去る2月1日、テキサス州ヒューストン、リライアントスタジアムでおこなわれた第38回スーパーボウルは、AFC(アメリカン・フットボール・カンファランス)のペイトリオッツが、NFC(ナショナル・フットボール・カンファランス)のパンサーズを下し、2年ぶりの優勝を果たした。熱狂的なそれぞれのチームのファン以上に、この試合の行く末を真剣に見守っていた人々がおり、それは株式市場の関係者であった、というのはご存知であろうか。
アメリカの国技の一つともいえるフットボール、それも年間の総仕上げであるスーパーボウルに関しては、さまざまな都市伝説がささやかれるので有名だ。いわく、スーパーボウルのハーフタイムには全米のTV観戦者が集中してトイレに立つので、下水システムが一気に破壊される、この試合がある日には、夫による妻へのDV事件が倍増する、この日にディズニーランドに行くと、アトラクションには待たずに入れる、などなど(書くまでもないだろうが、これらはすべて事実ではない)。
中でも特に有名なのが、「その年の株価動向はスーパーボウルの勝利チームによって予言できる」というものである。NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)はAFCとNFCに分かれており、それぞれのリーグ戦で優勝したチームがスーパーボウルで対戦するわけだが、もしNFCのチームが勝てば株価は上がり、AFC側が勝てばその年の株価は低迷するというのである。
1967年にはじまるスーパーボウル37年の歴史を振り返ると、株価動向がその理論どおりになった年は実に30年に及ぶ。的中率は実に81%を超えることになる。試合の前の1月26日に、真面目な経済記事としてこちらで扱われており、最後にいままでの勝者とその年の株価動向(指標はスタンダード&プアーズ500)が表になっているので参照していただきたい。(注:表では2001年の勝者ボルチモア・レーベンズがNFCと誤記されている。)
もっとも、ここ数年はこのスーパーボウル株式予想はあまり当たっていなかったようだ。特に98年と99年、AFCのデンバー・ブロンコスが連勝しているが、両年ともバブルを懸念させる株価上昇の年であった。2000年はNFCのセントルイス・ラムズが勝つが株価は下落、2001年、2002年はAFCチームの勝ちで理論どおり下落。昨年ようやくNFCのタンパベイ・バッカニアーズが勝って、久々の上昇が見られたばかりなのである。
株式関係者の願いは、創立8年目のカロライナ・パンサーズが勝って、2年連続の上昇機運を確実にすることだったようだが、結果は先に述べたとおり、2002年の勝者であったペイトリオッツが再び栄冠に輝くことになった。なお、2002年には株価下落率は23.5%を示している。関係者の顔色はあまりさえないに違いない。
というわけで、宗主国アメリカの景気にすべてを負っているわが国の経済に関して言えば、今回のスーパーボウルの結果はまことに遺憾なものであったといえよう。もし株式投資をされていて、この80%の的中率を重く見られる方がいれば、なんとか損失を回避されるよう、売り抜けの工夫をされればと思う。
もちろん、これは面白おかしく伝えられている伝説の類で、しかもこちらはその伝え聞きを書き散らしているだけなので、外れていようが正しかろうが、責任など一切とらないので悪しからず。( 2004/02/03)
アメリカの田舎に住む若者たちには、「牛転がし(cow tipping)」という悪ふざけの伝承があるのだそうである。どんなことをするのかというと、夜中に仲間たちと牧場にいき、立ったまま寝ている牛の群れに近づき、彼らをひっくり返すのだそうだ。牛は寝たままひっくり返るので、自分に起こっていることがわからず、いつまでも立ち上がれない。その様子をみて楽しむという、まことに「牧歌的」な遊びなんだそうな。
しかし、そういう遊びは現実にあるわけではなく、一種のホラ話ジョークなのである。飲み会などの余興として「今からcow tippingにでもいくか」と夜中に遠出して騒いだり、ちょっとトロイ仲間をからかったりするために使われるネタであるのだそうだ。こちらにはその解説があるので参照されたい。大体、牛は馬と違って立って寝るわけではなく、そもそも、眠りが浅くて断続的にしか眠らないのだそうだ。
ところが、フロリダ州の州議会に、この、「牛転がし(cow tipping)」禁止法案を提案した州議会議員があらわれ、一時話題となった。提案したのはデーブ・アーロンバーグという民主党議員で、動物への虐待行為を禁止した州法への追加修正案として提出されたものだ。地元新聞の報道によれば、原案はこういうものだった。
牛を転ばせること−訓練、娯楽、スポーツの目的で、ロープ、投げ縄、あるいは尻尾に触れることによって意図的に牛を転ばせる、もしくはそのバランスを失わせるような行為については、第1度の軽犯罪とし、他の法案が定める罰則を適応するものとする。
その記事は、架空の遊びを禁止する法案を提出した州議会議員へのからかいが満ちたもので、最後はこの法案が通過すれば、cow tippingが地下にもぐり、ファイトクラブならぬ、カウ・クラブという秘密カルトが全米に広がっていくのではと結ばれている。
この報道のせいなのか、よく考えた末のことなのか、さすがにアーロンバーグ州議会議員もまずいと思ったらしく、提出法案はすでにかなり修正され、スポーツ興行の場で、牛の尻尾をひっぱってひっくり返すことを禁じるという内容になっている。初めの法案は、cow tippingで牛がひっくり返ったまま起きられないでいると、BSEと間違えられる恐れがあるので、これを禁じれば少しでも地元畜産業を守ることが出来るという狙いだったはずなんだけれど。(2004/02/08)
今年のオスカーの主演女優賞と助演男優賞にノミネートされている、「21グラム」という映画があるのだそうだ。なんでも、心臓移植を受けた男と、そのドナーの家族をめぐる話らしいのだけれど、その題名となっている「21グラム」というのは「魂の重さ」ということになっているのである。(日本公式サイトはこちら。少なくとも宣伝する側では、魂は21グラムというのは周知の事実であることが前提らしい)
私もこの「魂は21グラム」説を、子供の頃から何度も聞かされたことがある。少年雑誌の付録とか、科学読み物みたいなものの中によく出てきた。それもれっきとした医学研究の結果、証明された事実ということになっていたのであるが、その後、その「学説」にちゃんとした形でお目にかかることはついぞなかった。
これについて検索してみると、この映画に関する記事ばかりがあふれていて、もとの「医学研究」にはなかなかたどりつけず、結局いつもの引用サイトであるsnopes.comでくわしい解説を読むことになる。
その記事によると、「人は死ぬ瞬間に4分の3オンスその重さを減じる」という研究結果が発表されたのは1907年、マサチューセッツの医師、ダンカン・マクドゥーガルによってであった。彼は「魂は物質的実在である」という仮説のもと、死の瞬間にそれが失われると計測可能な変化が起こるはずだと推論した。そして10分の2オンス(約5.6グラム)の精度をもつはかりにのせたベッドで、臨死患者を見取ったのであった。
そうして6例の患者についてその死亡時の体重変化を計測したところ、患者の死直後に4分の3オンス(約21.3グラム)の体重減少が見られた。死亡した後の水分蒸発とか、肺から吐き出される空気の重さなどを考えても、この重量変化は説明できない。そこで同じことを15匹の犬でやったところ、体重減少は見られなかった。これは犬には魂がないからだ、というわけである。(人はもちろん自然死だろうけれど、犬は毒殺されたんでしょうな。可哀想に)
彼の「研究」はニューヨークタイムズと、アメリカン・メディシンという医学雑誌に掲載され、さまざまな論争を引き起こした。血流が低下することで放熱されなくなり、むしろ体温が一時的に上がって水分蒸発が活発になるのではないか、その点、犬は汗をかかないから体重が減らないのでは、などというような批判があったらしい。
snopes.comの記事では、そのような怪しげな生理学的論争以前に、マクドゥーガルの計測が極めてずさんだったことを指摘している。はかりの精度もえらく怪しい。6例中の2例では、死亡時のはかりの設定がうまくいっておらず、体重減少ははっきり確認されていない。あとの4例の結果も実にまちまちである。
そもそも、死の瞬間をいつにするのかと言うことも、はっきりと定義されていない。仮に、心臓停止と言うことにしても、心電図モニターなんかが一般化していないこの時代、それを見極めるのは困難だろうし、呼吸を基準にするにしても、それが止まったあと、かなり長い間心臓が動いていることなどしょっちゅうあるのだし。
マクドゥーガルはこの観察を繰り返して、計測の精度を上げるということを結局ほとんどやらず、魂をレントゲン写真でとらえるという「と」の方向にむかった。不鮮明な写真と、数例の重量測定を追加しただけで、彼は魂の本質は星間エーテルに類似した実体で、その重さは0.5から1.25オンス(14~35グラム)あると決め付けたのである。そして、その研究成果は学術的には省みられることなく、子供雑誌のネタと、ヨタ系うんちくの題材になるにとどまった。
映画の「21グラム」は、人の運命についての洞察がこめられた重厚作品らしいが、この題名を安易につけてしまったのはまずかったかも知れませんなぁ。(2004/02/17)
MacDougall, Duncan. "The Soul: Hypothesis Concerning Soul Substance Together with Experimental Evidence of The Existence of Such Substance." American Medicine. April 1907.
