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2001年の11月、ノースダコタ州ビスマルクで、一人の日本人女性が保護される。当時の報道によれば、東京からきた「コニシ・タカコ」というその女性は、手描きの地図を持っていて、それには映画「ファーゴ」のなかで1万ドルの金が隠された地点が記されていた。警察官はそれが映画の中のことで、事実ではないのだと説得したが、Ms.コニシは納得しなかった。そして翌日、ハンターが彼女の凍死体を発見する。その死体は、映画の中で金が隠されたとされた、湖の近くにあった。

この事件は向こうのニュースサイトなどで散々取り上げられ、現実と虚構を混同してしまった日本人女性の奇妙な死として話題になった。「ファーゴ」は事実を下書きにした映画だというデマもこの事件とは別に存在したので、謎が謎を呼ぶ雰囲気がかもし出された。この映画の始まりの部分で、「これは実話に基づいて……」と示されるというのがその理由の一つらしいのだが、これは作劇法の一種にすぎないらしい。こう表示されれば事実だというのなら、かの「バタリアン」だって事実に即した映画だということになる。

はじめに噂になったころ、私もこれについて記事を書こうとおもったものの、考えられる限りのコニシタカコで検索してみても、日本で報道された形跡がなく(向こうの報道をそのまま紹介した記事はあったようだが)、真相に迫るのは無理としても、多少でも色をつけることも出来なんだので断念した覚えがある。

今年になって、イギリスのジャーナリスト、ポール・ベルツェラーが、コニシ・タカコの最後の日々を映像作品に仕上げようとこころみた。スタッフやMs.コニシを演じる女優とともに現地を訪れた顛末がこちらに記されている。(上の写真はその映像作品の一部。Ms.コニシを演じるのはロンドン在住の日本人、ミミ)

彼の取材は、Ms.コニシが米国人の既婚男性との悲しい恋の破局の末に死を選んだことを明らかにした。「ファーゴ」についての言動は、付け足された噂話だった。彼女は恋人との思い出の場所で死のうとしてビスマルクへやってきた。彼女の持っていた手書きの地図というのも、映画とは関係のない、その思い出の場所が記されたものだった。ほとんど英語が話せない彼女がつげた地名、それがファーゴであったのだけれど、それを聞いた土地の保安官が、地図と結びつけて誤解をしてしまったということに過ぎなかったのである。

伝説化した「奇妙な死」は、そのよるべない死にむかう姿に人々が無責任に投影した物語で、彼女には何のかかわりもなかった。彼の記事は、自らの死をジョークの種にされてしまった、Ms.コニシへの悔やみの言葉で結ばれている。(2003/06/16)

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  • 泣かせ系転送メール

英語圏のチェーンメールに多いのは、なんと言っても脅し系というか、バックシートにひそむ殺人鬼とか、麻酔剤入りの香水をかがせて身包みをはいでしまう強盗などへの注意を呼びかけるようなものが多いのだけれど、ちょっと特異なジャンルとして、「泣かせ系」というのもある。

難病の子供に励ましの便りを送ろうというようなものから分化したものなのだろうが、ありきたりの物の中では出色の内容であることが多い。こちらでその新手が紹介されていたので、暇に任せて訳してみた。ありきたりといえばありきたりだが、ちょっとくだくだしいところをすっきりさせたら、浅田次郎風の泣かせ話にはなりそう。

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私の家にほど近い海岸で初めてその女の子と出会ったとき、彼女は6歳だった。私は、世界がよそよそしく感じられるようになり始めるといつでも、車で3、4マイル離れたこの海岸に来ることにしている。その子は砂の城のようなものを作っていて、こちらを見上げた瞳の色は、海と同じ青だった。

「こんにちは」とその子がいう。
私はあいまいにうなづき返す。正直言って、子供にかかずらう気分ではない。

「工事中なの」と彼女はいう。
「そうみたいだね。なんなの、それ?」そう興味もなく、私はたずねる。
「私も知らないの。私、砂を触ってるのが好きなの」

それはちょっといい感じに思えたので、私も靴を脱いではだしになった。シギが一羽、空を舞っている。

「あれは喜びよ」少女はそういった。
「なんだって?」
「喜び。ママがいってたの。シギは喜びを運んでくるんだって」

シギは砂浜に舞い降りた。喜びよ、さようなら、私は自分に向かってそうつぶやく、苦しみよこんにちは、そして歩きだした。私は打ちひしがれていた。私の人生は完全に平静さを失っているように思えていた。

「お名前をおしえて」少女はあきらめない。
「ロバートだよ。ロバート・ピーターソン」
「私はウェンディ、6歳よ」
「じゃね、ウェンディ」
彼女はくすくす笑いながらいう。「あなたって、変」

そんな気分ではなかったが、私もつられて笑いだし、歩きつづけた。彼女の歌うような笑い声が追いかけてくる。

「また来てね、ピーターソンさん。また一緒に遊んでちょうだい」

続く日々は他人に属していた。ボーイスカウト、PTAの会合、そして病んだ私の母。太陽の輝くある朝、私は汚水溜めから手を取り出すことにした。シギを見たいな、私はそう自分につぶやき、コートを取り出した。

海岸の安らぎが私を待っていた。風は冷たかったが、私は歩き続け、景色を取り込もうとしていた。

「こんにちは、ピーターソンさん」あの娘がいう。「遊びに来たの?」
「君は何を企んでいるんだい?」私は少々わずらわしげに尋ねた。
「言ってること、わからないわ」
「ジェスチャーでもしてみようか?」皮肉っぽく言ってみる。「一人で歩きたいだけなんだ」

その子は、なんとなく顔色が悪かった。「どこに住んでいるの?」と私は尋ねた。

「あそこよ」彼女はコテージが集まっているあたりを指差した。
どうして?こんな冬に。「学校はどこにいってるの?」
「学校には行ってないの。ママがお休みでいいっていうから」

海岸をぶらつきながら、彼女は女の子ぽいおしゃべりをつづける。しかし私はほとんど聞いていなかった。私が帰ろうとすると、ウェンディはとっても楽しかったといった。私もちょっといい気分になって、そうだねと、彼女に微笑みかけた。

3週間後、私はほとんどパニック状態で海岸にいた。ウェンディと話をする気にもなれず、彼女の母親にウェンディを家に入れておいてくれと頼もうと思ったほどだ。ウェンディがやってきたとき、私は不機嫌な調子でいった。「お願いだ。今日は独りになりたいんだ」

「どうしたの?」彼女はひどく蒼ざめていて、息も切れている様子だった。

私は彼女に向き直り、叫んだ。「母が死んだんだ」、ああ、こんなこと、何で小さい子供に言っているんだろう。

彼女は静かに言った。「だから今日は悪い日なのね」
「そうだ」私は言った。「昨日も、その前の日も、みんなどこかへいってほしい」
「苦しんだの?」と彼女は尋ねる。
「何が苦しんだって?」私は彼女にも、自分にも腹を立てながら聞き返した。
「お母さんが死んだとき」

「苦しんだにきまってるだろ」私はそういい捨てると、そこから歩き去った。

一ヶ月ほどして、私はまた海岸に行った。ウェンディはいなかった。申し訳ないのと、恥ずかしい思いも重なり、彼女に会いたいと思った。私は彼女のコテージに向かって歩き、そのドアをノックした。蜂蜜色の髪の、疲れた感じの若い女性がドアを開いた。

「こんにちは、私はロバート・ピーターソンと申します。今日はお宅のお嬢さんと会えなくて、どこにいるのかなと思いまして」
「ピーターソンさん、どうぞお入りになって。あなたのことはウェンディから聞いていますわ。あの子があなたをわずらわせたのではないかと、気になっていたんです。迷惑だったなら、私から謝らせてください」
「そんなことありませんよ。ウェンディはとっても素晴らしい子でした」そういった時、私は突然自分の言葉の意味を悟った。
「ウェンディは先週亡くなりました。あの子は白血病だったんです。多分言わなかったでしょうけど」

息がつまり、私は椅子で身体を支えた。呼吸が戻ってくるまで、しばらくかかった。

「あの子はこの海岸が好きでした。ここに来たいといったとき、だめだと言えませんでした。ここだとあの子はとっても調子がいいように見え、とても幸せにすごせるといっていました。でも、ほんのちょっと前から急に悪くなって……」母親は口ごもった。「あの子があなたに渡してほしいといってたものがありますわ…。見つけてきますので、待っていてください」

母親に何か言わないといけないと心はあせったのだが、私はバカみたいにうなずくだけだった。母親は私に「ピーターソンさんへ」と子供らしい字でかかれた封筒を手渡した。中にはクレヨンで書かれた一枚の絵が入っていた。黄色い砂浜、青い海、茶色い鳥。その下にはこう書かれていた。「あなたに喜びを運んでくれるシギ」

