更新日記
続く限りは毎日書くことに
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2000/12/31 |
午前中はサービス回診のために職場へ。午後は珍しく読書。「銃・病原菌・鉄」という上下二巻組。最近は軽い本以外は全然読めなかったが、これはなかなか面白く、小説並みのスピードで読める。でも、題名で予想する内容以上のことが書いていない、という啓蒙系の本についてまわる特長はちゃんと備えている。面白いと思うなら、後は自分で考えろ、ということですわな、やっぱり。これの感想あたりから次の更新を再開しようと思っていたのだけれど、今の一言で終わってしまいそう。
今年の初めに個人サイトとして再出発し、月一万ペースと言う、予想以上の訪問者を迎える事ができた。当面は同じ路線で続けていくつもりだが、そこはこの浮世、何があるかは判らない。差し当たっては、今までどおりのお付き合いを続けていただければ幸いだ。
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2000/12/30 |
買い物のお手伝いと、猫の受診にお付き合い。
獣医さんは腎機能を調べたいというのだが、尿量は十分あるし、仮に悪いのが判ってもせいぜい食餌療法とステロイドぐらいしか方策がないのだから、結構ですと断る。こちらはどんな状況でも受容する準備は出来ているし、猫のほうにしてみれば理屈など関係ない。そのあたりの考慮をしてやらねばならない人間とは違い、猫たちは死ぬ瞬間まで、雄々しく生きるだろう。もちろんこちらは、女々しく生きてくれたってかまわないけれども。
もっとも状態は良好で、抗生剤で二次感染防ぐことだけで様子を見ようと言う事になった。薬は適当にサンプルでも飲ませておきますから、と言おうかと思ったが、向こうも商売だと思いなおし、もらっておくが、高級ワイン一本分が飛んでしまった。カッコつけるんじゃなかった。
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2000/12/29 |
当直で、大学病院などに押し付けるほどでもなく、といって家に返して経過観察と言うには少々心配、という実に中途半端な人を複数拾ってしまい、只でさえ短い今年の正月休みはほとんど形だけになりそう。「ぺのぺの日記」以上の鯨飲報告書くのを楽しみにしてたのに。
まとまらぬまま放り出してある、いくつかのネタも書き上げようと思っていたが、出来るかどうか。実にしまりがないまま、20世紀の更新はこれで終わりになってしまうかも。でも、確か去年「今世紀の更新はこれで終わり」なんて書いてたような気もするので、別にいいかな。
なお、トップページの「更新」はここの追加を含まない事にした。数行書いて"New!"も間抜けだし。
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2000/12/28 |
今日は今年最後の当直。心静かに過ぎ行く年の反省をしようと、東寺で習い覚えた真言密教の秘法で病院周囲300mを結界で封じ込めるが、そのかいもなく、腹痛風邪引き粗忽火傷などの魑魅魍魎に脅かされつづける。わが霊力衰えたり、である。
ここの背景とか看板は、「わっ、悪趣味!」という雰囲気を目指したのだが、一年近くやってるうちにこんなものだと感じるようになってしまった。せめてトップページをお正月風に改装しようかと思っていたが、なんとなくやる気がうせてそのまま。
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2000/12/27 |
けさの毎日新聞で、21世紀の子供に残したい本三冊、と言う特集をやっていた。識者たちが「くまのプーさん」と「ゲド戦記」をやたらに勧めるのに面食らう。対象年代はだいぶ違うが、両方ともいかにも、物分りがいいと自分で思っている大人が考えた、子供の想像力の世界の本である。あんな引きこもり養成講座テキストみたいなのを勧める専門家がいるから、最近のガキが出来そこないばっかりになるのだ。もっとどーんと攻めて出るものを読まさんかい。
私の勧める三冊はこれ。「ファーブル昆虫記」、「聖の青春」(大崎善生)、そして「くたばれ!ジャイアンツ」(江夏豊)。もっとも最後の一冊は、ジャイアンツという存在が歴史的に忘れられる日が近いため、その素晴らしい内容にもかかわらず、一部の専門家以外には読まれなくなる可能性が高い。
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2000/12/26 |
訪問者からのメールで案外多いものに、医学部に再受験を考えている人とか、医学生で専門科を決めようと思って悩んでいる人からのものがある。また、臨床心理関連の仕事をしようとしていて、本当にちゃんと治療にかかわれるのか、と言う質問などもある。そこで今日は、普段の私の答えをまとめておく。メールへの返事はその時の気分に合わせて長かったりそっけなかったりするが、大体こういう内容をいつも答えているつもりだ。
医学部を再受験したい。→自信があればどうぞ。自分の力でまったく新しい分野を切り開く、と言うことはやりにくいものの、課題だけは山ほどあるので、人生の目標はそれなりに見つけられるだろうし、そこそこの経済的最低線は保証されます。でも今の受験制度のもとでは、普通に医学部に入るのは、かなり偏差値的に困難である事は覚悟したほうがいいでしょう。でも、ラッキーが転がっている事はあるものです。私を見ればわかるように。
精神科医の生活は楽ですか。→時間的余裕だけはあります。でも精神的ストレスは高いですよ。人の痛みに鈍感な人なら、気楽に暮せます。中途半端な問題意識では、現実とのギャップで、自分の精神的健康守るのが精一杯、と言う事態もありえます。個人的には、身体科でマニュアル治療しているほうがよっぽど楽で、周りからの評価も高いと思いますけどね。
臨床心理の可能性はいかに。→やはり主導権をもって臨床にかかわりたいなら、医師になるべきだと思います。有能な心理士が、医療制度のために、無能な医師の下働きせざるを得ない状況が現実にあるわけで、そう言う不平不満でせっかくの能力をすり減らしている人も見かけます。ふてくされるぐらいなら、頑張って医師になるほうがいい。現実などに興味はない、「今日のワンポイント心理テスト」みたいな座興で満足と言う事なら、それもまた人生。精神科医にもこういうタイプは結構いる。
以上のところだろうか。これは決して、メールのやり取りが面倒だから書いたわけではありません。質問があれは遠慮なくどうぞ。
