訪問者の方から時にメールをいただくことがあって、たいがいはここがデタラメとか、表示がおかしいから修正しろといった指摘なのだが、中には分不相応の誉め言葉が添えられていることもあり、乏しいやる気をかきたててくれるものだ。まれにはネタの提案もあるが、なかなかそのご要望には応えられないことが多い。

そういう提案の一つに、TVドラマ「スタートレック」での医学技術を検討してはどうか、と言うのがあった。私は本でもドラマでも、SFが好きでたまらぬ、というほうではなく、昔地上波でやっていた初代スタートレックはほとんど見たことはない。なぜかたまに飛行機に乗ると映画サービスがこれであることが多くて、映画化版は全部見ているのだけれど。最近CATVなどでやっている新シリーズ(ボイジャーのほう。DSは閉塞的小政治話が辛気臭くていけません)も、たいがい放映時間を忘れているので三回に一度見ればいいほうだ。たまに見るときでも、あの女性艦長の髪型は「銭の花」の新珠三千代を真似したのだろうかとか、機関室にいるバルカン人はレッツゴー三匹のじゅんみたいだ、と言うような興味ばっかりで、余り熱心な視聴者とはいいがたいが、芸能人の相互扶助を目的にしたとしか思えぬ日本のバカ番組よりはよっぽどましなので、それなりに楽しんではいる。

11月中旬、一時中断していたこのシリーズがまた再開されたが、艦長はなぜか髪型を変えている。悪口が聞こえたのだろうか。今度は二流会社の女性役員みたいだ。それにしても150人足らずの乗組員という設定のはずなのに、回ごとに見たことのない奴が出てくるのはなぜだろう。「じゅん」風隊員はいなくなってるし。

どのシリーズでも登場人物のなかでドクターが占める重要性はたかく、その医療行為がドラマの枢要部分になることは多い。四代目(と言う事でいいのかどうか、よく知らない)のボイジャーシリーズではドクターはAIが制御するホログラムと言う事になっている。空間の任意の点に光とエネルギーを配置をさせる技術がある、と言う設定なのだろう。そこまで出来るのなら、患者の体内に直接その技術を応用すればよく、外部からごちゃごちゃ操作する、今の医療技術の尻尾をぶら下げて置く必要などないような気もするが。それではドラマが成立しにくいこともあるので、あえて現代の医療技術からやたらに遊離したものが出てこないようにしているだろう。変な光をピロピロ当てるだけでたちまち病気や怪我が治ってしまう、というような安易な描写では興ざめですからな。まあホログラムのドクターと言うところで、すでに完全に遊離はしているのだけれど。

さて、医学論文にはときどきお笑い系としか言えないようなものがあるものだが、このスタートレックを題材にしたものがあるのかどうかを調べたところ、こんな論文に行き当たった。「未来における中毒の歴史:スタートレックが教えるもの」と題し、テネシー大学メンフィス校の中毒センター研究員によって書かれたらしいこの論文は、初代スタートレックを題材にしている。

著者はこう書いている(要約なので原文ではない)。「スタートレックシリーズが描く23世紀の未来を垣間見て、エンタープライズ号乗組員によって記録された中毒関連の出来事を検討することは、中毒学研究者に未来にむけた洞察を得る助けになるであろう」。具体的には、「2266年から69年のエンタープライズ号航海日誌を調べ、そこで起こった中毒関連事件を考察した」とのこと。

その結果、「この間の79話のうち、35%にあたる28話に、中毒関連のエピソードが描かれている。全部で31件の中毒事件がおこっており、そのうち13件は環境要因、9件は意図的に引き起こされ、5件は非意図的、4件は殺人目的(うーん、これは『意図的』には入らないのか)であった。原因となったものは生物毒が10件で最も頻度が高く、神経毒の9件、放射性物質、細胞毒、一過性毒物がそれぞれ3件、酸と植物毒が2件であった。(この分類もよくわからん。性質分類と毒性効果分類がごっちゃになってるような気がする。植物毒は生物毒ではないのか?)また、2件は危険物質による汚染、1件が食中毒、3件は医療事故によって起こっている」。

結論として、「未来においても、中毒が起こる事情は、現代とそうかわりはない(そりゃあなた、この話が作られたのは一寸前なんだから)。しかし、その内容は異なる。中毒臨床に従事するものは、分子生物学、比較医学、物理学、そして歴史を学んで、未来に備えていく必要がある」、とこの論文は結ばれている。

なんなんだろう、これは。ちょっと電波がかりの困ったチャン研究者がいて、気の弱い編集委員が却下できずに雑誌にのせてしまった、と言うことにしては複数の著者がいるし、弱肉強食のアメリカでそんないいかげんな論文審査がされるとは思えない。中毒学業界には私などには判らない価値基準があって、この論文は極めて価値があるものなのかもしれない。それとも、向こうではあらゆるところに熱狂的トレッキーがいて、多少の学問的いかがわしさなど関係なく、世にスタートレック関連の話題を流布広宣する機会をうかがっている、と言うことなのか。興味ある方はぜひ原著をとりよせ、仔細に内容を検討していただきたい。(2000/11/02)

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Reference:"The history of poisoning in the future: lessons from Star Trek."; Chyka PA, Banner W Jr; J Toxicol Clin Toxicol 1999;37(6):793-9


カナダ医学協会雑誌の12月13日号に、こんな論文が載っていた。もしかしたらクリスマス特集のギャグネタではないかとも思えたのだが、筆者たちは結構真面目な様子にも見える。ここは簡単に紹介してみなの判断を仰ぐべきだと、さっそく抄訳してみることにした。

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百エーカーの森の病理:神経発達の観点からみたA.A.ミルン

百エーカーの森のどこかで、少年とくまが遊んでいる。表面的には無垢この上ない世界は、詳細な専門的検討を加えることで、神経発達と心理社会的な問題点が意識されぬままに放置されていることが見いだされる。

クリストファー・ロビンは従順な動物達に囲まれて、美しい森で暮らしている。ミルンの「くまのプーさん」の何世代もの読者たちは、これを良き寓話として楽しんできた。しかし、時とともに見方は変わり、近代的な神経発達学者たちは、ここに深刻な障害を見出すようになっている。それらの多くは明らかな疾患としてDSM-IVの基準を満たすものだ。我々がミルンの著作群を詳細に検討し、百エイカーの森の住人達についての判断を示すことは、この童話世界には、知られざる闇が横たわってることを医学界にしらしめる一助となるだろう。

まずプーから始める。この不幸な熊は、多彩な疾病概念を体現している。もっとも目立つのは注意欠如型多動性障害である。我々は臨床家として、例えばプーがハチミツを得ようと浅はかな変装の試みにはしるような場面は、強い衝動性をも示しているのではないか、と討議した。しかし、これは彼の更なる問題点である認知障害、より深刻なハチミツへの強迫的固着を反映していると結論した。これは彼の肥満傾向の原因ともなっている。プーの食べ物への固着、繰り返し数を数えなければいられない傾向は、強迫性障害に起因する。

多動性障害と強迫性障害という二点から、我々はプーがトゥーレット症候群をやがて示すのではないかと疑う。プーはまた、明らかに小さな頭蓋の持ち主として描かれている。ただ、我々は熊の頭蓋周径平均値には詳しくないため、彼を小頭症だと明確に診断することは出来ない。プーの貧弱な脳発育の原因は、物語そのものが示しているともいえる。物語の始まりで、プーはいつも階段を後頭部からドスンドスンと引きずられて登場する。彼の認知障害は、この振盪熊症候群の結果と言えないだろうか?

