鼻出血は欲求不満のあらわれである、という言い方がされるようになったのはいつの頃からであろうか。

私が子供の頃にはそんな関連付けはなかったように思う。その頃あえて鼻出血と関連づけられたのは、チョコレート、もしくはピーナッツの食べ過ぎと言うものである。この場合、鼻血が出たのを指して「お前、チョコレート(ピーナッツ)を食べ過ぎたろう」と言われるのではなく、チョコレートがほしいという子供の要求を、「この前も買ってやったから、また食べると鼻血が出る」と言って、はねつける手段としてそれが使われた。ピーナッツでも同じようなものだ。「そんなに食べると鼻血が出る」としまいこまれる根拠となっていた。

このチョコレート、ピーナッツ鼻血誘因説は、医学一般論的には完全に否定できる。正しくは、両者に含まれるどんな成分も、鼻出血と関係付けることは出来ない。医学書でこの関連を記載したものは存在せず、Pubmedでもこれらを結びつける論文を見つけることは出来ない。一般サイトを検索すると、なお旧弊以前たる意見が述べられているところもあるが、常識的に無関係とするものがほとんどだ。(例

これはまあ立場からすれば当然ではあるが、ここ(AcrobatReaderが必要)とかここは簡潔にチョコの無実を力強く主張している。違うサイトなのに文章がえらく似ているのが面白い。

一方で無関係なものを結びつける噂の常として、チョコをたらふく食った子供や友人が鼻血を出したのを目撃した、やっぱりあれはデマではないのだ、という論法のサイト記述がほどほど見つかるのもまた事実だ。しかし、チョコをたくさん食べた結果として鼻血が出るわけではないという因果性の否定命題は、チョコを食べているときには鼻血は出ないという命題と同値ではないことに気づいていただければ、これらの現象の因果原理は「偶然」にある、と結論付けるのが本来であろう。

チョコレートもピーナッツもかなりカロリーが高く、食糧事情のあまりよくない時代には、そういうもののまとめ食いを避けて体に節制を強いることが健康のもと、と言うような考えが根付いたのかもしれない。でも、行政の広報サイトなどで今も「油分が多いので血管が拡張して出血しやすくなる」なんていいかげんなことを書いているところもあるのは困ったものだ。じゃあ、天ぷらなんぞも鼻血の原因になるんでしょうかね。

確かにやたらに鼻血をだす子供と言うのは、クラスに一人二人いたようには思う。何故かそういうのには小憎たらしい奴がそろっていて、小付き合いの喧嘩などをすぐ起こし、その程度でもよく鼻血騒ぎになったものだった。ちょっと変わった食べ物なんかも引き金になっていた。顔面の血管拡張収縮活動が敏感だったのか、もっと別の要因があるのか、そのあたりは分からないが、少なくとも一般的にチョコやピーナッツが鼻血を引き起こすということはない。

さて、本論の「鼻血欲求不満原因説」のほうに移ろう。Googleで「鼻血、欲求不満」で検索すると800件近いサイトが引っかかり、そのほとんどが両者を単純に結びつけるものだ。そのほとんどが自分の鼻血を類型的かつ自虐的に取り上げて、かの「侍魂」系のフォントいじり記述をしている。サイト評論で名高い愛・蔵太氏なら、これらのサイトの作者に対し、「おまえらなんか鼻血出しっぱなしにして死んでしまえ」と言うことであろう。

なかには珍しく、ここのように、「タチの悪い俗説」と正攻法で指摘しているものもあるが、なぜそのような考えが広く流布するに至ったかという点には触れていない。面白いのは同じGoogleで、「鼻出血 欲求不満」で検索するとわずかに3件になり、しかもたまたま同じページに両方の言葉があるだけで、両者を因果で結ぶ意図で書かれたものはない、という点である。わずかに専門的な言い方をしているために、俗説的因果が排除された結果が現れる、と言うことであろうか。

救急外来にはこの鼻出血と言うのが結構飛び込んでくるもので、私もかなりの数の鼻出血を処置したことがある。重症例では専門家が止血に手間取るような例もあるというが、そこまでのものは幸い経験していない。夜中の救急にくるような例には若い人はあまりおらず、ほとんどが中高年者で、血圧の持病があって粘膜下の静脈に鬱血があるとか、肝疾患などで血液凝固機能に問題があって止血しにくい例である。以前、急性白血病による出血傾向のため、鼻出血を来たした若い女性について書いたことがあるが、ああいうのはほんとに稀な経験である。少なくとも欲求不満と関連付けてもいいかな、と思えるような鼻出血を、病院で見ることはない。

教科書などをみても、高血圧や出血傾向との関連以外のことはまず記載されていない。Nasal bleedingもしくはEpistaxisとfrustrationなどと様々な組み合わせで英語サイトを検索してみたが、引っかかってくるものはない。漢方の概念からかと中国語サイトを調べてみるがやはり見つからない。

欲求不満→ちょっとしたことですぐ頭に血が上る→血圧の上昇→鼻出血と言う連想があるのか、と想像するしかないが、最後の部分は成り立ちえても、はじめの方はマンガの心理描写でしかない。私自身の若いころ、性的パフォーマンスが日常的関心のメインだったころを思い出してみても、欲求不満で頭に血が上るなんてことはなかったし(逆にチャンスを逸して血が引いていく感覚を覚えたことはあるけれど)、そんな人間を見たこともない。女性などの前で真っ赤になってうろたえるような奴はいないではなかったが、それは単にそういう性格なのだ。

マンガが出たので触れないわけに行かないのが、「鼻血ブー」を流行語にした漫画家、谷岡ヤスジの一連の作品群であろう。1970年の「メッタメタガキ道講座」で一躍世に出た谷岡は、その簡略化された力強いタッチで描かれたキャラクター群で構成されるギャグマンガで、時代の雰囲気とでもいうものを30年の間描き続けた天才漫画家である。

彼のマンガの主人公たちが、あっけらかんとした性的欲望の表出シンボルとして示したのが、あの粗雑ともみえる絵で描かれる「鼻血ブー」であった。隠蔽され、韜晦され、そして昇華されるべき性的欲望を、批評性を保ちつつより直接的に表現するという根底的変換は、この国においては文学や映画によってではなく、谷岡ヤスジのギャグマンガによってなされたといっても過言でない。

今当然のこととして共有される「性的欲望の高まりとしての鼻血」概念を創り出したのが、谷岡の表現が人口に膾炙し、いささか即物的な因果として常識化した結果であるのでは、というのがここでの暫定的結論である。興味ある方は、日本近代文学にさかのぼり、鼻血はいかに描かれたか、という実証的研究を展開していただきたい。(2001/05/25)

付け足し:以上の文では、「なぜ谷岡ヤスジが鼻出血を性的欲求のメタファーとしたのか」が説明されていない。源流を日本近代文学にさかのぼるにしても、同様である。どこかにこの連想の原点があると思うが、今のところ全く判らない。赤川学氏にでも聞いてみるしかない。

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先ごろ一般の新聞に、"New England Journal of Medicine"に掲載された"Is the Placebo powerless?"(プラセボは無力か?)という論文(1)の内容が報じられた。今まであまり疑われることのなかった偽薬効果を再検討しようとするもので、プラセボ(プラシーボと記されることもある)にはどのような客観的効果も認められないと結論し、薬物の効果判定以外に使われるべきではないとしている。近代医学が薄縁のようにまとっている呪術的側面を真っ向から否定する内容だっただけに、報道のニュアンスにはどことなく当惑めいたものが感じられた。

疑われることがない、なんて書いたけれども、この偽薬効果は、専門家的にも、一般的な用法としても、そう定義づけられたものとして使われているわけではない。多分よその国にも似たようなのはあるだろうが、日本には「病は気から」ということわざがあり、その気になれば病気など治るものだ、とあいまいに思われているものだ。専門家もこの程度の意味で使っていて、実際どの程度の効果発現があるのかとか、それがどのようなメカニズムで効能を持つのかというような根拠を示せる人はそういるものではない。これをもって、近代医療制度に対する批判の根拠とする人もいる。オルタナティブな治療も、近代的医療も要は受け止められ方の問題で、その効果は相対的なものだ、と言うわけだ。

プラセボという言葉が医学の分野で使われるようになったのは、1785年、かの凧揚げで知られるベンジャミン・フランクリンが、患者の心理状態を重視すべきだと主張し、「大して効果もないような治療手段」という意味合いで使ったのが最初だそうだ。多分、薬がしょぼくても相手の気持ちをちゃんと汲むようにすれば、それなりの効果が期待できるというような文脈だったのだろう。

当時ほとんどの薬はしょぼいものばかりで、まともな薬効を持つものはほとんどなかった筈だ。ある種の麻薬、吐剤、下剤、鎮痙剤ぐらいは使えただろうが、ほかはまず今で言うプラセボばっかり、そこで「治療手段ではなく、要は気持ちの問題なんだ」と主張するというのは一種居直りみたいなものだが、そう非難もされずに受け入れられたらしい。もっともフランクリンの主張は、メスメルの動物磁気研究に触発された様で、近代科学の勃興と表裏一体に存在したオカルト志向が、その動機のかなりの部分を占める可能性は高い。どことなくオカルトに通じると言う意味では、今もなおプラセボ効果にはそういうイメージがもたれている。近代医学の呪術的側面、と書いた所以である。「科学だけで説明できるものばかりではない。現に医学の分野だって、日ごろ世話になっている薬物の効果のかなりの部分は、プラセボ効果というよく分かっていない原理が働いているのだから……」てな言い回しはよく目にする。かなり怪しい代替療法正当化の一環にされることがあるのもすでに述べた。