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2000/12/25 |
きのうの続きで高校時代の思い出話を書いていたら、妙に長くなり「都市伝説」の更新に流用させてもらった。都市伝説の成立メカニズムの一部を論じている、ということでお許し願いたい。
本当はクリスマス記念で、「サンタクロース考」と言うネタを暖めていたのだが、また別の機会にさせていただく。
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2000/12/24 |
昨夜は電車を乗り越しもせず、普通に帰れたのだが、それでも朝起きると二日酔い気味。トンと酒に弱くなった。
ぼんやりした頭でいると、高校時代の記憶がよみがえってくる。担任ではなかったが、懇意にしてくれた教師がいて、よく自宅でご馳走になった。酒なんかガンガン飲ませてくれて、「自分が書くはずだったが、書かなかった本の内容」を気持ちよさげに話してくれた。きれいな奥さんがいたが、子供はおらず(もう独立していたのかも)、ああして「息子と酒を飲む」雰囲気を味わっていたのだろうな。考えてみれば、あの教師は今の私ぐらいの年だった。
ある日その教師が、突然、剃髪した僧形で学校に現れた。どうしたんですか、と聞くと「女房に浮気がばれたので、わびのため、しばらく寺に入る」とのこと。結局やってたことは、夜中に私らを連れて飲み歩くことばっかりだったけれど。一ヶ月ほどして、イガグリ頭になったころ、迎えに来た奥さんと仲良く腕を組んで帰っていった。
何でこんな事を思い出したかと言うと、生まれて初めて二日酔いを経験したのが、この人の饗応の翌朝だったから。あんなに世話になった人なのに、名前も思い出せない。書かれることのなかった、彼の倫理哲学書の章立てまで覚えているのだけれど。
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2000/12/23 |
昔話をここに書いていたら、えらく長くなってしまったので、「業界雑感」のほうにアップした。
今日は都内でお食事会。帰りの電車が今から心配。
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2000/12/22 |
ちょっと前の週刊誌を読んでいて、ナンシー関のコラムが目にとまった。それはこう書かれていた。「今、松野明美が大変なことになっている」と。何のことだかよく判らなかったが、今日、ナインティナインがでるTVのバラエティを見ていたら、松野明美が出ていて、ナンシー関の危機意識を完全に追認する事になった。
異様に高いテンション、しかもかなり退行した行動様式を、そのまま周囲に配慮なく強要する姿を見ていると、職業的警報が頭の中で点滅するのを感じる。もちろん、多くの人は類型的ラベリングで済まそうとはせず、青春をすべて長距離走にささげた人が、いま失われた日々を取り戻すべく、濃密な時間の中を爆走しているのだ、と了解しようとするだろうし、バラエティの作り自体が、引きながらもその了解を共有する、と言う姿勢になっていた。決して彼女をさらし者にしようとしているのではない、はずだ。
松野明美が、それを眺める私たちの居心地の悪さまでも対象化しつつ、ああいうキャラを演じているとしたら、それは素晴らしい事だ。私たちは、21世紀のルシール・ボールが誕生するところを目撃しているのかもしれない。
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2000/12/21 |
今日は12月21日である。これが特別の日だと思う人はほとんどいないだろうが、私には格別な想い出のある日だ。今日は「しまい弘法」なのだ。
高校生時代、ある事情で、この行事のある寺で暮していた私は、毎月の21日だけが休暇のようなもので、一番規模の大きい縁日が開かれるこの日が来ると、ああ、あと2回、あと1回、今日が最後になって、自由が来るのだ、と思っていた。実際はその後大学に進み、医師になっても本当の意味で自由が来ると言う事はなかった。人は常に何がしかのしがらみに縛り付けられ続けるものなのだ、という予感を心にしまい込んだのが今日と言うわけ。
弘法大師として知られる空海が没したのは西暦835年4月21日、暦の変換をどう処理したか不明だが、毎月21日は御影供として、彼の開いた京都は教王護国寺、東寺として知られる寺の境内で、大規模な縁日が開かれる。12月は年の締めとして、とりわけ大規模に行われる。
この縁日は、京都と言う街が上古から中世にかけて、経済流通の要としても機能していたことを幾分かイメージさせるもので、テキヤばかりか、怪しげな芸人、修験者まで跳梁する。後年、経済というものは、生存のための物資の交換、というような表面的合理性とは別のところから発生した、と主張する栗本慎一郎氏の本を読んだとき、私はごく当然のこととして、この弘法さんの縁日の事を思い出していたものだ。
その縁日で私が一番不思議だったのは、まったく商品として成立しようがないものがしばしば売られていた事だった。例えば切れた電球、使えなくなった電池など。ただ同然なのだが、なんであんなものが売られていたのだろうか。
それはあるとき、ロシアの民衆の生活を描いたTV番組によって説明された。彼らは自宅で使えなくなった電球や電池を職場に持っていき、こっそり交換して持ち帰るのだ。なるほど、ああして公的機関の消耗品を私物化するのか、きっと革命ロシア時代以前からの知恵なんだろうな、と感心してしまった。
昔からこうやって人は官僚制に一矢を報いて、あつかましく暮してきたのだなと思ったのだが、果たしてそれには、切れた電球などの商品化を成立させるだけのコスト―ベネフィット均衡の裏付けがあるのだろうか、と疑う。やはりここには、得にならなくても、あえて小ずるく立ち回ることをよしとする、関西精神の発露を見るしかない。
あ、そういえば自分のプリンタと職場の製品を同じにして、こっそり空になったカートリッジ入れ替えたのはここからきた発想だったわけね。これは伝統であって、自分で考えたわけではないので許して。
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2000/12/20 |
先月初めに、保険適用の基準が一部変わり、胃潰瘍治療に使うプロトンポンプ阻害剤の使用制約が少なくなって、長期投薬が可能になった。これをきっかけに、私の職場では今まで採用していたこの系統の「オメプラール」と言うのを、「タケプロン」というのに変えることとなった。後者は「タケダタケダタケダ〜」の会社が作ったもの。余りに素晴らしいネーミングセンスである。