プーには治療的介入が必要だ。薬物療法が順当だろう。プーのよりよき生活のためにはどの程度の容量が必要かは難しいところだ。リタリンなどの正しい使用によって、プーはより適応し、より活動的となり、おそらくもっと詩を書くこと(覚えておくことも)出来るようになるだろう。

ぼくね
おくすりのむの
おくすりはね、
ぼくをおちつかせてくれるんだよ
おちつかせてくれてね
あわてなくなるんだよ

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この後、子豚のピグレットは不安性障害、ロバのイーヨーは持続性気分障害、物知り博士のオウルは失読障害、などと指摘し、カンガルーのルーは今のところ障害は認められないが、母子家庭で経済的にも養育環境が悪く、適切な役割モデルの欠如から、やがて犯罪傾向に走る危険性があると危惧している。クリストファー・ロビンについては、性同一性障害の徴候を示しているとし、動物達と話すことばかりに時を費やすというこの少年の行動に、両親がなんら関与しようとしないのは著しい問題だとしている。

さて、この論文の意図は那辺にあるのだろう。私自身は、読みはじめた時はなんとも言えなかったのだが、これを訳す作業をしていて、ネタである、と確信した。振盪熊症候群あたりの記述を見れば明らかだろう。誰かの行動の表面的なところを捉えて、DSM−IVなどのマニュアルにあてはめ、一見学術的な言葉で揶揄するのは精神医学系の臨床初心者がよくやることだが、なんぼなんでもそれを論文にする奴はいない。おそらくこの論文の筆者たちは、カナダや米国で、子供達の問題行動を安易にマニュアルに当てはめて、リタリンなどの覚せい剤が多量に投与されている現状を鋭く批判しているつもりなのであろう。パロディ論文を意図していても、現状の児童精神医学の現場のほうがアチャラカ喜劇風なので、そうは見えなくなってしまうという、深刻な闇がこの論文の背後にはあるのだ。

なお、この論文を知った都市伝説サイトの掲示板では、こう指摘されていた。「これはカナダでは古典的な冬ごもりジョークなんだよ」、と。山話、などといって囲炉裏を囲んでホラ話語り合うような風習の、カナダ版という事か。ちょっとくどめな所が英国の血を感じさせる。(2000/12/14)

Reference:Pathology in the Hundred Acre Wood: a neurodevelopmental perspective on A.A. Milne

Sarah E. Shea, Kevin Gordon, Ann Hawkins, Janet Kawchuk, Donna Smith
CMAJ 2000;163(12):1557-9

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以前「中央病院の謎」などという、失礼な文を「都市伝説」のほうで書いた事がある。あれは無責任な噂話に、何らかの説明がつけられるか、という試みのつもりだった。今日はある「中央病院」をウォッチしてきた経験話を書いてみたい。

ある地方都市に、公立の「中央病院」があった。そこは「中央病院」の名に恥じず、地元では評判がいいとは言えぬところで、経営的にも赤字を垂れ流し続けていた。ある時そこに、首都圏で大学闘争の活動家だったメンバーを中心とする青年医師たちが、数人まとまって赴任してくる。毛沢東の路線になぞらえたのか、地方に理想の医療の拠点を作ろう、というわけだ。出身大学はみな一流ばかり。そんな若先生たちが来てくれるならと、いつも議会で、病院の医療内容を向上させる、と空約束ばかりしてきた自治体当局も大喜びだ。

真面目だが、注射の手元もふるえがち、と言うような老人医師ばかりだったその病院は、最新の知識と、使命感に燃えた医師たちの情熱を得て、たちまちその地域でも一目置かれる存在になった。第一陣の青年医師たちは、陣容を強固にしようと、私がいた地元大学に目をつけた。それでも大学や医局講座制と妥協なき闘いをしてきた彼らのこと、普通に医局を通じて医師派遣を依頼する、というようなルートは選ばず、私の友人たち、政治活動に半分足を突っ込んだ経験があり、その後もすねたあぶれモノとして医学部にくすぶっているような連中を、自分たちの手で医師に育てていこうとした。

まともに医局講座制の徒弟制度に入っていくには、少々ふてくされがキツイ有象無象にとっては渡りに船で、この中央病院は一時期、私もその仲間であった、すね者たちのオルタナティブ研修先として機能していた(私は精神科志望ということで、ここには直接かかわっていない)。同じ頃、都内から似たような経緯でここに来た青年医師がいて、この人がその後、第二の中興の祖となる。この人を仮にA氏とよぶ。

A氏は医師としての能力は言うに及ばず、天与のマネージメント能力、集団力学を操作して意思を実現するリーダーシップに恵まれた人だった。田舎者の友人たちとは、いささか格が違う。彼は、第一陣の中でマスコミにも知られた有名人であるB氏が院長となるや、その側近として彼を盛り立て、貧しい自治体には不釣合いと言えるほどの病院移転新築計画を実現させた。B氏はその後、政界に転ずるが、その過程でも彼は積極的に支援し、結果として、国会議員の後ろ盾、という錦の御旗を手に入れた院長となる。

いくら「中央」であろうが、病院もこうなればもうとんとん拍子である。いまやその地域に止まらず、その県の半分近くを診療圏とする高度医療機関として機能し、大学のほうから頭を下げて人員提供を申し出るぐらいになった。もうあぶれモノを頼る必要もない。まだ閑古鳥病院だった頃、ここに集まった友人たちは、今はほとんど離れてしまっている。それは拠点作りのために赴いた、第一陣の医師たちも同様で、常識的な意味での有名病院になっていくとともに、一人、また一人と抜けていった。もちろん、それを補って余りある人材が、ごく普通のルートから供給されるので、医療内容にはいささかの問題もない。

A氏は病院運営だけでなく、数々の文化的活動にも造詣が深く、もともと文化人の別荘などが集まっている地域条件もあって、その病院を一種の文化拠点にする事にも成功した。多くの文化人、アーティストとの交流を病院が取り持つ環境を作ったのだ。彼自身いくつかの著書を持ち、映画のプロデュースまで成功させている。

しかしそんなA氏の手腕と、病院の興隆を、初期メンバーたちはいささか複雑な思いで眺めているようだ。もちろん、今だって、依頼があれば協力する程度の関係は保ってはいる(依頼はまずないだろうが)。彼らが自らの手腕と、情熱だけを頼りに、オンボロ病院で奮闘してきたことを、A氏が見事に実体的な組織活動に仕上げたのだが、多少の嫉妬感を割り引いても、離れていった連中の思いは判らないでもない面がある。

妙な比喩でいえば、初期メンバーとA氏との微妙な齟齬は、宮本武蔵と柳生一族の違いのようなものだ。一方が頼るのは、おのれの腕だけであるのに、もう一方は政治外交、組織力学の論理なのだ。もちろん、医療においてはそのどちらも重要な事だが、医師としてのアイデンティティは、やはり前者側に置かれるべきものだと、私も思う。医師としてのA氏もまたそうであるのは間違いないとは思うが、組織の運営トップとして、もっぱら政治外交を(私の言い方なら「神話の管理」を)優先せざるを得ないのも致し方ないところだろう。

具体的に何をなしたかで評価され、その成果を配分しあうようなconvivial、とでもいえるような組織形態というのは、誰もが理想にはしても、決して得られるものではない、と言うのは歴史が教えるところで、ここもまた例外ではない。

いずれにせよ、地方の一オンボロ「中央病院」が、多くの人の努力と、卓越した管理能力の持ち主を得て、高度機能病院に生まれ変わったと言う事実は残る。地域の人々の信頼と、働く医療従事者たちがそこに情熱を注ぎ込む根拠となる神話が色あせない限り、その病院は今後も光芒を放ちつづけることだろう。(2000/12/23)

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ヒマに任せて、半分怖いもの見たさで「2ちゃんねる」を見ていたら、医療業界関連のところで、友人がいる某企業系大病院のスレッドが出来ているのに気づいた。そこの事務系に就職が決まった人が、普通にどんな雰囲気なのかを尋ねた質問に、内情暴露で答える発言が相次いでいる。現在主導権を握っているグループを批判するとともに、ちょっとした不祥事(と言うほどの事でもないが)を面白おかしく書き連ねる、という内容。前から内紛があることは聞いていたが、どうも不満がある一派は、こういうせこい告発戦術に頼るしかない劣勢のようだ。

面白いので全部読んでいったら、お賑わいのエピソードの一つとして、当の友人の名前まで出てくる。それも、あまり名誉とはいえないような行状の持ち主として。そこで早速メールで御注進におよぶ。その男の言うには、あそこでボロクソに書かれていた幹部は、その病院を某大学系に一本化しようと暗躍していて、しかもそれがほぼ成功しつつあり、居づらくなってやめた同僚も数多いのだそうだ。それと、オレはあそこに書かれていた恥ずかしい行動に関しては無実だとも。あの書き込み犯でない事は、あれで証明されたかもしれないけどな、と。

自分の出身大学の尖兵として、ジッツ確保に狂奔する、という行動原理が私なんかにはまったく理解できないので(例えば私がそれをしたら、アホばっかりの後輩たちがしでかすに違いない、不行状のケツ拭いて回らにゃいかんわけだ。そんな馬鹿馬鹿しいことやってられるかい)、それが原因の内紛など、想像するのもなかなか困難だ。

少なくとも、医療行為それ自体に関しては、医師と医師の関係というのは、多少の相互扶助意識は働くものの、おおむねオープンかつ率直に意見交換できるものだ。医師の仕事はそう言うものなのだから、管理だの人事というところで、基本的にそう言うことに無能な人間である事の多い医師が、ごちゃごちゃつまらん動きをするべきではなかろう、と原則的には思いたい。