おそらく別のサイトやBlogで何度も触れられているネタなので、いいかげん食傷の方ももおられるだろうが、多少のオチも用意してあるので我慢してお付き合いいただきたい。
進行中の米国大統領選の前哨戦、民主党候補選挙で有利に戦いを進めているジョン・ケリー候補であるが、現職ブッシュ大統領を脅かす可能性が高くなるにしたがって、さまざまなネガティブキャンペーンも展開されているようだ。左の写真はその一つ、1970年にケリー候補がベトナム反戦集会に、かのジェーン・フォンダと一緒に出ていたというもの。
彼は反戦派ベトナム帰還兵としてその集会を主催する立場にいたので、それに出ていて何の不思議もなく、そんなものが政治的打撃になると思ってるほうがおかしいように思うのだが、問題はジェーン・フォンダのほうらしい。(なお、ケリー氏はジェーンの真上のほうに、いささかピンボケでうつっている。一部の記事では向かって右のヒゲ男がケリー氏だという、誤った指摘がされているので注意)
彼女はこの集会のあとしばらくして北ベトナムに渡り、そこで米国の戦争政策を批判しまくって「ハノイ・ジェーン」と呼ばれた経緯がある。いわば辻元清美と重信房子を足して2で割ったようなイメージで保守派から忌み嫌われているのだ。(しかもずっと後には保守派のCNNの会長と結婚したりして、『変節者』のイメージまでいただいているし)
あんなクソ女と一緒に反戦集会なんかに出ていた奴なのかと、保守派の眉をひそめさせるに違いないという発想なのである。しかしいくらそういう自閉的な論理にすがってみても、ベトナム戦争が大多数の米国民に正義の戦いであったと理解されているわけでもなく、あの時代、戦地で勇敢に戦い、勳章までもらいながらも、その矛盾を指摘したケリー氏の行動には、9・11の後とはいえ、そう反発があるわけでもないのである。
これではインパクト不足と思ったのか、でて来たのがこちらの写真。集会の司会をつとめるケリー氏の横で演説するジェーン・フォンダという図柄の、二人は同じ穴のムジナという印象を持たせる新聞記事写真である。でも、こちらは全くのフォトショップ細工で、全く別の写真を合成したものであることがすぐにばれてしまった。こちらとこちらを参照のこと。作りのずさんさからみれば、ネガティブキャンペーンと言うよりは、ネタの意味合いが強いのだろうけれど。
どうせネタにするつもりなら、やはりこういうもの程度は作るセンスがほしいところですな。(2004/02/18)
イギリスの高級紙「ガーディアン」のサイトに、その姉妹紙「オブザーバー」の記事として、かなり気になる内容が掲載されている。「ペンタゴンがブッシュに提言:気候変化が世界を滅ぼす」というものだ。
米国防省で30年にわたって顧問を務め、「ヨーダ」の愛称で知られるアンドリュー・マーシャルによってまとめられた秘密報告書は、国防省トップによって隠蔽されたものの、オブザーバー紙によってすっぱ抜かれ、その内容が明らかになったとされている。
その報告書によると、この20年の間にヨーロッパの主要都市は海面の上昇によって水没し、イギリス全土は今のシベリアと同じ気候になり、旱魃や飢饉のため暴動が勃発し、食料や水の確保をめぐって国家間の紛争が激しくなり、核兵器の脅威がさらに蔓延するとしている。
記事によれば、国防省はこの報告書内容を受け入れる方向だが、ブッシュ政権はかたくなにそれを拒み、軍事的な脅威にたいする備えを重要視する政策に、なお固執しているという。
記事には報告書が指摘する危機が箇条書きされているが、正直言ってえらくオールドファッションというか、昔からの環境危機説が総花的に羅列してある印象がいなめない。例えばこんな風である。
気温上昇と下降が同時に来るというのである。どっちやねん、といいたくなる。その一方で普通の温暖化説のように、海面上昇も起こり、とにかく悪いことばっかりが続くというのだ。
記事の書き方も妙に繰り返しがおおく、ほのめかしがやたらにある割には根拠があまり示されていないというもので、はじめは季節はずれのエイプリルフール記事なのかと思ってしまった。日本の報道にもまだ取り上げられていないようで、どうにもいまひとつよく判らない記事である。
ちゃんと根拠がある警告だとしても、そんな切迫していることなら、いまさらどうにも防ぎようはないだろうし、ここは腹をくくるしかない。さしあたって、ちょっと怪しい内容を小出しにリークして、パニックを防ごうという、「日本沈没」で田所博士がやった戦略でしょうかな。
もしかしたら、米国の実務層エスタブリッシュがブッシュ政権に対して嫌気がさしていて、「これからは悪いことばっかりありますぜ。再選されないほうがラッキーですよ」という牽制のつもりなのかと考えてみたり。(2004/02/23)
その後の報道によると、このレポートはペンタゴンの非公式シンクタンクが、考えうる「最悪のシナリオ」を、あえてまとめ書きしたものだと言うことのようだ。まず起こることはないが、考えられないわけではない、という程度のもの。どこかで聴いた話の繰り返しなのも当然である。
マスコミとネットが勝手に話をふくらませ、「最高機密」ということになってしまったとのこと。はじめから完全な公開情報だったそうな。(2004/03/01追加)
天国行きの切符がネット販売され、ちょっと話題になっている。値段も手ごろ、たったの15ドル(ただし、送料が10ドル近いけど)である。"Ticket to Heaven, Inc."という、そのものズバリの名前の団体が売り出しているのだが、すでに300人以上が購入しているらしい(とそのサイトでは主張している)。
そのサイトはかなり控えめな作りで、その効能を高らかに主張することもなければ、「購入者たちの喜びの声」欄もない。「天国にその座を得るという究極の褒章を求めるライフスタイルを表現しよう。この象徴的チケットと真正証明書(セットになっているらしい)で、自らの信念に忠実であることを常に思い起こそう」という、はなはだ回りくどい呼びかけが記され、「このチケットは既成の宗教活動を装ったり、それに取って代わることを意図していない」という慎重な断り書きまで付けられている。
おまけにFAQ欄には、「誰があなたたちにこのような切符を売る権利を与えたのですか?」という質問があって、「我々には合法的ビジネスを展開する憲法で保障された市民の権利がある」と、はじめから居直ったような回答が書かれていたりするのである。他にも、「天国」という言葉でどのような具体的な保障をするものではないという、かなり慎重というか、ほとんどギャグ寸前の断り書きも添えられている。
それでも買う人がいるらしいのが面白い。アメリカ、カナダを中心に、ヨーロッパのほうにまで販路を延ばしているようである。300人に売れたというのが本当だとして、それでも50万程度の収入では赤字ではないだろうかと、ちょっと心配してしまうけれども。いまのところ日本人で購入した人はいないようなので、一番乗りが好きな人は申し込んでは?もちろん、あくまで「象徴的」意味しかないことは承知してもらわないといけないが。(2004/02/26)
すでにあちこちのニュースサイトやBlogで取り上げられているので、いまさら話題にするのもなんだが、このサイト的にはやはり一応触れずにはすまぬ問題であろうと、遅ればせながら紹介することに。
カリフォルニア州立大学、UCLAの医学部で、かなり困ったスキャンダルが発覚した。学生実習用にと篤志献体された遺体が、担当者によって横流しされ、結構な額の金品に換えられていたと言うのだ。(報道記事はこことか、こことか)