表向きは、使う症例が広がるだろうから、経管栄養している人に中身を取り出して使いやすい、カプセル剤のこちらにしようということだが、本当の理由は別。それは、いままでだと、医局内で唯一の関西人である私が、恥ずかしくて処方できなかったから。なにせ感じやすい年頃なもので、「オメ」とまで書いただけで真っ赤になってしまうのです。
製薬会社の方々、ダサいのは許すから、その辺も考えて名前付けてね。
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2000/12/19 |
遅ればせながら、最近話題の「フィリッパ・ジョルダーノ」のCDを買った。一言でいうと、わたしゃもうジジイなんだなと思い知らせてくれるCDだ。
いわゆるクラシックのベルカント唱法は使わず、張りとふくらみを兼ね備えた地声をうまくつかい、魅惑的、という陳腐な言葉で表すしかない世界を見事に歌い上げている。2曲目の「あなたの声に心が開く」なんて聞けば、デリラに誘惑されるサムソンに嫉妬を感じるほど。あの雰囲気で「サムソーン、サムソン〜」とささやかれたら、ハイハイ、女王様、何でもいうこと聞きますよ、と答えるしかない。感動を無条件に引き出してくれるソプラノはまれには聞くが、直接情動に働きかけてくるソプラノ、なんて初めてだ。
でもやはり、こりゃいかんぞ、という気がどうしてもしてしまう。妙なエフェクトなど使っている「ハバネラ」などは本当は聞きたくない。金沢明子もびっくりのコブシもなぁ。とても素晴らしいのは判るのだが、これでもっと古典技法を順当に踏んでいてくれたら、いい歳して追っかけやってもいい、と思ったろう。
メイクやファッションはやはり、カラスを意識してるな、とおもう。ちょっとプリンセス・テンコーも入ってるか。
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2000/12/18 |
先日アップした「くまのプーさん」に関連して。米国人というのは擬人化されたクマ、というのに異様な熱狂的愛着を示す連中で、TDLでこれのケッタイなショーを昔見たことがあるが、普通の日本人の感覚からは理解しがたい盛り上がりを強要する内容に辟易した。クマは愛らしい人間の友、と言うような間違った観念が子供に植え付けられたら、どうするつもりだろうか。そう言う心配が現実化したような事態の報告がこれ。
イエローストーン国立公園の管理官が、ある母子連れに注目した。母親は子供の顔になにやら妙なものを塗っている。何をしておいでで、と尋ねたら、「ハチミツを塗ってるんです」と答える。なんでまた、と聞くと「クマさんが子供の顔をなめている写真をとるんですよ」と。管理官は母子がクマに近づかないよう取り計らったが、その夜はひどい悪夢にうなされた。
勘違いしたまま大人になる連中が、やはりいると言う事ですな。向こうの動物愛護精神の正体など、案外こんなものなのかも。
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2000/12/17 |
何度もしつこくて申し訳ないが、馬名に関して検索していたら、こんなところがあるのを発見。競馬自体には何の興味もない人間が言うのもなんですが、せっかくなのだから、羅列するだけでなく、もっとマニアックに情報集めたらいいのに、と思う部分もありますけれど。
ここで「ロ」の項目を引いてみたが、「ロバノパンヤ」は載っていなかった。競馬ファンにとってはあの程度は普通か?この前は地方競馬とか最近見ないなんて書いたけれど、JRA所属(と言って地方競馬との違いはよう知らん)のようで、現役バリバリ。検索するとファンサイトがけっこう引っ掛かる。成績もなかなかいいみたい。
なお、「ヒカルトクタイセイ」には「ヒカルユウトウセイ」という姉がいた事がわかった(本当)。末の妹は「ヒカルリュウガクセイ」としてコロンビア大学在籍中(ウソ)。
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2000/12/16 |
昨日の続き。明日の中山11R、よく見れば「テンシノキセキ」だけでなく、「ヒカルトクタイセイ」というのが8枠で出ていた。無印だけれど。牝馬で、母親は「ヒカルイットウセイ」と言う(本当)。なお、不出来な兄の「ヒカルラクダイセイ」はついに競馬界にデビューできなかった(ウソ)。妹は頑張って、「テンシノキセキ」とワンツーフィニッシュを決めてほしいものだ。今日はこれだけ。
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2000/12/15 |
毎日新聞の金曜日と土曜日の夕刊には、いつの頃からか、全国紙らしからぬ競馬欄が掲載されるようになっている。私には「博才」というものが根本的に欠落していて、その原因なのか結果なのか、大方のギャンブルというものにまったく興味がない。自分でもつまらん人間だと思うが、人生の折り返しを過ぎてしまった身としては、おそらくこれが覆る事はないだろう。
それでも、読みもしない紙面に金を払っていると思うと腹が立ってくるので(考えてみれば株式欄なども読みはしないが)、それなりにこの競馬欄を楽しむ工夫をする事にした。それは馬の珍名さんを探す楽しみだ。ちょっと前には「エガオヲミセテ」というのがいた。可哀想に、厩舎が火事になって焼け死んだそうだ。明日の中京競馬11Rには「ステファニーチャン」というのがでるな。あとは中山11Rの「テンシノキセキ」ぐらいか。ちょっと前の地方競馬には「ロバノパンヤ」というのが出ていたが、最近見ない。
最終コーナー、ステファニーチャンが逃げるところを、大外からテンシノキセキが差そうとし、内枠でロバノパンヤが粘る展開の実況中継など想像して、元を取る努力をしてみよう。それにしても、毎日新聞、そろそろあんたたちの再建支援する気持は失せてきたぞ。
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2000/12/14 |
いつものパクリ元掲示板に、「くまのプーさん」に関する医学論文の話題が出ていて、さっそくそれを使わせてもらおうと思ったのだが、ここで簡単に扱うには勿体ないと思い直して、ひさびさに「医学業界雑観」にまとめることにした。殆ど論文の解説だけだが、興味ある方はどうぞ。