涙があふれ、愛をあらかた忘れかけていた心が開かれた思いがした。

私は母親の手をとり、「ごめんなさい」と何度もつぶやきながら、共に泣いた。

その貴重な絵は、今は額に入れられて私の机の前に置かれている。彼女の書いてくれた言葉は、彼女の短い人生そのものだ。それは私に調和と、勇気、無償の愛を呼びかけてくれる。海の色の瞳と砂色の髪をもった少女からの、愛という名の贈り物だ。
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この話は1978年にカナダの宗教系雑誌にのり、それが「リーダーズ ダイジェスト」に転載され、その後一種の民話化していって、やがてネットに登場したということのよう。オリジナルでは主人公は女性になっているとのこと。浅田次郎レベルのオリジナリティでも、なかなかネットには求めがたいというところか。たしかに、ちょっといい話ではあるものの、これを転送メールにして循環させ続けようとする情熱までは理解しがたい。(2003/06/18)

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  • ビートル・ボーイの憂鬱

「身体の中で虫が増殖する」というイメージはかなり気色の悪いもので、これに関する都市伝説も数多い。こちらでも以前、こんな話を紹介した事がある。これが細菌やウイルスの増殖ということなら、冷静に「疾患」としてとらえられるのに、目に見える生物が身体の中を這い回っていると思うだけで身の毛がよだつのだから、不思議なものである。手指足趾の再接着手術後の管理とか、化膿巣の処置にヒルとかウジ虫を使うというのが最新の医療技術として一般化してきているらしいが、患者側はもちろんのこと、医療者側にだって、心理的抵抗がかなりあろだろうとおもわれる。

これが寄生虫ではおなじみの線虫類ならまだ納得もつくのだが、羽虫のようなものが身体に巣食い、そいつが次々外に飛び出してくるということになると、神話的不安を呼び起こさざるを得ないだろう。後で述べるような、かなり例外的な状態ではそういうこともありえるらしいのだが、まさしくそうしたホラー系の症状を示す例が、同じような地域で3例続けて発見されたという報道がなされた。

インドの英字紙、「カルカッタ・テレグラフ」によれば、西ベンガル州のブルドワン大学病院に、6月7日、13才の少年が奇妙な症状のために入院した。チャンダン・ゴスワミ少年は鼠径部に瘻孔が形成されていて、そこから羽の生えたハエのような虫が次々に飛び出してきていたのである。

熱帯地方では、もっぱら家畜の病気(もちろん稀だが人にもある)として蝿蛆症(ここなんかを参照のこと)というものがみられるが、その場合は粘膜部や傷口などに植えつけられた卵から孵った幼虫が体内に住み着き、体外に出てきてサナギとなるのが普通だとのこと。この例のように、羽の生えた成虫となって飛んで出てくるというのは極めて珍しいそうだ。

この少年のその後については、同紙がフォローしていたが、6月17日、ハエと呼ばれていた虫は実はカブトムシの一種であったことが判明したと報じてからは、この少年を「Beetle Boy」と書くようようになった。引用するほうもそれにならうものだから、全世界的に「Beetle Boy」が定着することになった。

その後、「Beetle Boy」というのはあんまりだろうという投書などもあり、同紙のアーカイブでは「Insect Boy」(あんまり変わらんような気もするが)に書き換えられている。6月24日の記事で、虫が出てくるのは相変わらずで、市の衛生当局は少年をカルカッタの病院に移送することに決定したという記事が出たあとは、似たような症状を持つ2歳半の子供が見つかった記事が一度出ただけで、ゴスワミ少年のその後の消息は不明である。

別の新聞報道では、7月25日、ゴスワミ少年がはじめに入院した病院に、左目の腫脹部よりアリが這い出てくる11歳の少年が入院してきたという記事が載っている。そちらもかなり奇妙な症状ではあり、なんでそんな珍しい例が次々に出てくるのか、ちょっと理解しがたい。

そこにゴスワミ少年のことも書かれているが、その症状は改善せず、いまだに入院中とされている。ただ、幼虫はどうも膀胱にいるらしく、排尿時に虫が出てくると書かれているのが興味を引くところ。いまのところ、この症例に関する論文はまだ出ていないようだ。

初回記事の写真を見る限り、少年は栄養状態もよさそうだし、なんでそんな感染を起こしたのかちょっと不明。もしかしたら、これと同じような原因なのかと、不埒にも想像してしまった。ゴスワミ君ごめんね。(2003/07/03)

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  • 時間旅行者の助け求む

昨年1月ごろから、英語圏にこんなスパムメールがいきかっているという。

「Subject:時間旅行者の助け求む。

Message:もしあなたが時間旅行者、もしくは人類を装ったエイリアン、もしくは時間旅行を可能にする技術をお持ちであれば、どうか助けていただきたい」(以下要約)自分の人生は陰謀によって呪われており、このままでは死ぬしかない。いまの記憶を持ったまま、4才のころの自分にもどって、陰謀を回避して人生をやり直したい。物理的に過去に戻るもよし、意識だけを過去に戻す方法でもよし、それを可能にする手段を提供してもらえれば、充分な報酬を払う用意がある。」

「あなたがこの宇宙を改訂できるような至高の存在なら、どうか返信をお願いしたい」という、悲痛な願いでこのメールは閉じられている。もっとも、「もし、悪い宇宙人だったら返信は結構」なんて追伸があったりするので、ネタなのかなとも思ってしまうのだが。

実際にはネタというには不釣合いなほど大量、無差別なスパムとしてこれはばら撒かれているらしい。Bloggerたちがこのメールに反応し、ジョークで技術提供を申し出ていたりするようだ。単なる病的逸脱行動なのではないかという観測も多い中、このメールの送り主(この人はたくさんの有効無効とりまぜたメールアドレスを名乗るのだが、転送経路の検索などから、米国マサチューセッツ州に居住する人であることがほぼ割り出されているらしい)は、かなりの変化球を投げるようになった。

「もしあなたが2008年、次元D1263GT10、もしくは2432年、次元D2044GT5からの時間旅行者である場合、もしくは腕時計型次元ワープ発生器(シリーズ#52 4350の複製品) の持ち主なら、助けを請いたい。私の人生は邪悪な存在によってめちゃくちゃにされているので、いまの記憶を保ったまま、過去の自分に戻りたい。別のタイプの時間旅行でもかまわない。これはジョークではない。以下にメールをお願いしたい」

今年の7月には、e-Bayのオークションに、このメールの送り主が言うところの#52 4350タイプのマインドワープ発生器と、その付属品なるものが出品されている。

もちろん取引は成立しなかったらしいが、これはかのスパマーによる自作自演だという説と、このスパムをネタにした冗談だという説の両方がささやかれている。あの大量のスパムには、何か別の目的があるに違いないという推測と、単なる頭のネジのゆるんだ人間の愚行に、調子乗りのBloggerがイタズラしかけているだけという見方があるわけだ。

元メールには、かなり定型的な被害妄想を思わせる内容が書かれているところから、私は病的情熱の産物だと思いますがねぇ。その定型的なところがかえって怪しいといえなくもないが。(2003/08/08)

そんな風に書いていたところ、かなり詳しい記載がこちらでもされているのを発見したので、かいつまんで紹介する。

その記事はまず、今年の夏、デーブ・ヒルという青年が、時間旅行のために必要な機材を求めるスパム・メールを受け取るところからはじまる。そのメールは、「アクメ5X24シリーズ時間変換キャパシタ」や、「AMD次元ワープ発生器」などを求めており、提供者には5000ドル支払うという。デーブは早速フォトショップで作った怪しい機材の写真を掲げたオンラインショップを開き、メールの送り主、ボブ・ホワイトに連絡をとった。そして、古いハードディスクのモーターを「ワープ発生器」と偽って、ボブに送りつけたのである。

数日後、ボブから感謝のこもった受け取り連絡があり、ほかの機材も本気で要求してくるのをみて、デーブはインチキをやめることにした。彼は、あれはジョークで、何かオチがあるに違いないと思っていたのだった。デーブは、メールの送り主、ボブ・ホワイトは病的問題を抱えていると悟った。

このメールを送ったのは、ロバート・トディーノというマサチューセッツ州在住の22歳の青年であることが判明している。彼は2001年暮れから、10億通にのぼる時間旅行技術を求める奇妙なメールを送り続けている。彼は電話取材にこう語っている。「僕の行動を監視している人間たちがどう思おうと関係ないさ。これが唯一の手段なんだからね」

彼の父親は、息子の「心理学的問題」につけこんで、金を騙し取る連中に悩まされている。「息子は莫大な金をつぎ込み、傷つけられ続けてきた」。しかし当のロバートは、自分には精神的問題などなく、彼が求めている時間旅行技術はどこかに必ずあると主張する。「人は僕がいかれているというかもしれないけれど、僕はこれが実際に存在することを知っている。僕をバカにする無知な人々は、僕みたいに情報源に触れていないからね」。

