更新日記
こちらも時々書いてます。
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2003/06/16 |
なんかまだまだ妙なところはあるのだけれど、あれだけ手間をかけて使わないのももったいないと、新規の記事はBlog版の方に書くことに決定。留守番日記のほうもそちらに統合することに。
表紙からのリンクもそちらに。
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2003/06/15 |
半日Movable TypeなるBlog作成ツール相手に悪戦苦闘するが、結局なんだか全然わからない。ページの体裁を作るためにはHTMLテンプレートを直接いじる必要があるし、ミバをつけるためにはスタイルシートもいろいろ工夫する必要があって、とても誰にでも出来るというようなシロモノではないのである。もしかすると完全に勘違いで、ちょちょいと編集メニューで変えられるのかも知れないが、少なくとも私にはその方法は発見できない。
マニュアルも日本語化されていないしね。解説サイトは数多いのだが、肝腎のところになると本家をみろと書いてあるのばっかりで、ごくごく普通の疑問は全然解決しない。なんか、Linuxのユーザコミュニティでよくお目にかかる、自力で解決できない奴は、これにさわるんじゃないという多少タカビー系の香りが漂うのである。まあ、昔々のマックユーザーにもそんな雰囲気はあったので、先進派を自覚する人には共通の態度なのかもしれない。それに、自分で問題解決できないような人間が、新し物かぶれなんかするな、というのは確かに正しいのだし。
もっともこちらのほうも、知識もないのに妙なjavaスクリプトを追加しようとしたりしてドツボにはまったので、素直にCGI日記として使うのなら、まことに便利なツールだとは思うのですよ。月末の面倒な手作業もいらんのだし。切り替えようか、このままでいこうか、ちょっと迷うところである。
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2003/06/14 |
こんな夢を見た。
たまには街はずれの公営プールのほうに行こうと、はるばる出かけるのである。今日は入場料が特別に1800円だといわれ、何でだと聞くと、今日はプールサイドで、フィッシャー・ディスカウの特別コンサートがあるのだとのこと。フィッシャー・ディスカウのコンサートが1800円ならえらくお徳ともいえるので、文句も言わずに支払うのである。
プールサイドに置かれたスタインウェイのピアノを見て、湿気は大丈夫なのかと心配しつつ、水着姿の観衆達に囲まれて、フィッシャー・ディスカウのコンサートは始まるのである。いかにも彼らしいレパートリーが何曲か紹介されたあと、彼が言うには、引退して久しぶりのコンサートなので、今日は特別に最近練習しているカウンターテナーの楽曲を披露するとのことで、アベ・マリアかなんかを歌いだすのである。
それがまたえらく上手で、なるほど、カウンターテナーってのはもともとバリトンの人が多いのだというのは本当なのだと関心してしまうのである。大歓声を受けたディスカウは、誰でも歌えるカウンターテナーの極意というのを教え始める。これを知っていればあなたも宴会の寵児だというのだが、まあ確かにそうかもしれない。
私の隣にいたオッサンが指名され、「オヤジでも歌えるオンブラマイフ」というのを、ディスカウに指導されるままに歌いだすのだが、これがまたやたらに見事なのである。世の中の人はオンブラマイフぐらいの歌詞とスコアぐらいは基本的素養として知っているのだな、自分が指名されたら大恥をかいていたなと、えらく心苦しい気分で目覚めたのであった。
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2003/06/13 |
blogというのがはやっているそうなので、ここの更新もそれで行こうかと、それ用では多数派であるらしい、MOVABLE TYPEというCGIをダウンロードして、いろいろいじくってみる。要は留守番日記に使っているようなCGI日記スクリプトをもっと高機能にした奴で、個々の日記の書き手と読み手をつないだ、ある種のコミュニティを作ることを意図しているようなものらしい。
しかし、私が使うとしてもコメント機能はオフにするだろうし、ブラウザから書き込めるというメリット以上のものは感じない。それに、テンプレートをうまくいじってコジャレたレイアウトに仕上げる自信もないので、使うかどうかは未定。
全然見当外れかもしれないが、こういう融合的なコミュニケーションの様式をみていると、A・クラークの「幼年期の終わり」を連想してしまうというのが正直なところ。
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2003/06/12 |