私は「くまのプーさん」に限らず、子供のころ、あまり絵本というものに耽溺した覚えがない。自分の子育ての時も、ちょっとおしゃれな絵本を人から沢山もらったりしたが、子供たちはあまり喜ばなかった。「アリス」なんか怖がるばかり。例外は嵐山光三郎氏の「ピッキーとポッキー」で、このバカみたいに単純なシリーズもの(と言っても2冊だけだったような)には子供たちは夢中になり、内容にそった遊びを繰りかえし、こちらも何度も付き合わされた。要は、その程度の頭の構造を引き継がせた、ということなのだろうけれど。あれはまだ出版されているのだろうか。いま子育てをされている方、もし見かけたら、だまされたと思って買ってみましょう。
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2000/12/13 |
毎年この時期になると、といっても数年前からなのだが、清水寺の貫主がこの1年の世相を表す漢字を書くという行事が行われる。11月終わりごろの南座の「まねき上げ」とか、兼六園の雪つりだとか、間抜けな所では、大晦日、通天閣の干支の引継ぎなど、年末のルーティン化したヒマネタに加わる狙いのようだが、今年の漢字は「金」なのだそうだ。バブルのころならいざ知らずと思ったら、これはオリンピックのメダルとか、韓半島の両指導者のイメージかららしい。
清水寺の貫主といえば、前任者は大西良慶師という高僧であらせられたのだが、私はこの人を本当に心から真に言葉にするのも難しいほど、畏敬している。高校時代、私はこの人の息子さんと、同級生だったのだ。大西師は昭和58年に108歳で大往生された。私と同い年の息子は、実に御歳80なんぼのときに出来た子供という事になる。大西師のころに、さきの行事が始まっていたら、まず書かれた漢字は、「種」であったろう。
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2000/12/12 |
TVCM違和感その2。どこだかの証券会社のCM。妙に真面目くさった証券マンが次々現れ仁王立ちになり、建前にもならないような奇麗事を述べあうのがある。しかも彼らの名前が、みんな維新の志士をちょっともじったようなのばかり。坂本竜介とか中岡慎子とか。なんじゃあれは。俳優だって恥ずかしいのでは。
証券会社なんてのはバクチ場の胴元でしかなく、しかも連中はヤーサンだって最低限やる、遊んでくれる限りは旦那連中を体を張ってでも守る、という事すらしない吸血鬼だ、ってのはバブルの過程でみんな知ったことで、いまさらあんな芝居がかったおためごかしに、だまされる人間を期待しているとすればちょっとその精神を疑いたくなる。
「帝国金融」のドラマ配役をそのまま使い、証券会社の受付に現れた客に、「カモが来たぞー」と社員が殺到、小林薫あたりがにたりと笑いながら、「お客はん、ええ夢見さしてあげまっせ〜」と迫るというようなCMはいかがだろう。「投資は自己責任で」というテロップは忘れずに。あのCMより絶対効果があると思うよ。
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2000/12/11 |
M$社のTVコマーシャルにこんなのがある。ホテルのパーティ会場で、アラブ富豪とインチキっぽいビジネスマンたちの会合を見ていたウエイトレスが、会場の片隅からモバイルで株取引、というやつだ。あれはどう見てもインサイダー取引ではないのだろうか。職務上知った情報を元に投資する、なんてのはフェアではないと思うけれど。そんなのがM$社の考えるネットの理想なのかい。せこいものだ。
たしか、米国で「飛行機からある会社の工場が火事になっているのを目撃した人間が、その会社の株を空売りした」なんて言うのがSECから告発されたんではなかったかな。空売りのほうが違法だったのか。単なる都市伝説だろうか。いずれにせよ、自分には関係ない話ではあるけれど。
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2000/12/10 |
10日ちょっと、毎日ここを更新してみたが、えらく大変である、と言うことが判った。個人サイトというと日記が定番だが、他人の目にさらすと言う事を意識した上で、毎日書きつづけると言うのは、並みの努力では出来ない事のようだ。しかもトホホ系ではないものを目指す、なんて偉そうな事を言った手前(その割には全部トホホではないか、と言う指摘は勘弁)、余計難しい。
特に今日のように、二日酔いで午前中はふらふら過ごし、TVの駅伝見ながらウトウト寝てしまい、なんとかスポーツクラブへ行ったはいいが、プールで平泳ぎのおばさんに思いっきりミゾオチ蹴り飛ばされてゲロ吐きそうになって帰ってきて、後はまた酒飲んでぐだぐだ言ってるだけ、なんて日は、フォースの暗黒面に落ち込むばかり。
今考えたネタ。アメリカ大統領選挙で混迷は深まるばかり、いっそ二人でボケと突っ込みを分担して二人制大統領をやればいい。
ブッシュ・ゴア「パンパカパーン。二人合わせてプレジデンツでーす(なにかポーズを作る)。」
ブッシュ「しかし君、大変やね。世界情勢ちゅ―のも。フセインは居直りよるし、パレスチナも落ち着かんし」
ゴア「ホンマやね。経済も先行き怪しいしね。」
ブッシュ「よう言うわ。君んとこのフリントンが調子のええ事ばっかりゆうて、バブル作っとたんやがな。わしらあれの始末させられるんやで。そこでヌボッっと立っとたらええとおもたらあかんがな。」
ゴア「そう言うてもなぁ。なるようにしかならんで、あれは」
ブッシュ「何を言うとんねん。この富田林の木彫り人形が。借金バンバンして、補助金ばら撒いたららええねんがな。」
ゴア「そやけどなぁ。せっかく赤字解消しかけとるのに、また借金はなぁ。」
ブッシュ「誰もあんさんに返せとは言わんがな。金持ちの息子はこれやから困るわ。日本の森さんみてみい。何もせんと、借金増えても知らん顔や。わしらの鑑や、見習わんかい。」
落ちを考えつくまでこれを続けたら、きっと明日の朝まで書きつづける事になるのは必定で、ここで唐突に終わるというのが正しい態度であろう。
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2000/12/09 |
9日朝、雲ひとつない快晴であるが、異様に地気が強く、地表は深い霧に包まれたかのように視界が遮られている。全方位に強い赤焼け現象。二匹のネコはおびえたようにコタツに潜りこみ、あまつさえ人の足を引っかくほどに凶暴化している。ベスビオス山の噴火の影響だろうか。2000年の時を超えて、なお宏観異変を起こすエネルギーが不気味だ。TVにはつよいゴーストが出現。よく見ればアンテナの端子がはずれていた。