ロバートは以前、「RTマーケッティング」なる会社を設立していて、"DETECTIVE"という怪しげなソフトウェアや、「政府の補助金がすぐに得られる」という事業勧誘のスパムを送ったとして、2001年にマサチューセッツ州当局による、「スパム禁止令」によって摘発された初めての事例で、その際5000ドルの罰金を科せられている。

彼が例の「時間旅行」スパムを送るようになったのは、その直後からであるらしい。「スパム禁止令」適応第一号という有名人なのに、身元を隠す手段はほとんどとっていなかったため、すぐに実名が割れてしまった。彼は「陰謀」によってタイムマシンが手に入らないのだと信じている。「僕を常に監視している連中がいて、誰かが僕に役立つものを送ってくれるのを邪魔しているんだ。でも、銀河の外から必要なものが送られてくるはずだ。求め続ける限り、必ず手に入ると信じているよ」

ウェブ・アーカイブの"DETECTIVE"広告の段階で、すでに思考がかなり弛緩してきているのが目立つが(ほのめかしばっかで、何いってるかサッパリ判らん)、そんな状態で抑制が外れた商売をもくろんで挫折したものだから、一転して被害妄想と誇大妄想の、二項対立的世界に閉ざされることになってしまったんですかなぁ。それでも、ネットという広いのだか狭いのだかわからない舞台とはいえ、積極的に打って出る姿勢を維持しているところに、まだ現実に立ち返る可能性があるといえるかも。(2003/08/31)

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  • 大停電とベビーブーム

さる8月14日(現地時間)、合衆国とカナダの一部で起こった大停電は、幸いなことにそれほどの二次的パニックにもいたらず、めでたく復旧にいたったのはご存知の通り。よその国に大義名分付けて爆弾投げつけゲームしているあいだに、自分のところのインフラが少々立ち遅れてしまったのが、その原因だというのが笑えるところ。もっとも、冷夏がなければ、もっとひどいことになっていたかもしれない国もあるわけで、あまり人のこともいえないのだけれど。

こういう大停電があると、必ずいわれるのが「ベビーブーム」との関連である。これは1965年に起こったNY大停電の翌年8月、ニューヨーク・タイムズが「ニューヨークでは時ならぬベビー・ブームが巻き起こっている」と報道したのが、はっきりとした記録では最初とのことだ。77年の停電でも同様の噂(というより、事実そのものとして)があり、かの9/11テロのあとでも、ちょっと雰囲気を変えて主張されている。

1966年8月10日、マーチン・トルチン記者による「停電から9ヵ月後、出生率が上昇」という記事がまず書かれた。ニューヨークのいくつかの病院、地域でいままでの記録以上の新生児が生まれているというのである。「電気がつかないので、人々は結びつきを深めるしかなかったのだろう」という社会学者のコメントがそれに添えられていた。翌日もその補足記事が書かれたが、12日に追加された記事はちょっとニュアンスが変わっていた。

「出生率は次第に正常化」と題されたその記事では、いつにない出産増がみられた病院は一部だけで、大半の病院の出産数は平年並かそれ以下であったとされている。そして、専門家の意見として、「8月はいつも出産数が多くなるもので、停電で出生率が上がったというのは、たんなる偶然に過ぎない」と、二日前の主張を否定するような内容になっているのである。ちょっと考えれば、真っ暗けになって、ほかの子供がおびえてその世話にかかりきりといった場合だってあるはずで、誰もがみなロマンチックな時間をもてるようになるわけではないのである。たまたま起こった偶然の出来事をとりだし、都合のいい理屈付けをするという典型なのだ。

しかし、その実質的訂正記事にもかかわらず、はじめの主張、「大停電で空前のベビーブーム」という記事内容だけは一人歩きすることになった。多くの人がまるで統計的事実であるかのように、大停電のあとにはベビーブームがくるといい、しかもそれを地震や災害、戦乱などに一般化していったのである。それを統計的に検証して否定する公衆衛生学や産婦人科学の論文が68年、70年、71年に出ているが、全く疑われることもなく流通する俗説に対し、あまりに多勢に無勢という印象は否めない。

いまもこれが疑われずに流通しているのは、今度の大停電でもさっそくこういう発言が責任ある立場の人から出ている事を見ても明らかだろう。こわもてジャーナリストらしいこの人なども、77年の停電について、「9ヶ月後にベビーブームが起きた」と主張しているのである。多分確認などしていないのだろう。東電の技術力を疑う前に、自分の取材力を疑ったほうがよさそう。ほかにも株式コメンテーターが、この夏に予想された停電を前にして、マタニティ関連の株を買うようにすすめるものがあったのも苦笑をさそう。株なんてのは結局、流説を根拠にしたバクチなんだから、この程度の胡散臭い事いってりゃいいわけですな。

都市伝説研究の大御所であるJ.H.ブルンヴァンはその著書「赤ちゃん列車が行く」(新宿書房)のなかで、書名となっている「赤ちゃん列車」伝説について触れている。これは著者がいた大学の既婚者寮の近くにある鉄道が、早朝に貨物列車を走らせるので、轟音で中途半端にたたき起こされた若い夫婦たちが、仕方なく子作りに励むことになり、高い出生率を示すという「大学伝説」である。このパターンはあちこちの街にもあり、ある人などは「朝早く仕事に出かけるストーンヘンジの環状列石を作る人々に起こされたケルト人の夫婦」のバージョンまであるのではないかと、予想しているということだ。

この話と、「停電でベビーブーム」が同じ構造を持っていることは明らかだろう。ブルンヴァンの言を借りれば、「ジャーナリストたちは生き生きとした伝説の魅力に抗い切れないことがある」。もちろん、何にあらがい切れないのかといえば、いい加減なヨタをとばす誘惑に対してなのだが。(2003/08/19) 

(こちらが参照記事。NYタイムズの最初の記事から、70年の公衆衛生論文までちゃんと集めてくれている)

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  • Cough CPRは可能か?

以前、咳による自己救命法のチェーンメールを紹介した事があったが、それについて専門家が国際学会で肯定的な意見を出したというので、ちょっと話題になっている。

この"Cough CPR"とは、心室細動や重症の房室ブロックという、心停止が突発的に起こる不整脈に対して、強い咳をしつづけることで一種の自己心マッサージをおこない、意識消失するのを防ぐというものだ。以下に99年ごろに循環したという、チェーンメールの内容を再録する。

これは真面目な話しだ…。今は午後4時17分、あなたは車で家に向かっている。今日の仕事はいつになくきつかった。ノルマは厳しく、上役はまったくこちらの事情など考えてくれない。不満をならべだすときりがなく、あなたはいらいらと車を進めている。

突然、あなたは胸に強い痛みを感じる。それは腕からあごのあたりにまで広がる。一番近い病院まであと10キロ、そこまで持つだろうか?どうしたらいい?あなたはこの前心肺救命処置の講習を受けている。でも一人で、しかも自分自身に何が出来る?

心臓発作を独りで生き抜く方法

独りでいるときに心臓発作をおこしたら、この文章を思い出されたい。人間の心臓が突然鼓動を止めると、何の助けもない場合、意識消失までには10秒しか残されていない。そんなとき、激しくせきをし続けることでその人は自分の命を救うことが出来る。せきをする事で呼吸は維持されて酸素供給が行われ、せきで胸腔内圧が高まるために心臓の血液拍出も保たれる。誰かの助けを得るか、心臓がふたたび正常に動き始めるまで、せきは2秒に一度以上の割で続ける必要がある。

せきによる胸腔内圧上昇と、それによる心臓マッサージ効果は、心調律の再開を促す効果もある。こうして患者は電話をかけるなり、助けを呼ぶなり出来るようになる。

この方法を出来る限り多くの人に伝えてほしい。それが彼らの命を救うのだ。

これに対して,専門家の意見は冷ややかであった。たとえば米国赤十字は、わざわざこの方法についての否定的意見ページを用意している。米国心疾患協会でも同じような解説があるが、こちらはちょっと分かりにくい。よく読めば、この「咳による自己救命法」には効果がある可能性はあるが、一般的な救命テクニックをややこしくするので、救命法として教えるのは適当でないというような妙な書き方になっている。そして、心電図モニター下で、心血管造影をやっているような状況なら、これは効果のある方法だろうとされている。誰もいないところで心停止を起こしかけたときの対応法に、なんだか妙な方向からのケチつけのように私には思えるのですがね。

今月の2日、ウィーンで行われた欧州循環器学会の席で、ポーランドの循環器専門家、シュレジエン医科大学のタデシュ・ペテレンツ教授は、不整脈による突然死を防ぐのに、この"Cough CPR"がきわめて効果的であると報告した。彼は不整脈による意識消失歴のある、115例の自験例に対して、症状の前兆などを説明し、"Cough CPR"のやり方を覚えさせた。その結果、この患者たちは総数で365回の発作を起こしたが、全ての発作はこの"Cough CPR"によって乗りきれ、医学的対応がさらに必要だったのは73回の発作例だけだったという。