ところがですね。病院というところを取り仕切ろうとする事務官僚、それらに準じた地位を得ようとする医療関係者というのは、すべてとは言わないまでも、信じがたいほど無能な書類馬鹿でしかない事が多いのだ。機能というものが何より優先されるべき病院というところで、私らは常にこの手の連中と、角突きあわせねばならないのだ。あの連中は、他の業界では到底やっていけない事を見越して、ああいうところにもぐりこんで来るのに違いない、と私はにらんでいる。

病院業界のことなんか知らないぞ、と大概の人は思われるだろうが、わかりやすい例はある。これは、かの「厚生省」という官僚組織が、医師会の力が強大だった時にはひたすらそのご機嫌取りをし、医師会がしょぼくれるや今度は自分たちの存在理由を自己目的化することと、天下り先確保などばかりに徹し、国民の生活を守ると言うことからははなはだ逸脱した行政しか展開していない現状(すべてそうだと言ってはいないが)を見ていただければいい。実にあれに似ている。

自分の大学のジッツ確保に奮闘する医者、というのはもちろん出身元での栄達、というのも考えるのだろうが、第一に赴任先での医療運営方針を、官僚どもなどに左右されずに有利に展開すべく、政治的勢力の確立を図りたいに違いない。個々の医療行為なら自分の腕一つだが、政治的な動きとなると、もともとそう言うことは出来ない資質の持ち主ばかりの悲しさ、「数」というものに頼る初歩的対応になるのだろう。

まあこれは私のように、一匹狼であってもやりたい事は好きに出来る診療科の人間だから言えることなのかもしれない。チームを組まなければ、何も出来ない診療科だってあるのだから。しかし、そう言う場合に必要なのは医療の論理なのであって、つまらん田舎政治が出てくる余地などないと思うのだけれど。私はこの年になっても、こういうところがいまだに判らないし判りたくもない、というのは人にあきれられもするが、絶対譲りたくない一点でもある。

批判あるなしにかかわらず、側近を固めてそれなりに運営方針を打ち出そうとしている医療機関の医師管理職、というのはなかなか興味ある人々だ。少なくとも、自己保身を自己目的化して停滞していきがちな組織を活性化できるし、条件さえ揃えば、それなりに時代の要請にマッチした事業につながる事もないではない。滅多に医療の論理(それ自身、かなり疑う必要があるのが困ったものだが)が貫かれることはない、と言うのは少々残念なところではある。前回の話題ではないが、個別の医療行為と言うものを離れた、抽象的な意味での医療というのはしょせん神話でしかない、という前提があるからね。

しかし「2ちゃんねる」と言う巨大掲示板の力はおそるべしである。ふつうなら給湯室の物陰の噂話、飲み屋の愚痴で終わってしまうヨタが、全国津々浦々に届いてしまうのだ。医療業界のように広いようで狭い世界におよぼす力は、当事者であっても計り知れないものがある。取り澄ました建前がまかり通るよりも、よっぽど望ましいことだ、と私には思えるのだが、本当に望ましい方向に行くのだろうか、と言われると自信がない。

ところで例の友人だが、変に2ちゃんねるへの書き込み当事者でない事を強調していたな。一連の告発ついでに、自分にはそう害のないハズカシ話を書いておいて、追及を逃れる高等戦術を使ったのではないか、と私は読むのだが、いかがなものだろう。(2000/12/30)

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仙台で起こった看護士による殺人未遂、とされる事件は、どうにも見当外れの対応をマスコミに引き起こしている。余りの管理のずさんさ、医療の腐敗をここにも見た、とかいうようなコメントをするキャスターがいたりする。雑踏で無差別殺人を図る事件が起こったとき、この人たちは、都市空間の管理の不在だとかを問題にしたのだろうか。マスコミというものが、目先の因果しか考えられない傾向は昨今ひどく、通り魔事件の時、包丁はほれこんなに簡単に買える、などと取材している馬鹿リポーターまでいた(おまえ、包丁買うのに米穀通帳でも示さないといけないと思ってたのか?)ので、今回だけ間抜けな反応をしているわけではないのだけれども。

やたらに「準看護士」であることを強調している報道もいやらしい。いまの日本の医療体制は、準看護婦(士)の安い労働力で支えられているようなものだ。準看に点滴処置をさせたことに違法性を見るなら、いっぺん現行の制度をすっきりちゃらにして、ゼロから始めるしかあるまい。

欧米ではこの手の事件はかなり以前から、結構な数で起こっている。ほとんどの場合、同僚たちの複数犯、しかも狭窄した論理とはいえ確信犯であるのが怖いところで、肥大したヒューマニズムの裏側にある、かなり原初的な共同体の論理のようなものが顔をのぞかせているものだ。これは日本などとは段違いに階級社会であるかの地で、階層的な機能集団の緊密性が高いこと、一方でそれ以外の人間関係は比較的希薄なこと、というのを原因にしていると思われる。

簡単にいえば、見ている患者たちへの思い入れは希薄な一方で、自分たちの論理だけは強固になっているわけ。「こんな気の毒なジーさんバーさんたち、長く生きてりゃそれだけ苦しむだけなんだから、楽にさせちゃおうぜ」というところ。この論理がひとたび正当化され、積極的な安楽死が実行されるようになれば、自分たちが生命を操作できる、という万能感にもとづく無差別殺人に至る道まではほんの一歩である。

よく読ませてもらう「サイコドクターあばれ旅」で、こういう論文が紹介されていた。ここでは病院での大量殺人事件の原因として、ヨーロッパの疎遠な人間関係ばかりを強調していたが、それはちょっとおかしいように思う。むこうの共同体が持っている緊密性は、日本型農耕社会の比ではない。通りいっぺんの義務をこなせばいい稲作と違い、家畜の屠殺、解体などを共同化しなければならないヨーロッパ村落共同体は、極めて高度な専門的技術の共有習得が要求され、そこでつちかわれた人間関係の濃密性は、ギルドなどの制度とか、宗教セクトや政治党派の成立につながっていった、と普通いわれるのではなかったか。

こういう事件の場合、被害者をあくまで、対象としか見ない疎遠さが前提になるのは当然だが、その一方で、たがの外れた価値観を集団で共有する濃密な共犯関係が存在する、というのを見逃すわけには行かない。この著者の、日本人が西欧で感じる疎外感を、ヨーロッパの人間関係の疎遠さと同一視したりする粗雑さも、人文科学の専門家にしてはちょっとお粗末のように思うが、もしかしたら最近はこんなもので通用するのか。

日本でもようやくヨーロッパ並みの事件が起こるようななったわけだが、そこには勿論、農耕共同体の解体、個人の分散化と言う背景があるのだろう。しかし、それだけでは説明できるとは思えない。得にもならない殺人を正当化する論理が、何か必要だ。それはやはり、ゆがんだ専門家意識の肥大化、と言うものしかないように思う。一般開業診療所で、結構ターミナルの老人たちも見ていたようだから、そこでの治療は「なりゆきに任せる」レベルのものだったろう。医師たちは、余命にかかわるような苦痛緩和手段には及び腰になるのが普通だから、それに物足りなく思う容疑者が、自分の理屈で安楽死を意図したということなのだと思う。

ひとたびその思考回路と、実際の行動とのリンクが完成すれば、あとは万能感達成のための理由なき殺人企図に発展していくのは、欧米の既成事件を見るまでもないように思う。もちろん、悪条件でこきつかう医師たちに対する、コンプレックスの裏返しとしての「おまえらにこの死因なんか判らないだろう」という挑戦意識、もあったに違いない。

ちょっと方向性は違うものの、保険金殺人事件などで、かなり専門的な毒物を使ったり、また、医療専門家に近い人間が劇薬を殺人に使ったりすることもあったりしたが、これらもまた、似た構造を持ったものといえる。一言でいえば、専門家を出し抜く知識を自分は持っている、という思い上がりであろう。たいがいの知識など容易に習得されるもので、彼らの発想は極めていいところを突いていたのだが、あくまでそれは個人的利害追求を目的にしていた。今回の事件は直接的利害ぬきで、歪んだ職業意識を元に起こされた犯罪、という日本犯罪史上、エポックメーキングとも言えるものだと思われる。これが介護や看護にかかわる人々に、次々と連鎖していく事のないように祈らざるを得ない。

根本的な対策としては、医療や福祉の目的をどこに置くのか、という理念の確立が必要であろう。無益で、悲惨な状況の先延ばしでしかない延命に、多大な医療資源が浪費されている現状と言うのは確かにあるので、ここで何らかの国民的合意を作らないことには、得手勝手な論理が出てくるのを防げないだろう。