これはまず、UCLAから遺体の一部を持ち去り、研究機関や医療機関に売りさばいていたアーネスト・ネルソン(46)という男に、大学当局が遺体パーツの返還を求めた動きから表ざたになった。ネルソンは逆切れし、大学に24万ドルの金を支払えと要求した。大学はこれを支払うつもりであったらしいのだが、ネルソンはこれをロサンジェルス・タイムズに暴露するという挙にでたのである。
ネルソンの主張では、彼は6年にわたって関連部署のトップの許可の下に、代価を支払って公然と遺体を持ち出していたのであって、違法に進入したわけでも盗んだわけでもないとする。彼が持ち出した遺体の一部(もっぱら四肢の関節部分が中心だったとのこと)は800体に及ぶ遺体から取り出されたもので、作業も献体部署のプロトコールに従って、遺体安置所の冷凍庫の前で堂々とやっていたのだそうだ。
警察当局は先の日曜日に、ネルソンと献体管理部門のトップであるヘンリー・リード(54)を逮捕した。二名は翌日には保釈されている。リードの容疑は窃盗、ネルソンは盗品故買の罪状で、リードが2万ドル、ネルソンは3万ドルという保釈金の額からすると、ネルソンが主犯格とみられているようだ。
UCLA医学部は1996年に献体者の家族から、遺体を実験動物の死体と一緒に焼却したという件で訴訟を受けており、エンバーマーの資格を持つリードをこの部門のトップとして雇い入れ、献体の扱いに慎重を期す対策をとっていたのだが、それが裏目に出たということか。今回も早速、献体者の家族から集団訴訟が起こされるとのこと。
以前にも、病的盗癖の対象として献体の臓器や解剖残遺物を盗んでいた人の話を紹介したことはあったが、今回はれっきとしたビジネスとして展開されていた。前回は「役にもたたん」とか「使い道がない」などと、病的動機ですべて説明していたのだけれど、手術の練習用などで結構需要がある、というのが新たな発見である。一部のニュースサイトでは、移植用の臓器売買と混同していたところがあったが、もちろん、そんな目的には使えない。
UCLAは年間平均で175体の篤志献体を受けるのだそうで、1学年たしか120人ほどのはずだから、1人で1体解剖しても余りまくる。学生実習用という縛りもあるし、保管場所の問題もあるし、まかせるから程々にうまく回転させておいてくれよと、あいまいな管理が逮捕されたトップに一任されていて、そこにつけこんだブローカーがいたという風に理解できるのかな、と。
死体洗いのバイトはないが、死体横流しのバイトはある、というのが当サイトの結論。( 2004/03/10)
去る3月9日、eBayオークションに「イボ」が出品された。切除したイボ=尋常性疣贅の組織標本というのではなく、出品者の右足に今現在できているイボそのものだとのこと。
「右足にできた中古のイボを提供します。ええ、本当ですよ。説明を飛ばさずに、よく読んでください。
これはジプシーの言い伝えとされる民間療法のテストです。論理的にして、高い知能と感受性をもちつつ、ほとんどイカレている私の友人がとてもよく効くイボ治療だと主張する手段です。それは『イボを売れば治る』というもの。そこで私は半信半疑ながら試してみることにしました。もし落札者が興味をもたれるなら、この2004年度イボ大売出しの顛末をつまびらかにすることにやぶさかではありません」。
以下説明が続くのだが、要はこの出品者は「イボは売れば治る」という言い伝えを検証するためにeBayに自分のイボを出品した、実際にイボを落札者に送るわけではない、支払いは現金でなければいけない、購入した人はコインを送ってほしい、そして、届いたコインはショッピングモールのトレビの泉もどきに投げ入れるとか、砂漠に埋めるなどの方法で捨てることになる。そうしたときに初めておまじないが成立するらしい。
イボの治療にはかなりおまじないが利くというのは、以前にも皮膚科の友人から聞いた事がある。妙な先端的治療手段よりも余っ程利くので、その友人はほとんどそれだけでやっているそうな。はじめのうちは漢方的外用療法として「ハトムギを練ったものを塗る」ようにしていたのが、ハトムギを煮ておくのが面倒になって、ワセリンのような基質軟膏を使うようになったが、ほとんど治療成績は同じだったとか。大体の場合、数日のうちにコロリととれるのだそうで。
こちらの皮膚科サイトでも、「子供には『イボイボ飛んでけ。』などのオマジナイをさせる。成人の場合テープなどに「イボ無くなれ。イボ消えろ」などを5分間録音させてそれに唱和させる」という、かなり大胆な補助療法が書かれている。何が何でも液体窒素や抗がん剤のようなものを使うという態度より、よっぽど好ましい。
西洋ではこのeBay出品者が確かめようとしているような、イボに対して象徴的商行為を加えるというおまじないがあるらしい。ネットオークションという手段でもそれが有効なのか、興味深深である。なお、このオークションは最低入札額1セントで始められたが、日本時間12日午後11時現在、1ドル50セントにまで上がっている。入札者にはいったいどんなメリットがあるんだろうかと、ちょっと考えないでもないのだが。March 12, 2004
Emacsというオープンソースエディタ(それにはとどまらず、ある種のOSみたいな機能もあるらしいが)を使いこなしておられる方なら、添付されているファイルの中にクッキーレシピが書かれたファイルがあるのを御存知だろう。どのOS版でも、実行ファイルと並んだディレクトリィ、"/etc"のなかにあるので、御持ちの方は御確認を。ファイル名はCOOKIESである。(その内容はこれ)
そのテキストによると、アメリカにはミセス・フィールズという大手のクッキー店のチェーンがあり、そこにある人が電話して、クッキーの作り方を聞いたのだそうだ。一応タダというわけにはいかないだろうと、10ドル程度の請求を予想していたところ、カードから引き落とされた額はなんと200ドルであった。その人は頭にきて、200ドルで手に入れたそのレシピを、あちこちにばらまくことにした。それがこのクッキーレシピだ、というのである。
テキストにもこれは伝説だと書いてあるが、多額の金を請求されて怒り心頭という設定の書き手がつづるうらみつらみまであるので、間違うと事実だと勘違いしてしまいそうである。Emacsの開発者たちは、オープンソースアプリケーション配布に当たって、なんでこのあまり上品とはいいがたい都市伝説ストーリーを添付したのだろう。
この「馬鹿高レシピ伝説」は、店の名前やお菓子の種類、請求額などを微妙に変えつつ、アメリカでは50年以上にわたって語り継がれているものだ(参照はこちら)。思うに、PCソフトウェアの世界で、まさしく伝説で語られるクッキー店とほとんど同じことをして稼ぎまくっているともいえる某社の存在が、この古典的伝説を意外な添付ファイルとして復活させたということなのかな、と。(2004/03/19)
MacOSXをもっておられる方なら、デフォルトでこのクッキーレシピファイルが読める。ファインダー画面から移動の「フォルダへ移動」を選択、現れる入力欄に半角で/usr/share/emacsと入力、出てくる画面で「21.2」と書いてあるほうのフォルダを開くと、そこにあるetcというフォルダのなかに、このCOOKIESファイルはある。Windows版のEmacsなら拡張子がないから開けないとか文句いわれるが、OSXならダブルクリックであっさり開ける。