今日は大好きサイトの一つであるここの真似。社会的不公平や不正に対して、ここの開設者がみせる憤りのエネルギーは凄まじい。その情熱がそのまま地震を引き起こすのではないか、と思うほどだ。こういう高い能力と倫理感の持ち主が、言うならば「不可能犯的テロリズム」だけにしか出口がないような状況にいる、と言うのは痛々しいことだ。ぜひ有効な方向にその生を向けて欲しいものだ、と願いつつ毎日訪問することにしている。
「都市伝説」を更新。また妙にまじめになってしまった。
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2000/12/08 |
今日はジョンレノンの命日で、ネット上でもいろいろな催しものがあるようだ。ここはひとつ関連した文章でも書きたいところだが、今ひとついい知恵が浮かばない。ここなどでは、ビートルズの歌詞を、小林信彦が「唐獅子株式会社」の中で関西極道版に訳したものなどを紹介している。それの真似をしようかと思ったが、すでにこんな真面目なサイトまであって、とても割りこめそうにない。
そうだこんなのがあったぞ、と以下のものを紹介。昔、"Let it be"がリリースされたころ、私の住んでいたところで地方選挙があり、それに「あるが ただし」という人が立候補していた。この人、"Let it be"だねぇ、と仲間うちで替え歌を作ったわけ。なお、この方はちゃんと当選し、その後大物になったはずだが、今はどうしておられるかは知らない。現役でおられても、笑って見逃していただきたい。
「あるが ただしを応援する歌」
国難放置の、無能政治に、叡知を照らす、あるが ただし。暗黒政治の壁破らんと、我らの先鋒、あるが ただし。
あるが ただし。あるが ただし。あるが ただし。あるが ただし。叡知のますらお、あるが ただし。弱者の怨念、国を渦巻く。それに答えるは、あるが ただし。はなれし民の心も一つに。それに答えるは、あるが ただし。
あるが ただし。あるが ただし。あるが ただし。あるが ただし。叡知のますらお、あるが ただし。
あ、"Let it be"って、ポールの持ち歌だったっけ。
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2000/12/07 |
昨日、電話セールスに対応しつつ頭の中で"Norwegian Wood"を流すなんて書いたけれど、あれは"Eleanor Rigby"の間違いでした。あれでは意味が通らない。ボケとるな、全く。
最近サーバーがえらくビジーの様子で、特にCGIサーバーなどは夜中にアクセスできないこともある。異常動作の多いCGIのディレクトリを覗いてみたら、でっかいコアが吐かれていた。やはり独自サーバーかな。また職場で大嘘つかにゃいかんなぁ。これからの病院は独自ドメインぐらいないといかん、と言って金を出させ、ほとんど自分の暇つぶしに使ってるんだから、こりゃ背任と言われても仕方ない。
ところでPCがコアを吐くのは、こき使われたサラリーマンが酒場で愚痴りながら悪酔いし、路地でゲロ吐いているようなザマを連想して親近感を覚えるものだ。昨今の時勢に似合いそう。
耐えかねて 師走の空に コアを吐き
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2000/12/06 |
不景気になってからしばらく途絶えていた電話セールスが、ここのところまた増えてきたような気がする。いかにもと言う会社名を名乗るので、取り次いでもらわなければおしまいなのだが、中には「大阪の田中です」などと巧みに取り次ぎ依頼するのがいるので困る。ひどいのになると「**日赤の##です」とか、「&&医大の$$です」などとデタラメ名乗る奴までいる。節税のためマンション買えとか、絶対儲かる投資ファンドがあると言うような話で、要は金がらみのことなのに、はじめから詐欺まがいのやり方で接触したら、うまくいかないだろうに。
こんな仕事しか回ってこない悲しい人々がいるのだなぁ、と同情を禁じ得ず、ヒマな時には頭の中に"Norwegian Wood"など流しながら生返事で付き合ってあげたりする。そのうち向こうはノルマ妨害をされていると気づくらしく、たいがいは逆切れする。「金がないならないといえ!このカス!」などと怒鳴ったり。精神衛生に悪い仕事だ。試練を乗り越えて、強く生きてもらいたいものだ。でも私は絶対なにも買いませんけれど。
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2000/12/05 |
富山のほうの病院で、コンピューター・オーダリングシステムの操作ミスで、副腎皮質ホルモンの「サクシゾン」と筋弛緩薬の「サクシン」を間違えて投薬してしまった、という事件が報道されていた。意識が清明の人にサクシンなんか処方したら、その苦痛と恐怖は大変なものだとおもう。まあ、すぐ意識失うだろうけど。直接の死因ではないと病院側は主張しているようだ。ステロイドつかうぐらいの状態なのだから、かなり重篤だったのだろう。いざとなったらレスピレータと言うことになっていて、それに同期しない事態への準備、とでも先読みしてサクシンを不審に思わなかったのかな、というのは業界側の人間の都合のよい憶測。でも、サクシンなんか最近使わないけどなぁ。
昔から「サクシン」と「サクシゾン」は紛らわしく、製薬会社のMRさんなどには雑談の折、なんとかならんの?と言っていたものだったのだが、彼らがそういう改善提案などする事はないようだ。他にも抗生剤で「ビクリン」と「ビクシリン」というのがある。前者は即時型のアレルギーは起こさないので、皮内反応テストは行わない。後者はペニシリン製剤なので、皮内反応テストは必ず行う。ビクシリンをビクリンと間違えて、ペニシリンショック起こすような事故、必ず起こっていると思うのですけどね。こういうのは紛らわしい名前を改めるのが先だろう。オーダーリングソフトもそういうミスをフェイル・セーフで防ぐようになっているべきだ。人間は必ずミスをするし、それでノーベル賞級の発見が出来る時もあるが、たいがいの場合は悲しい事故になり、当人たちが責められるだけで終わってしまう。そこから学ぶと言う事がない。