さて、このプラセボと言うものを今日使われている意味で定義したのは、1955年ヘンリー・ビーチャーによる文献学的な研究(2)で、彼は当時行われた臨床試験15件を検討して、疾患に有効ではない薬剤を投与された患者にも、約35%の率で症状の改善が見られることを指摘した。これはビーチャーが学究の徒で、論文ばっかり読んでひねくりだした結論と言うわけではなく、あくまで「人間の主観的痛みというのは、心理的要因によって変わりうる」という臨床的な観察をもとにしたものだったようだ。彼はきわめてパワフルな麻酔科医で、学会内では論争好きで知られ、とくに臨床から離れた論文ばかり書いている連中を徹底的に馬鹿にしまくったらしい。だから、先の論文も、「こんな薬が効いたなんて言ってるが、効果があるはずがない薬飲んだ人だってよくなってるじゃないか」とケンカを吹っかけるような内容だったようだ。(原文が手に入らないので、孫引きからの類推だけど)

彼がプラセボ効果のヒントを得たのは、第二次大戦中、戦傷者をみた体験からであったようだ。重篤な外傷を受けた兵士たちの4分の3は、モルフィン投与を受けなくとも疼痛を訴えなかった、というのだ。戦闘という特殊状況での傷害を一般化するのはまずいのではないかな、と思える。救急外来などでも、交通事故で舞い上がった状態の人がひどい怪我でも痛みを訴えない、なんてことはしょっちゅうだし、だからと言って治療過程でこの人たちの鎮痛は不要かといえば、そんなことはない。

彼の論文以後、新薬の臨床試験では、それまで「この薬を使ったらこんなに効果があった」と言うものから「薬理活性のない薬を使ったグループと比較して、この薬ではこういう改善が見られた」という「盲検法」と呼ばれる、今ならpolitical-correctの見地から問題になりそうな効果判定法が使われることになった。これも投与されているのが本物か偽かが、患者側に判らないだけの「一重盲検法」から、治療者側もどちらが投与されているのかわからない「二重盲検法」を使うのが正当と言うことになった。薬の振り分けは中立的な効果判定機関が行うのである。

これらの判定法は、「薬理活性のない薬でもある程度の効果は出るので、それより利くものでないとまともな薬とはいえない」という理屈が前提である。この薬でメリットを受けられると言う期待だけでもプラスの効果があるのだから、それ以上の効果がないと薬として有効とはいえない、と言うことだ。

しかしよく考えてみると、この判定法には相当奇妙な前提が隠されていることがわかる。つまり、はっきりとした疾患であっても、回復への期待があれば、具体的な治療はなくてもなんとかなる、というものだ。慢性疾患用の薬剤なら、短期間治療中断してもそう害はないかもしれないが、急性疾患用薬剤とかもっと違う用途の薬だと、この判定法を杓子定規につかうと訳がわからないことになる。

ある人は医学研究の傲慢さの例とし、ある人はジョークだとする、こういう話がある。経口避妊薬の開発の際、偽薬を投与されたグループの女性が次々に妊娠した、というものだ。私もこれはあまり笑えないジョークのたぐいだと思うが、動物実験のときにも律儀にプラセボ投与群を対照にとるような研究があるぐらいだから、案外実際にあったことなのかも知れない。

このプラセボ効果を学問的に、たとえば脳内モルフィン効果などで説明しようという試みはずいぶんなされたが、成功しているものはない。あまりにも定義しにくいからだ。例えば痛みに対する効果ということだけに絞ってみても、どこで効果を判定するのか定かではない。痛みというものはまず一本調子と言うことはなく、寄せては返す性質を持っている。何にもしなくたって、多少ましなときはある。慢性的な疾患なら余計で、高血圧など多少の測定条件でいくらでも変化する。まして、大概の急性疾患は放っておいても治る性質を持っているので、こういうものを対象にしてプラセボ効果を判定することはまず不可能だ。一番合理的な説明は「プラセボ効果などない」ということだったのだが、なかなか主張しにくい雰囲気があった。すでに97年にビーチャー論文を批判する論文(3)が出ているが(多分もっとあるのだろうが調べきれなかった)、ほぼ全否定という内容にかかわらず、えらく控えめに「引用するときには気をつけましょうね」という提言になっている。

はじめに紹介した論文ではあっさり効果が否定されたプラセボだが、実際の医療現場では結構使われているものだ。そのほとんどが、些細な(と治療者側が判断する)訴えを執拗に続けるタイプの患者さんに対して、「ハイハイ、これを飲んどいてね」、あるいは「判った判った、これを注射してあげるから」と、乳糖とかビタミン剤、生理食塩水などを投与する、という使われ方だ。これが好きな治療者はたまにいるが、人を愚弄しているような感じがして、あまり気分のいいものではないし、大体そんなもので誤魔化される人はそういるものでもない。患者側は、全般的不安に向き合ってくれない治療者不信と、それとうらはらな医学医療一般に対する幻想から、頻回の薬物的処置を求めているのだし、プラセボでその要求を断ち切ろうとする治療者は、慣習的制度の中に逃げ込んでいるに過ぎない。投薬が必要なければちゃんと説得すべきだし、必要なら適切な薬物選択をすべきなのだ。

最後になぜプラセボ効果と言うものがこの50年信じられ続けるに至ったか、について考えたい。なにより第二次大戦を契機にして一部の分野で薬物療法が著しく進歩し、逆にいうなら「今まで医者は何してたの?決定打のない分野はどうするつもり?」という自省というか切迫感が生まれたことが主要な原因に違いない。そこで薬物自体に効果はなくても、医療の枠組みのもと、治療に対する信頼が人を癒しえるというのは、治癒幻想に取り付かれた連中にはいい慰めになったはずだ。それを越える薬効を治療に導入するのが使命なのだ、という目標意識も出来たろう。そこで後ろめたさを自覚していればいいのだが、傲慢に居直るとろくなことにならない。実際にプラセボ効果があるかないか、という論議とは別に、現実に医療のかなりネガティブな側面の表れとしてこれが機能している、というのは日々自覚されることだ。誠実な態度で科学的根拠のある治療を施す義務という最低限守るべき基準を放棄し、医療における権威構造の役どころをそのまま露出させたものがプラセボなのだ。(2001/06/15)

参考文献

1)Hrobjartsson A, Gotzsche PC. :"Is the placebo powerless? An analysis of clinical trials comparing placebo with no treatment." N Engl J Med. 2001;344:1594-602.

2)Beecher HK. "The powerful placebo. " JAMA. 1955; 159:1602-1606.

3)Kienle GS, Kiene H."The powerful placebo effect: fact or fiction?" J Clin Epidemiol 1997 Dec;50(12):1311-8

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かねてより感服しつつ読ませて頂いている「マックde記号論」というサイトがある。言語学者によるさまざまな領域に関する面白エッセイが満載されていて、実に読み応えがあって、かつ蒙が啓かれる。最近の記事の中に、「富山美人の謎−『日本海飛び飛び伝説』などぶっ飛ばせ!」というものがあって、これがまことに味わい深い。

そもそも私は「日本海飛び飛び伝説」なるものの存在を知らなかったのだが、それは結構人口に膾炙しているそうだ。引用すると「日本海側は『秋田美人』『越後美人』『加賀美人』『京美人』、ちょっと飛んで『出雲美人』『博多美人』と言うように一県ずつ飛び飛びに美人の県があるという説」なのだそうだ。つまり、この伝説を裏返すと、山形、富山、福井、兵庫、鳥取、山口には美人がいないということだ。兵庫と鳥取が並んでいるのがいささか難だが、どうせ島根と鳥取の区別が付く人はあまりいない。

サイト作者である金川先生は、富山で生まれ育ち、今は富山商船高専で教官をしておられるのだが、富山と言う土地を深く愛しておられ、この地を貶めるような伝説には敏感なようだ。いろいろな論拠をあげて、富山に美人がいないという謬説に反論しておられる。

いわく、富山美人は語感が悪い、越中美人と言い直しても、どこかゆるんでいるようでいけない、富山を代表するタレントが室井滋と柴田理恵というのもイメージを限定する、有力大学がないので旬の女性が流出してしまう、美人がいても絵になる背景がない、兼六園も三寧坂もない、黒部ダムではぶち壊しである、浄土真宗信仰のため、悪人正機説のごとく「ブス正機説」という居直りの態度が生まれた、などなど (注:一部かなり換骨奪胎あり) 。

そして、結論ともいえるのが「謙遜」説。金川先生によれば、富山には美人がいないのではなく、富山美人と言う言葉がなかっただけなのだ。実に言語学者らしい結論である。その理由の最大のものが、自らの土地に「美人」などと思いあがった言葉をつけるのを恥じる、富山県民の謙遜という美徳なのだと。そして、「謙遜は、日本人みんなが持っていた美徳なのである。みんな忘れかかっているのを富山県民だけがずっと保っているのだ」。「それにしても、富山には美人がいっぱいだ。ただ、不幸なことに、僕が出会っていないだけだ」。実に謙遜に満ちた論の閉じ方である。教え子や、同僚の女性たちに張り倒されなかったかと、心配してしまう。