(注:今日の時点では容疑は女児への殺人未遂だけで、他の不審死が事件化されてはいない。だから、この考察は少々フライングといえる)

日記のほうで書いたように、友人から指摘された、問題を自分で作り出してヒーローになろうとする意図をここでは問題にしていないが、当然、その要素もあるとおもう。でもそういう心性に直接いたったとは思いがたく、その過程にはある種の歪んだ「善意」があったはずだと私は思う。(2001/01/21)

これも日記のほうで書いたのだが、容疑者とされる人は当初の自白をくつがえし、前面否認に転じている。いくら取調べで誘導されてもやっていないものはやっていないといえばいいので、一時的とはいえなんでその気になってしまったのか理解しがたいが、捜査が思い込みで進められていた可能性もあるので、ここは慎重に見守るべきだろう。裁判では、そもそも事件自体がなかったのだ、という主張がされているようだ。過剰報道はあっても、実際に何が起こっていたのかほとんどの人は知りようがないわけで、この被告側の主張はかなり本質を突いているのかもしれない。(2001/08/31)

(2001/01/09)

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  • 結婚すれば治る

長期治療を要する疾患の場合、これは私たちの分野ではほとんどすべての疾患を意味する事になるが、患者側の治療意欲ばかりではなく、治療者側の志気を維持すると言うのもなかなか大変なことだ。精神科医というのは、患者と丁丁発止の精神療法的格闘技を続けているものだ、といううれしい誤解をしてくれる人もまれにはいるものの、大体はそう間違っているともいえない認識、普通ならちょっと付き合いにくいような人から、うんざりするような内容を我慢強く話をきいてそれを読み解き、安定剤系の薬を処方してくれる役割の人、というふうに受け取られている。でも実際は少し違う。

この業界では、あまり「話の内容」というものに興味がある人はすくない。なかには、「ルックルック女ののど自慢」で涙ながらに語られるような、波乱万丈の一代記みたいな事を訴える患者さんもいて、それはそれなりに面白いものだが、それが診断的治療的な観点から不可欠なものか、と言われたらそれほどでもない、と言わざるを得ない。その手のものはたいがいが分析で言うスクリーンメモリー、簡単に言えば自我の保護を目的にした無意識的作り話だったりするし。

じゃあ、あんたらは何を聞いているのだ、と言われるだろう。しいて言えば、そうした虚実をまじえた多様な日常ストーリーに貫かれる、病的パターンの存在の有無を感じ取っているのだ。当然、情報提供側はストーリーの多様性に意味があると思っていて、瑣末なことまで事細かに語ろうとするのだが、それを聞くこちら側は、むしろその身ぶり、口ぶりなどの客観的態度のほうに関心が向いている事のほうが多い。

身体科の医者には、「よく形も数値にも示せないものを対象にして、病気だとかそうでないとかいえるものですね」などと見当外れのことを言う奴がいるが、これなんか素人の疑問が専門家風の言葉で言い換えられただけのものだ。あんたらだって、自分で確認したわけでもないGOTだのGPTといった(最近AST、ALTというようになってオッサン医者たちを混乱させているが)物質の数値をとりあげて、それで具合悪いのいいのと言うじゃないか。具体的にとらえられない、仮想的概念を問題にする点では同じですよ。その点、我々の場合は、少なくとも症候レベルでは自分で直接確認している。患者の生活行動パターンから、病的症候をとりだし、その相互関係から診断を下し、治療にはいる。データの解釈でしか診断治療が出来ない身体科こそ、幻を対象にした操作を行っている、と言う自覚が必要だと私は思う。

さて、題目からかなり逸脱してしまった。ひとたび診断が確定し、治療方針が定まってしまうと、あとはこれを延々と続ける必要が出てくる。要は副作用とか、病状の変化をモニターしながら、薬物療法を続けると言う事だ。もちろん、生活上のさまざまな問題は出てくるから、適時アドバイスもするが、出来る限り自己解決の道を開くと言うのが原則だ。余りに信頼され、依存される治療者というのは、患者側に結局害をなす。医師だって休みもとれば、転勤もする。そんな時に患者にパニックを起こさせるのではいけない。私は自分の転勤後、それまでの受け持ち患者に自殺されると言うのを数例経験した。みな、私に見放されたと感じ、新しい主治医には信頼感を持てずにいたらしい。自分では出来るだけ避けていてるつもりでも、彼らを支配してしまっていたのだ。袋小路の状況で、さまざまな問題解決のチャンネルを自分で見つける手伝い、というのに治療者は自分の機能を限定する必要がある。

そこまで信頼される、と言う事は功罪は別にしても、そう悪い気分はしないものだが、大多数の患者さんたちは、いつになったら治療過程から抜け出せるか、という健康な不満感を持っているのが普通で、これは精神科領域も身体科領域も同様だ。はじめに書いたように、慢性疾患のほとんどは長期持続治療が必要だ。この場合、長期とはほぼ一生と同義である。わかりやすいように身体疾患でいえば、一番ポピュラーな高血圧は、心不全でも起こしてしまわない限り一生治療する必要がある。糖尿病や腎疾患も悪化していく事はあっても、まず自然に治ることはなく(別の原因で一見そのような病状を示していただけということはある)、長期つまり一生ものの治療が必要だ。

そういうものだ、と割り切れる疾患、しかも中高年になって治療がはじまるものなら、風邪引きだの、腹痛だのと細かな不調や身体検査もかねて付き合っていく、と言うのはそう難しい事ではない。問題は小児慢性疾患や、思春期疾患である。幸い、小児疾患は一部を除いて、小児期にはけりがついてしまう場合が多く、そう持ち越されることはないものだ。持ち越されるにしても、小児科医から我々にバトンタッチされるので、再出発と言う気分でレフレッシュ可能だ。

ところが思春期になると、一生ものになる疾患がここからはじまる事が多い。例えば小児てんかんは適切な治療で治癒にいたる(まれにグジャングジャンの精神運動能力破壊に至るものもあるけれど)率が高いが、思春期以後に発症する真性てんかんだと、一生続く可能性は高い。かの精神分裂病は言うまでもない。その他、この時期に顕在化してくる人格障害や、適応障害、摂食障害など、間違うと一生ものになるが、うまくいけば30過ぎて、生活が収まるところに収まればそう問題がなくなり、薬物などは必要であるにしても、自分でかなりコントロール可能になる例はあるものだ。

といって、最近30〜40になっても親に完全に依存しているタイプの人を結構見るようになってきて、今までのような収まり方が難しくなってくるような予感はある。彼らの親の世代は結構溜め込んでいて、依存しがいがあるからね。もっとも、その懐をいまの情けない政府財政当局も狙っているわけで、彼らがスッテンテンにされたら、案外成熟しきれない世代の自立は成し遂げられるかもしれない。あの財政構造改革先送りと国民収奪政策は、新世代の自立を促す人づくり政策だった、と22世紀になって評価されたりして。

それはさておき、思春期で当面長期治療が必要であるものの、差し当たっていつまでとは言えないような疾患とか、本当は一生ものなのだけれど、ラッキーに恵まれれば程々に落ち着く可能性もないではない、という疾患の場合、「結婚すれば治る」という言い方はなかなか便利であったようで、精神科領域以外の分野でもよく使われる。月経困難とか、小児ぜんそくみたいに、ほんとにその頃には収まることが多いものではもちろんだ。なかには、差し当たっての治療への期待を持たせるためだけに、いい加減な慰めとしてつかわれる場合も多い。

それにしても「結婚すれば治る」はないだろう、と私は思う。これは大概女性向けのムンテラ用語で、男性に対して使われることはまずない。結婚して家庭に収まり、そこで性的にも社会経済的にも自足するのが女の生きる道、という決め付けが強すぎる。人はいろんな手段で成熟を得ていくもので、そのあたりの配慮がないこういう言葉は、やはり使われるべきではないだろう。似たようなことが言いたいのなら、「病気などに囚われず、自分の人生設計はのびのびとイメージしたらいいのでは。やがて病気のほうだって離れていってくれるかも」であるべきだろう。

(2001/01/21)

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  • ある夜の出来事

あれはもう20年近く前のことになるだろうか。季節はちょうど今ごろ、春先の冷たい雨が降る夜のことだった。

当時私はある自治体病院に勤めており、その夜は当直にあたっていた。200床ぐらいの中規模病院で、当直に外科系、内科系を置いておくほどの余裕はないが、下っ端の医者たちは敷地内に住居をあてがわれているので、いざとなったら呼べばいい。全科当直といってもまことにのんびりと過ごしていた。