2月末にフランスのカンヌで行われた3GSM国際会議で、独創的付加機能を持った携帯電話が数多く発表されたと報じられ、話題になっている。記事はパリ在住のジャーナリスト、デビッド・ベンジャミンによるもので、CommsDesign.comやEE Timesに配信されており、多くのBlogにも転載されている。(以下抄訳)
その記事によると、会議場の展示ブースでは、世界各国の携帯電話メーカーが新製品を競い合ったという。その主なものは次のようなものであった。
百科事典のエンサイクロペディア・ブリタニカがすべてビデオ画像で記憶されている、エンサイクロフォン。 スタートレックに出てくるフェーザーのようなデザインをもち、スタンガン機能が付加されているデフェンダーフォン。 スイスの時計メーカーが出展した製品は、アラーム音による目覚まし機能ではなく、100種類以上の子守唄を奏で、持ち主を眠りにつかせる機能をそなえている。 持ち主の声を、物音や周囲の人のざわめき、通りかかったプードルの声に偽装するベントリロフォン。 10メートル先の壁に画像を投影できる、プロジェクター機能つきのXパンドラキャム。
この超音波はボイスコントロールで発生するようになっていて、使用者は情事の際、ベッドの枕元においておけば、ある種の嬌声に反応して自動的にスイッチが入るという。同社は主にヨーロッパでの販売をもくろんでいるが、米国での発売予定バージョン、”チャスティティ(純潔)3000”の開発にも取り掛かっている。これは超音波発生に先立って、宗教音楽を流すことで性欲の抑制を図るようになっているそうだ。
同社首脳は、製造販売に当たって3G規格を採用する大手の企業と組むことも検討中である。同社がもっとも希望する相手は、"Siemens"であるそうな。やっぱりね。
最後がオチで終わるところを見ても、この記事は完全なジョークであるようだ。エイプリル・フールにはまだちょっと早いけれど。記事の脚注には、「皮肉屋の著者、デビッド・ベンジャミンは、技術関連の記事をしばしばラッダイト派の視点で書くことがある」と記されている。ところで、"Siemens"オチの説明は、しなくてもいいよね? (2004/03/20)
ロイとミッチは映画プロダクションを開くため、北カリフォルニアの田舎町からロスに出ることにしていた。彼らは自分たちの脚本アイデアを書き留めるため、Blogspotという無料ブログサービスに自分たちのブログを開設した。来週はロスにたつという週末、彼らは近くのキングス・キャニオン国立公園にキャンプに出かけた。ロイのガールフレンド、ジーナとその友人、レイチェルも一緒である。先月の18日に書きだされた彼らのブログは、そんな彼らの高揚した気分の日常を描く文章ではじまっている。
ところが、次の23日のエントリーでは、その様子は一変している。「もし誰か読んでいたら、希望はまだある。時間も残されている。我々は閉じ込められた。助けが必要だ。S-O-S」。彼らはキャンプ場のサービス棟に、窓に板を打ち付け、ドアには卓球台を立てかけてバリケードを作り、立てこもっているのだという。
彼らはその日、午前3時ごろ、ゾンビの一群におそわれた。レイチェルはゾンビたちに食いつかれ、ジーナは森に逃げ出した。ロイとミッチはジーナを連れ戻すことも出来ずにサービス棟に逃げ込み、バリケードを築いたのである。サービス棟には自家発電装置があり、食料も豊富に備蓄されていた。電話は不通であったが、ネットに接続できるPCがあったため、彼らは自分たちの開設していたブログを通じて、自分たちの状況を説明し、助けを呼ぶことにしたのである。
ゾンビたちは動きが鈍く、共同行動が出来ないらしい。もう一月近くにらみ合い状態が続いている。ロイとミッチはブログやメールを通じて助けを呼ぶが、誰も反応してくれない。レイチェルも今はゾンビの一員と化し、無残な姿で建物の外を徘徊している。ジーナの行方は不明である。ネットニュースではキングス・キャニオンの近くで爆発事故があったらしいことと、北カリフォルニアで人が食われる襲撃事件があったことが断片的に報じられるが、詳しいことはわからない。
こうしてロイとミッチは、外の見張りとネットでの情報収集だけの生活を強いられることになる。彼らは映画のうんちくを傾けて、ヒーローが自分たちを救いに来てくれないかという夢想したり、あまり役に立たないゾンビ対策サイトを読んだりしていることを、日々そのブログを通じて報告しているというわけだ。
おそらく、「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」にヒントを得た、アマチュア映画のプロモーションの意図があるのだろうが、現在進行形のブログをそれに使うというのは、状況設定の陳腐さを救って余りあるアイデアではないかと思える。もっとも、ブログ記述のほうはだんだんダレてきたのか、21日など、ニュースサイトみたいに「吸血鬼キラー、同僚を撃つ」という記事を紹介していたりするけれど。今後、どういう展開−収束に向かうのか、ちょっと興味がもてないでもない。
ただ、Blogspotのサービスをうけるときは、はじめにサイト名を決めておかないといけないらしいのだが、脚本草稿アップのために開設したはずなのに、survivezombies.blogspot.comはちょっとマズイのではないかと思うけれど。
引用先はTHE MUSEUM OF HOAXES 3/20の記事。 (2004/03/22)
その後どうなったのかと、時々彼らのブログをのぞいているのだが、4月終わりになっても事態は膠着したままであるようだ。ロイは特攻隊精神で手作りの槍をもって外に飛び出す気でいるらしい。はじめるのは簡単でも、なかなかオチをつけるのが難しいようで。(04/30追加)
発展途上国の人々は、今なお貧困と抑圧に苦しんでいて、その最大の被害者は子供たちである。世界の人口は増え続けていて、これは飢えを満たす必要のある対象がどんどん増えているということだ。はたして、貧しい国々の子供たちを救う方法はあるのだろうか……。
解決策はここにあるのだ、とこのサイトは主張する。スイスの「少年兵士利用促進連合」("The Coalition to Promote the Use of Child Soldiers")というサイトである。世界の国々が、0歳から18際の子供たちを兵士として使うことを奨励することを通じて、人間性の援助に貢献する非営利団体だとのことだ。
彼らの目標は、世界の人々やその政府に、少年兵士を普及させることが、子供たちに自らの社会への関わりを持たせ、彼らに食物、教育、行動能力、收入、そして成熟を同時にあたえられるという事実を知らしめることにあるという。
兵士に採用することで、子供たちは社会的な弱者の立場から、むしろ資産ともいえる立場になる。自分たちの国のよりよき目標に向かって戦うことで、自立した生産的市民の一員になれるのだと。
彼らが兵士になることで、彼らが職を得られるだけでなく、発展途上国に兵器を輸出する西側諸国の軍需産業に対しても、これは莫大な利益を提供する。ごく少数の犠牲者が彼らの間に出るとしても、それは有効な人口調節機能をも果たす。家族の価値は高まり、戦士の英雄的伝統は受け継がれる。人間の権利を戦いとるというのは基本原理なのだ、と。
なお、彼らの団体名はこちらにかなり似ているが、全く別物なので注意してほしいというただし書きもついていた。