日本海飛び飛び伝説に限らず、どこどこには美人が多い、逆に少ない、という言われ方はよくされる。プラスの意味付けでは秋田美人とか、京美人が代表的だ。こういう言葉があるのと、実際に秋田なり、京都に美人率が高い統計的傾向とはまず別のことであろう。京都で美人を見かけると、さすが京美人と言われるだけのことはあると思い、そうでない人とすれ違ってもただ無視するだけ、というのが実際だろう。

「健全な肉体に健全な魂」という言葉があるが、あれだって本来は「健全な肉体に、健全な魂が宿ればどれほどいいことか」という、体育会系のアホばかりあふれる古代ローマの現状を憂いる意味だったと聞く。京美人という言葉も、歴史に彩られた美しい街に、せめて美人がもっといたら、という嘆きの声である可能性もある、というより、そこを生活圏にしていた経験から言うと、その意味以外はちょっと考えにくい。かの地の場合、幾世代にもおよぶ歪んだ対人関係の蓄積が、根性曲がりのイケズを輩出させているのは確実で、ここまで性格が悪いのなら、せめて容姿だけでもよくないと困るという、切なる願いも込められていように思う。

秋田の場合は、八切止夫にいわせれば(最近こればっかりですいません)、海路でやってきたヘブライ系の人々が住み着いたところで、非日本人的容姿を今も引き継いでいるのが一因だという。その証拠に(?)秋田にはキリストの墓まであるのだと#。戦前の軍部も、秋田出身者の人種的な差異に注目していたといわれ、皮膚の色が白めで、平均身長なども当時の日本人平均を上回っているという事実を、兵役検査データをもとに統計的に示していたという。(しかし、秋田人がユダヤ−ヘブライ系の末裔なら、少なくとも長身というのはちょっとおかしいのだけれどね。ウッディ・アレン、ダスティン・ホフマン、ロベルト・ベニーニをみよ)

医学業界でもこういうのに似た伝説があることは、以前「佳人薄命」という文章に書いた。そのときは触れなかったが、精神科医療領域にもマイナーながら同様の言い伝えはある。代表的なのは離人神経症であろう。離人症ともいわれるこの疾患は、もともと思春期の女性に多く、私自身、そう多くの症例に遭遇したわけではないが、確かに美人が多い印象をもっている。年頃の女性が、寄る辺なく、無力そうな雰囲気を漂わせていたら、容姿とは無関係にそれなりの吸引力が生じるもので、その辺を勘違いするだけなのかも知れないが。

いわゆるボーダーライン系の人たちが、他者との関係性構築・維持にむけて絶望的なまでの努力をするのに比べ、この範疇の人は静かに佇んでいるだけで異性をひきつけるので、未熟な治療者や、他の患者さんが、しばしばそこに落ち込んで泥沼になる。もっとも、この疾患はもともと多くなかった上に、最近ではますます見る機会がなくなった。DSM-VIというアメリカの診断基準では、この疾患は解離性障害(くだいて言えばヒステリー)の亜型に分類されていて、精神病理の基本から見てもまことに不思議だ。こういう無茶が通るというのも、これがほとんど見られなくなっていることの現われなのだろう。

さて、逆に美人がいない、という伝説の代表が、この小論の題目にした「日本三大ブス地帯」である。これは伝えられる地域によって、少しずつ異なる地名があげられる。よく言われるのが、仙台、水戸、名古屋である。名古屋が熊本、広島、岡山、松本、前橋、福島、米沢などに置き換わっているバージョンを聞いたこともある。ネット掲示板などでこの話題がでると皆飛びつくようで、さまざまな自説が開陳される。

もともとの仙台、水戸、名古屋は、江戸幕府が潜在的敵対勢力と目していた藩の所在地だったからだ、という説がよく唱えられているのだが、あそこはブスが多いと噂を流すことが、仮想敵国弱体化への有効な工作になるとも思えない。そもそも、幕府の仮想敵ナンバーワンであった薩摩藩が入っていないではないか。

注目されるのは、なぜ美人が少ないのかと説明する理屈に、よく似た理由が持ち出されることだ。水戸の場合は、水戸徳川家が移封される前は外様の佐竹藩が治めており、改易されて頭にきた佐竹藩が美人をみんな秋田に連れて行った、ということになっている。名古屋の場合は、尾張徳川家が将軍家に睨まれるたびに、名古屋の美女を献上したので、残りは皆ブスになってしまった、などといわれる。松本では、武田信玄があの地を攻めたさい、美女を全部甲府に連れて行ったからという説もある。

美人と言うのは、目立ったのを連れて行ったぐらいで、次世代以降も枯渇してしまうものなのだろうか、という疑問さえ無視すれば、「本来ならいたはずの美人が、何らかの事情、それも権力がらみで奪われてしまったのだ」という告発ぶくみの言説と言うのは、不満を慰撫するにはまことに機能的である。しかも、失われた美女の楽園を、いまさらシオニズム運動のごとく取り返すことは出来ないのだ。この不当な運命は、ただ受容するしかない。

繰り返しになるが、実際に地域によって美人が多かったり、ブスばっかりだったりする筈がないのは言うまでもない。美人と言うのは、絶対多数のブスに囲まれるからこそ美人なのであって、その比率と言うのはおそらく、地域と時代を超えて同じようなものだろう。もちろん、美人の定義と言うのは、時代によっていささか異なるのだろうが。

花の色はうつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに

小野小町を出すまでもなく、人の容色というのは儚いものだ。かって憧れた美少女たちと30年もたって再会すれば、何のことはないドスコイおばさんになっていることがしばしばで、世の無常を感じるとともに、間違ってこんなのに引っかかっていたら人生暗かったな、などとわが身も省みず傲慢な感想にふけることもある。それは確かに、褪色した元不美人と元美人では多少の差はあるものの、ある年齢を超えた女性の魅力と言うのは、容姿ではなく、人生への緊張感といったものから生まれてきているのは確実で、それは男だって同じだろう(と思う)。

美女の獲得というのは、いつの時代においても男性にとっての人生成功度の指標とされるもので、それはほとんどの人が配分に預かれないからこそ、そういう評価が成り立つのだ。自らの評価基準の低さを、機会の少なさで説明したい男たちの、情けなくも共感可能な言い訳の無意識的集合が三大ブス地区伝説を生むのだろう。自分が住んでいる所以外にこの不運な地区が割り振られている場合でも、そこから発せられるメッセージはただひとつ、「世の中、不公平だ」というものだ。それは、美醜が永遠の価値ではないことがわかっているが故の、ちょっとした自虐的ないものねだりなのである。美人はどこにでもいる。ただ、あなたや私は、不幸にしてなすすべのない因果に阻まれて、出会う機会がなかっただけなのだ。(2001/07/06)

(お断り:この文中でつかわれている「ブス」という言葉や、「美女の獲得というのは、いつの時代においても男性にとっての人生成功度の指標とされる」という表現は、あくまで世俗的な通念として無責任に語られるものであって、私自身がある価値観のもとに同意して使っているものではないことを強調しておく。)

#掲示板で、キリストの墓は青森だ、というツッコミが早速あった。そのとおりでありました。でも秋田県境からわずかに十数キロなので、八切学説のアバウトさでいえばほとんど誤差範囲。

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私が以前からネタパクリのソースとしている、Darwinawards.comというサイトがある。都市伝説のバリエーションのひとつに、「信じられないようなミスが原因でおこる、奇妙な事件や事故」を小噺仕立てにしたものがあって、このサイトの主催者は、そこを一ひねりして、「自分自身の愚行によって、人類の遺伝子プールから、自らの遺伝子を取り除き、間接的に人類の進化に寄与した」という意味合いを付け加えた。そして、そうした功労者に、進化論創始者、ダーウィンの名を冠した賞を贈るという体裁のサイトをこしらえた。「ダーウィン賞」、なかなか重厚な響きである。これに匹敵する重みを持つ賞といえば、「象印賞」ぐらいしか思いつかない。

いまや海外の都市伝説関連サイトでは、この「ダーウィン賞」はひとつのジャンルを確立しており、掲示板などではほぼ日常用語として使われている。「いやー、昨日は飲みすぎて、フラフラ歩いてたら、側溝に落ちて、もうちょっとでダーウィン賞もらうとこだったぜ」てな感じ。

そのサイトの主催者が、少し前にこれを本にした。Amazon.comで一時ダントツの売れ行きだったという。すでに英国版、オランダ版が出され、ドイツ語訳も準備中だとか。そして日本語訳もこの5月に出版されている。

私は偶然この本を店頭で見つけ、早速買い求めた。あれれ、これではもうパクリが通用しないな、などと思いつつ。私がこちらで勝手に引用して訳した記事などは特に念入りに読んでみたが、さすがに本職の訳者はこなれた書き方をするものだ、と感心したものだった。

ところがその中に。「人生最後の点火」というのがあった。これは私が「悪い見本伝説」という記事で引用したものだ。私の訳と、以下の抜粋を比べていただきたい。原文はこちら

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今から20年程前にインドネシアへ赴任した宣教師は、伝道者であると同時に教師でもあった。(略) 以前の工場監督官がアメリカ人だったため機械のラベルは全て英語で書かれており、従業員の英語教育のために宣教師を教師として雇ったのである。