夜半、警察から直接電話が入った。急患の依頼にしてはルートが変だ。「あの…。交通事故なんですが、その…、被害者はすでに死亡しておりまして…、その、死後の…」「はぁ、検死ですか?」「いや…、検死はもう終わっとるのですけれど、その、死後処置というか…、ちょっと手を貸していただければ…」まことに申し訳なさそうな声で、何か頼みたい様子だ。よく事情がわからないが、どうせ暇なのでどうぞと答える。程なくしてパトカーが到着。警官が後部座席から、シートにくるまれた人体らしきものを担ぎだしてくる。えらく小柄だ。

年かさの警官が沈痛な面持ちで説明する。「国道で追突事故をやりましてな。止まっておったトラックに、この仏さんのトラックが突っ込んだわけですわ。前のトラックが丸太を積んでおりまして、この仏さん、その丸太に頭を吹っ飛ばされたというわけですな」

シートをあけて、遺体をみる。遺体の四肢体幹には大きい損傷はないが、頭部は目から上が消失してしまっていた。下マブタだけは残っていて、残った下睫毛がえらく可憐にみえる。上から見ると脳底骨がきれいに露出し、わずかに残った脳漿から立ち上るリン脂質の香りがかぐわしい。

「現場を探したんですが、目玉や残りの骨とか脳みそがどこにもみつからんのですわ。粉々になって吹っ飛んだか、丸太の中にめり込んでしまったのか…」

おそらく居眠り運転であって、現場にはブレーキのあともなかったこと、丸太は被害者の頭部を貫いた後、そのまま車体を串刺しにしていたこと、ほかの数本の丸太がうまい具合に衝撃を分散したのか、このように身体のほかの部分にはほとんど損傷がないこと、などを警官は説明する。「それで、この仏さんを家族に引き渡しやすいように、なんとかミバをつけて貰えんでしょうか…」

警察の嘱託医は、検死を済ませるとそさくさと消えてしまったとのことで、頼める相手がいないという。しょうがない、いまさら断るわけにもいかない。

頭部の皮膚もかなりの部分が消失しているが、中身よりはちょっと上の部分まで残っている。居酒屋で供せられるような、焼き馬鈴薯の食べさしを連想していただくのが一番適当だろう。脳底部に古くなった手術用覆布を詰め込み、周りに皮膚を寄せ、太目の絹糸で対角線の補強を入れる。行灯凧、というものをご存知なら、そういう感じに立体構造を一部再建したと思っていただきたい。そのうえで三角巾をつかって、大き目のターバンを目深にかぶっているようなスタイルに仕上げる。

残っている脳底以下の頭蓋骨もぐちゃぐちゃで、言うならば半分破れかけたお手玉のような状態になっており、頬をとんとんとたたいて寄せると面長になり、あごを下からたたくと丸顔になってしまう。半分ナチュラルハイ状態で、看護婦と、いやこっちのほうが似合う、いやこっちだ、と言い合っていると警官が間に入って、「いやいや、こうして頂いただけで結構」と、遺体を引き取っていった。

翌日、被害者の家族がやってくる。「あんなに無残な体をきれいにしてもらって、本当に有難うございました」と涙ながらに感謝され、多少不謹慎な言動含みでやっつけ仕事しただけのこちらにすれば、お気の毒さと面はゆさで言葉もない。それでも、家族を突然おそった悲劇を、いささかでも受け入れる手がかりを作る手助けになったなら、思わぬ功徳というものだったのかな、と思えた。

春先の冷たい雨が降る夜には、あの時のことを思い出す。人生なんて、あんなふうに物語もなく、突然途絶えてしまうものなのだな。結局医療ができることは、あの素人やっつけ仕事の域を出るものではないのだろう。逃れられない運命と出会う時、その決着だけはなんとか見守り、創意工夫で受容を手助けする、というのが医療がとどまるべきところなのかもしれない。少なくとも私はそういう立場でこの業界を渡ってきた。人が運命の手をすり抜けられるかのようなおごった幻想には組しない、というのはまた別種の傲慢であるのかもしれないのだが。(2001/03/02)

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  • 精神分析の光と影

いままで断片的にではあるが、精神分析について述べたことがある。その書き方は、一応の評価をしつつ、「万年文学青年のたわごと」としてほぼ切り捨てるものだった。実際、毎日の診療で精神分析的なるものを利用することがあるかといわれたら、全くないというしかないし、精神科医として暮らしていくための教養としてすら必要性を感じることはない。

私は比較的正統派のドイツ精神病理学を軸にした初期研修を受けたが、これすら日本の大学精神医学講座ではまれなことだ。ふつうは精神医学というよりは、神経病理学とか、神経生理学、精神薬理学などを学びつつ、あとは適当に精神疾患の診断マニュアルと、薬の使い方に習熟する、という道をすすむものだ。その過程で自分なりの精神疾患理解を得ていく、という感じか。

もちろん小難しい屁理屈を振り回すのが好きな連中はどこにでもいるが、それは一種の趣味であって、体系的に初期研修の場で学ぶというのはそう多いことではない。私は初期研修終了直前で別の大学の教室に移ったが、そこでは今までプレゼンテーションのたびに突っ込まれていた、妄想体験の一節性、二節性だの、妄追想が今ここの障害であるのか、記憶の変性であるのか、といったような問題には関心すら寄せられなかった。

幻聴があって、興奮して、妙なこといってるんでしょう?分裂病でいいじゃないですか。ごちゃごちゃ精神病理学的に精緻化して、何か治療法に差があるんですか?という、はなはだ明快なツッコミのまえに、今までの理屈のこきあいは何であったのか、と思ったものだった。しかし、薬物治療のレベルではそう変わらぬにせよ、患者さんへの共感を維持するためには、症状の精緻な構造的理解という作業は意味があることだ。興奮患者をみて、どういう薬剤の組み合わせですばやく鎮静できるか、と考えるのは同じであっても、その興奮が特別な布置をもった世界総体との孤独な対峙からくるものだと理解することは(これは例えであって、こんなステレオタイプないい方することはありませんが)、決して治療の邪魔にはならない。たとえ、そういうとらえ方がまるきり見当はずれで、発情期のネコみたいなものだよ、と見るほうが正しいのかもしれなくても。

一般的な精神病理学的立場からの観察と症状分析でさえ、メインストリームにはない日本精神医学業界の中で、精神分析のしめる立場はさらに微妙である。マスコミで積極的に発言したり、啓蒙書をたくさん書いている精神医学者たちは精神分析的な立場であることが多いが、あれにしたって、国際精神分析学会をはじめとする、正統的(と自称する)グループの正式な研修課程をふんだ精神分析医は、少数の例外を除いてはいないはずだ。そうした意味での分析医になるためには、単に教えを受けた、というにとどまらず、スーパーバイザーによる指導下に分析治療を行いつつ、自分自身数え切れない教育分析をうけ、ヤバいレベルの自分をさらけださないといけない。それも大金を払って。一部の学派では多少原則が違うが、ほぼ口伝によって伝授される密教秘儀の習得に近いものがそこにはある。

マスコミに登場するような精神分析学者はほとんどの場合、精神分析「愛好家」であって、こうした秘伝を授けられているわけではない。今の日本でそうした資格をクリアするのは三十人ほどのはずで、しかも、その人たちがこの国で実際に活発な臨床をしているかというと、それはまた別の話だ。

そもそも、フロイトがハンガリー・オーストリア二重帝国下のウィーンで精神分析をはじめた時、そのクライアントは没落しつつある貴族階級と、新興ブルジョアの上層部であった。取り澄ましたうわべのモラルに身を隠し、本音などはおくびにも出さない連中が相手だった。たとえばそういう階層のご婦人たちは、驚愕する事態に出くわしたとき、どう優雅に失神するかで、その女性的資質を評価されたりする、そんな「ヒステリー文化」が実際に存在した。

一方、ユダヤ人中産階級上層出身のフロイトは、社会の周縁部に位置することを強制されていた。その視点からは、当時の社会文化的価値観の虚妄はすぐに見破ることが出来たろう。フロイトが持ち出した、人間の思考と行動を規定する無意識的動因になるとされた「性欲」には、そのころの欺瞞的モラルにたいする戯画的批判の意味がいくらかこめられていたに違いないと私は思う。何しろ彼自身の定義によっても、これは普通に意味されるようなムンムンムラムラではなくて、もっと広義な生命力とか、生きる意思などにいくらでも言い換え可能だ。実際、彼の支持者たちからも、なにも性欲を出してこなくてもいいじゃないか、というような批判は山ほどあった。しかし彼は性欲にこだわり、その理由が何であったにせよ、それが彼の創始した学問を、ある種の産業部門に押し上げたのである。