ペテレンツ教授はこう語る。「この咳自己救命法は一般大衆に教えられるべきです。多くの人々は自分の心疾患に気づいていないし、意識消失が最初の症状としてあらわれ、そして最後の症状になることが多いのです。悲しいことに、人生もそこで終わるのですが」

しかし、他の専門家たちはなおこの方法には懐疑的である。症状の予兆を一般患者が知るのは困難だろうし、効果も正しく判定されていないというのがその理由。好意的な意見も、「咳救命法」を行った患者たちが、本当に不整脈を起こしていたかという検証がないので、今後の研究が必要としている。

心電図モニター下ではそれなりに有用とまで認めつつ、この方法に専門家がいい顔をしないのがとても不思議だった。一人でいるときに発作がおこって、そのままアウトになってしまうより、やれることは何だってやればいいと思うんですが。不整脈ではないような心臓発作の場合に、意味なく胸腔内圧を高めてしまって害が出る可能性を恐れているのかと思ったが、反対する人でも「害はない」という点では一致しているらしい。純粋に、どこの誰とも分からん人間による、チェーンメールなんぞで提案されたのが不愉快ということのようだ。「専門家」というのは、何よりも「自分たちによる事態のコントロール」ということを優先するのです。当然、患者の命よりもね。(2003/09/21)

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  • ザーメンのおもわぬ効用2題

その1.「フェラチオで乳癌が減少??」

CNN.comは今月2日、「フェラチオは女性の乳癌リスクを著明に減少させる」という、ノースカロライナ州立大学の研究者たちによる調査研究結果について報道した。

その「報道」によると、この調査研究は25歳から45歳の女性15000人以上を対象に行われ、定期的にこの行為を行う女性群の乳癌発生率が1.9%であるのに比し、これを行わない群では10.4%という、5倍以上の高率となることが示されたという。

記事には、研究グループの一人とされる、インサルタ・シャフテェア博士(Dr. Inserta Shafteer)のこんなコメントも記されている。「こんな簡単な行為で、女性のリスクを減らせるのです。この事実があきらかになってから、私も毎日これに励むようになりましたわ。乳がんリスクを減らすためにね」

この博士の名前をみただけでも明らかなように、これは全くのでっち上げ記事で、そもそもこのCNN風にしつらえたページがあったのが、ノースカロライナ大学の学生によるサイト。このページが注目をあびた直後に、CNNとアソシエイトプレスから法的手段をとると警告されたとのことで、今はお詫びのコメントがさびしげに書かれているだけ。

もっとも、「また、もっと面白いものをご覧にいれる」という決意表明もされているので、楽しみにしておきましょうかね。それにしてもCNNのパロディを上手に作ったものだ。スタイルシートってのは、こういう時のためにあるようなものですな。引用はこちらから。(2003/10/10) 

その2.「精液に抗うつ効果?」

3日前に「フェラチオは乳癌リスクをへらす」などという冗談記事を紹介したら、掲示板のほうで、精液アレルギーで死亡例が出ているような話とか、パートナーがコンドームなしでセックスする女性はうつ状態になりにくいなどというような報道があることが紹介されていた。ここは関連情報としてちゃんとフォローしておくべきであろうと、大雨の午後、検索を駆使して暇つぶし。

アレルギーのほうは、不妊カップルの治療ルーチンに、ダンナの精液に対する抗体を調べたりするぐらいで、そう不思議でもないような気がする。やはり、「精液の抗うつ効果」のほうが少々インパクトがたかい。

紹介されていたリンクは、女性のための総合ポータルという感じのところ。カナダの新聞記事を紹介したものだが、その元ネタはこちららしい。NY州立大学アルバニー校の心理学教授、ゴードン・ギャラップ氏が、293人の女子学生を対象に行った調査研究を解説したものである。

彼のグループは、調査対象の女子学生に対して、ベックうつ病調査票(BDI)という質問紙調査を行い、抑うつスコアを算定した。そして、彼女たちのパートナーがコンドームを使う頻度(無使用、時々、通常、常に、それと全くセックスしないの5群)に応じて、BDIの抑うつスコアが上がる傾向があることを示した。(63点満点のBDIで、無使用群から順に平均値が、8、10.5、15、11.3。無セックス群は13.5。なお、BDIでは11点以上は軽度の気分障害、17点以上だと治療的関与の必要があると判定する)

また、コンドーム無使用群では頻回のセックスが抑うつスコアを下げる傾向が明らかであったのに、コンドーム使用群では影響がなかったという結果もみられたという。ギャラップ達は、無コンドーム群が経口避妊薬を使っていることの影響や、パートナーとの関係性などの要素も検討したものの、それらではこの結果を説明しきれず、精液そのものの何らかの成分が女性の体の中で、ある種の気分高揚作用を示すのだろうという中間的結論を下している。

彼らはさらに700人を対象にした大規模調査も行っていて、同様の結果を得ているという。なお、私が調べた限りでは、彼らの女子学生を対象にした研究のほうは、昨年6月、"Archives of Sexual Behavior"に公表されているが、その後の拡大調査のほうはまだ論文化されていないようだ。また、この論文は今のところ、あまり他の研究者が参照することもないようで、ギャラップ教授自身のウェブサイトをみても、そちら方面を今後追求していこうとはしておられない様子。

BDIはやたらに主観的な言語表現に偏っている印象があり(そりゃまぁ、精神症状というのは主観的なものだけれど、もう少し身体症状を取り入れるとか、普通の気うつと、症状としての抑うつを区分けする姿勢があってもいいような)、私なんかはこんなものは絶対使わないし、その結果がちょっと違うようなことにそう意味付けしても仕方あるまいと思うが、マスコミとか個人サイトのレベルでは一時かなりウケた研究であった様子だ。

一番解せないのは、精液に抗うつ効果があるとしたら、それの供給タンクである男性側へも当然影響があってしかるべきなのに、そこにはなんら触れていない点。確かに、軽症うつ病が女性に多い印象というのはあり、男性に発症すると逆に治りにくい傾向があるというのも実感する。普通そういうのは、男性が無理を重ねて弱音を吐かないからなどと軽くいわれるのだが、それは実は自家生成抗うつ成分のために発症がすくないので、男性発症例が直りにくいのは、自家精液治療でも改善しない遷延例だからだ、なんていうような大胆な主張が、そのうちされるかもしれない。実際の治療に役立つといいんですがね。(2003/10/13)

前の記事(フェラチオ云々)があったので、これも絶対ジョークだとおもい、まして著者の"Gallup"なんて名前を見て、ますますネタだと確信してしまったのだが、一応本物の研究らしい。

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  • 誰も寝てはならぬ


掲示板で、冬山ビバーク時に「眠ったら死ぬ」というのは都市伝説だという指摘書込があって、そういえばこのテーマでまとめようとしていたことがあったなと思い出したのだった。登山パーティのメンバーが「眠ったら死ぬぞ」と、お互いに殴り合って眠り込むのを防いでいたのはいいが、救援隊が到着した時には全員打撲死していた、というバラエティ番組のコントを何度見ただろうか。あれだけ繰り返してネタに使われるぐらいなのだから、完全な事実として定着しているといっていい。

しかも、まずこの「常識」が疑われるような場面を、我々が普段の生活で経験することはなく、逆にそういう思い込みを強化するようなことならしょっちゅうある。要は酔っ払って、そこらで無防備に寝込んでしまうような体験である。

実際、救急医療の現場では、低体温症で担ぎこまれる人のかなりの部分が、急性アルコール中毒で道端にひっくり返っていた人である。そこまで行かなくても、飲みすぎてやっと家にたどり着いたはいいが、玄関でそのまま寝てしまい、明け方悪寒戦慄で目覚めた経験のある人は多いだろう。あのまま寝ていれば死んだろうな、と思っても無理はない。

でもそれはアルコールによる意識レベルの障害があるからなので、実際、酔いがさめたら寒さのために寝ていられなくなって、目は覚めているのである。重度の急性アル中とか、薬物併用とか、糖尿病などの意識障害を来たすような疾患を持っている場合でもない限り、眠り込んだまま致命的低体温症にいたるというのは、低温環境への人間の反応ということから考えると、やはり伝説であるといえよう。

人間の深部体温は37度あたりにかなり厳格に保たれる必要があり、2度ほど下がるだけでそれに対する激しい反応が起こる。いわゆる悪寒戦慄である。全身の筋肉が無意識のうちに収縮して熱産生するわけだ。同時に体表面の血管は収縮し、体表からの熱放出を節約する。