そんな工場の一つで、実験の最中に大騒動が発生し、ほんの一部の生徒しか授業に戻らない日があった。教室に戻った生徒はぶるぶる震えながら、安全性の実地指導を義務づけたほうがいいだの、安全検査官の「公開大実験」がどうのこうのと、わけのわからない事を早口でまくし立てた。

しかしこの大騒動は、「公開大実験」などという生やさしいものではなかった。

安全検査官こと宣教師は一時間ほど講義したあと、二十名の生徒を外に連れ出し、酸素ボンベのそばで絶対してはいけない事を、具体的に教えようとした。

以下略。(下線斜体は私による)

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細かな表現は別として、この本の記載では、宣教師=臨時英語教師がいつの間にやら安全検査官になってしまっている。はじめの段落で、宣教師が製油所で英語を教える経緯をわざわざ書いていて、途中で説明もなしに「安全検査官」になっているのはどういうわけだろう。

素直に読めば、なんだか大騒ぎしていて、安全指導を求める従業員がいて、それならばと、宣教師が安全検査官になって講義し始め、事故につながる実地デモをした、というはなはだわけのわからない経過しか読み取れない。(カットバックで過去に行く、と向こうは主張するのだが、それなら教室に戻った生徒は一体誰に、事件の事をまくし立てているのか、わからなくなる)

そこで私は出版社にメールを送った。止めておけばよかったのだが。私はまず自分の抄訳を示し、主人公が入れ替わっているという指摘をした。

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今回の出版内容を見ると、伝道師がなぜか右往左往している現地人をかき分け、意味もなく自分で反応タンクの上にたち、大爆発をおこしたという、わけのわからない記述になっています。これは明らかな間違いだとおもわれ、早急な改善をするべきだと考えます。

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返事は素早かった。その題名は「お問い合わせの件」となっていた。まず私はここでカチンときた。私は「お問い合わせ」などしていない。訳が間違っていると指摘したのだ。

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私がチェックし直してみたところ、伝道師は、講義をした後、「絶対やってはいけないこと」を身をもって教えるために、酸素ボンベのバルブを開いて、ライターに火をつけた。そうして当然の結果、大爆発を起こした、という記述になっています。「現地人をかき分け」「意味もなく自分で反応タンクの上にたち」といった記述は見あたりません。

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私が指摘した、主人公を取り違えている、ということは全く伝わっていない様子だ。しかも、私の取りまとめ記述が訳文にない、だからあんたの言ってることは理解できない、というとぼけた書き方にますます私は頭にきてしまった。冷静に考えると、この担当者は指摘の意味が全く理解できていないだけで、わざととぼけていたのではないのだ。単にとぼけた野郎であるに過ぎないのだ。そう受け流せばいいものを、私はサイトの元英文まで添付して再反論してしまった。しかも、「その通りの記述が無いから指摘の意味がわからないなどという言い方をするあなたの態度には、きわめて不誠実なものを感じます。」と書く必要もない書き方までして。ただ、私はここまで一つの勘違いをしていた。それは次の向こう側の再反論メールで明らかになる。それには、出版された”Darwinawards”の元英文が添付されていた。それはサイトに今も掲載されている文章よりも、少々要約されたものだった。私は、サイトの原文をもとに論議していて、多少のすれ違いがその辺から生じている様子だった。

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web上の文を送っていただいてわかったのですが、webの文では「まったく危険性を知らない安全検査官がいた」(=安全検査官は外部の人間)という話ですね。これが書籍化に際しての編集で、「英語を教えるだけのはずが、安全まで教えようとして自爆した宣教師がいた」(=「安全検査官」は宣教師)と変わっています。ユーモアについて論じるのは野暮なので、多くは申しませんが、決して支離滅裂な書き換えとは言えないと思います。

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うーん、この人は「都市伝説」と言うか、小噺一般をわかっていない。話の枠組みならいくらでも変わりうるが、メインの筋が変わることはまずありえない。大体この話には、アジア人蔑視の背景があって、目先の利益で接収したはいいが、英語が読めずに宣教師に助けを求め、基本的な安全管理でもドジをふむ現地人という、言ってはいけないからかいがあるのだ。そこを変えるのは、ご隠居を与太郎に入れ替えるようなものではないか。それに、要約された英文は確かに判りにくいが、ちゃんと読めば、現地人の安全管理官がしでかした事故を、生徒たちが必死に表現しようとしている(当然宣教師に向かって)、とちゃんと読める。元のサイトの文だと、その日帰途につく宣教師が、生徒たちの言葉をおもいだす段落などがあり、そのあたりは間違えようが無いが、要約文はちょっと注意が必要だ。ただ、ちょっと必要なだけで、意味のつながりを重視するという当たり前の作業をするつもりなら、ああした間抜けな間違いはちょっと論外だ。

しかしなぜか編集者は「原書の文では、安全検査官=Safety inspectorは英語を教えるために雇われた宣教師を皮肉った呼び名であることは明白です」と突っ張り、「私が擁護すべきは、『デタラメ』ではなく、自分の仕事への誇りです」とそのメールを結んでいた。

私はいささか脱力した。最初に自分の抄訳を送っているのに、今になって「web上の文を送っていただいてわかったのですが」などと言っているところを見ると、内容などまるで読まず、「あの訳はおかしい」と言うところにだけ反応していたのも明白だ。私はこの手の上ずったエリート意識を持った人間にはまことに弱く、いままで「つきあわないこと」だけで接してきた経緯があるので、応酬は打ち切りにすることにした。しかし、このままで済ますのも業腹で、こんな嫌味メールをおくった。まことに大人気ない。

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「安全検査官=Safety inspectorは英語を教えるために雇われた宣教師を皮肉った呼び名であることは明白です」と言ってしまえる、あなたの素晴らしい言語センスにはただただ呆然とするしかなく、どのような反論も時間の無駄でしょう。今後もその調子で訳本を出されるのも一興だとおもいます。新しい翻訳文化が生まれるかもしれません。

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これが相手の憤怒に火をつけたようだ。またまたメールが返ってきた。

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(そちらの)批判は、単なる訳文上のご指摘ではなく、私や翻訳者の言語能力、**社の出版姿勢に及んでいます。

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この文章のあとに、「これはひいては天皇陛下への愚弄です」と書いてないか、おもわず探してしまうほどのスタンスである。天下の**社、ここまでの自信と愛社精神を持つ社員を擁しているとはさすが。

でも私は書籍という商品の消費者なのだから、その商品の品質について疑問を表明する権利があるのは当然で、ましてこの出版社の出版姿勢など批判するのは勝手であろうと思われるのだが、この編集者にはそれが気にいらないらしい。このメールには、宣教師と安全検査官が別人だと思うなら、それで訳が出来るのかとあったので、それ一番初めのメールでやったんだがなぁ、と思いつつも、要約文のほうを訳して送った。「読んでなかったんですね」と指摘しつつ。

その次の反論からは若干トーンが下がっていた。編集者氏はちゃんとメールを読んでいたという言い訳につづき(理解していなけりゃ同じですけどね)、本の日本語訳、そして私の訳ともども、ある所で加訳しないと十分意味が通らないと書かれてあった。そしてこれは著者が出版むけに、文章を編集したときのミスであろうとされ、直接著者に確かめる、と言うことで、前回までの威勢のよい姿勢は消えていた。

私は加訳なんぞした覚えは無い。元の文章を訳したように、要約版もそのまま訳した。サイトの主催者の要約は確かにわかりにくいが、そもそもそう言う文体の人なのだ。それに、編集者はやたらに「原著主義」と言う事を言う。つまり、元となった文章が何であれ、本にかかれた文章だけを典拠とするということだ。でもそれはおかしい。いろいろなテキストがあるなら、参照するぐらいの事をしてもいいはずだ。天下の大出版社の事、インターネット接続ぐらいあるだろう。Darwinawards.comには、今でもその文章が掲載されている。「効果を考えて中味を変えた可能性」を考えるなら、元の文も変えているだろう。本を買う人より、サイトを読む人のほうが数10倍以上多いのだから。

言い訳じみたところに再突っ込みしたい気分も無いではなかったが、私のほうもこれで矛を収めることにした。別のところでの疑問を二点ほど追加しては置いたが。

今回のメール応酬を振り返ってみると、自分自身の大人気なさは置いて、出版業界人のエリート意識のすごさにいささか認識を改めざるを得なかった。私はそう言う業界というのは、インテリやくざを気取るような、自虐と自負が入り混じった、ちょっとひねくれたキャラの持ち主で占められていると思っていたが、まるっきり違うようだ。世が世なら、裏の空き地で女子供集めて、竹やり訓練の掛け声かけていそうな人をイメージしたほうがよさそうだ。

翻訳に、これが正解といえるものがないのは私も承知していて、大誤解である可能性のもとで、それなりに一つの世界が構築されていればいいものだとは思う。しかし、主人公が誰なのか、というレベルでミスするのはいかんだろう。明白なミスでも、優秀な頭脳をもってしてそれが見えない精神のありようを示してくれたという点で、この一連の出来事はまことに面白い経験であった、と思う。(2001/07/20)

(注:私信を勝手に公開するとは、という指摘があるかもしれないが、相手のメールは別に私的なものではなく、出版社を代表して消費者たる私によこされた公的なものである。何ら問題は無い、と思う)