ビジネスチャンスをモノにするために必要なものは、なんと言っても発想の斬新さと、押しの強さ、それと時の運である。斬新さの点では申し分ない。おまえの行動、その思考は、要は「やりたい」という執念が無意識に押し込められた結果なのだ、という主張は衰退しつつある貴族文化に生きる人々を打ちのめしたに違いない。同じことを二十世紀中盤以降に主張しても、さっぱりインパクトはない。なにしろ、そんなことは自覚していることで、それを指摘されても、「はぁ、それで?」と反応するしかない。

押しの強さも充分だ。なにしろ、この理論には「正しいことを認めようとしないのは、それが抑圧された図星だからだ」という、はなはだ得手勝手にして負けを知らない弁証法が内包されている。フロイトのもとに弟子たちが集まりだし、やがて彼らはほぼ例外なく、尊師の学説を弱毒化する方向(一部はユングのように直球でトンデモ化したり、ライヒのように、スターリニズムへの義理立てに引き裂かれて、トンデモ化していった人もいるが)に向かうのだが、フロイトは目に余る分派はあっさり粛清し、基本路線に大きな影響はないような意見は巧みに取り入れている。先の教育分析などは、フェレンツィという少々気に入らぬ弟子の発案であったが、この学派のカルト組織的側面を強化するのに役立ったからか、ちゃんと採用されている。もちろん、発想のもとは尊師にあったことにされているのも組織強化手順通り。

さて時の運である。そもそも精神分析の創業自体が、貴族文化最後のひ弱なあだ花が咲く中央ヨーロッパで、文化の表層からは抑圧されていた資本の論理が、その覆いを取って立ち現れようとしている予感の産物であった。金融的実力によって、周縁部とはいえ社会的勢力としてユダヤ人たちが目に見える存在になり始めた時期でもある。フロイトやその弟子たちのほとんどはユダヤ人で、そのため大学の表立ったポストは得られぬ、能力もてあましマージナル開業医であった。言うならば対抗文化的運動体として、この学派ははじまっている。ある種の秘儀的閉鎖集団となることを強いられたのも、致し方なかろう。

しかも、ある程度精神医学界で評価されるようになった頃、かのファシズムの台頭がはじまる。ファシストの迫害を避けての亡命という緊急避難処置が、この学派の国際展開を可能にした。彼らがあのままドイツ文化圏に残っていたら、ドイツ精神病理学派内の奇妙な過激派セクトとして、その生命は終わっていたろう。現にドイツ精神医学界では、精神分析原理主義はほとんど力を持っていない。その主な亡命先である米国で、精神分析学派は最終的に花開くのである。

もっともフロイト本人は英国にとどまり、米国で自我心理学とか精神分析的力動精神医学というものに弱毒無害化されつつ、興隆をえていく傾向を苦々しく眺めていたらしい。そのためか、彼と顔つき合わさねばならなかった英国の精神分析学派はどこやらねじくれ、英国式皮肉がこめられたよく理解しにくい韜晦派であるような印象がある。M・クラインなんか、原理主義とトンデモのごたまぜとしかおもえないし、R・D・レインとか、D・クーパーに至れば、ふてくされの居直りでしかない。

商売として精神分析が大成功するのは米国なのだが、これの要因を考えると、米国には映画とバーベキュー以外の文化が皆無であって、米国人の対ヨーロッパ文化コンプレックスは並ではないことがあげられよう。キリスト教というバックボーンは厳然として存在しているとはいえ、二次大戦後の脱重厚長大工業化と、科学万能行け行けどんどんムードの中で、それだけに頼るのはあまりにズレがありすぎた。

そこにヨーロッパの洗練と、適当な科学的こじつけ、しかもユダヤ教的秘蹟のイメージまで兼ね備えた精神分析が登場すれば、世界の富を独占しつつあった米国民の余剰所得が、そこに投じられるのは自然の流れであったろう。そして五十年近い蜜月が続いたが、分析医にささげられた幾多の告解と、巨額な治療費の無意味さを彼らは実感しつつあるようだ。多様な価値観が定着している現在、精神分析というクラシックな外枠が存続できなくなっていくのは当然だ。後に残るのは、数多くの治療関係のなかで得られた信頼とか、それを得るために試みられた様々な創意工夫の記憶や、苦々しい失敗の教訓であろう。

創始者が打ち破ろうとした古きよき虚妄文化の抑圧は、今きわめて希薄になっている。もちろん、一部の階層の既得権に奉仕すべく、さまざまに形を変えて生き延び、力を強める機会をうかがっているのは事実だが、ワンパターンの手順が通用するほど甘い相手ではないように思う。それに精神分析的言辞そのものが、抑圧的役割を果たすことだってありうる。成熟だとか、自己実現だとかが、かくあるべしというスローガンになってしまわない保証はどこにもない。

誰かが考えた真理に向けて、人を導くことなど不可能だ、というのは精神分析が広く世に知らしめた成果といえる。精神分析学派がある種のカルトであるのは間違いないと思うが、カルトが人を救うことはないという「真理」を如実に示すだけの客観性を維持しているのは、さすが「学派」である所以であろう。(2001/04/06)

注:上記の記述は、あくまで私自身の理解を元にしているので、歴史的な事実などとは厳密には一致しない可能性があり得るのでご注意を。

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  • 措置入院鑑定のセキュリティホール

例の池田小学校事件の影響なのか、最近やたらに措置通報に基づく鑑定依頼が多い。それもどうも妥当性にかけるというか、問題点をはらんでいるような例が多い。

自宅で父親に暴行したとのことで、警官に連れてこられた例はこういうものだった。十数年にわたり家族や近隣に事あるごとに暴力を繰り返してきた人で、警察などに相談しても埒があかず、私のいる病院に何年か前に2〜3度連れられて来たことがあって、そのときは、覚せい剤使用の前歴があり、多少被害的なことも言うからと、覚せい剤中毒後遺症の診断の下、薬物処方を受けた。

それで結構落ち着いたので、それ以後家族は本人が荒れるたびに、こっそり受診して無味無臭の液状安定剤をもらっていた。この薬は治療導入の手段として使っても、目先を誤魔化すのに漫然と使うべきではない。その意味ではこちらの責任も大きいが、家族にしてみれば唯一の救いがこの薬であった。ただ、家族も主治医も、結構落ち着いて仕事しているようなときもあるのに、なぜ周期的に荒れるのか、ということはあまり考えなかったようだ。過去の覚せい剤使用のために多少頭のネジが緩んでいて、不適応に陥るのだろう、と見ていたようだ。

警官に連れられてきたときの鑑定医は妄想性人格障害と診断し、措置不要とした。強制的治療対象ではなく、あくまで暴力事件として司法がかかわる問題であると。それはその通りなのだが、これは起訴を目的にした捜査過程で鑑定しているのではなく、措置入院鑑定なのだ。医師の側がいくら正論をはこうと、この人がこの暴力事件で司法的な吟味を受けることはもう無いのである。たとえ暴行を受けた父親が息子を告訴しようと、まず捜査対象になることはない。警察官としては、事件が措置鑑定行きとなった時点で義務完了で、そこで措置不要となった場合、もう一度起訴するかどうか捜査するという法的な手続きプロセスは存在しないのだ。(あるのかもしれないが、実行されることはない。私の知る限り)

これは精神科医でも知らない人が多いし、マスコミもたぶん知らない。それは家族内の暴力事件だから、なあなあで済ますだけだろう、と思われる人がいるかもしれないが、そうではない。私はかなり悪質な婦女暴行事件や、殺人事件でこれと同じ経過をたどり、無罪放免になった人を複数以上知っている。捜査にかかわる警察官一同が、あっこいつキチガイだわ、と素人判断して通報したら、措置入院となるならないにかかわらず、刑法上の責任はもう問われない。よっぽど「警察の体面」にかかわるような派手な事件でもない限り。派手な事件であっても、マスコミ報道をもみ消すことが出来るような立場の人間なら、このルートでほとんど誤魔化せる。