ここで「眠るとふるえが止まるので眠らせてはいけない」という、ちょっと専門的な装いの俗説が出てくることもあるのだが*、この悪寒戦慄は別に意識的にやっているわけではないのだから、起きていようが寝ていようが関係ない。感染症のとき発熱するのはこれと全く同じ機序によるものだが、もし眠り込んだらふるえが止まるものなら、発熱しかけたら眠ればいいということになるし、実際この状態で眠りこむのは、薬物でも使わないと無理である。

そのような反応をこしているにもかかわらず、深部体温が32度を切ってしまうと、震えは止まり、筋肉は硬直し代謝自体が低下していき、さらに深部体温低下がすすめばやがて死に至る。こうなる寸前あたりで、意識の混濁が生じて、もうろう状態になって奇異な行動をとったりすることがあるため、気をしっかり持つことが生存のための条件のようにいわれるのが、さらに「眠ると死ぬ」という思い込みを強化するのだろう。

低体温に限らず、脳機能に影響するような事態のために意識が混濁するとき、派手な精神症状を示すかどうかには、たしかにかなりの個人差があり、性格や心理的要因も関与するのは事実である。だからといって、努力や根性でそれが乗り切れるかというと全然そんなことはないわけで、もとの原因を早めに取り除くのが一番の対策であるのは自明。可能ならば、の話だが。

生存のためにベストを尽くしたが、装備も乏しく、燃料も尽きた、天候はますます悪化、救援も望めないという状況では、運命を受け入れるしかなく、そこで多幸的な幻覚が生じることが多いというのは、人間にプリセットされた一種の救いともいえるだろう。もちろんその前に甘美なまどろみが来たならば、それに身を任せるのは当然のこと。(2003/11/02)

*ただ、体表血管収縮のために血圧上昇して尿産生も増えるので、頻回にオシッコしたほうがいいそうだ。膀胱内のオシッコというのは比熱が内蔵より高いため、貯めておくと熱を奪うのだそうで。その意味では起きていないとやや不利とはいえる。

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  • スーダンで集団「コロ」パニック勃発


ワシントンの「中東メディアリサーチ研究所」(MEMRI)というところがが出している特別報告によれば、この9月、スーダンの首都カーツームで、奇妙な集団ヒステリーが勃発し、警察や保健閣僚の声明によってなんとか鎮圧されるという事があったそうだ。

パニックを引き起こしたのは、「外国人が街を徘徊し、人々と握手することで、その人たちのペニスを消失させる」という噂である。噂は携帯メールによって急速に拡がっていった。英国で発行されているアラブ紙、アルクド・アルアラビ紙特派員の報告によれば、噂は「西アフリカの国から来た外国人が、街の市場をうろつき、握手を通じて男性能力を奪っている」という内容で、「人々は知らない人と握手をするのを拒んでいる」のだそうだ。

被害者の一人は織物店主で、店に西アフリカ部族の男が織物を求めにやってきて、店主に力強い握手をしたところ、店主はペニスが体の中にめり込んでしまったのを感じたという。店主は錯乱状態になって病院にはこばれた。

別の1例は、市場にいたところ、男が近寄ってきてくしを渡され、それで髪の毛をとかすようにいわれた。いわれるままにそうすると、たちまち奇妙な感覚におそわれ、自分のペニスが消失しているのに気づいたという。しかも相手の男は、元に戻して欲しければ400万スーダンポンド(約3000米ドル)をよこせと迫った。

警察は魔法使いとして告発された40人を拘束し、警察に連行した。主要には、暴徒化した市民から彼らを守るためである。政府閣僚が沈静化のために声明を発し、初めの織物店主は、詳しい検査の結果健康には何の問題もなく、単に暗示によって神経症状態に陥っただけだと言明した。

噂の側でも、これはシオニストの陰謀だというような複雑化の傾向が見えたのだが、ちょうど反政府組織と政府の交渉が行われていて、そちらのほうに国民の関心が向いたこともあって、この噂は収束していった。

どこかで書いた、中国や東南アジアの華僑の間で集団発生するという、「koro」とまったく同じ病像が引き起こされているのに、まったくそういうコメントがないのが不思議である。精神科医も解説しているのだが、「想像妊娠と似たもの」というような寝ボケたもの。koroの場合は性的逸脱への自責とか、禁忌を犯したというような内部的原因が理由になるのだが、この場合は外部的な悪意が引き金になっている。

外国人の悪意によって害されるのが、男性の性的機能構造だというのが、人々の価値観を逆によく示しているといえる。財産でも信用でも社会的能力でもなく、チンポコこそが男たちの人格構造を支える最後の砦となっている、という事ですな。日本でももっと経済の衰退がすすめば、いつか同じような集団ヒステリーが見られるようになるかもしれない。(2003/11/09)

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  •  久々のダーウィン賞


最近また真面目に更新されるようになった、「ダーウィン賞」サイトからの引用。もっとも、94年度のダーウィン賞ノミネート例で、実際の事件は91年に起こったもの。記事への直接リンクはこちら

--------以下引用---------

高度1600mでの失敗

(91年12月23日、フロリダ)この飛行機事故記録は、国家交通安全委員会への報告をそのまま引用したものである。分かりやすくするため、カッコ内にコメントを記した。

航空機:パイパーPA-34-200T型機。識別番号N47506

障害:2名死亡。

自家用機パイロット1名、およびパイロット資格を持つ乗客1名(つまりパイロット2名)が、計器飛行の訓練をするため飛び立った。事故の目撃者によれば、飛行機は右の翼が壊れて墜落した。機の残骸と遺体の検証から、以下のことが明らかになった。まず、搭乗者たちは部分的にしか衣服を着けておらず、右全部座席はリクライニングされて平らになっていた(パイロットは副パイロット席をベッド状態にしていた、ということ)。

両搭乗者とも、シートベルト、ハーネスの類を装着していなかった(彼らはベッドに寝ていた)。遺体の状況からは、衣服が衝撃によって引き剥がされたり、ベルトから放り出された痕跡は見つからなかった(衣服は、彼らが自発的に脱いだと思われる)。

国家交通安全委員会は、事故の原因(複数)を以下のように結論付けた。

操縦中のパイロット(女性)の不適切な判断によって、飛行とは無関係な他の行為に注意を向けたこと(つまりパイロットと副パイロットはセックスをしていた、ということ)。事故の直接原因は、機の設計限界を超えた負荷がかかったための翼の破壊(パイロットがいなかったために、飛行機が異常な飛び方をして、翼に力が加わりすぎて破壊されたということ)。

-------引用以上------

事務的事故報告書の文体と、くだけたカッコ内の解説の対比というのが面白いんだろうけれど、その辺をちゃんと訳出できないのが素人の悲しさ。いずれにせよ、飛行機を操縦しながら、あの手の行為をするのは危険なので、その機会がある方は、他山の石として自重していただければ幸いである。(2003/11/13)

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  • ビール壜の持ち方で性格判定?


natural_take.jpg 壜の持ち方を教えてくれれば、どんな人だか当ててあげよう。

英国のシェフィールド大学は、男性のビール壜の持ち方からその性格を判定する方法を開発した。女性はこの方法を使うことで、今のパートナーや、これから付き合う男性の性格特徴を得ることができる。この研究は、100名の男女から、ビール壜の持ち方と、彼らの性格特徴を聞き取る方法で行われた。以下がその結果である。(注:欧米ではパーティなどのとき、ビールは基本的にビン(それも小瓶)から直接のむという風習がある)

(写真をクリックすると、ビール壜の持ち方パターンの写真がポップアップする)

「ダイレクト」は壜を手掌全体で握るタイプだが、この持ち方をする人は友好的で安全、信用できて、外向的で付き合いやすい。

「ベーシック」スタイルは壜の底のほうをもつのを好む人である。このグループは精力的で熱狂的、他人を喜ばそうと身をささげる。それに反し、「ファイン」タイプ、これは壜をそっと指でつまむような持ち方をする人であるが、この人たちはもっとも親密性を求める。しかし恋人ではなく、友人を求めるのであるが。

誰にも好かれるのが「テイク・ネック」タイプ。壜の首をつかむグループである。彼らは攻撃的で男性的だと受け取られる。しかし、「ナチュラル」、壜の中心部を繊細につかむグループだが、この人たちは話好きで、一緒に時を過ごすには一番適している。

----------以上、こちらからの引用-----------

シェフィールド大学のサイトをあたってみたが、この研究(?)の元記事はみつからなかった。たかが100例を対象にした聞き取り結果で、法則性みたいなことをいうのはかなり疑問である。、それもビール壜の持ち方なんぞのバリエーションが、そうきれいに分布しているともおもえないし、聞き取り方法もやたらに妙である。

一番不思議なのが、スペイン語サイトでこの英国の研究なるものが紹介されていることで、別のスペインのサイトでもこれが紹介されているのに、肝腎の英語圏では全然見つからないというのが謎。今スペインではやっているジョークなんでしょうかね。