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私も若い頃は人並みにロック系の音楽は聞いたものだが、新しく出てくるグループやミュージシャンに興味を持ったりしたのは、せいぜい80年代はじめまでで、それ以後は全く興味がなくなった。せいぜいキャラクターの面白さが加わるぐらいで、様式的に進歩がないし、劣化コピーの繰り返しとしか思えない。クラシックの洗練もなければ、ジャズの粋もない。今でも時々聞くのは、その頃ほぼスタンダードになっていた連中の音楽だけである。

その上、かしこまってオーディオ機器に向かうようなことも全くなくなり、PCにつながれた1980円也のスピーカーでMP3を聞くか、そのMP3をCD-Rに焼いたものを通勤途上で聞くぐらいである。昔はHi-Fiに凝ったこともあるが、いくら機械にこだわってみても自分の耳の出来がもともと悪いということを思い知っているので、今のようなラインアップで充分なのだ。

さて、そういう訳で昔のヒット曲をかき集めたCD-Rを聞きながら職場に向かっていたと思ってほしい。たまたま、ビートルズが67年に出したアルバム、”Magical Mystery Tour”に収録されている”Strawberry Fields Forever”が流れ出したとき、奇妙な違和感を感じた。曲が始まって10数秒、最初の”Let me take you down, cause I’m going to strawberry fields…”のレフレインの最後で、小さいながらもはっきりと「モールス信号」が聞こえるのである。これはかなりはっきりしていて、今まで気づかなかったのが不思議なほどだ。(多分ファイル操作で音響特性がかわり、この音の周波数帯が強調されたのだろう)

この曲はご存知の方も多いように、家庭に恵まれなかったジョンが子供のころ、よく忍び込んで遊んだ救世軍の孤児院の思い出をモチーフにしている。大人としての日常よりも、子供時代の追憶のほうにリアリティを感じてしまうような、誰にでも訪れる感傷を印象豊かにサウンド化している名曲だと思う。いわゆる「サイケデリック」志向が色濃く、秘密のメッセージが一つや二つ隠されていても不思議ではない。

モールス信号と思しきものは、一部歌詞と重なっていて、取りにくいところもあるが、何度も繰り返して聞いてみると以下のように取れる。今まで何の役に立ったこともない1級アマチュア無線技師資格が、ビートルズの秘密メッセージ解読に生かされるとは思わなかった。

−・− ・− −・− − − ・ ・−

4番目と5番目の− −はもしかすると−−と一文字にまとめた方がいいかもしれない。ちょっと字間としては短すぎるように思えるところがある。その場合ならこうなる。

−・− ・− −・− −− ・ ・−

最初の場合、欧文なら”KAKTTEA”、後のほうなら”KAKMEA”、となり、残念ながらどれにせよ意味不明だ。何か隠しメッセージがあるのではないか、という期待は見事に裏切られてしまったが、まだ考える余地はありそうだ。

モールス信号には、和文というのがある。アマチュア無線技師でも、一級となると和文もできることになっている(今は制度が変わっていて、覚える必要はない)。この信号が和文だとしたらどうだろう。欧文と和文の外にもロシア文字とハングルとか、アラブ文字の場合もあるのだが、ちょっとその可能性は薄いように思う。ジョン・レノンは日本びいきだったし、ちょうどこの曲が作られたのはオノ・ヨーコとの出会いのころではないか。そう考えてたどたどしく和文に変換すると、はじめの場合は“ワイワムムヘイ”、後なら“ワイワヨヘイ”となる。

うーむ、最後の「ワイワヨヘイ」というのがクサイぞ。「わいは与平」と取れるではないか。与平というジョンをもじった(どこが?)雅号をモールス符号にしてこの曲にいれた、ってのはどうだろう、雅号にしては与平は情けないし、テニヲワの間違いは別にしても、なんで関西弁なのか説明不能ではあるが。

職場に到着したので、仕事もそっちのけで、さっそく検索してみる。Googleで”Strawberry Fields Forever”を調べると、この名前をもつ日本語サイトだけでも40以上あり、ましてこの曲に関連するものは1400件を超えるが、この曲とモールス符号について触れたものは一件もない。あの信号に気づく日本人はいないのか。

海外サイトについて”Strawberry Fields Forever”と”morse code”で検索してみると、なんと一番初めにこんなサイトが出て来る。どうもビートルズオタクの個人サイトのようだ。そこには、曲の解説とトリビアが開陳されているのだが、読者からの「この曲にははじめの部分に、ジョンの頭文字”J.L.”がモールス符号で入っている」という指摘があることが紹介されている。その他のサイトにも、このジョン・レノンの頭文字がモールス符号で入っているという主張はよく見られ、この曲の最後でジョンが” Cranberry Sauce”と脈絡なく呟いていることと関連付け、” Cranberry Sauce”と聞こえるのは”I buried Paul”と言っているのだ、つまりこの曲を通じて、「J.L.はポールを埋葬した」と言っているのだという伝説があることが紹介されている。

ポール・マッカートニーが死亡したという噂は、69年の”Abbey road”のジャケット写真から出たものとされているが、すでに2年以上前にその火種はあったことになる。多分、あとから付け足されたのだろうけれど。

先に書いたように、あれをモールス符号だと取ってみても、どうこじつけても”J.L.”にはなりようがない。検索を進めていくと、ビートルズのニュースグループFAQ集に行き当たり、そこでは音楽オタクのアマチュア無線家が、欧文に関しては私と同じ解読を示してくれている。モールス信号のように聞こえるのは、メロトロンによるコードの揺らぎだろうとも。ただその人とて、和文モールスまでは知らないだろうから、私はあえて「ワイは与平」説を主張して、ビートルズ伝説に一石を投じようかと思っているのだが、如何なものであろうか。(2001/08/24)

(ちょっと文章のおかしなところを書き換え。(2002/01/02))

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まずアメリカの都市伝説サイトのこちらこちらで紹介されている、チェーンメイル小噺の紹介からはじめたい。

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タンパベイ発 7月5日、1995年

1969年、アポロ11号計画で初めて月面に降り立ったニール・アームストロング船長は、かの有名な「人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍」という言葉を残しただけではなかった。彼はいくつかの業務通信を同僚やヒューストンと交わしただけでなく、着陸船に戻る前に、こんな謎の発言をしている。「グロスキーさん、頑張って」と。

NASAの人々は、これを当時ライバルであった、ソ連の宇宙飛行士の誰かに向けた皮肉であろう、と受け取った。しかし、調べてみるとグロスキーという名の宇宙飛行士は、当時のソ連にも、アメリカにもいなかった。

長い間、これは謎の言葉とされていたのだが、当地でのスピーチのあと、ある記者がアームストロング氏に、26年間の謎について質問した。アームストロング氏は、「グロスキーさんはすでに亡くなられたので、答えてもいいだろう」と、口を開いた。

彼が子供のころ、兄と裏庭で野球をしていたときのことである。兄がフライを打ち上げ、ボールが隣家の寝室の前に転がっていった。隣人はグロスキー夫妻という。

ニール少年がボールを拾おうと寝室に近づいたとき、グロスキー夫人が夫に怒鳴る声が聞こえた。「オラルセックスだって?オラルセックスをして欲しいっていうのかい?隣の家のガキが月の上でも歩く日にゃ、たんとしてやるよ!」

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これにはいくつかバリエーションがあって、常に「ユダヤ人」をイメージさせる隣人になっているのが特徴だという。セリグマンとか、シュルツとか、クライン、リーポビッツなどなど。中にはもともとの「小さな一歩、大きな飛躍」にまで侵食し、「人間(man)にとっては小さな一歩だが、マニー(manny)・クラインにとっては大きな飛躍」とするものまであるらしい。当然、オチのほうは同じである。

NASAの公式サイトには、アポロ11号の無線会話記録があり、アームストロング船長がこういう発言をした事実がないのは明白だ。この話の出所はあるコメディアンのもちネタからきていて、いつのまにかそれが事実として受け取られ、多少のバリエーションとともにチェーンメール化したものらしい。

ちょっとしたひねりのあるオチではあるものの、これが長寿命を誇るジョークとなったのには、別要因を挙げないといけない。何故ユダヤ人風の名前なのか、ということが重要なのだそうだ。私などはウッディ・アレンの映画などの連想から、とてもそうは思えないのだが、欧米人には一般的に、ユダヤ人、特にユダヤ女性は性生活には淡白かつ保守的だという、類型的思い込みがあるらしい。本来の生殖目的以外の性生活を不浄のものとする、原理主義的ユダヤ教の教えが影響しているのかもしれない。ある宗派では、子供をなす目的であっても性生活に快楽を求めること自体がタブーで、シーツに直径数センチの穴をあけたものを介して行為を行うそうである。

ましてオラルセックスである。ユダヤ妻が認めるわけがなく、ありえないことでもないと受け入れないよ、と拒否するに違いない。でも、そのありえないことが起こってしまった、という人種的からかいを含んだジョークであると知れる。(もちろんこのユダヤ女性=性的堅物という思い込みは両義的であって、建前と本音は正反対だ、という含みがあるからこそ、グロスキー氏はGood Luck!と激励されることになる)

逆に考えると、オラルセックスというものは、アポロが飛んだ60年代後半には、人種的文化的バックグラウンドのある堅物以外には、ほどほど受け入れられて市民権を得ている、という基本的認識があった、と言えるかもしれない。