医師も社会に生きているのだから、社会防衛的な役割をいくらかは負うべき#、などと間抜けなことを言っている一部の精神科医は、こうしたいいかげんな制度運用をどう考えるのだろう。制度の不備をカバーすべく、私的保安(処分)官として活躍するつもりなのだろうか。社会の安全を守るべく、犯罪行為はちゃんと追求され、適切な対応がされるべきなのは当然だ。その役割でもなく、その能力もないものが中途半端にかかわることが危険だ、と言っているのである。この数年来の病院の対応も、やむをえない部分はあったとはいえ、精神病者のラベリングで、彼の犯罪行為をむしろ手助けしていた面が大きい。精神障害者だからしょうがない、と時折出て来る異常行動の波をそう深く考えずに、病院が中途半端にかかわることで、犯罪行為が放置助長されてきたわけだ。

#もちろん私だって、近所に泥棒が入っているところを目撃したら、警察に通報するというような社会防衛への寄与を果たすことには吝かではない。自らの職業上の立場で、出来もしない大風呂敷を広げないだけだ。また自分が出来ないことを他人に押し付けてよしとする、厚かましさも持ち合わせていない。

なお、この人は鑑定の翌日私の外来を訪れ、入院を希望した。よく話を聞けば、覚せい剤を今も常用しており、事件直前にも結構な量の覚せい剤を注射していた。今までもずっと、薬物による意識変容状態で暴力ざたを起こしていたのだ。受診日にはすっかり気のいいアンちゃんになっていて、「いやー、止めたいとは思っててね。ちょっと薬を切りたくて」とのこと。身体的な状態も気になるし、一応入院とはしたが、薬切れでは単なるトロイ怠け者である。ほかの患者への影響も考えれば、2週間ほど入院させておくのがいっぱいだろう。もちろん、この人との信頼関係を作るように努力はするが、だからと言って、犯罪もみ消しの手助けになるのでは、何やってることか判らない。

先の警察官に連絡をとり、精神症状は薬物による一過性のものであること、内肘に山ほど注射痕があること、何より本人が薬物使用を認めていることなどを説明し、血液サンプルなどの提供も申し出るが(これには多分証拠能力はないだろうけど)、警官の対応は予想通りであった。「退院したら、連絡してください」とのこと。彼らには、もう終わった事件なのだ。

私はここで警察の責任回避を責めようとしているのではない。警察官にすれば、さまざまな事件を抱えるなか、病人がかかりつけの病院に引き取られたからそれでいいではないか、と考えるのは当然だ。ただ、そこで病人だとかそうでない、という判断が本当に確かなものなのかと問えば、何のことはない根拠にかけた素人の思い込みだ、ということもありえるのだ。そしてこの例はまさしくそうだった。ご本人は幾多の覚せい剤使用に、一過性症状を示すだけの、むしろ健康すぎる精神の持ち主と言ってよい。

おかしな奴はおかしい、という同義反復の決め付けに学問的な根拠があるかのごとき幻想を付与しているだけ、ということで批判された精神病質概念も、DSM-VIが一見客観的であるかの装いで復活させてしまった。いま目論まれている安易な制度の改革や、付け足しがいかに無意味であって、別の意味での危険をはらんでいるものかを世の人々は知るべきだと思うし、専門家を自称する人間なら、もう少し自分の仕事現場の問題として考えてみるべきなのだ。精神病質概念が批判されるのは、反体制運動家がそのレッテルはりされることへの反発ゆえだった、などと一部党派がアジテーションのつもりで使った粗末なレトリックを一般化=矮小化している人もいる。ネタのつもりなのだろうが、ちょっとどうかと思う。それがその人の「党派性」なんだろうけれど。

確かに妙な連中はいる。共感性にかける理不尽なことをを平気でしでかし、反省もなく、治療への動機もなく、何より治療の方策がない。おまけに治療の場を荒らし、社会に脅威をあたえる。だからと言って、彼らにトートロジーのレッテルを貼ったら何か解決したことになるだろうか。精神障害者一般に無用の疑念を抱かせるだけの精神病質概念の批判は、臨床家の責務だと思う。まして彼らを医療だけの枠内に押し込むことを正当化する論理には、何があっても賛成できない。自分が見なけりゃよい、というものではない。近代司法制度は理性がバックボーンになっていることにされていて、それは犯罪を犯す側にも要求されている。了解できない犯罪には、司法は建前として対応できないのだ。犯罪と言うものが何がしか狂気をはらむものであるのは当然のことで、近代司法制度の勝手な自己限定は幻想でしかない。そうした司法のフィクションについても検討されないと、とてもこの問題総体をとらえたことにはならないだろう。冷静な論議が望まれる。(2001/06/22)

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  • 賢くなければ生きていけない

膣痙攣を検証したり、13日の金曜日の影響を疫学的に調べたり、といったモンティ・パイソン系の論文がよく載ることで有名な” British Medical Journal”の本年度4月7日号に、こんな論文が掲載されている。

「小児期IQと76歳時生存率に関する前向きコホート研究」といういささか長い題名の論文である。コホートというのは、もともとはローマ時代の歩兵隊を意味し、特に公衆衛生領域などで、ある調査対象集団を時系列にそって観察していく方法を言う。例えば、喫煙者と非喫煙者が含まれるある地域住民などを、一定の時間追跡し、肺癌発生率の差を見るような方法である。ある程度集団を大きく取らないと結果が出にくいこと、大きくすれば今度は脱落者が出やすく、この場合など本当にちゃんと診断されているのか怪しくなってしまうが、対象の確保と、結果の信憑性さえはっきりしていれば、まことに人をして納得せしめる結果が出る(こともある)研究方法である。

この論文の著者たちは、1932年、スコットランドのアバディーン市で行われた11歳児全員を対象とした知能テスト成績をもとに、1997年における対象者の生存率を調べることで、知能と寿命の関係をみるという、コホート研究としてきわめてうってつけの研究を目論んでいる。前段で言ったことでも判るように、コホート研究の場合、かなり稀な疾患とか、定義があいまいな状態を対象にすると、結果があやふやになりがちなのだが、「死」という、誰にも訪れ、かつ判定のあいまいさがありえないイベントを選んでいるため、そのあたりの心配はない。問題は65年という年月をへて、対象者がどこまで再把握できるかであるが、この研究では調査対象の79.9%が追跡されている。なかなかいい数字で、これが米国ならこうは行かなかったろう。

著者たちは、1932年の知能テストの結果を、ビネー式知能テストと整合するように補正し、いわゆるIQとして配点しなおした上で、その後の生存率との関連をみている。その結果、表のごとき数字が得られた。

(IQ横のカッコ内は標準偏差)
 
総数
死亡
生存
追跡不能
移住
危険率

男女総数

2792
1084
1101
562
45
 

平均IQ

100(15.0)
97.7(15.4)
102.2(14.2)
100.8(15.1)
98.9(17.1)
P<0.0001

男性総数

1427
646
507
247
27
 

平均IQ

100.5(15.5)
98.9(15.6)
102.5(14.8)
101.1(15.6)
99.0(19.5)
0.001

女性総数

1365
438
594
315
18
 

平均IQ

99.4(14.5)
95.9(14.8)
101.5(13.6)
100.5(14.7)
98.7(13.3)
<0.0001

この表が示すごとく、全員、男性のみ、女性のみ、いずれの集団においても、1997年に生き延びている人は、小児期においてより高いIQを示していた人だ、ということが統計的有意に示される。男性集団のほうが、この優位性にややかげりがあるように見えることについて、著者たちは戦争の影響としている。IQの高い集団は、戦時中、より危険な任務につくことが多く、死亡率が高かったのだという。彼ら、1921年生まれの世代は、第二次戦の影響を最も受けた世代でもある。

これは毎年ごとの生存率曲線にも強く現れており、女性の場合、高IQ群は全年齢において、低IQ群と比べて高い生存率を示すのに比べ、男性の場合は、10台後半までは高IQ群の優位はあるものの、そこから20台中ごろまで急速な生存率低下がみられ、低IQ群とほぼ同じになっている。そして、その後は40台中盤まで、低IQ群のほうがやや優位を保つ現象がみられる#。しかしその後はまた再び高IQ群が盛り返し、調査時点までこの優位は揺るがない。

#この40台までの優位性逆転について、著者たちは何も言っていないが、俗に言われる中間管理職の高ストレスなどを持ち出すことになるのだろうか。もっと追求すれば面白いのに、と思う。

この結果について、著者たちはさまざまな考察を列挙している。(1)子供の知能というのは、健全な発育の結果だから、その後の生存率にも差がありうる。(2)知能が高いという形であらわれる、身体システム統合の完成度の高さが、身体疾患への反応性などに差を示す。(3)高知能の人は、身を破滅させるような生活態度を取りにくいのだ。(4)高知能の人は安定した雇用を得られる可能性がより高く、安全な環境を獲得しやすい。特に女性の場合、高知能の人ほど配偶者が高知能となる傾向が強く、安定した生活が確保されやすい、などなど。

もちろん、より社会的視点が必要であることも主張してはいる。小児期と言ったって11歳時のテストなので、その結果から、充分な幼児期教育や初等教育と、それを可能にする経済力や社会階層との関係を分離するわけにはいかない。人は賢く生まれるのではなく、賢く育てられるのである。

最終的結論として、著者たちは取り立てて何かひとつの要因を主張してはいない。高IQ群が高生存率を示す、という事実を指摘しているだけだ。今後の研究の展開で、何らかの原因が突き止められることを期待しているのだが、私はこれを読んでいて、ある根源的疑問にとらわれた。著者たちはこれを意識しているのだろうか?