なんであれ一番の収穫は、スペイン語は機械翻訳だけでほぼ完璧な英語になるということの発見である(これについては掲示板で、簡単なスペイン語はある程度変換されるが、手の込んだものはやっぱり妙な具合にしかならないという指摘あり)。文法の互換性がたかいということでしょうな。ランス・アームストロングやベッカムがスペインで暮らすようになって、すぐ慣れるというのも当然。(2003/11/14)

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  •  妙なカルテ記載集

こちらからの引用。以前から同じ記事はあったが、最近改訂された模様。もともとは、英語の誤用を集めたユーモア本から医学カルテに関する記載だけが抜き出されて、チェーンメールになったものらしい。日本語にするともう一つ面白くなかったり、よく判らないものもあるが、そのまま訳出した。

1.彼女は苦悶や悪寒戦慄は示さなかったが、夫によれば、昨夜ベッドでは非常に激しい興奮を示していた。

2.患者は左側を下にして一年ほど寝ていると、胸の痛みを覚える。

3.翌日、ひざはかなりよくなったが、三日目にはそれは消えてしまった。(ひざの痛み、とすべきなんでしょう、多分)

4.患者は涙ながらに泣き叫び続け、見るからに元気がなかった。

5.その女性患者は、93年、私が診察するようになって以後、ずっと抑うつが続くようになった。(原因はあんただよ)

6.退院時の状態:生存しているが、私の許しは得ていない。

7.健康そうな69歳のおいぼれで、しっかりしているが忘れっぽい。

8.患者は解剖を拒否した。

9.患者には自殺歴はない。(自殺企図歴はない、ということなんだけど、これは日本でもしょっちゅう見るうっかり記載)

10.患者は他病院に白血球を置いてきた。

11.患者の病歴で特記すべきなのは、3日の間に40ポンド(約18kg)やせたことだけである。

12.患者は朝ワッフルを食べ、昼にはアノレキシアを食べた。(ちょっと無理して訳してます)

13.我々が彼女を妊娠させるよう努力すべきだ。

14.夫との間で妊娠できないのだから、君が頑張るべきだ。

15.彼女はつま先が下垂したために、麻痺している。(原因と結果が逆)

16.ERで彼女は検査を受け、成人指定とされて帰宅した。(X-rayとX-rateの間違い)

17.皮膚は湿って乾燥している。(皮膚といっても広いから)

18.場合によって、常に予期せぬ頭痛がある。

19.患者はしっかりしていて、反応がない。

20.直腸診では、甲状腺の大きさは正常だった。

21.彼女によれば、人生ほとんどの時期、便秘していて、離婚するまで続いた。

22.紹介された患者さんは、理学療法のために、私たちの車の下にいます。(carとcareを間違えただけ)

23.両乳房は同じ大きさで、対光反射と輻輳も正常。(breastsとpupilsを間違えたわけだけど、よっぽど前者のほうが印象深かったんでしょうな)

24.生殖器は、サーカス並みのサイズであった。(circumcize(割礼)をcircus sizeと秘書が聞いてしまったらしい)

25.検査データは愛人機能障害を示した。(LiverとLoverのミス)

26.患者は腸切除をうけたが、その代わりに株式ブローカーの職を得た。

27.皮膚:幾分青白いが、存在している。(なにか主語が落ちたのか?)

28.骨盤検査が、床の上でおこなわれる予定だ。(これは多分、病棟という意味のfloorでしょうな)

29.その患者はブランク博士の診察を受け、彼は腹部検査をするべきだという意見で、私も同意した。(これ、どこが間違っているかわからなかった)

30.大きな茶色の便がホールを歩き回っていた。

31.患者には10代の子どもが二人いたが、ほかには異常はなかった。

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直接関係あるかどうかは別にして、最近、同僚のカルテ記載で一番受けたのはこういうもの。

「患者は太もも近くまで破れ目の入った不潔なジーンズの上から、レースのようなスカートをはくというビザールな格好で診察室に入ってきた。衒奇的行動?もしくは感情鈍麻による服装への無関心」

日ごろ大学で研究生活していて、若い女性の流行なんて知らないんでしょうね。突っ張った女の子がそれなりに自己主張しているのと、病的基盤のある衒奇的な行動の違いというのは、言葉ではなかなか説明しにくいが、その辺を直感的に理解できるかどうかというのは、この商売では大事なところなんですがね。(2003/12/03)

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  • でたらめ辞書で日本人観光客大迷惑

でたらめが書き連ねられた和英辞書を出版したいたずら者のために、騒動が巻き起こっている。(Yahoo! TVより)

アメリカ旅行にそなえて、このでたらめ辞書でまじめに勉強してきた数千人の日本人観光客が、わが国で人に話し掛けるなり、冷たく無視されたり、笑い者になったり、手ひどく殴られるという事態が起こっている。

「この辞書を作った人間は、明らかに騒動を引き起こす目的だったようです」、ニューヨークのホテルでコンシェルジュとして働き、日本からのVIP訪問を数多くアレンジしてきた、ジャクリーヌ・ポースマン女史はそう語る。

「例えば、日本人が『トイレはどちらですか?』と尋ねようとすると、この本が教えるのは『あなたのお尻を撫ぜていいですか?』というものです。『あなたに会えてうれしい』というところは、『あんたの息は水牛だってダウンさせるほど臭い』なんです。」

この辞書は過去に少なくとも5万部が売られており、日本政府はすでに販売禁止の措置を取っているものの、なお古本屋では売りつづけられている。

大使館には2300件もの事件報告が寄せられている。

  • 29歳の東京在住の男性はサンフランシスコをはじめて訪れたが、女性店員に「このカメラ用のフィルムはありますか?」と聞くところを、実際には「そのおっぱいをなめてもいいですか?」といってしまい、平手打ちされたあげく、店長に放り出された。
  • 大阪から来た4人家族は、ビバリーヒルズの高級店で、有名歌手がやってくるのをワクワクして見ていた。夢中になって手を振り、自分たちは「愛しているよ!」といっているつもりで、「首をちょん切ってやるぞ!」と叫んでしまい、警察に逮捕され、6時間も拘留されてしまった。
  • ハーレムにあるアポロシアターへを見ようと沖縄から来た45歳の男性は、若い男性グループに、「迷ってしまいました。アップタウンはどちらですか?」と聞いているつもりで、「俺は空手使いだ。ケツを蹴っ飛ばしてもいいか?」といってしまい、5ブロック追い掛け回された。

この手の込んだでっち上げの背後に誰がいるのか、誰も知らない。著者-発行者として、「M.L.タナカ」という名前だけが書かれた人物は、日本の観光事業当局に恨みを抱いてる人物ではないかという意見もある。80年代に日本車のために失業した、自動車産業の労働者だともいわれている。

先のポースマン女史はこう述べる。「アメリカ人が東京の国技館に行って、『カッコいいぞ、頑張れ』といってるつもりで、『デカいケツだ、頭に乗せてみな』などといえば、どんなにおかしなことかと思いますわ。反対の立場で考えれば、面白いではすみません」。

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いくら英語に弱くても、「愛しているよ」と「首をちょん切るぞ」の違いぐらいわかるぞ、と思うのだが、そうまじめに取る事も無く、これはYahooニュースの中のWeekly World Newsからの引用部分。ガセを前提にした、それこそCamp Humorを追求している新聞なので、フィクションだと注を入れる必要もないわけ。

まあ、日本人の英語能力というものをネタにして、日ごろサンザン悪口言いまくってるからこそ出来る冗談記事なんでしょうが。(2003/12/14)

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  • 大雪でベビーブーム?