性行動への意識を大きく変えたと評される、「キンゼイ報告」なるものがある。これは性科学者のアルフレッド・キンゼイが、1948年と53年にかけて、アメリカ白人の比較的インテリ層を対象にして、その性生活について行った調査をまとめたものである。一万人以上に対面調査を行うと言う大掛かりさもあったが、何より驚かれたのはその結果で、性的生活の開始年齢、その行為内容、すべてが当時の良識派の眉をひそめさせるものだった。彼の調査にはかなり怪しいところもあったらしいが、当時まだ強かった性的タブーを、既成事実で打ち破る先鞭をきったのは間違いない。

オラルセックス、それも女性から男性への行為だけ(えーい、以下フェラチオと言ってしまおう)を取り出してその結果を見ると、婚前からは19.1%、さらに結婚後45.5%の女性がそれを経験しはじめるとされる。過半数を大きく越えている。ケネディの得票率なんてものではない。

その後の調査も、この調査とそう変わらない結果を示している。フランスで92年に行われた調査では、18歳から69歳の男性の76%が、女性では同じ年齢層の66%がこの経験があるとしている。男性が10%上回っているのは、女性にはこの行為により熱心な人が多く、次々に対象を広げるからだ、というわけではなく、ホモセクシュアル男性の存在によるのだと言う。何だ、ちょっと期待したのに。

ベタに経験率だけを取るのではなく、どのようにその行為を行うのか、という調査になるとちょっと様相が変わってくる。キンゼイ財団の研究者であるSaunders, S.A.たちは、91年に大学生を対象にした研究を発表している。「どんな行為をしたとき、親密なセックスをしたと思えますか」と題するもので、これには男女ともノーマルな性交そのものをあげ、女性がフェラチオと答えたのは37.7%、男性の場合でも43.9%である。

98年、フランスの女性誌「エル」に掲載されたアンケートでは、フェラチオを楽しんで行っている女性は24%に過ぎず、お付き合いでが8%、義務としてが2%であった。まったくしない人が39%である。無回答が27%いて、すべて答えるのも汚らわしいと考えているとしても、3割強の人はそう嫌々ではなくこれを受け入れることになるが、キンゼイ報告と92年のフランスでの調査とは大違いである。(フランスの統計は『F(口でする)の性愛学』(原書房)より)

この結果の違いを想像で埋めると、女性の6割強はこれを経験するが、その半分は意に反したもので、もう二度とやるもんかと思っているので、アンケートでは答えないか、まったくやらないと答える、というところだろうか。男性の場合は、4割強がこの行為を気に入っているものの、やはり本来の行為のほうが勝ると思っているわけである。これは主観的な意見とも、かなり一致するというか、ほとんど主観なんだけれども。

主観ということでさらに居直って言わせてもらうなら、男性の側であの行為を至上の快楽のように言う人がいるのは何故なのだろう。パートナー同士で親密性を追及するということならわかるが、快楽自体を追求することになるのだろうか。生物学的構造からしても、あれで充分な快感を得るのは難しいように思う。

女性にしてみれば、あれが生物学的快感になるはずがなく、イメージとしての快楽だけである。女性でこれを気に入る人が3割程度である根拠であろう。ポルノ映画では、ある時代まではあの行為は単なる予告編と言うか、本編の映像につないでいくための導入部であった。それにコペルニクス的転回をもたらしたのは「ディープ・スロート」という72年に作られた歴史的作品であった。これは普通のセックスでは快感が得られなくなった女性が、怪しいカウンセラーに調べてもらったら、なんと喉の奥にクリトリスがあった、という設定の、言うならば一種のSFハードコアである。勃興しつつあるフェミニズム言説の一部が主張していた、男性による挿入が快楽の前提である、という事を拒否する姿勢の影響をみる事もできるが、やはり、SF的こじつけであっても、生物学的な根拠をくっつけておかねばならなかったのは、その時代的制約であったのだろう。

それから幾星霜、ポルノ業界ではいまや本末転倒と言うか、本来の行為より、こちらをディスプレイすることがメインになっているらしい。本来といったって、ワンパターンだものねぇ。こっちなら、苦労してスカウトしてきた女優も同一フレームに収まる、というのもあるかも。何故か当直室のベッドの下などに置き忘れられているビデオなどを見てみると、この行為で始まり、古典的行為に移行したかと思うと、最後はまた元に戻るのがこの種の映像のお約束みたいだ。

これは必ずしも映像の世界だけの話ではなく、実際の行為において、こちらを好む人がある程度の割合をしめると言うのは先の調査でも示されている。考えてみれば、かのクリントン前大統領と女性実習生の事件のときも、こいつで済ませていたわけだが、それは後でばれた時の言い訳を準備していたからとも思えず、米国などでは手軽にこの行為で関係性を結ぶというのが、少数派にとって(3〜4割をそういえるかどうかは微妙)情事スタイルとして成立しているのだろう。オジサン、あまり羨ましくないな。

不思議な事に、身近な人に聞いたり、ポルノ系物語の主人公たちのモノローグを聞くと、この行為にこだわる人たちの理由が男も女もよく似ていて、しかも全く方向性が違うのである。男女とも、積極的にそれを求める、もしくは行う理由に挙げるのが、「相手を支配している感覚」なのである。

男性の側がそういう錯覚に陥る理由は、何となくわかるような気がする。直接的な生物学的快楽は二の次にして、自らの快感に、相手の身体器官を設計外目的に奉仕させている、という感覚なのであろう。設計外目的であるから、その運用にあたっては多少の習熟が必要で、ヘタな事をされたらたっぷり痛い目にあう危険性すらあるわけで、そのあたりの微妙なコントロールがなされることに、相手の従属性をより感じるというところだろうか。

女性の場合、なかなか正直に語ってくれる人を見つけるのは難しく、状況を考えず下手な質問をしたら張り倒されたりする危険がある。しかし学術的興味は押さえがたく、決死の調査活動を展開してきたのだが、得られた結論はあまりに単純であった。ひと言でいえば、「あとかたずけが簡単」と言うことである。しょせん最終的反射を求めているだけの男たちなのだから、連中の性幻想を利用して、逆に支配する事が可能、ということなのだ。男性側にイニシアティブを取られる事なく、身体的負担も少ない。妊娠という桎梏からも比較的自由でいられる。うまくやれば、これを盾にして、古典的純潔すら守ることができる。さすがにそういうのはごく少数だが。

女性のほうが生物学的な快感というものにより距離を置いているわけで、これは性というものに避けようなく男女役割があることの裏返しであろう。男性はオラルセックスに、より強く女性支配という象徴を求めているのに、これを積極的に受け入れる女性は性行為における男女役割からより自由になって、男性の欲望をコントロールしようとして、これを行うのである。

性行為をめぐる男女の駆け引きは、所詮昔から騙し騙されであったが、まさしく言葉のとおりの「同床異夢」をこの行為は成立させてくれたわけである。行為とイメージのこの大胆な解離と微妙な調和が、広く普及しつつあるらしいことに、ひとまずエールを送っておくべきであろうか。(2001/09/10)

ここでは性ビジネスの影響をまったく考えに入れていないが、当然それも大きいだろう。この場合、女性側がいちいち快感に走っていては商売にならず、顧客のスループットなど考え合わせると、この行為の合理性は際立っている。商用技術が民生用に転化されるのはよくあることだが、これもそのひとつと言っていいかもしれない。(9/11追加、ついでに上の文章も一部手直しした)

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9月11日の「同時多発テロ」はさまざまな付随的デマを生んだ。いくつかは日本でも紹介され、お馴染みになっているものもある。About.comの都市伝説サイトには、事件直後から流れたこれらのデマ、憶測の類を蒐集分類してあり、その冷静な視点は、安易な陰謀論や、即自的感情反応を強く諌めるものとなっている。

人は受け入れがたい現実を前にしたとき、しばしば虚構をどこからともなく調達して、少しでも座りのいい物語に加工する事でパニックを避けようとするものだ。そのとき冷静な合理的説明がもたらされる事は稀で、ほとんどの場合、混乱に輪をかけるばかりで理性的対応の出発点にはなりがたい。インターネットの存在は、個人レベルのデマがそのまま社会に直結する危険性をはらみつつも、逆にデマをデマとして眺める余裕が生ずる分、集団ヒステリーをうまく回避する機能を担っているように思う。ただ無責任に面白がるだけという、不謹慎と言われても仕方のない視点にも、それなりの功徳はあるのではないかと、自己弁護して以下の考察を行っていきたい。

始めに言ったように、一連の事件では実にたくさんのデマやチェーンメールが生まれたが、そのすべてについて触れるのはとても無理なので、ここでは日本でもあちこちに転載されてある程度有名になった「運の悪い旅行者の記念写真」を題材にしたい。

この写真は9月25日、ある軍関係者の転送メールとその添付ファイルというかたちでネットに登場した。
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差出人:G.T.軍曹(Txxx.Gxxx@xxxx.mil)発信日時:Sept.25.2001 9:04 AM

あて先:"xxxx@xxxx.NAVY.MIL"

件名:FW:トレードセンターの瓦礫で発見 重要性:高度

これはまさしく驚くべき写真だ。これはWTCの瓦礫の中から発見されたカメラから回収された。FBIによって証拠として現像され、本日ネットに公開される。本人は特定されておらず、行方不明のままである。

(添付ファイル)
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メールの文章にはいくつかの変異形があるようだ。写真はご覧になった方は数多いであろう。WTCの屋上にある展望台でありきたりの記念写真ポーズをとる旅行者の後ろに、アメリカン航空の旅客機がせまっているという図柄である。右下には091101という撮影日時が写しこまれている。