12チャンネルの「TVチャンピオン」で、漢字通の親子対抗戦というのをやっていた。逆転で優勝した母と息子チームのゼッケンをみていたら、母親のほうにはカッコづけで、子供とは別の苗字が書いてあった。漢字知識の戦いはそっちのけで妄想にはまり込む。(最後の20分ほど見てただけなので、はじめのほうで説明されていたのを見逃したのかも)
子供を漢字王に育てようと必死の母親。そんな妻に夫は苦言を呈する。普通の遊びだってやりたい年頃だ、少しは息抜きさせてもいいのでは。反駁する妻。なにを言っているの、一芸に秀でることが今の世の中では大事なの。忙しいというばっかりで、ろくに子供の教育も見ないで、気楽なこと言ってんじゃないわよ。
破局する夫婦。夫は親権にこだわり、子供を手放そうとしない。妻は妥協して、漢字教育だけは自分の責任下におくことを認めさせ、旧姓に戻る。かくて、週のうち何日か、母親の悲しい通い漢字教育の日々が始まる。そして、TVチャンピオン収録の日、二人の血の出るような研鑽の日々は報われるのである。
単に夫婦別姓を実行しておられるだけのことかも知れないので、なんともいえないんですけど。もっとも、私は夫婦別姓というのももう一つ主張としては理解できない。勝手に好きな姓を名乗らせろ、というならわかるんだが。
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2003/06/11 |
診療現場が変わりながらも、いろんな経緯で、もう10数年近く続けてみているおばあさん患者がいる。はじめは勤務先関連の特別養護老人ホームで、困った問題患者としてコンサルテーションされたのがきっかけだった。身勝手な要求と、身体的な所見を欠く訴えが頻発し、トラブルが絶えないので精神科関連病院に何とか移せないかというスタッフの意見だった。
40台半ばに初発し、その後3度ほど再発した脳血管障害のため、左半身に軽い運動障害があるのと、脳血管性と思われるパーキンソン症状がみられる。痴呆は目立たないものの、感情面での抑制欠如がおもな所見である。不安焦燥感もつよく、パニック発作様の心悸亢進や、もっと身体表現化した「内蔵がでんぐり返しになる」違和感を訴え始めると、それまで顧問だった精神科医から処方されていた抗不安剤を際限なく要求するという。見ると70になる人なのに、ジアゼパムが15mg/日処方されていて、その上に同量以上追加されることもあるそうだ。
初めて見たときはすでにジアゼパムでヘロへロになっていて、もつれる舌でスタッフやら顧問医の悪口を言い続けるだけだった。調子が悪くても、誰も返事もしてくれず、手元のものを投げつけたりするとやっときてくれる。「あんたのために働いているんじゃない」なんてイヤミをいいながら、いやいやながら薬をくれるのだと涙ながらに訴える。
こういう施設には珍しく、痴呆がほとんどなくて、かなり適切に反論できるのがまた職員には嫌われるらしい。「旦那と別れて、売春まがいの水商売をしてた」などと、職員からの陰口には事欠かない。軽うつ状態で、多少脱抑制もあって、ヒステリー性反応を起こしているのだろうと投薬を調整すると、かなり簡単に症状は落ち着く。身勝手は身勝手ながら、いわゆる強い女性の範疇であろうと思われた。
その後、多少の症状変動はありつつも、なんとかその施設には適応していたが、痴呆患者が多すぎて、話をする相手がいないのでさびしいと、新設されたばかりの軽費老人ホームに移ることになる。そのすぐ近くにある大学病院に紹介状を書いたのだが、ここでまた問題が。大学病院では、また抗不安剤だけの処方に戻ってしまったのである。多少多幸的ともいえる状態の人に、抗うつ剤を出しているのはおかしいと思ったのであろう。でもそれなら、なんで抗不安剤を出すんだろうね?パーキンソンを理由に、L-DOPAも大量にだされている。(L-DOPAは副作用も強いし、すぐ効かなくなってくるので、老人にはかなり慎重になる必要がある)
症状はすぐに昔の状態に逆戻りした。軽費老人ホームのほうも、こういう人では預かれないといいだす。しかたなく、本人の訴えもあって、2週にいちど、私の外来にはるばるタクシーにのって受診することになった。障害者手帳をその前にもらっていたので、何とか費用は出るのだ。
症状は再び落ち着き、ゆっくりと進行するパーキンソン症状と、そう他人を煩わせない程度の身体化症状程度で収まるようになった。意欲も戻ってきたので、そこそこのリハビリもやっている。今では週に一度くる一人息子と外出して食事するのと、多少ベンチャラではあるのだろうが、私の外来に来るのが楽しみな生活なのだという。以前精神症状が激しかったころは、施設側が息子を呼び出しては何とかしろといわれるので、何かと理由をつけて近づいてくれなかったそうな。
こう書いてくると、たまたま相性のよかった患者のハッピーケースレポートですかな、と言われてもしょうがないのだが、論点はむしろこれからなのである。先日、そのおばあさんが来院したとき、昔の写真を持ってきた。30代はじめのころ、夫と別れて、モデルとコンパニオンをやりながら息子を育てていたころの写真だという。海水浴にいったのだろう、子供と並んで、水着姿の若き日の本人が写っていた。