「ABC(アメリカン・バカコメディ)振興会」という、もっぱら海外バカニュースをあつかっているサイトを見ていたら、「大暴風雪のせいでベビーブーム」という記事がでていた。そこには元記事へのリンクがなかったので、自分で検索して見つけたのがこれ。昨年3月、コロラドをおそった大暴風雪によって、人々が家に閉じ込められた結果、12月になって時ならぬベビーブームが起こっているという報道である。

おいおい、またかよ、と言うのが正直な感想である。この「災害がべビーブームを呼ぶ」という風説はさまざまな場面で噂され、かの9・11テロや昨年8月のニューヨーク大停電の際にも、高名なジャーナリストによってあたかも事実であるかのように語られるのである。

この原型は1965年のNY停電のの翌年、ニューヨーク・タイムズの記者によって書かれた記事にあるというのが定説になっているものの、さらに素朴な型式で、昔から語り継がれているジョークであることは明らかなのである。(こちらですでに記事にしているので参照あれ)

ABC振興会に紹介されていた元記事は、ロバート・ウェラー記者によるアソシエート・プレス配信であるが、まず病院関係者の感想ではじめるその記事構成は、40年前のNYタイムズ記事をなぞったとしか思えないものだ。J.H.ブルンヴァンがいう、「ジャーナリストたちは生き生きとした伝説の魅力に抗い切れないことがある」という印象にとどまらず、伝説パクリすらあえて辞さない、ある意味「報道」の王道をいく態度すら感じさせるものと言えよう。(2004/01/08)

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  • 冬ごもりと生まれ月


上の記事に関連して、冬ごもりしなければならないような環境では、子作りにいそしむために、子供が生まれる月には一定の傾向があるという噂を検証しようと思いつく。

「冬ごもり 子供はみんな 秋生まれ」という川柳をどこかでみたのだが、Googleでは見つからなかった。あんまり有名ではないらしい。あくまで伝説のレベルとはいえ、ちょっと停電が起こったり、大雪で家に閉じ込められたら出生率があがると言われるのだから、冬ごもりを余儀なくされるような地域では、実際に生まれ月の変化が見られるのではないだろうか。それを踏まえて、ああいう噂がささやかれるのではないかというのが、検証すべき仮説である。

まず厚労省の統計記録からもってきた、平成元年から12年の日本全国の月別出生率を表にしたものがこれである。なんとなく夏の間わずかに出生率が上がっているような印象があるものの、まず有意とはいえぬものである。統計処理してみても、この印象をくつがえすようなものが出てくるとは思えない。日本全国をまとめれば、生まれ月のかたよりはないということである。

次に、雪国の代表として、新潟県の月別出生率をしらべる。こちらは平成9年と10年だけのデータで、死亡率や婚姻、離婚まで入っているが、ほかのデータにかなりばらつきガあるのに比して、こと出生率になるとほとんど変化はないのがわかる。しいて言えば、全国統計と同じように、夏の間わずかに増えているかなという程度。

比較のために沖縄県の月別出生率をみた。平成6年から10年までのデータである。フォーマットが違うのでわかりにくいが、こちらもそう変化はないものの、全国や新潟とくらべると、夏から秋にかけての出生率増加傾向がやや目立つと言う印象はある。多少涼しい間の方が、同衾するのに抵抗がないってことなのかも。少なくとも、冬ごもりとは関係ないけれど。

以上から明らかなように、県別という大雑把なくくりではあるものの、雪国⇒冬ごもり⇒子供が秋生まれというようなユルイ連想は、まるっきり成り立たないのである。しかし、これは田中角栄のおかげ(?)で近代化された結果かも知れず、もっと過去にさかのぼって調べるべきだと思うのだが、ネットでいい加減に調べているだけではこのあたりが限界なのだった。

しかし、厚労省の統計に、全国平均ではあるものの、月別出生率の変化を明治32年(1899)から追ったグラフがあるのをみつけて、謎はさらに深まってしまうのである。グラフを見れば一目瞭然であるように、戦前までは1月から3月までの出生率はほかの月と比べて倍近い高値をしめしており、その差は戦後どんどん少なくなっていき、昭和50年を迎える頃に完全に消失するのである。

さてさて、これをどう理解したらいいのであろうか?唯一思いつくのは、50年前ごろまでの日本人には、まだ「発情期」とでもいえる生物学的な周期があったという説明。そういう周期を失って、出生率も下がる一方になったのだとすれば、なかなか魅力的な理屈である。もっと納得のいく説明を思いつかれた方がいたら、ぜひ提示していただきたい。

何であれ、冬ごもり期に受胎が増えるという仮説は、あえなく崩壊である。まあ、少なくとも単発的な災害などでベビーブームが起こることはないという、側面的資料にはなりそうである。ちょっと論理は緩いものの。 (2004/01/09)

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  • 生まれ月偏移問題再考


「災害でベビーブーム」という伝説への反証のため、ざっとわが国の統計をながめてみたら、月別出生率の偏りという現象がかってはあり、それが戦後なくなっていったという意外な事実に出会ってしまった。掲示板のほうでは、いわゆる「早生まれ有利説」というので説明できるのではという提案を頂いている。人為的に届出が操作されたという意見である。

この問題についてくわしく検索していたら、こういう長大論文ページに行き着いた。和光大学の教官ページにあるのだが、何故か表紙からはリンクされていないという不思議な論文である。著者は帝京大学の衛生学教室の名誉教授である三浦悌二氏で、先の和光大教官とも共同研究をしておられる方のようだ。

三浦氏の論文はプリントアウトすると78ページにも及ぶ大著で、その論考はさまざまな分野に及ぶものだが、関心の中軸は日本人の生まれ月には、戦前までは1月〜3月に明らかな偏りがあり、それが戦後消失したということにあるようだ。日本脳炎やポリオなどの伝染性疾患や、分裂病などの疾患においても、罹患者の生まれ月に変異があるという一部の報告も踏まえ、その機序を検討しておられる。

三浦氏は、生まれ月の変異は届出の人為操作にあるという説も一応は検討しておられるものの、それだけでは説明しきれないことも同時に示している。確かに昔は早生まれが有利だという考え方があり、12月生まれだと1月に、4月生まれだと3月に生まれたことにして届る傾向はあったようだ。しかしだからといって、6月生まれの人を3ヶ月以上遡って生まれたと届けることは、いくら昔だからといって、ちょっと無理だとおもわれる。

三浦氏はこの点について、別に人為操作がおこなわれるとは考えられない死産報告を検討し、やはり1月〜3月に出産数が倍近く多かったというのは統計どおりだろうという推論をおこなっている。

三浦氏は年初め4分の1に出産が有意に多い理由として、季節的な自然不妊の流行があったという仮説を立てる。つまり胎生期初期にウイルス感染などが不顕性に流行して、自然流産してしまうということで、特に夏季にこれが起こったのだろう(三浦氏はそのおもな原因として、日本脳炎を念頭においているようだ)という仮説である。戦後の衛生状態改善が、この不顕性のウイルス感染流行を防ぎ、生まれ月の偏移を消失させたということだ。

三浦氏の論文は上記の部分ではかろうじて理解可能であるが、他の敷衍部分では正直言って論理に飛躍が多く、かなり「と」の要素が強い。彼の論理からは、胎生期に不顕性感染を経てひ弱な胚が淘汰されるため、他の疾患への耐性にも変化が出るというのだが、わからないでもないとはいえ、何でもかんでもこれで説明するのはちょっと無理だとおもえるし、まして例の血液型体質論まで一緒に主張されるため、距離を置かざるを得ない。

三浦氏によれば、日本で起こったこの生まれ月偏移の消失という現象は、ヨーロッパでも前世紀はじめに起こったということだ。長い歴史を振り返れば、この偏移は優位月の変動を示しつつ、数十年単位で目立たなくなったり、強く現れたりしていると三浦氏は主張する。基礎資料を確認できない身の悲しさ、そんなものですかなぁと拝聴するしかないのだが、それが事実だとしたら、不顕性感染説というのはなかなか魅力的な仮説であるといえよう。

精神分裂病関連では、この生まれ月研究というのはけっこう有名で、昔は北欧でもっぱらおこなわれ、冬季に生まれた人の分裂病罹患率が高い(かなりわずかな差ではあるのだが)というのが知られていた。その後もこの関連での研究は続けられているらしく、南半球と北半球との比較とか、赤道付近での研究などが追加されている。その結果、それほど関連性はないらしいというような、あいまいなところに落ち着いているようだ。

これに関しては三浦氏もふれていて、もともとの生まれ月偏移も時とともに変動しているので、明確な統計的関連性を示せないのだろうとしている。とにかく、ちょっと流し読みしただけではその意図をつかみきれないような大論文でもあり、もう少し読み込んだ上でさらにくわしく報告する機会をもちたい。(2004/01/10)

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  • サッカー選手は9月〜11月生まれが多い?


