折有ってやっと手術にこぎつけました。1ヶ月以上入院したので子供たちは本当に大変だったと思います。手術してもあまり良くなりませんでした。

     その時の教訓は、1「無知は罪悪だ」(自戒の言葉です)2「金と力のない男は大嫌いだ」です。(笑)
     

  2. # 2   webmaster Says:
    6月 16th, 2010 at 11:45 PM

    大学の先代有名教授が大規模な漢方薬治験をしまして、その結果、漢方薬は精神科領域には無効、という結果が出たとのことでした。エキス剤がでるかでないかという頃の話。

    その為なのか、医局全体が漢方には否定的で、鍼治療なんかに凝っていた先輩医師も、漢方薬はまず処方していなかったのを覚えています。

    ただ、その治験は論文化されておらず、いわゆるダブルブラインド手順も踏んでいない筈です。

    私自身は漢方は使わないことはないけれど、メインの効果を託すようなこと、例えば抑肝散にアルツハイマー患者の行動抑制を期待しようとは思わないですね。

    害がないなら、気休めに使おうかという程度。それに、漢方に害がないなんてことはない。かなり深刻な副作用がでる事があるのは覚悟しないといけない。

    結局、効かないのに副作用を覚悟しないといけないのでは何の意味があるのか分からず、殆ど使わなくなったと言うのが実際。

    もっとも、喉のイガイガ感にこだわる状態に半夏厚朴湯や柴朴湯とか、肩こりに葛根湯というのは効くこともあるかなとは思います。

    私自身、風邪薬の抗ヒスタミン剤に弱いので、鼻風邪引いたら葛根湯や小青竜湯で誤魔化しますけどね。要はエフェドリンを飲めばいいわけだけど。

    金と力の件にはコメント返すのが不可能なので、省略。

  3. # 3   & Says:
    6月 19th, 2010 at 9:35 PM

    個人的な興味でお伺いしたいのですが、このような訴えがあり、殆どには証拠がないが一部には証拠があった場合、統合失調症やその他精神疾患と診断されますか?
    TB欄では統合失調症と言われているようですが・・・。
    http://anond.hatelabo.jp/20100617173001

    実際に患者を診ないとわからない部分も多いかと思いますが、差し支えない範囲でご意見をいただければ幸いです。

  4. # 4   webmaster Says:
    6月 19th, 2010 at 10:44 PM

    体験全体を通して、妄想的な色彩を帯びているとは思います。ただ、自我への直接的な脅かしの側面が乏しい。すべて二節制というか、不確定な知覚が、解釈を経て妄想的なものになっている。

    幻聴体験も、かなり外在的です。本人を直接見ればこういう言語的な報告とはあまり関係なく診断がつけられると思うのですが、あれだけ読めばschizo-affectiveの範疇かな、と思いますね。あるいは軽い意識障害も考えられる。

    要は分裂病に近いものではあっても、中核群ではないということです。おそらく、治療には反応しやすいタイプなんではないでしょうか。

    どこかで書きましたが、私は分裂病は「早発性痴呆」だけをそう呼ぶべきだと考えているので、こういう幻覚妄想と見ることが出来る体験記述を見ても、まずコアの分裂病だとは診断しません。自我障害、思考障害、感情面の障害が確認されることが(と言ったってほとんど瞬間的に把握出来るものですが)一番重要だと思います。

    引っかかるのは、あの記事の意図が分からないことで、その辺が分裂病的かなぁなどと思います。

  5. # 5   & Says:
    6月 20th, 2010 at 5:56 PM

    お返事ありがとうございました。大変参考になりました。
    あの文章は私が書いたもので、分裂病(先生流に言うと)と呼ばれている一部の人々は、本当に分裂病なのか?という意図で書きました。
    予想外に沢山の人が釣れてくださって驚きましたが・・・。

    実際、最後以外はインターネット上では分裂病と言われている人々の体験のうち、写真や映像、録音など、証拠のあるもののみを抜き出して作成した文章です。
    一番最後のものは実際と異なり、「幻聴・幻覚・幻臭・幻触は、遠隔で意図した個人に人工的に発生させられる」ということを証明した研究もあるようです。
    悪用されることを恐れて、研究者の方があまり世間には発表しないようにされていると聞きました。
    最後から二番目のものも、「幻聴」が録音に成功できたり、「幻聴」が起こる人の頭部付近のみで、強い超音波が計測された人もいるようです。
    音声以外についても10年ほど計測を続けることで遠隔から加害していたという証拠が取れるそうで、すでに計測をはじめている方もいらっしゃいます。