この写真の信憑性については容易に突っ込みが可能だ。致命的な点を列挙すると、以下のとおりである。

(1)WTCの展望台はサウスタワーにだけある。アメリカン航空11便が突っ込んだのはノースタワーのほうである。

(2)ノースタワーに突っ込む飛行機を、サウスタワーから見たのだ、と解釈するにしても、事件があった午前8時45分には、展望デッキは開かれていない(朝9時半開場とのこと)。

(3)写真からみると、これはボーイング757であって、実際に衝突した767とは種類が違う。ある航空サイトにある757の写真は、アングルといい、操縦席上方のテカリ具合までおなじで、フォトショップなどで細工する原画だったと思われる。

この写真は悪趣味であるものの、捏造である事がはっきりしているからこそ、この悲惨な事件を一歩はなれたところから眺める余裕をつくる異化作用をもたらしてくれた、といえるのかもしれない。直後に待っている運命も知らずに記念撮影をする旅行者の写真、それは命の儚さをおもい知り、運命をもてあそぶ犯罪への怒りを掻き立ててもいいテーマでありつつ、同時に誰がみても作り物のインチキなのである。深刻な内省に引き込まれる寸前で、大笑いの自己ネタバレによる救済が得られるという、きわめて巧妙な作りが(おそらく意図とは無関係に)なされていたため、信憑性とは別のチャンネルで世界の隅々まで流布する事になったのだろう。

そうして笑い飛ばしたあとでも、もとの事件そのものの重みは当然そのままなのだが、ある種のカタルシスが得られるのも、やはり事実なのである。(2001/12/03)

この写真には後日談がある。11月初旬、Wirednewsが報じたところに寄れば、41歳のブラジル人、ホセ・ロベルト・ペンテアドが、「あの写真は自分の顔をペーストして作られた」と主張しているという。この人物はブラジルで一躍有名人となり、ブラジルのフォルクスワーゲン社のCMに出演するまでになったという。

その直後、touristguy.comという、この写真一発ネタサイトに、別の人物(こちらはフルネームを明かしておらず、ハンガリー人で、ピーターというファーストネームだけしか公開していない)が、加工前の写真を送ってきた。こちらも多くを語っていないが、97年にWTCを訪れてあの元写真をとったことが、別のアングルの写真もそえられているので一目瞭然である。

ここのサイトには、元ネタをさらにひねった写真がいっぱい蒐集してあってなかなか面白い。一番気に入ったのはこれ

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カリフォルニア州サンディエゴのニュース専門ラジオ局、KOGOで11月17日、次のようなメールが紹介された。そのメールはアフガニスタンに派遣された海兵隊員が任務の合間に送ったもの、という体裁を取っており、放送で読み上げられた後、同局のウェブにアップされ、あちこちに転載されたりチェーンメールとなって循環するに至った。

別に都市伝説というわけではないのだが、その内容がいかにも、というリアリティがあり、多分創作なのだろうが、それなりに真実をついている、といったニュアンスで広がったようだ。傲岸不遜なアメリカ人の自己中心主義そのものに見えつつ、軍事侵攻の無意味さを際立たせ、逆説的ながら合衆国が本当にやるべきであった事を強く訴える内容になっていると思う。

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アブガシュの郊外、タジキスタンとパキスタンに挟まれた北西部アフガニスタンのフライパン取っ手地帯から。

11月11日、2001年。

ビザールへ。

まったくここらはクソみたいに寒い。俺はダーヨイポミル川に沿った、ヒンドゥクシュ山の麓あたりの、岩と低木の間の固く冷たい土に座り込んで近くの穴を見張ってる。その穴はトンネルにつながり、それは洞窟に続いているってわけだ。言っとくが、兄弟、ここらには数千マイル先まで持ってきてくれる宅配ピザ屋なんかない。

俺は自分のケツのあたりも、10秒から15秒に一回は見張ってる。またサソリに刺されないようにね。その上、ツツガムシだとか、砂ノミとも戦い続けにゃならん。いまいましいサソリに刺されると、牛に突かれたんじゃないかと思うほどがつんと来るし、その痛みは並じゃない。解毒剤はトランスミッションオイルみたいな味がして、有難き神の恵みは海兵隊員一人に5本もそいつを与えてくださってる。

タリバンは逃げだしていないという事実は、信じるかどうかは別にして、奴らもまた人類だということでわかる。奴らも飯を食わねばならず、水も飲まねばならない。そのためにそれを運ぶ連中がいて、そこに俺みたいな真面目なハンターが目をつける。俺は運び屋をつけていき、トンネルの入り口を確かめるとその位置をノートパソコンに入力し、それは衛星経由で空軍の司令官にどこに爆弾を食らわすかを教える。俺たちはいくつかの首を狩って、そのあと俺はまた新しい動きを追いはじめる、という寸法だ。これが情報作戦っていうやつのすべてだ。

俺たちはまだスナイパーにもでくわしていない。ここのあわてネズミたちは、自分等がどういう立場にいるのか判ってないみたいだ。俺たちはだいぶ前から補給線を断ち切り、絶滅作戦をはじめていたのに。俺はビンラディンの夢をみる。喉を俺のブーツに踏まれて、奴は目覚めるんだ。俺は耳から奴の顔を切り裂いていき、前頭葉に深々とナイフを突き立てる。でも、あんたは俺のこと知ってるよな。俺は空想が好きなたちなんだ。

前から言ってるし、これからも言いつづけるだろうけど、この国は本当に喘いでいるんだ、旦那。ここは国ですらない。道はなく、なんのインフラもない。政府すらここにはない。ここは11世紀の部族戦争を続けている連中に牛耳られた、吹きっさらしの岩作りの糞だめだ。ここには俺たちが考えるような意味での仕事もない。

アフガニスタンは、家族を養う人間に二つの選択を与えてくれる。麻薬の取引に加わるか、軍隊に入るかだ。それだけだ。それがオプションってわけだ。ああそうだ、忘れていた。難民キャンプでくらし、プラムの砂糖漬けと、潰れた甲虫入りのオカユをすすり、座興のひとつとして胃腸炎起こして、ガチョウみたいにゲロをはくってのもアリだ。だけど、歩く死人たちのテント街の匂いをかぐぐらいなら、ケシ畑で一日18時間元気に働いてるほうがましってもんだ。

それと、別のことも言わせてくれ。俺は一月半ほどタジク人やらウズベク人やら、トルクメン人、パシュトゥーン人たちまでと交わってきたけど、これだけは確かにいえる。こいつらはみんな原始人だ。本当に生きてる原始人なんだ。奴らは戦うために生きている。それが奴らのやってることで、奴らのすべてだ。奴らは何も尊重しない。自分の家族やお互い同士もだ。奴らはお互いつかみ合いをすることが人生だと思っている。奴らは死んだ子牛でポロをやり、自分の5歳の子供をつかって、家族の誇りのためにと、闘鶏まがいのことまでさせる。原始人、歩き回る野蛮人の群れ、互いに憎しみを育てあう心無き野獣たち、カラシニコフを持った腐れ穴居人だ。

もう一度いいたい。多分俺はちょっと機嫌が悪い。

俺のチンポコはこの腐れ丘の上で凍りつきかけている。加温器の電池が切れてしまったからだ。2〜3時間もすると、太陽が上がって充電ができるけれど。そうだ、あんたは手紙を書くのが好きだったな。頼みごとができるかな、ビザール。CNNに手紙を書いて、ジュディとバーニー、それとあの恐ろしげな皮肉屋のもったいぶり男、アーロン・ブラウンに伝えてくれ。タリバンを「賢い」と言うのは止めてくれないかと。CNNの連中は「ずるがしこい」という言葉を辞書で捜していたんだとおもう。タリバンはずるがしこい。ジャッカルとか、ハイエナとか、腐肉あさりみたいに。奴らは陰でコソコソ無慈悲な事をする。いざ立ち向かうと、臆病者になる。奴らは憎しみ深く、悪意に満ちた寄生虫だ。何も作りあげず、あらゆるものを破壊する。賢い?笑わせるな。確かに奴らは賢いさ。奴らはその人生を一冊の本(こいつがまた本としては精一杯出来がわるい)を読むだけのために費やし、環境衛生や室内配管を悪魔を生み出すものだと考えている。

奴らはいまだにビックのライターの仕組みを理解していない。タリバンの戦士に人生を豊かにする事を教えるのは、サルにペンを持たせようとするようなものだ。そのうち奴らはいやになって、目玉を突かれるのが関の山だ。そう、そんなものだ。

嗅ぎまわり仕事はもうじき終わる。自分の穴倉に帰らないといけない。雪の中でトラックを隠すのは大変だが、だいぶそれにも慣れた。アメリカの仲間に、テレビのスイッチを切れと言ってくれないか。そして自分の人生を生きろと。CNNからあんたたちが知るニュースなんか全くの糞だ。それはあんたたちをコマーシャルにへばり付けておくためのもので、真実なんか知らせようとしていない。俺たちにはそれがよく判った。

今あんたたちに出来る最悪の事は、どっかり座り込んで俺たちがここでやってる事を分析することだ。何故ならあんたたちは俺たちのやってる事を知りもしないし、実際、知りたくもないはずだから。俺たちはあんたたちの軍隊で、あんたたちがここに送ってさせようとしたことをしているだけだ。