これを紹介していたTHE MUSEUM OF HOAXES(最近ここのパクリばっかし)では、ジョナサン・スィフトが書いた,「貧家の子女がその両親ならびに祖国にとっての重荷となることを防止し,かつ社会に対して有用ならしめんとする方法についての私案」(こちらの下の方に概括あり)と同じような風刺としているのだが、控えめに貼り付けられた少年兵士たちの写真、それも例外なく銃をもってあどけない笑顔をむけたもの、をみていると、案外本気で提案しているのではないかと思えてくる。
いくら合理的解決とはいえ、犠牲が出ることを前提にしている点が難なので、ここは世界に例のない「戦争を目的にしない」軍隊組織である、わが自衛隊の活動とドッキングさせていけばいいのではないか。今回のイラク派遣のような、自衛隊の海外派遣に当たっては、命令指揮系統と兵站のコア部分だけにして、後は全部現地で子供や老人などの弱者を臨時採用するのである。
なにせ世界で一番高給取りの軍隊であるわが自衛隊のこと、日本人自衛官一人分の給料で子供たち100人以上は優に雇える。そこで基本的訓練と教育を施せば、直接的な経済支援だけでなく、後々までつながる人脈も形成できて、いいことばかりではないだろうか。イラク復興にこれほど合理的な支援は無いような気がするのだが、コイズミさん、ちょっと考えてみませんかね。 (2004/03/28)
パーキンソン病は、振戦と筋強剛を主徴とし、しだいに行動が緩徐となり無動に至る可能性のある疾患である。欧米での発症率は60代以上では1%といわれ、以前は日本の10倍といわれたが、最近ではわが国の発症率も急増している。
ブラウン大学医学部神経学教室のジョセフ・フリードマン教授は、パ−キンソン病の発症因子に、エイリアンによるアブダクション体験が関与しているという実証研究を報告している。フリードマン教授によれば、エイリアンによるアブダクション(誘拐)は、米国民の2%が体験しているとされるが、その体験者の多くが、後にパ−キンソン病を発症することが多いと統計的に証明されている。
アブダクションはしばしば全身の麻痺にはじまり、UFOへの牽引体験に続くのだが、フリードマン教授は、エイリアンによるこの操作は、脳幹黒質細胞への直接支配が何らかの形で行われており、それが非可逆的ダメージを残すのではないかと推論している。欧米と日本との間に存在する発症率の差も、アブダクション体験の比率差によって説明が出来るということだ。
フリードマン教授は、こうした「人為的操作」がパーキンソン病の発症危険因子であることが実証されれば、逆に発症予防や治療への大きな手がかりが得られたことになるとしている。また米政府に対して、エイリアンによるアブダクションの情報をもっと開示すべきであると強く要求しており、今後の動向が注目されている。(2004/04/01)
本当にロードアイランド医学雑誌2003年4月号に掲載された論文。実は内容がリンク切れでよめず、以上の中身は完全に想像ででっち上げたもの。エイリアン・アブダクションそのものについては以下を参考に。
TVをぼんやりみていたら、ケーブルのミステリィチャンネルというところで、エイリアン・アブダクションに関する番組をやっていた。アブダクションといっても色々あって、宗教的回向体験に近い、ある種の真理に触れられた喜びを得られるものと、悪夢そのものの精神外傷を体験するものとの、二極に分かれるもののようだ。
また、現在的体験としてのアブダクション(もしくは至高存在による招待)だけでなく、過去にそうされていたことに急に気づくという、「捏造記憶」喚起という型式での体験という側面もあるようだ。あとの場合は、ほとんど外傷的体験であるらしい。すごい真理に過去に触れていたのだ、と想起することはまずないようだ。
私がどこかで読んだ報告では、エイリアンに拉致されて、身体の中をいじくられたというような体験は、ほとんど入眠−出眠時幻覚によるものだと主張されていたような気がする。私は自分自身が入眠−出眠時幻覚をよく体験する体質なものだから、この説明は実によくわかるように思う。
入眠−出眠時幻覚に陥るときは、まず全身の金縛りではじまり、そのあと意思に反する身体の移動、他者からの身体的干渉をしばしば経験するものだ。やたらに説明的な幻聴を伴うことも多い。少なくとも日本では、この体験は超自然的というか、霊的な解釈をされることが多く、これをエイリアンの干渉だと捉える人は、見た事が無い。
そもそも、この体験というか症状はある種の遺伝子セットと関連しているらしく、白人よりは黒人に、黒人よりは圧倒的に黄色人種に多いものであることが判明している。米国白人の場合、滅多に起こらぬだけに、伝統文化的な解釈というよりは、マスコミに頻出するイメージで修飾構成してしまうのかな、などと思うのだった。
逆に、捏造記憶というのはあまり日本では見られぬもので(妄追想は珍しくもないが、似ているようで全然違う)、これは妙なセラピストが誘導してありもしない性的虐待なんかの記憶を作り出したりする機会が少ないということでもあるけれど、先ほどの入眠時幻覚とおなじように、遺伝子構成とも関係する可能性が高いのではないかと思われる。毛唐ってどんなインネンつけてくるかわからん、というコトですな。
そんなことを考えながら番組を見ていたのだけれど、そこでは全くそういう視点は紹介されず、心理学者みたいなのが出て来てはいたが、アブダクション体験者が精神疾患ではないことだけを強調していた。なんだかなぁである。精神疾患でなくても、ミクロ的な幻覚妄想ぐらいはありえるのが、人間の難しいところなんですがねえ。(2004/04/28)
福井県立大学で「宇宙空間プラズマ物理学」(なんやそれ)を研究しておられる若手教官、中村匡さんの「極端大仏率!」という日記(雑文?)サイトをずっと読ませてもらっている。大学教官の日記は面白くてためになるものが多いが、「極端大仏率!」はそのなかでも一番のお気に入りなのである。
その中で、3月末に書かれた「中村・大谷理論」が実に興味深い。私も何度かいい加減に触れたことのある、「子供のころのほうが、時間がたつのが遅かった」という体験についての記事である。俗流の心理学では、これは「人間は今まで生きてきた時間との対比で時間の経過を感ずる」と説明される。5歳の子供にとっての1年は人生の5分の1だが、50歳のオッサンにとっては50分の1でしかない。その時間経過が10分の1と感じられるのも当たり前だ、というのである。
そこを中村氏は、米国ジョンホプキンス大学の大谷晋一博士との共同研究(どうも飲み屋でバカ話しただけみたいだが)の結果を踏まえ、物理学徒らしく定量的に検討しておられるのである。詳しくはそのページを読んでいただきたいが、要は「体感時間の増加分は実時間に反比例する」として、それを微分方程式に置き換え、解をえたものである。このままの規定だと、生まれた直後の体感時間は無限大に発散してしまうという問題もあり、多少の手直しもあるのだが、それで得られた解が示すのは、体感年齢は対数関数で増えていくということである。実に体験からも自明のことと納得できる結果であろう。
中村氏がそのサイトに作りつけたCGIフォームで計算すると、私の体感時間での人生終了率は91%であった。あと30年ほどダラダラ生きたとしても、今までの体験内的時間の1割ほどをすごせば、この世界からは退散せざるを得ないのである。まあ、そんなものであろう。それ以上うっとうしく生き延びても、ろくなことは無いのは間違いない。