ひと目見て驚愕した。ちょっとオールドスタイルとはいえ、すごい美人なのである。原節子をもうちょっとバタ臭くした感じ。おもわず、「これがこうなっちゃったんですか?」としげしげと本人を眺めてしまったほど。50年近くの年月と複雑な病歴は、かすかな面影だけを残して、その美貌を全て奪っていた。
子供の手が離れたころから、次々に病気が重なって、病院や施設を転々とすることになり、一時は死んだほうがいいと思えたこともあったが、今は生きていて本当によかったと思っているのだと。「だって先生に会えたからね。病院ってとこは、ほんとにやなことばっかりだったんだけど、最後にこんなに幸せになれるとは思わなかった」と、コケットをたっぷり含んだ目で、じっと私を見るのである。
そのおばあさんに思わぬ功徳をほどこせた(のかどうかはわからないが、一応顧客サービス的には成功といえましょう)満足とはべつのチャンネルで、万物は流転するのだな、人の美醜なんてうつろうものに、何があってもとらわれたりしてはいけないのだと、深く自省と洞察を覚えるのであった。
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2003/06/10 |
今のうちに工事を依頼したら、本来2万何ぼかかる工事費がタダだというのに吊られて、Bフレッツの申し込みをしていたのだった。工事も無事に済み、早速光経由で継いで見るのだが、普通にウェブを見ている分には今までと何の変わりもない。むしろ、URLを入れた直後、DNSを引くところ(かどうかしらないが)で、カックンと途絶えたような感じになるような気もしないではない。
速度計測サイトにいって調べるのだが、一応20Mbpsぐらいは出ているのである。今までの数倍だ。大きいファイルを落としてみると、確かに速く落ちてきてくれるのである。相手が大手のサーバーならば。でも、普通のサイトではまったく同じ。ボトルネックは向こうにあるんだから、こりゃ仕方がありません。
CATVのほうをキャンセルするので、ほとんど月々の出費には変わりはないのだけれど、なんか無駄なことをしている感覚から自由になれないのでありました。ところで、工事に来たあのおにいちゃん3人分の人件費は、いったいどこからでるのだろう。
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2003/06/09 |
その後調べていくと、mabが語尾につくモノクローナル抗体は、抗がん剤だけでなくあらゆる分野に応用されていることを知った。血小板の凝集作用を調節するレセプター抗体であるアブシキシマブ(abciximab)だとか、インターロイキンレセプターを狙って免疫抑制を図るダシリツマブ(daclizumab)などなど。後者なんか、免疫作用で免疫抑制を図るのだから、発想の転換もいいところ。
そういえば、自分でも昔々、免疫組織化学なんてやってたんだよなぁ(成績が悪いのを研究室の手伝いで誤魔化してもらってただけ)。ネズミさんにある物質に対する抗体を作らせ、その抗体に標識物質をまぶして、顕微鏡標本と反応させ、物質の細胞内局在を画像化するような作業。細胞内の反応過程を、そこで重要な働きをする物質にたいする抗体をつくって直接コントロールするというのは、あとから聞けば当たり前なんだけど、ちょっと普通には出てこない発想ですな。
この発想がどんどん敷衍されると、ちょっと怖いことになりそうな予感もしないではない。神経伝達物質レセプターを直接コントロールする、微調整型の向精神病薬なんてのも出てきそう。
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2003/06/08 |
「 進行膵癌に対するベバシツマブ+ゲムシタビンの第2相試験で1年生存率53%、奏効率27% 」まことにすばらしいニュースではあるのだけれど、なんでこんなにややこしいというか、ほとんどランダムに文字を拾ってきたような名前の薬なんだろうか、というのが第一印象。
ゲムシタビン(gemcitabine)はまだわかりますがね。ベバシツマブ(bevacizumab)になると、まるでアフリカの呪術医がつかう薬草みたい。商品名はそれぞれジェムザールにアバスチンと、さすがまことにすっきりしております。ありがたみも多少なくなるけど。
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2003/06/07 |
BBCニュースより。英国ヨーク市の考古学資料センターの名物展示品である「バイキングのウンコの化石」が修復を要する状態になり、関係者を悩ませているそうである。問題の物件は20cmx5cmの大きさで、完全に石化しているそうであるが、資料貸し出しのさい、三つに割れてしまったのだという。その物件というのは、どうもこれらしいのだけれど、ここで感じる疑問が2点ほど。
そのウンコが、バイキングのものであることが何でわかったのかという点と、あれでも結構大きいのに、化石化する前はあの数倍であったと思われる点。バイキングはケツも丈夫だったんですかね。