手助けしたいって?腐れ株券でも買うんだな、アメリカよ。

ソーシー・ジャック
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ベトナム戦争当時の兵士の手記には、敵への憎しみの一方で、かなり怪しかったとはいえ、アジアの民衆を救うという思い上がった使命感が見られたものだが、このメールにはそんなものは全くみられず、ただアフガンという場所、そこに住む人々そのものへの嫌悪感だけが露出している。

使命なんぞ考えずに、自分たちの人生を生きろという呼びかけは、アメリカという国が落ち着くべきところを強く示唆しているように思える。鼻持ちならないエスノセントリズムが中核にあるのは事実ながら、それで世界を支配できるとは思いこまない謙虚さが、彼らに生じて来ているのだろう。このメールが程ほどに有名になったのも、そう言う背景があるからにちがいない。それがやがてあの国の政策に反映されていくのか、指導層がそのずれに鈍感なまま突っ走るのか、なかなか興味あるところである。

署名に使われているソーシー・ジャック(Saucy Jack)というのは、どうも切り裂きジャックのまたの名前みたいで、英語圏ではそれなりの歴史的意味合いをもって使われるようだがあまりよく判らない。いずれにせよ書いた人間は、普通のチェーンメール作者をかなり上回る文章能力があるようだ。(2001/12/10)

なお、このメールではアフガンのフライパン取っ手部を北西とかいてあるが、ニュースであの国の地図を覚えている人なら、それは北東であるのは明らかである。そういう不正確さが信憑性をかなり割り引いているのは事実。

宛名になっている「ビザール」だけれど、これはそう言うあだ名の友人に出している、という設定なのかと思ったが、最後まで読むとアメリカ国民全体にあてたものということのようだ。「キテレツ」とでも言う風に呼びかけているのかもしれないが、よく判らないのでそのままにした。

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今はどうか知らないが、昔は医学部の4年目ぐらいに「内科診断学」という科目があった。一通り解剖学や生理学をすました医学生が、患者を診て診断する手順を習う科目である。それはまず病歴の取りかたにはじまり、実際に患者を五感で観察する方法にいたる、結構体系的なものだ。

病歴のとりかたなどあるのか、と思われるかもしれないが、これは一番大事で、診断と言うものの9割はこの段階でつく。診療機関を訪れる人のほとんどは気が動転しているので、具合の悪いところを、具体的かつ冷静に語るということがうまく出来ない。話を聞くにもそれなりの決まり事があると、見落としがなくてすむ。

一般病院の実際の診療では、そんなに手順のすべてをやるわけではない。鼻水ダラダラ、くしゃみが止まらぬ状態で病院にかかって、生育歴から家族の状況、学歴や今までかかった病気のすべてについて根掘り葉掘り聞かれたら、患者のほうだってたまらんだろう。もっとも、その程度の状態なら、玉子酒でものんで寝ていたらいいので、病院にかかること自体すでに間違いといえるけれども。

大学病院では、結構ややこしい病気が来るのと、学生や研修医の教育を第一に考えるので(これを勘違いしている人が多い。大学病院の優先順位は、教育が第一で次に研究、診療は最後なのだ)、こうした手順を愚直にやる。

その次にいわゆる理学的所見をとる段階に移るわけだ。これはまず視診にはじまる、聴診、触診というおなじみの方法である。漢方医学にかぶれている人はよく、西洋医学では五感を使う方法が軽視されているというが、今のようにやたらに診断機械があふれるようになる前までは、西洋医学でもこの辺はけっこう複雑な判断体系があった。

私らが習った頃にはすでに一種の追憶になっていた、クレンペラーの診断学というのがあって、これは例えば脈の見方だけでも、漢方の脈診にちかいものがあった。今なら脈拍数と脈の飛びがあるかどうか、せいぜい左右差程度しかみないが、クレンペラーの診断学では、脈の立ち上がりの早さなども所見として取る(他にもなにかあったような気がするが、忘れた)

いずれにせよ、今ではそう重視されない所見を職人芸でとるのは、何も漢方だけではなかったのだ。はっきり言って、そういう所見をとることは客観化された技術にはならないし、何の役に立つかと言えば、大して役にも立たない。漢方医学と言うのは、そうした達人の秘伝と言う迷宮に入り込んで科学としては自閉した実例だろう。唯一、生薬ビジネスに付随するセールストークとして生き残っているわけだ。

その点、西洋医学はすべてを客観化するという方針が、まことに資本主義精神にマッチしていたので、さまざまな診断手段が商品として開発され、それらの商品がまた独自の判断体系を発展させていく、という道を歩んだ。聴診器という控えめなものにはじまり、レントゲン、心電図、超音波診断画像装置、そしてCTやMRIといったものが生み出されたのである。そういうビッグビジネスにかかわる機器を駆使しないと、現代ではまともな診断はつけられなくなっている。

漢方なら患者側に、効くこともあれば効かないことも多い生薬を売りつけるだけですむわけだが、西洋医学では医療機関の側も、さまざまな診断機械を強迫的に買い付け装備するという、自家撞着的経済規模拡大に関与せねばならないのである。それは診断基準が、そうしたビッグマシンの所見にそって体系づけられているから、どうしようもないことなのだ。

診断学の話に戻ろう。診断手段がどんどん機械依存になっていく反省というかノスタルジーからか、この授業の時に教官から繰り返し聞かされるのが、「レントゲンや心電図なんかなくても、打診と聴診だけでも心臓の大きさやその異常を読み取れるようにならねばならん」という建て前である。

打診と言うのは、受けた人はお分かりだろう。胸などをとんとん指でたたくあれである。肺は空気にとみ、空洞みたいなものなので、叩くと明るい音がするが、心臓とか溜まった水があれば、鈍い音になる。そうして大体の位置を割り出すのだ。大工さんが壁板に釘を打つとき、トンカチでたたいて枠木を見つけて打つのと同じ原理だ。

ホームセンターに行くと、最近は超音波で調べる道具を売っていたりする。プロの大工さんも打診だけでは釘をうつ場所を見つけづらいと見え、まして壁板よりは複雑な構造の人間の身体で、そんなにきっちりした事がわかるわけはない。仮に艱難辛苦の努力の末、それが可能な境地に達したとして、あまりにも努力対効果比に乏しい。ほとんどのことは病歴の段階で予測がついているし、なんぼなんでもレントゲンもない環境で医療行為をするというのは、そうあることではない。

聴診という、医師のアイデンティティの象徴とされる聴診器#を使う技術に関しても、事情はそう変わらない。聴診器でわかることは、心音関係と呼吸音、それと腸雑音(グル音という腹の虫の音)である。(ときには打診と組み合わせ、肝臓などの大きさを診る助けにすることもある。血圧を測るときのように、動脈の雑音を聞くこともあり、頭部の動脈瘤を疑うときには、頭に当てて聞くという、いささかエキセントリックな使い方をすることもある)

肺炎があれば気管支閉塞がおこって、ブチブチと雑音が聞こえる。心臓のポンプ作用に変性があれば、血行に異常な渦流が出来て、雑音や、異常心音となる(腹の虫の音は聴診器を使うまでもないが、身をかがめて耳を澄ます姿勢は腰にくるので、楽に聞ける聴診器を使うわけ)それらの所見がとれたにせよ、聴診だけで結論的なことを言うのはまず不可能で、次にどんな検査を行うかの見当づけなのだ。

内科では、健康診断とか、定期的に通院している人にも一応儀礼的な胸部聴診をするが、あれで何がわかるかといえば、まず何もわからないし、何かわかろうと思ってやっているわけではない。それはもちろん時々発作を起こす喘息患者とか、慢性呼吸器疾患の人なら、どんな様子であるかを調べる意味もあるだろうが、それだって、詳しく病状を聞くほうがよっぽど情報としては重要だ。まして、高血圧だの、糖尿病だので聴診に意味があることはまずない。

もちろん、定期的に通院している人だって、病状も変われば別の疾患を併発することもある。そういう場合、こまめに聴診する意味があるのでは、と思われるかもしれないが、本人の自覚症状がないのに、聴診で何かがわかるなんてことは、よっぽど無頓着な患者でもなければまずありえない。そういう場合だって、診察室に入ってくる様子や、顔色とか話し振りを診ていればまず変化に気づくもので、あとは適切な問診を行えばよく、そこで聴診するのは、自分の耳でも確かめたいという気持ちの現れといったほうがいい。一番大事なことはコミュニケーションなのだ。

あなたには人当たりがよく、熱心に診察してくれる主治医がいる。調子もいい。今日は診察日だ。前回の診察日からの変化をあなたは説明し、主治医は真剣にそれを聞いてくれる。ひとしきりあなたが説明し終えると、主治医はおもむろに、「それでは診察しましょう」と聴診器を取り出すだろう。ここまで読んできたあなたには、その行為の意味をすでに翻訳することが可能になっているとおもう。そう、それは「いつまでも下らんことをいってるんじゃない。後がつかえているんだ」という意味なのである。(2001/12/15)

#よく頭に額帯鏡をつけて聴診器を首からさげた姿で医師を表現しているTVドラマなどをみるが、あの額帯鏡は耳鼻科で使うもので、耳鼻科の医者は聴診器なんかつかわないから、両方持っているというのは実に不思議な姿なのである。ちなみに、私は耳鼻科の実習で、実習用に置いてあった額帯鏡のバンドが小さすぎ、頭に合わなかったので耳鼻科医になるのをあきらめた、という過去を持つ。

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