しつこく「生まれ月」関連の話題。生まれ月偏移の問題を調べていて、少々古いものの、こんなニュースを検索でみつけた。「誕生日はサッカー人生の関門」という、2001年11月のAnanova(イギリスのニュースサイト)の記事である。

------------------------以下要約---------------------------

スポーツ科学者によれば、一年のうち、特定の生まれ月の少年だけがプロサッカー選手になりやすい。この主張をしているのはリバプールのジョン・ムーア大学の専門家である。

彼らによれば、クラブチームが開くジュニア選考会は8月におこなわれるため、9月から11月に生まれた少年には有利になる。秋生まれだと発育に一年近い時間の余裕があるため、コーチ達に注目されやすい。プロになる素質を持っていても、見逃してしまう危険をクラブチームはおかしている。

この問題はいくつかの話題の一つとして、スポーツ科学者やクラブチーム関係者の会議で話し合われた。「エリートサッカー競技者を育てるために:実践に科学を」と題されたこの会議には、プレミアリーグをはじめとし、さまざまなリーグからのコーチや代表、それに大学の専門家や、サッカー関連企業からもふくめ、300人以上が参加した。

ジョン・ムーア大学のマーク・ウイリアムズ博士はこう語る。「クラブが年かさの子どもたちを選ぶ傾向はすでに立証されています。84年から2000年の間に競技していた英国選手の、実に50%は9月から11月に生まれているのです」。

-----------------------引用終わり---------------------------

はじめ、なんとこんなところにも生まれ月偏移の謎があったのか、と思ったのだけれど、記事を読めばそういうことではないのだった。子どもは一年足らずの間にも著しく成長するので、同学年の子どもの選考会を年一回やっていたら、その年令のうちで一番育ったのが選ばれる傾向がでるという、えらく当たり前の話。8月終わりに選考会があるらしいので、9月に新学期が始まる向こうでは、9月生まれのガキが一番育ちがいいですわね。

といいつつも、あのベッカムは5月生まれだったような気が。他の選手は誰も知らんけど。(2004/01/11)

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  • 夢見の技法


昨夜のニュースステーションで、「見たい夢を見る装置-夢見工房」(報道用リリース(PDF)はこちら)なるものが、おもちゃ会社のタカラから発売されるというニュースをやっていた。REM睡眠にあわせて(といって、別に脳波や眼球運動で同期させるわけではなく、平均的な眠りのREM周期が設定されているだけらしい)、匂いや光とか音楽や、本人の吹き込んだキーワードなどの言語刺激をおくって、見たい夢を見させることを目論むものだという。

おもちゃの一種なんだから、別にその発想の緩さをどうこういっても仕方ないと思うが、問題はニュース番組の方の解説である。このマシン(?)を使って夢見をコントロールすることを、セノイ族という少数民族の固有文化を例に挙げて誉めそやしていたのだ。

セノイ族は、マレー半島のジャングルの中で暮らしている一万余ほどの集団だが、かってアメリカの人類学者がこの人たちの調査をして、ある種の理想的共同体のように持ち上げた経緯がある。この人たちはみな心豊かで平和的に暮らし、精神的ストレスや犯罪というものが存在せず、権力や抑圧、差別というものもないのだと。

その最大の理由というのが、彼らが自分の夢を自由に操れるからだとされた。彼らは現実的生活と全く同じ比重でその夢を大切にし、自分の夢体験を皆で話し合い、それが示唆する教えに従って生活するのだという。その上に、夢見の秘法を使って自分達が見たい夢を見られるようにして、夢と現実生活双方での人々の結びつきを強めてきたのだとも。

キルトン・スチュアートという人類学者がセノイ族の調査を行ったのは1930年代だが、彼の報告は60年代アメリカのカウンターカルチャーのうねりの中で、一種の聖典として扱われた。これと、カルロス・カスタネダの一連の呪術シリーズが揃えば、ほぼあの時代の若者たちの基底気分を知ることが出来るといっていいほどだ。

今だって「セノイ 夢」と検索すれば、セノイ族社会のユートピア的性格を前提としてまず疑わぬ記事をいくつも見つけることが出来るし。そういえば、某カルト宗教団体でも、このセノイ式夢分析というのは修行の一つになっていたような気がする。先のタカラの商品紹介記事を読んでも、理論付けの背景にはこれがあるのだろうと思わせる記述になっている。

スチュアートの元論文はよく言及される割には日本では手に入れるのが困難だったが、85年にカリフォルニア大学の心理学者、ウィリアム・ドムホフによって書かれた"The Mystique of Dreams"(これは91年に岩波書店から「夢の秘法―セノイの夢理論とユートピア」として出版されている)という本の中で、「マラヤの夢理論」という一章として収録されている。ネット検索でも、この本をネタ本として、秘法の実践をしているサイトを発見することもできる。

ただし、ドムホフがこれを紹介した意図は、夢見の秘法に支えられたユートピア理論よ今再びということではなく、スチュアートの報告がかなりの誇張と脚色を経たものであることの指摘と、そういう報告がカウンターカルチャーの基礎理論のように持ち上げられ、神話化していった経過を解明することだったのである。

ドムホフはかなり穏やかな調子ではありつつ、スチュワートが報告した「夢見の技法」なるものは、ほぼ彼の善意に基づく創作であったことを明らかにしている。たぶん、ちょっとオッチョコチョイなうえ、エスノセントリズムからそう自由ではなかったスチュアートに、ガセを仕込んだりしてからかった、人の悪い現地インフォーマントがいたのだろうけれど。

まあそれは、ちょっと考えればわかることなのだ。ジャングルに点在して暮らす一万ちょっとの部族が、「警察や監獄すらもっていない」というのは当たり前だろうし、「犯罪者や精神障害者がまったくいない」というのになれば、そりゃ違うだろうと思える。実際、セノイ族は穏やかで争いを好まぬ部族であるらしく、夢も一種の超自然的なお告げとしてとらえたりすることは事実らしいが、それは別に彼らだけの特徴ではない。

つまり、ドムホフの著作はセノイの秘術を紹介するのが目的ではなく、アメリカ社会がなぜスチュアートのロマン的虚偽報告を受け入れ、誉めそやしたかというアメリカ文化論なのである。ところが批判のための再収録という意図を離れて、なぜか90年代以後にも「セノイ族の夢見技法」を生き長らえさせる結果を招いているともいえるのだ。まじめに本を読む人は少ないし、読んだとしても都合のいいところだけを読むということなのだろう。まさに、人は「生き生きとした伝説の魅力に抗い切れないことがある」という実例といえようか。(2004/01/15)

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  • カストロは大リーグに入り損ねた?


私が海外ニュースネタもとの一つにしているこちらには、過去の出来事欄があるのだが、その1月22日のところに、こんな事が書いてあった。

「1951年1月22日。キューバの独裁者、フィデル・カストロは、ワシントン・セネタースの入団テストに落ち、その野球人生をおえた」。

あのカストロが、大リーグの入団テストを受けていたというのである。このサイトにはこれ以上詳しい記述がなかったので、"MLB Fidel Castro tryout"などのキーワードで検索してみると、出るわ出るわ、「カストロは大リーグ入りに失敗していた」という記事を掲げるページが、いくつも見つかる。

その記述も千差万別で、いちばん一般的なのはうんちく紹介と言う形であちこちでコピペされている記述である。「1944年、カストロはキューバ最優秀学生運動選手に選ばれた。左投手だったカストロは、後にワシントン・セネタースの入団テストを受けるが失敗した」。球団名はヤンキースであったり、ジャイアンツ(もちろんMLBの)であったり、パイレーツであったりする。

中には、「彼は素晴らしい左投げ変化球ピッチャーで、セネタースは特別ボーナスまで用意して入団を内定していた。カストロはテスト寸前に結婚していて、ハネムーン代わりにアメリカを訪れたが、人々の夫妻への対応が余りに冷たかったので、入団を自分から蹴ったばかりでなく、反アメリカの感情までつのらせることになった」という複雑化されたバージョンまである(リンク先の一番下の段落)。

これが本当なら、最近ネタ枯れが激しい「トリビアの泉」に投稿するのもふさわしい内容だ。しかし、どうも話が出来すぎている印象はぬぐえず、伝説の一種ではないかと疑われ、果たせるかな、いつも引用している都市伝説の蒐集ページにもこの話はちゃんと記載されているのであった。そこには、キューバ生まれのエール大学比較文学教授で、キューバ野球の歴史に詳しい、ロベルト・ゴンザレス・エチェバリア氏の言葉が引かれている。

「もしカストロが大リーグ入りしていたら、キューバ革命はなかったろうという、アメリカ人が好む小話は、あるジャーナリストの作り話だ。彼は大リーグにスカウトされたこともなければ、そのレベルの野球選手であったこともない。昔からキューバはスポーツ報道が盛んな国だが、どんなレベルであれ、F・カストロがどこかのチームで活躍していたという記録はない。

唯一、ハバナ大学で1946年11月(この頃、カストロが在籍していた)、法学部対経済学部の対抗試合があり、ある「F・カストロ」が5−4で負け投手になったスコアが残っており、それが将来の独裁者の記録である可能性があるだけだ。

1959年、権力掌握後、カストロは「ひげ男」というチームの一員として、大衆の前でいくつかの試合をした事があるが、キューバ人ならみな、彼は本当の野球選手ではないことを知っていた。それは大衆受けをねらっただけのことだと(大意を要約)」。

このサイトの編者は、これはヒットラーが画学生だったとき、ユダヤ人の教官に落第点をつけられて反ユダヤ主義になったとか、ビン・ラディンがアメリカ留学しているとき、デートした女子学生にペニスが小さいのを笑われて反アメリカになった、などというのと同じ類の伝説であると分析している。真実であって面白い話と言うものは、なかなかないものだ。「トリビアの泉」があんなに早くつまらなくなったのも、当然というべきか。(2004/01/23)

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