といって、昔私もこれと同じような事故に巻き込まれたことがある。外来であるお年よりに、一般的な循環改善薬である「ロコルナール」を処方したところ、数日後に再び来院。頭にでっかいタンコブを作っている。あれを飲むようになって眠気が強く体がふらふらし、倒れてばかりだという。薬を確認してみたら、なんと、「ロコルナール」ではなくて「ロヒプノール」が処方されていた。ロヒプノ-ルは睡眠導入剤で、昼間から三回も飲んでいたら脱力が来るのは当然だ。処方箋を調べるが、ちゃんと「ロコルナール」と書いてある、と自分には読める。私はむちゃくちゃ字がヘタクソなので、薬剤師さんが、判読に困って「ロヒプノール」と読んだらしい。精神科では睡眠導入剤の一種を抗てんかん薬として昼間から飲ませたりする事はあるので、勝手にそう解釈したようだ。電話で問い合わせてくれればいいと思うのだが、その病院は誰でも知っている全国展開の特殊法人で、やたらに官僚的で有名、しかも各部署の独立性を重んじるところ(といえば聞こえは良いが既存のやり方の先送りするだけ)で、院内では一種の治外法権部署であった精神科などとは連絡を取るまでもない、と判断したようだ。
MRさんに頼み込まれて、効きもしない事など判りきっている薬を足し、かつ読みにくい字を書いた私も悪いが、自社製品に皆同じような名前をつける製薬会社も困ったものだと思う。まして、薬物の管理は自分たちの仕事、と言って横の連絡をとろうともせず、一人勝手な判断で処方した薬剤師の責任もある。中途半端なプロ意識が妙な一人歩きをしてミスを招いた例だろう。
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2000/12/04 |
ネット内をうろうろしていたら、こんな会社のこんなサービスを見つけた。なんでもピラミッド・パワーをWebサイトに当てる事で、「少しでもサイト長持ちさせようという、まったくもって画期的&独善的な試みを行っている」のだそうだ。ここは一つご利益を分けてもらおうと、早速登録してきた。なにしろタダだから。人気抜群のこのサービスを受けることを希望するサイトはひきもきらず、いまや24サイトが順番待ち。ここが霊験あらたかなピラミッド型ディスプレイに表示され、パワーが注入されるのは、来年1月23日からの3日間。ぜひ効果を期待したいものだ。
なお、このサービスに対する「感謝の声」のページを見たら、「まだ報告されてません」とだけあった。
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2000/12/03 |
ワインの話が続いて恐縮なのだが、昨日買ったのは二本ともヌーボーだ。何年か前から、晩秋にボジョレー・ヌーボーを大騒ぎして飲むのがこの国の風物詩になっている。多分今なら「季語」、としても認められるのではないだろうか。青臭いばっかりで大してうまくもないのに、出始めには結構強気の値段がつく。あれに二千円以上出したら、「ワインなんて一生飲まなくてもいいや」という気分になること必定だろう。ワインブームの火付け役にはなったろうが、本当の意味での普及の足を思いっきり引っ張っているブランドと言える。
そう言いつつも、ワインと言うのは何がしかのスノビズムからは離れられないもので、年に一度は飲んでおかないといけないような気もする。都合のいいことに、ヌーボーは時間を置いたらまずくなるだけなので、今ごろになると、どっと値が下がったのが出てくる。と言うわけで私も、「二本千円」のワゴンセールで調達できたわけ。しかし、さすがにボジョレー・ヌーボーを二本も飲む気にはなれないので、もう一本は聞いたこともない産地の「シラー・ヌーボー」なる物を買った。
スパイシーで深みがあるとされるシラー種の絞りたては、粗さが強く、まるで自家製ブドウジュースの焼酎割だ。青臭さもつよく、子供のころよく野原で取って食べた「すかんぽ」の香りがする。結論として、我々の世代にはなんだか懐かしい味に仕上がっている怪品といって良い。これなら、ワインになじみのない酒好きにも結構いけるのではないか。料理は味の濃い、韓国焼肉とかチゲがいい。近所の酒屋の安売りで、「シラー・ヌーボー」なる品を見つけたらぜひ購入されたい(ただし、600円以下の場合に限る)。
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2000/12/02 |
土曜日は帰り道に、安売り酒屋によってワインを買ってくることにしている。多少贅沢なのを一本(と言って千円台を上回る事はありませんが)買い、数百円台の安売りを物色するのが楽しみ。南米産は最近ブランドになって、値段相応になってしまい、掘り出し物はめったにない。むしろローヌとかプロヴァンスものの安物に程々に飲めるものがあって、この前買った400円のカベルネ・ソービニオンは大当たり。でもすぐ売り切れ。客は正直だ。
その店にある数千円台以上のワインなど売れているのは見たことがなく、棚でただ劣化していく不良資産を眺めるのは忍びない。販売戦略の間違いを正せないのだろうか。半額以下で投売りすれば、こんなうまいものなのか、と見直す人はいっぱいいるだろうに。
その店には、目玉商品が「2本で千円」で売られているのだが、一本だけなら980円だったりする。レジに持っていくと、一本目はちゃんと980円と入力されるが、二本目は20円、となるようにプログラムされている。「20円の方だけでいいです」というベタなオヤジギャグ一度言ってみたいのだが、レジの女の子に思いっきりバカにされそうだ。
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2000/12/01 |
昨夜は当直で、最近ずっとヒマなことが多かったため、未読本など机の上に積み重ねて満を持していたところ、交通事故、脳梗塞、心不全と千客万来の夜になってしまった。みなたいしたことはなかったが、夜更けには自殺未遂まで担ぎ込まれる。瞳孔はピンポイントに縮瞳、徐脈、筋攣縮、唾液分泌高度で、肺水腫も起こしかけている。定型的有機リン製剤中毒、それも重症だ。気管挿管して、胃洗浄しつつ、メガドーズでアトロピンを放り込み、レスピレータに乗せる。結局、30アンプルぐらいアトロピンの乱れ打ちをして、ようやく状態は改善してくる。
この手の決まりきった、自分で何にも考えなくていい処置している限り、夜はすぐ過ぎて行ってくれて、ある意味では楽なものだ。それでもこういう患者の対応をしていると、昔、自分の判断の甘さで自殺企図に至った人のことを苦く思い出す。救急対応の手順など、決まった事をするだけだ。生きて苦悩する人と付き合う、と言うのが本当は一番きつい事なのだが、今はそういう立場からは逃げたところにいると思うと、ちょっと申し訳ないな、と言う気になる。