中村氏も指摘しているが、人間というのは基本的に物理量の知覚を対数関数的に行う。例えば音の強さはデシベルという単位を使うが、あれは音圧の比率を常用対数でしめしたものだ。10倍を1ベル=10デシベルというわけ。2倍ならlog2≒0.3で3dBとなる。これは掛け算を足し算でやれるという利便性もあるが、それ以上に人間の知覚が、そういうふうに対数的に出来ているわけである。10倍になって、やっと1目盛りあがる、つまり体感的に倍になったように感じられるということだ。
さて、ここからが私の知見である。この対数関数的知覚がもっとも具体的に感じられるのは、「金銭感覚」であるというのが私の発見である。1万円で感じられるリッチさの倍を体験するためには、2万円ではダメなのである。10万円必要なのですな。50万の給料をもらっている人は、これが100万になったら、倍のリッチさが体験できるだろうと思うだろうが、それは甘い。3割ほどのリッチさを経験出来るだけだと思っておくべきである。
日本経済が高度成長を始めた頃、時の池田内閣は「所得倍増計画」というのを提唱した。しかし、本来のリッチさは、それでは獲得できないはずなのだ。池田首相は、国民に正しい認識を与えるためには、「リッチさ3割増計画」とそのプランを示すべきであった。ネットで調べた公務員の給料をインデックスにすると、あの頃から所得はちょうど10倍になったと言えるが、それがやっと実感2倍に当たるわけである。その意味では、池田勇人氏の所得倍増計画は、やっと平成の世になって達成されたと言うべきか。
私としてはもうひとつ、金銭感覚の部類ではあるものの、女性のゴージャスさに対しても同様の対数感覚が適用できると思っている。付き合っている女性のゴージャスさは、その女性を満足させる必要金銭の対数比によって定義できるというものだ。あなたが見栄をはって、女性のために数万円のディナーを用意し、50万ほどの指輪でもプレゼントしたとする。その彼女に倍するゴージャスさをもった女性にふさわしい対応をしたいと思えば、その倍ではダメなのだ。対数的倍、すなわち10倍が必要なのですな。
100万レベルの宝石なんぞで満足する女性は、しょせんチープ系なのである。叶姉妹やプリンセステンコーなんてのを引っ掛ける連中は、油田や島をプレゼントしているでしょう。仮にそれらが10億円だとして、100万円のプレゼントでなびいてくれる人と、彼女らのゴージャス差は30デシベルの違いということになる。この場合、ベルという単位は今ひとつふさわしくないので、ゴージャスとか、カノーとか、テンコーという単位を使えばいいと思うのだが、認めてもらえるかどうかは、専門家に任せたいと思う。ちなみに、私は10デシゴージャスというか、10デシカノーのネーちゃんに、一時惑わされた事があったということを正直に認めておきます。(2004/04/03)
彼らは数人組で行動する。ショッピングセンターなどでカモを見つけ、まず一人のメンバーが近づいて、着ている服になにか汚物のようなものを塗りつける。別のメンバーが親切を装ってその汚れを指摘し、あわてている被害者の金品をうばう……、というのはヨーロッパなどで、よく日本人がカモになる、スリ集団というか、カッパライグループの手口であるが、南アフリカになるとちょっと最後のプロセスが複雑になるようだ。(元記事はこちら)
その手口は、親切を装って近づいていった犯人の一人が、汚れを指摘するところまでは同じであるが、そこからがちょっと複雑になる。その男は被害者にこう説明する。「さっきの男が塗りつけたのは魔法の薬で、あなたの持っているお金をただの紙切れに変えてしまう呪いをかけたのだ。私がその呪いを解いてあげよう」と。
犯人は被害者をトイレなどに連れて行き、お金を封筒に入れさせて、自分の尿をかけるという呪いを解く儀式をさせる。目を閉じて祈りをささげるような手順もあって、その際に封筒はもともと紙切れしか入っていないものとすりかえられるわけである。
場合によっては、呪いは銀行に預けている金にまで波及することがあるので、出来るなら全部おろしてここに持ってきたほうがいいといわれる被害者もいて、なんとそれにまんまとのってしまう人がいるというのが不思議なところ。
何人組みかで行動するなら、手荒く奪い取るほうが速いと思いますがなぁ。こうした黒魔術の伝統文化をリスペクトすることは、犯罪としての洗練度がたしかに高いとは思うものの、その分被害者への露出度も高くなって不利になるような気がするのだが。
もしかしたら、その手でこられたらしょうがないわと被害者が納得してしまうとか、お金が紙にかわってるのを見て、「ああ、あれだけ一生懸命に呪いを解いてくれようとしたのに及ばなかったか」と、犯罪だと認識されないという効果があるのかも。(2004/04/13)
1か月ほど前から左の画像(クリックで拡大)がネットに流通するようになり、アメリカのイスラム教徒社会に憤激をよんでいるそうな。海兵隊員がイラクの(と思しき)少年二人とサムアップサインを作って、にこやかに並んでいるもので、普通に見れば、米軍さん、イラク民衆に受け入れられて良かったねという写真なのだが、問題は少年が掲げている段ボールに書かれた文章。
海兵隊員が書いたと思える筆跡で、"Lcpl Boudreaux killed my Dad, th[en] he knocked up my sister!"(ボードロー兵長は僕の父を殺し、姉を強姦した!)、と書かれているのである。少年たちが英語が読めないのに乗じて、自分の戦争犯罪を自慢している記念写真を仕立てていると受け取れる。ネタ元はこちら。
これを見たThe Council on American-Islami Relations(米国イスラム協力会議でいいかな?)は、この4月初め、報道機関に声明をだし、この写真の真偽を調査するように海兵隊に求めた。海兵隊側の記事はこちら。腰の引けた「軍事活動」しかしないくせにえらく秘密主義のどこやらと違って、軍の報道機関がこんな風にオープンなのは、何はともあれ誉めておきたいものだ。海兵隊はボードロー兵長(現在は退役して予備役になっている実在の人物だとのこと)から事情聴取をはじめており、事実の確認を行って兵長の処分を検討すると発表していた。
ところがそうこうするうちに、二番目の写真が出てきたのである。こちらは初めの写真とまったく構成は同じで、ただ段ボールに書いてある文句だけが違う。"Lcpl Boudreaux saved my dad then he rescued my sister."(ボードロー兵長は僕の父を助け、姉の命も救ってくれた)と、まるきり正反対な内容で、少年たちもクルド人だと説明されていて、信憑性もこちらの方が高いように思われたのである。
報道によれば、海兵隊の調査はすでに終わったらしいが、その結果はまだ発表されていない。兵長の軍務記録などを調べたら真相は一発でわかるような気もするのだが、簡単に本物とか偽物とかいえないような、複雑な事情があるのかもしれない。まさか真相はこれだった、なんてことはないだろうけれど。(2004/04/16)
(注:クリックして出てきたポップアップイメージは、次の画像を見るときはいったん消さないと妙なことになるようだ。二つ並べて検討することは出来ない。JavaScriptをちょっといじってみたが、改善されまへなんだ。いずれにせよ、粗い解像度のおかげで、作り物かどうかは判定不能。興味ある方は、より高解像度の画像を掲げているところをご検討のほどを。こことかこことか。