    書かれている体験のうちには私が体験したものも含まれています。
    「おそらく治療には反応しやすい」ということですが、私は同様な訴えで統合失調症と診断されましたが、半年弱投薬しても治りませんでした。
    (リスパダール、エビリファイ、ジプレキサ、ロナセン、ルーランを使っていただきました)
    妄想ということでしたが、証拠に残る(私以外にも確認できる)ことも多々あり、おかしいなと思い、インターネットで調べてこの被害を知りました。

    現在、インターネット上でこのおかしな現象を訴えている方は結構いらして、私が知っているだけでも100以上のブログが存在しています。
    これだけ広まってしまうと、この大がかりな犯罪が世に出てくるのは時間の問題なのではないかと思います。
    精神科医の先生におかれましても、「一定期間投薬しても治らない場合」は、このような被害も考えられることを知っていただければと思い、追加でコメントさせていただきました。
    よければ、とてもお若い方ですが、しっかり被害についてブログを書かれている方がいらっしゃるのでご覧ください。
    http://ameblo.jp/ramehappy/entry-10532558761.html

    長文失礼いたしました。お返事は不要です。

  6. # 6   webmaster Says:
    6月 21st, 2010 at 11:12 PM

    私の知る限り、また専門知識とそれ以前の常識が及ぶ限りにおいて、「悪用されることを恐れて、研究者の方があまり世間には発表しないようにされている」ような、幻覚に関連する新発見なんてものは存在しませんが、それはまあおいておきます。

    専門家でない方は勿論、専門家にもしばしばある誤解というか無知なのですが、妄想というものは内容がおかしいから、根拠がないことを確信するから妄想なのではないのです。極端なことを言えば、内容が正しい妄想だってある。嫉妬妄想の一部にはそういうものも見られます。

    妄想を妄想だと断定できる根拠は中身ではなく、なによりその体験形式なんです。勿論、その形式には様々なものがあります。いわゆる緩い論理形式、修辞と論理の混同。暗喩、特に換喩を多用した弁論、決定的なものは時系列的論理の逆転などでしょうか。

    過敏状態で様々な言説の切れ端からトンデモ結論を引き出してくるような例はよくあることで、緩い論理の範疇には入りますが、分裂病に特有なものではありません。&氏がネットから集められた例は、そうしたものがほとんどだと私は思います。

  7. # 7   小狸工房 Says:
    6月 23rd, 2010 at 8:50 PM

    今日の「クローズアップ現代」がまさしくこのテーマでしたね。

    ここでは抑肝散の効果も評価されていましたが、これはこの分野での定評をそのまま番組に取り入れた観が。
    ただかつての心不全のように、一度認知症で大きく括ってから種種の処方を試してみるのではなく、専門の医院、学会を立ち上げ、積極的な情報交換から原因に即した症状を定型化し、よりピンスポットな処方を確立しようという姿勢は認めて良かろうかと。

    もちろん投薬治療も万能ではないという認識はあるつもりですが。

  8. # 8   & Says:
    6月 24th, 2010 at 5:41 PM

    それが精神科としての、現時点でのお答えなのだと興味深く拝見しました。
    もしよろしければ、疑問をより明快にするため、ご教授願いたい点がいくつかあります。
    お答えいただければ幸いです。
    (勝手な我儘ですので、放っておいていただいても結構です)

    ・ガスライティングという目標とする人物を精神疾患だと思わせる手段があります(http://antigangstalking.join-us.jp/AGSAS_GaslightingTheBook.htm)。このガスライティングが行われた場合と言うのは、先生は次のうちどのように判断されるのでしょうか?(1)犯罪である(2)ガスライティングされている状況をある精神疾患とする(3)ガスライティングの結果、その人物の精神面に起こった変化をある精神疾患とする(ガスライティングによって本物の精神疾患が作られる)

    ・ガスライティングをされている人と精神疾患の人との見分け方はありますか?

    科学技術についてはご存じないということですが、被害解決に協力して下さっているD ARPAという組織が被害者グループに技術についての資料を提示されています。
    『操作される脳』という書籍には、関連技術に関する技術がすこし紹介されているようです。

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