夜半にはかの患者は意識を取り戻し、朦朧状態で自己抜管をしてくれる。元気で結構な事だ。おかげで持ち込んだ「銃・病原菌・鉄」上下(草思社)は開く事もなく終わってしまった。「本」のほうは当面更新お預け。
えー、有機リン製剤で自殺企図した患者の処置中、「ユーキリンリン、ルリノイロー」と鼻歌を口づさむのは、かなり不謹慎と言われても仕方ないので、これからは気をつけます。⇒看護婦一同殿。
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2000/11/30 |
医学ネタではないが、久々に海外サイトからのパクリで「都市伝説」を更新。ちょっと最近堅くなったので、しばし息抜きということで。文語調で訳そうとしたので、自分の語彙の乏しさにあきれ果てました。
同僚がWindowsMeプリインストールマシンを買ってきて、設定を手伝ったのだが、私が職場で使っているマシンよりよっぽど速いCPUなのに、恐るべきトロさを示す。その上妙な常駐ものは山とあり、リソースは60%を切りそう。使いそうにないものは片っ端から捨てようとしたが、同僚の懇願にあってそのまま。こんなの、まともに使えぬようにして売っているとしかいえないぞ。サポートで稼ごうということか。
これをヒントに、またしても「やゆよ財団i-mode版」の真似を。
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マイクロソフト社は、今秋発売したWindowsMeの動作が鈍重であるというクレームにこたえ、このほど機能を限定したライトバージョンであるWindowsKeiを発売した。同社の元には「MeとKeiはセットだと思ったから両方買ってしまった」という苦情が殺到している。
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2000/11/29 |
昨日、腹立ちまぎれの私怨めいた事を書いてしまったので、照れ隠しの意味もかね、今後はここになるべく毎日、何か書くことにした。目標は自分や人を「フォースの暗黒面」にいざなわないような生活雑観(これがどういう事かと言うのはこちらを参照)。西条凡児が世相に小言言うようなものになってしまったら、ゴメン。
などと言いつつ、こんな苦言から。先日、小林桂樹が脳梗塞になった老医師に扮し、住み慣れた家を離れて息子のところで介護をうける、と言う内容のTVドラマがあった。予想どおりの悲喜こもごもなのだが、息子というのがもとは音楽家になりたかった電気技師と言う設定で、自分の設計した管球アンプを商品化するため、大手のメーカーを辞めて、小さな製作所に転職するというサブストーリーがあった。息子は妻と一緒に、自分の作ったアンプでプッチーニのアリアを聞くのだが、アナログ盤が回っている絵を見せながら、流れるのは中丸三千繪なのだ。彼女にアナログ盤などないのでは。仮にあったとしても、あそこではせめてカラスを使うべきだろう。プッチーニに仮託される親子の和解、といったドラマの流れがあれでは台無し(中丸三千繪は大好きなのですよ、私)。こんな些細なところが引っかかるのは老化の表れだろうか。考えてみれば、あと二〜三十回ほどもお正月迎えれば、自分もあの主人公と同じ運命になる可能性大だものな、演出家はそうやって老人問題を視聴者に身につまされるように目論んだのかな、なんて感じたり。あ、やはり「フォースの暗黒面」に…。
数日前、家の牡猫の小便が出なくなってしまい、予防注射目的以外でははじめて、動物病院を訪れた。バイトっぽい若い獣医がおもむろに猫の腹を押さえ、「うーん、出ませんねぇ。ちょっと預からせて下さい」。ここで詳しい説明を求めなんだのが、後になってみれば失敗。
翌日行くと、院長らしき獣医が応対。「導尿をしたが、尿道のつまりが激しい。しばらく入院続けるしかない」。猫はと見ると、大小便にまみれて薄汚れ、入院といっても、点滴突っ込んで狭いケージに閉じ込めているだけの様子。病名を問えば、「尿閉です」とぶっきらぼうに告げる。そりゃ小便が出ないのは尿閉だろうよ。漢字で言い換えただけでどうする。更に説明を求めると、渋い顔をして、猫に多いストロバイトというのがつまったと説明する。いったん導尿した後もまた尿閉になったと。
その説明の調子が今いち気に食わず、まして尿閉なのに持続導尿もせずに点滴しているのも解せず、家に連れ帰る事にした。それを告げると「連れ帰ってどうなっても責任もちませんよ」と、人間の医者の間ではいまや死語となった脅しの言葉。言うと思ったよ。あんたなら。
じゃあんた、ここにずっとクソまみれで置いておいて、何かあったら責任とると言うのか。出来もしない事言うんじゃない。人間医療業界の例でも引いて、思いっきり嫌味を言ってやろうと思ったが大人気ないので黙っていた。しかも退院時の勘定書きは6万弱。ほとんどボッタクリバーだ。
別の獣医と電話で相談し、持続導尿カテを留置してもらい自宅で経過を見ることにした。しかも、最初の獣医の導尿で尿道を傷つけられたらしく、大量の血尿が出る。はじめはストロバイトだったのだろうが、その後は凝血によるつまりの要素が大きいようだ。抗生剤に止血剤を加えてもらい(といって、人間でそんな薬効いたの見たこたぁないが)だんだん血尿は薄くはなっているが、時々つまるので生食でフラッシュせにゃならん、と言うのが現在の状況。
今回の経験で、獣医業界と言うのは、人間の医療業界が持っていた(今もだが)ゆがみをそのままコピーしている、と言うのを強く感じた。保険もないのに、「ペットのためなら言われるまま」という弱みにつけこんだ態度が傲慢だ。ペットは伴侶だとは言うものの、ダメならあきらめるしかなく、人間はそういう付き合いで命のはかなさを知ってきたのだ。たかが尿道のつまりぐらいなら何とかしてやリたいが、もったいぶって詳しい説明もせず、いいカモとばかりに濃厚治療するような獣医が多ければ、いやになって棄ててしまう飼い主が出てくるのも判る気がする。
こういう業界では、ノウハウの蓄積こそが大事なのはわかっており、、そういうものを尊重するのは吝かではないが、利用者がわに開示する気もないような、もったいぶりだけで守られる貧弱な専門知識などはクソ食らえであります。それはいままで医療業界がさんざんやってきた、お家芸ではあるのだが。
と言うわけで、今回は更新したわけではないが、軽く私怨モードでここだけ書き足し。
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2000/11/26 |