その疑問と言うのは、「人間の知能には、『自然淘汰』は働かないのか?」というものだ。男性の場合はちょっと違う経過があるとはいえ、女性の場合など、高IQ群は圧倒的に生存率が高いのだ。すでに20台はじめで数%以上引き離し、76歳では実に30%近い差がある。子供を産む能力のある間に限っても、一割の差だ。竹内久美子サンなんかが冗談でいう生存に有利な条件などと、比べ物にならないオーダーで高知能群は生き残るのに、なぜ人の知能は進化していかないのであろうか。

それは確かに、時代とともに人の知識量が増えているのは、ある程度事実である。しかし、知能があがったとはお世辞にもいえない。ここで紹介した論文で示されたことが、単なる統計のアヤでないのだとしたら、人類にとって火急な研究課題は、「なぜ高知能群は生き残るのか」と言うことではなく、「なぜ人類は愚かなままでありつづけるのか」であるのは間違いない。(2001/07/13)

追記:もちろん私とて、知能テストで示されるようなものと、本当の意味での「賢さ」は別物であることは承知しております。また、この研究で言われているIQの差など、統計的には優位ではあっても、実際の生活能力としての差にはとてもなりえないことも承知していますが、あえて賢い=高IQという俗論に依拠して論を進めております。もう一つ白状すると、この論文の存在はDarwinawards.comで取り上げられていたから知ったので、いくら妙な論文がよく載るからといって、いつもBMJのサイトなどチェックしているわけではありません。

Reference

“Longitudinal cohort study of childhood IQ and survival up to age 76” ;Lawrence J Whalley, professor of mental health, Ian J Deary, professor of differential psychology. ;:BMJ 2001;322:819 ( 7 April )

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  • 明日から5マイル離れて

昨年10月のJAMA(米国医師会雑誌)に、「明日から5マイル離れて」と題したエッセイが投稿されている。筆者はシェタル・シャーというエスニックな名前の持ち主で、インド系とも中東系とも、アフリカ系とも判断しかねる。

彼は医学生のとき、世界各地でボランティアをかねた臨床実習をしてきた人のようで、アフリカやネパール、アラスカでの経歴がこちら(かなり大きいファイルなので注意。落としたあと、Shetal Shahで検索を)で確認できる。なかなかの行動力の持ち主で、私的レポートをメール配信することを条件にしてスポンサーを募り、渡航費用を捻出したりしたようだ。TV局のバックアップがない、電波少年医学生版というところか。

JAMAの投稿文は、彼のアラスカでの経験だという。彼はベーリング海に浮かぶ小島にすむイヌイット(今はエスキモーと言っても差別的表現にはならないらしいが、ここではその言葉は使われていない。しかしイヌイットではちょっと部族が違うらしくて、ユピックとも書かれている)の集落にあるクリニックで臨床実習していた。明日から5マイルというのは、その島が日付変更線のすぐそばにあることの文学的表現である。「深夜プラス1」みたいでカッコいい。

ある日、村のクリニックに97歳になる村の最長老が受診する。彼は礼儀正しく、威厳に満ちている。バイタルサインには異常がない。以下は引用。

――――――――――――――

「どうされたのですか?」

彼は歯のない口をあけて笑い、何もいわない。

「どこか悪いところがおありですか?」少し大きな声で私は言った。97歳では聴力も落ちているだろう。

彼は微笑み、顔の皺をよせて、つぶやいた。「役立たずなんじゃよ」

「どういう事でしょうか?」

「わしはかって、立派な鯨採りで皮剥ぎ師だった」彼はうつむき加減の姿勢を改め、胸を張り、誇りをこめて言った。

私には狩りが出来なくなった狩人に言うべき言葉もなく、困惑して彼を眺めるばかりだったので、彼は先を続けた。

「時が過ぎるとともに、わしはさらによい狩人になり、そして一番の鯨採りになった。しかし、時はさらに過ぎて行ってしまった。」

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以下要約すると、彼は年老い、もはや狩りは出来なくなっていた。子供や孫、そしてひ孫たちに自分の技術を伝えることも終え、なすべきことはもう残っていなかった。この極北の村では、部族の為になすべきことを終えた老人は、祈りの歌をうたい、一番いい毛皮を着込み、家族に別れを告げて、凍った北極海へ歩みでていき、そして戻らないのである。彼をクリニックに赴かせた「主訴」は、別れの挨拶を告げることだった。

筆者はここで悩む。尊厳死を患者の権利とする考え方には同意できるが、それは回復の可能性がない疾患の場合だ。こうした場合にまで、その考え方を拡張できるものだろうか。

結局筆者は部族の固有文化を尊重することにして、彼の「尊厳死」を受け入れる。クリニックに彼の家族が集まり、別れの挨拶が交わされる。彼は取って置きのアザラシ皮のコートを着込み、凍った北極海に向かう。

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彼は歯のない口をあけて微笑むと、手を振り、ゆっくりと早朝の霧の中へ消えていった。

指導医は彼のカルテをこう結び、そこには二重線が引かれていた。

「不屈の精神、うらやむべき人生」

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なんで部族文化の掟に従おうとしている長老が、部外者の所にきて別れを告げねばならんのかとか、実習生とドクターは夕方から一晩中、長老一家に付き合っていたのかなどと、多少ひっかかるところもありつつ、全体としてはええ話やないかい、と言いたい所ではある。ところが最新号のJAMAに、このエッセイに対する疑問が載せられている。その疑問はあのアラスカの診療所で、シャー医学生を指導したスベンソン医師自身によるものだ。

スベンソン医師は、シャー氏が書いたような出来事があのクリニックで起こった事実はないという。そもそもイヌイット文化では老人は伝統と知識の伝達者として、きわめて大事にされる。彼らにとって極地は豊饒の地で、限られた資源を守るために老人が自分を犠牲にすることなど無いと断言している。老人が直面する絶望と言うものは、ユピック文化よりも、西欧文化のほうが深刻なものだとも。

その指摘にはシェタル・シャー医師自身の反論が添えられている。要約すると、「実習期間中にあのような出来事が起こらなかったということと、あの村でああ言うことが起こらないと言うこととは違う。エッセイにまとめるにあたって、事実を濃縮して記載することと、患者の秘密を守る必要性があった。事実を換骨奪胎しながら”good story”にまとめていくことの重要性は、スベンソン氏自身認めている。老人がユピック文化で尊重されているのは言うまでもない。だからといって、老人たちの自己評価の高さにそのままつながるというものではない。」というもの。

なお、雑誌の編者は最後にこう付記している。「シャー医師の原稿を受け付けたとき、編者はこれが実際の体験だと信じていた。原稿の添え書きにも、『これは私が医学生としてアラスカの離村で体験した物語である』と書かれてあった。」

シャー氏が自分の体験としてあのエッセイを投稿したのは間違いない様で、その言い訳はかなり苦しい。はじめに紹介したように、シャー氏は実に行動的にして進取の気性に富んだ方であるようで、何よりも「作家」の視点を持っておられるようだ。作家にとって、真実をよりよく伝えるためには、事実に手を加えて記載することがもっとも近道なのだろう。彼の場合、その真実の捉え方が、エスノセントリズムと固有文化至上主義の奇妙なないまぜ、という類型的枠組みから、少々自由でないきらいはあるけれども。エッセイとはいえ、医学雑誌には作家的態度はいささかそぐわなかった、というところか。ウェブページでっち上げるぐらいにしておけばよかったのにねえ。ともあれ、彼の名前は覚えておいて損ではないだろう。マイクル・クライトンの二代目を狙える人かもしれない。(2001/08/31)

Reference:

1.Shah, Shetal. Five miles from tomorrow. JAMA.2000;284:1897-1898

2.Swenson, Michael D. A Story About Suicide in the Arctic. JAMA 2001;286:919

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