真相といっても相対的なもんだ、というのを具体的に示すためなのか、こんな風に好きな文句(ただし日本語不可)をいれる事の出来るCGIバージョンもあるので、是非お試しを。)
昨年9月、カリフォルニア州のウェブ報道機関KGET.comに、画像が添付されたメールがとどいた。カーン郡の保安官パトカーを写したものだった。その側面に貼られたステッカーには、"We'll Kick Your Ass"と書かれてあった。「ケツを蹴っ飛ばしてやるぞ」という慣用罵り言葉を使って、「犯罪を徹底的に制圧する」というような、勇猛果敢な姿勢をあらわそうとしたのかなと受け取れる。まあ、えらく下品ではあるが。
バンパーステッカーにやたらに凝るアメリカ人のこと、パトカーにこの程度の文句が書いてあってもそれほど問題にならない国民性らしく、KGET.comは保安官事務所の取材はしたが、記事にはしなかった。
そのとき取材を受けた保安官は、自分はこれに関係しておらず、すぐに責任者を見つけ出して是正させるというような受け答えをしたらしい。先週になって、KGET.comがもう一度確かめたところ、あのステッカーをはった車両責任者の巡査長は、誰から命じられたか忘れたが、保安官でなかったのは確かだ、と答えているとの返事だった。
今週火曜日になって副保安官からメールがあり、それを命じたのはパトロール隊長( commander となっているが、前後文脈からすればこの辺の中間管理職みたい)だと、件の巡査長が思い出したという。そこで翌日この隊長に取材すると、自分が命じたのでないという返事。「ボス(つまり保安官)が、こいつがいいねといったから、そうしただけだよ。保安官は自分の言葉の重みをわかってないみたいだ」。
ご存知のように向こうの保安官というのは選挙で決まり、部下といっても基本的にライバルなので、「悪いのはあいつだ」になるわけですな。記事の論調も、"Kick Your Ass"を問題にするというより、責任転嫁をもっぱら非難している。仲間内でうやむやにしようと、責任者のせいにしようと、責任逃れの隠蔽体質というのはどこの国の公務員も同じだというのが、むしろホッとするような気分である。
なお、上の写真をクリックして現れるパトカーの画像は、もともとの画像にフォトショップでさらに改ざんがなされたものなので御注意を。"And take your doughnuts too!" (おまえのドーナッツも食っちゃうぞ!)はさすがに書かれていない。本物はこちら。(2004/05/14)
以前も何度か引用したことのあるX51.orgの5月26日の記事に、「チワワは犬に非ず」という興味深い記事が出ていた。米国シアトルのフレッド・ハッチンソン癌研究センターの研究者が、この21日に出されたサイエンスに発表した論文をもとに、誇張した冗談ニュースで有名なWatley Reviewが面白おかしくでっち上げたものを和訳したものである。
ハッチンソン研究所の論文は、人間の疾患モデルに使う目的で、犬の遺伝子解析をした結果を報告したもので、犬という種の来歴を遺伝子から探るという趣向のものである。こちらになぜかPDFファイルの原文があるので参考にされたい。こちらはプレス発表だが、こちらのほうがもう少し簡潔かも。正直言って、これが犬を疾患モデルとしてつかうことと、何か関係のある内容なのかと、ちょっと頭をひねる物件だけれど。
Watley Reviewはその元論文が自己目的化して、あんまり関係ないところに着地したのを皮肉るつもりだったのか、これにとんでもない内容を付け加えた。主著者によれば、「今回特に大きな発見は、現在人気を集めているチワワ種が元々は齧歯類(げっしるい、ネズミ、リスなど)の一種であり、それが何世紀にも及んで犬のように育てられた結果、現在の姿になった」と主張しているというのである(訳文はX51.orgから)。
さらに続けて、「ラサアプソはチベットの雪ウサギ、ペキニーズは中国の水生ネズミ(ドブネズミなど)、シーズーはヤマイタチ、ヨークシャーテリアはハト」を起源にもっているともされる。もちろん、元論文にはそんな驚天動地の主張はなく、ごく普通に、古代からの4っの大まかな起源を主張しているに過ぎない。
主著者の名前をそのまま使っていたり、論文内容をそのまま引き写しているところもあって、何かの拍子にここのページにたどり着いた人にとってはかなりの混乱を引き起こすものだが、まあ冗談サイトだと知れ渡っているし、ほかの記事をみればそれは丸わかりなので、問題にもならないのであろう。日本だって、東京スポーツの一面記事をみて、あれはデマだと本気で怒る人も、あのまま信じる人もいない。
ところが、X51.orgの場合、結構な割合でそれを信じ込む人がいる様子だ。200近いコメントやトラックバックがあるが、3分の2ぐらいはそのまま素直に受け取っているようだ。否定する人も、妙に真面目になって「ありえない!」とする立場の人が多く、なんでこんなジョークにそんなに必死になるのだよといいたくなってくる。
もちろんX51.orgの管理人は確信犯なのだろうが、スタイルとしてまったく直接的批評や解説をいれず、ただ文体を面白おかしくすることでジョークをにおわせる手法をとっているものだから(多分)、信じ込む人にせよ、否定する人にせよ、妙に生真面目な反応をしてしまうのだろう。まあ、こんな呑気なことで渡り合うのも平和な証拠なので、すれっからしになるまで、議論するのも吉かとおもえる。
遺伝子レベルに刻印されているのか、もっと違うレベルなのかは知らないが、種を越えた形態の類似というのは確かにありますな。ある種の貝類と***の類似性とか、キノコと###の類似とか、あれには絶対なにか生命の本質に迫る意味があると、私は昔から信じているんですがねえ。誰か研究してないかしら。老後はそんなこと調べて暮らそうかな。 (2004/05/27)
レーガン元アメリカ大統領死去をうけ、関連の話題を。
かの名作映画、「カサブランカ」は、ハンフリー・ボガードではなく、ロナルド・レーガン主演が予定されていたというのはよくトリビアとして語られる。ちょっと検索してみるだけで、この映画を解説しているいくつものサイトがその説を紹介していて、多少のバリエーションはありながらも、かなり詳しい「予定キャスト」の説明がされている。例えばこちらではレーガンとヘディ・ラマー、こちらではレーガンとアン・シェリダンという配役が予定されていたと記されている。
しかし、こちらの記事によれば、幾度となく映画トリビアとして開陳されたその話は、単なる誤解というか、背景を充分考慮していない短見に基づくものらしい。
映画「カサブランカ」が初めて計画されたのは、1941年の12月のことである。当時、ワーナーブラザースの主任プロデューサーであった、ハル・ウォリスの発案によるものだった。彼の意見でワーナーは、ヴィシー対独協力政権支配にあった仏領モロッコを舞台にした原作、「皆はリックのところに」を2万ドルで買い取った。
ところがウォリスはその2週間後にワーナーを退職し、独立プロダクションを開いて、その施設を使って映画を撮るという契約を、ワーナーと交わしたのである。それまで映画会社のものであった映画制作が、はじめてプロデューサー主導システムにとってかわられたのである。これが多少の混乱を招いた。当然、まだほとんどの映画製作は映画会社が取り仕切っており、「カサブランカ」の場合、初期のプレス発表は映画会社によってなされた。