昨夜は昔の友人と都内で会って、食事。シャンパンではじめてワインを二本もあけてしもうた。帰りの中央線で寝込んでしまい、新宿東京間を二往復したぞ。財布すられなんだのが幸いじゃ。当然朝起きたら激烈頭痛。ううううう。
と、最近はまっている「ぺのぺの日記」風書きだし。二日酔いの中「都市伝説」を更新。真面目になりすぎてしまう路線から、何とかしてもとに戻さにゃいかんと思っているのですが。「血液型」のネタをついに使ってしまった、というのはかなり深刻なネタ詰まり。
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2000/11/20 |
「都市伝説」を追加。珍しくえらく真面目な内容になってしまった。本当はもっと具体的な例を書くつもりだったけれど、長くなりすぎたので今回は割愛。医療行為は本質的には人体実験でしかない、というのは医療批判でよく聞く主張だが、それは医師側にも、医療受給者側にも蔓延している神話だと私は思っている。そのあたりのことは、別の主題でゆっくり展開するつもり。
あるサイトで「朝立ち」について、こちらの記事などを引きながら、まだ納得できない部分があると書かれていた。それは「排尿すれば勃起がおさまる」ことがレム睡眠説では説明できないではないか、ということなのだが、そもそも「レム睡眠の時は勃起する」と言うのが観察された事実関係でしかなく、人を必然性をもって納得させるようなものではないので、仕方ないかもしれない。しかし、「排尿すれば勃起がおさまる」と感じておられるのは全くの間違いで、「勃起がおさまりつつあるから排尿できる」というのが真相だ、と言うことは強調しておいてもいいかもしれない。なかなか人は自分の持っていた論理以外のところで、自分の感覚を再構成するのは難しいものだ、ということだろうか。
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2000/11/13 |
サーバー側でトラブルがあったらしく、アップしていたファイルがごっそり消えてしまった。手元のファイルは再アップしたものの、CGIのログは余りちゃんと保存していなかったので、掲示板の最近のメッセージとか、サーチエンジン風リンクの9月以降の登録データは回復不能。こまめに保存しておくんだった。自分のPCはクラッシュしても「死と再生」の儀式だと居直れるが、人様のメッセージ消してしまっては言い訳不能。
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2000/11/11 |
このサイトが休止、閉鎖と思われるのもなんなので、「TV」と「料理」を更新。
今日は「電池の日」なのだという。十一月十一日がプラスマイナスプラスマイナスと読めるからだそうで、その根拠の貧弱さにおもわず絶句してしまう。「鮭の日」でもあるそうだ。これは「鮭」と言う漢字ののつくりからの発想。ちなみに11月1日は「犬の日」なのだそうで、これは「ワンワンワン」だからとか。なぜ「ワンワンワンワン」で今日が犬の日でないのかさっぱりわからん。
最近i-mode対応のサイトが増えているが、当方はとても無理なのでその気なし。購読しているメールマガジンでそれを意識しているらしいのがあるのだが、どうみても手抜きにしか見えない。今後もつまらん事だけ短文で送ってくるなら解除しようと思うのだが、その方法も記載されてないのはどういうつもりか。i-modeならいいかげんでいいと思っているのだろうか。今のところi-mode対応で面白いのは「痛みのハナゲ単位」の出所となったやゆよ記念財団だけと言っていいだろう。ちょっと真似してつくってみたのが以下のもの。
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石器発掘のでっち上げが判明した事件は各国の考古学界に深刻な影響を与えているが、ここエジプトでも例外ではない。先に日本のY教授が発見した「太陽の船」にも疑義がよせられ、ナイル河で貸しボート業を営む男性からの、「ボートが一そう紛失した」という訴えをカイロ警察当局は重視している。
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来春からのTVドラマ「水戸黄門」の主演に、石坂浩二の起用を決定したTBSは、「かげろうのお銀」役に、石坂と「何でも鑑定団」で共演している吉田真由子を抜擢すると発表した。黄門さまのピンチにも、「私関係ないもの」と知らぬ顔を決め込む新しい役作りが期待されている。
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やはり本家にはかなわないようで。
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2000/11/05 |
「都市伝説」「医学雑感」を追加。両方とも訪問者からの提案メールをもとにしたもの。もとの提案とはまるきり関係なくなってしまったのも両方同様。
もう一月近く前だが、精神科医の島成郎氏が亡くなられた。69歳だった。先日毎日新聞に、かっての同志だった政治評論家の森田実氏が追悼文を寄せておられたので、遅ればせながら触れることにした。
森田氏によれば、島氏はその人生の前半分を戦闘的な政治革命家として過ごし、残りの半分をヒューマニズムに基づく精神科臨床医として、その生を全うされたとある。当然、私は彼の前半分の人生にふれたことはない。しかし、70年代中旬、精神科医療の改革運動が盛んだったころ、その側面の片鱗にふれたことはある。彼の熱情あふれる演説には、反対派もヤジひとつ差し挟めなかった。世の中には、薄っぺらい一時的高揚などではなく、深い感動を通じて人を導く政治手腕というものがあるのだな、と感じ入ったものだ。
その後、彼が沖縄にその臨床の場を求める経緯、その後の活動については、彼に近しい人々から詳細に聞く機会があった。あれほどの能力と、強固な人格を持ってしても、精神科臨床では目に見えるような成果はそう上がるものではないのだな、といささか寂しく思い、彼なんかより圧倒的に腰が引けている自分などでは、日々これ無事が一番で行くしかないと、サボりのいい口実になったものだ。
彼の全速力の人生と、その早すぎる死を思うと、偉大な先達を持った誇りと敬意、自分を振り返った時の情けなさ、それにしても森田氏みたいに小ずるく立ち回って、もう少しうまい汁吸ってもよかったのに、という世間ずれした感慨が奇妙に入り混じるのを感じる。合掌。
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