1942年1月、「ワーナーは仏領モロッコを舞台にした活劇、『カサブランカ』をアン・シェリダン、ロナルド・レーガン、デニス・モーガンらの競演で製作する」というワーナー発の公式記事がでたのは、そういう事情のもとであった。つまり、製作者のウォリスは、まったくこの記事内容にはかかわっていなかったのである。
一方では脚本はこの時点で部分的にも出来上がっておらず、ハル・ウォリスはそのプロデューサーシステム初の作品を二本抱えていたため、配役も当然決まっていなかった。映画会社がその発表でレーガンたちの名を出したのは、上映間近の彼らの主演映画の宣伝のためであった。
しかも、仮にウォリスがレーガンを使おうと考えていたとしても、そのチャンスはなかった。彼はすでに陸軍少尉として招集されており、製作中の映画公開までの一時的猶予でワーナーに在籍していただけで、とてもそれから製作される映画に出演することなど出来なかった。
実際、ウォリスの発言や残されたメモによれば、彼がボガード以外の配役を考えていなかったことは明白であるそうだ。ワーナーのほうは、ウォリスに何度か別の配役を示唆したようではあるが。それまでのシステムでは、俳優たちもそれぞれ映画会社と契約していて、会社側のプログラムに基づいて映画に割り振られていた。契約映画会社が違うと、どんな人気俳優であっても競演することも出来なかった(日本では近年までこのシステムが続いていた筈である)。
それがウォリスのはじめたプロデューサーシステムでは、俳優たちは所属会社から離れて個別の映画制作プロと契約することになった。プロデューサーは自由に配役を企画でき、映画はよりその作品性を高めることが出来るようになったのである。
つまり、レーガンが「カサブランカ」に主演する予定だったという噂の根拠は、それまでの映画会社によるプログラムピクチャー制の名残であった、適当な新聞発表だったわけである。歴史のIFというのはよく語られることで、この噂をもとにして「もしレーガンが『カサブランカ』に出ていたら」という小話もあちこちで語られる。
もしそうなっていたら、誰にも記憶されない冴えないB級メロドラマがひとつ生まれただけのことではないかと思うのだが、中にはレーガンが大スターになって大統領にならないので、冷戦構造も脱却できず、ソ連との一大決戦が勃発する、なんて内容のIFまで出てくるのである。
しかし、この場合に限って、IFはどうも成り立たないようだ。あの映画が名作として人々に記憶され、レーガンが政治家としてのキャリアを歩んでいくには、やはりそれなりの必然があったのである。レーガンの、俳優で成功するには不十分ながら、大統領をこなすには必要充分であった演技力と感動喚起力の思い出に、この言葉を捧げよう。"Here's Looking at You."(2004/06/07)
数日前のX51.orgに、こちらでも以前に取り上げたことのある、オーストリアのFucking村についての記事が取り上げられていた。(こちらの記事はこれ)
中身は英国のニュースサイト、Ananova記事の訳文で、あの町の住人たちが改名に反対する票を投じたことを告げるものなのだが、どうもその記事の起承転結が妙なのである。住民の多くが反対票を投じたというのなら、一体誰が改名についての住民投票を提起したのだろうか。その動機も、経過もよくわからない。町長も先頭にたって改名に反対していたらしいし。
検索してみると、このFucking村での住民投票の一件はあちこちで取り上げられているが、すべてAnanovaの記事が出た後の日付である。そこの画像をそのままパクったものも多い。以前からこの村の名前について解説してあったサイトで、近況としてこれが報告されている例は見つからなかった。(こことかここを参照のこと)
だいたい、Ananovaの記事に書いてあるこの村の名前の由来も、その歴史も、私が以前に知ったものとは全然違う。Ananovaでは、百年前にこの地を開いて住み着いたFuck家にちなむと書かれているが、ここは11世紀にはFuckingという名が定着していて、それは6世紀にここを開墾したFockoという人物に由来するものであったはずである。
また、同じような改名の是非を問う選挙がFucking近くの"Wank am see"(Wankにはマスターベーションの意味がある)や"Petting"、"Vomitville"(嘔吐村)、"Windpassing"(オナラ)でも行われたという。しかし、こういう珍地名について面白おかしく取り上げたサイトは数多く、それらを調べた限りでは、国境を接するドイツのババリア地方に"Petting"という町があるのは確かであるが、そのほかのものは創作っぽく、住民投票云々の話もどっと信憑性が落ちるのである。
複数のサイトを参考にする限りでは、性的な意味に取れる地名で有名なのは、先ほどのPettingと、フランスのPussyとCondom、カナダのDildo(張り形)ぐらいであろうか。ペンシルバニアにはIntercourseという町もあるそうだが、単なる交際の意味なんだろうし。こちらには、いろんな意味での世界珍地名が網羅されているので御参考までに。
もっとも、網羅といっても、曼湖もキンタマーニ高原もエロマンガ諸島も取り上げられていないので、えらく片手落ちとはいえるのだけれど。(2004/06/13)
米国、ワシントンに「トム・ビーン」という、コンピューター用のバッグなどを作っている会社があるのだそうだ。そこのサイトをみればわかるように、ゴツい化繊布で機能的なものをつくるメーカーである。私の使ってる「ユニクロ」製よりは、どっと価格帯が高めである。
そこのバッグは一応布製なので、洗濯時の注意書きタグがついているのだが、この春ごろからその内容が話題になっているという。クリックで拡大してもちょっと読みにくいが、最後にフランス語でこう書かれているのが何とか読み取れると思う。"NOUS SOMMES DESOLES QUE NOTRE PRESIDENT SOIT UN IDIOT. NOUS N'AVONS PAS VOTE POUR LUI."
あえて訳せば、「馬鹿な大統領で申し訳ない。彼に投票しちゃいなんだけど」というような意味といえるか。トム・ビーン社によれば、これは全くの社内向けのジョークで、PRESIDENTというのは創始者のトム・ビーン会長のことを指しているのだと弁明しているんだが、それをそのままとる人はまずいないだろう。
このジョークというか、現大統領への政治的からかいを商品に入れるというのは、これが初めてではなく、1年前にこれと同じ意味の文章を数ヶ国語で書いたTシャツというのがすでに売られていて、結構評判になっていたそうである。創始者と10人足らずの縫い子だけで20年ほど前に創始されたというトム・ビーン社は、このメッセージのおかげか最近売り上げを急速に伸ばしたそうである。
しかもついでとばかりに、この洗濯用注意書きを拡大印刷したTシャツまで売り出していて、こちらで通販しているので、御希望者は是非御購入を。製造が追いつかず、2週間ほど待たないといけないらしいが。同社の掲示板には賛否両論の意見が寄せられているが、結構真面目に議論が進行しているのが興味深い。まあ、妙なウヨ厨みたいなのもいるようだが。
明示的ではないものの、ここまでのおちょくりが商売を助けるという状況は、現プレジデントにまずいものといえるのか、それとも逆に余裕の表れか。コイズミさんなら、有名税だといって済ませるだろうけど。(引用はこちらから)(2004/06/17)