なるほど、当然このパターンもありえますわな。いままで聞いた事が無かったのが不思議なほど。理屈としては、より信憑性の高い「くっついたカップル」の別バージョン。
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これはカナダのカルガリーで起こった出来事だ。ある夜、若いカップルが救急病院に運び込まれてきた。女性のほうは意識がなく、頭部に外傷を負っており、男性は陰部に重篤な傷害があった。彼らの受傷経過はこう想像された。二人は台所で夕食の準備をしていて、女性が−彼女にはてんかんの素因があった−男性にフェラチオを始めた。そして彼女は発作を起こし、男性のペニスに食い付いてしまったのである。男性は死に物狂いになって、レンジからフライパンをとり、彼女の頭を殴りつけて彼女を引き剥がそうとしたのだった。
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友人の友人が語るパターンはほかにも無数にあり、20世紀のはじめから語り継がれているものだという。けいれん発作を起こしたとき、アゴをかみこむ力はものすごいですものなぁ。ペニスみたいに軟弱なものなら、あっさり食いちぎられると思われるところがちょっとまずいところ。引用は例によってこちらから。
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2003/06/05 |
出版用原稿の大半を担当者に手渡す。それはいいのだが、かんじんの「題名」が決まらんのですわ。どなたかいい題名を思いつかれたら提案してほしい。いろいろ考えたら疲れ果ててしまったので、今日は早寝。
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2003/06/04 |
あちこちのニュースサイトで話題になっている、「5千米ドル以下で巡航ミサイルを作るプロジェクト」。インターネット上で調達可能な部品だけを使い、目標とする射程距離は最低160Km、搭載弾頭重量10kg、命中誤差100m以内のミサイルを作るとのこと。かなり小ぶりではあるのだが、実際に完成すればかなりのインパクトになると思われる。
これを計画しているのは49歳のNZ人技術者で、その目的は「国家に対して、この種の攻撃への準備が必要なことを理解してもらうこと」なのだそうだ。テロリストを利するのではないかという疑問に対しては、書いてあることは公開情報からえられることだけだと取り合わない。テロリストグループがその気になれば、専門家を雇って、もっとすごいことをやるさと、すましたもの。
実際に組みあがるところまで、日記形式で報告されるそうで、今のところ第一段階の、部品調達の部分が公開されている。個人で作るには少々値が張るが、興味のある方はぜひ組み立ててみられれば?メールで個人情報を登録しておけば、かなり詳しい部品調達法とか、作り方ノウハウを教えてもらえるようだ。
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2003/06/03 |
出版用記事の書き直し、いよいよ最後に残していた数項目だけで終わりになる、と思ったら急にやる気がなくなってしまった。
データの取り直しをしないといけないのと、結論への持って行き方がまるっきり牽強付会であるのに気づいたのと、全仏オープンとジロをザッピングしながら見なければならないのと、まあとにかく差し当たっての障害はかなり大きいものの、一晩必死になれば何とかなるだろうという、見切り口実がついてしまったのがいかん。
ちゃんと仕上げて、さらに推敲を重ねるというような、謙虚な態度がどこにもないものね。これに限らず、いつもその場限りのごまかしばかりの人生であったななどと、プチ荷降ろし抑うつを呈する初夏の夕暮れである。
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2003/06/02 |
2週間以上遅れてジロ・デ・イタリアを見ているわけなんだけど、やっぱり映像で見るレースはなかなかのもの。二日目のMcEwenの進路妨害事件なるものもじっくり見てみるが、なんであれが反則なんだと思うばかり。
なんか、世の中意味不明にカマトト化してないか?順位を下げられたMcEwenは「イタリア人を勝たせるための陰謀」みたいな言い方して、レース主催者からお目玉くらったらしいが、その気持ちもわかる。あれが駄目なら、大概のゴールスプリントでの動きはほとんど違法になりそう。あそこで進路妨害されたという選手のほうが未熟としか思えない。
現にMcEwenはそのあとくさらずにトップを取っているが、一位になったBaldatoはこの時だけの一発屋である。まあ、ちゃんと完走していますけどね。ところで、McEwenってどう発音するんだったっけ。聞いていたのに忘れてしまった。Petacchiはペタッキらしいが、スコットランド系とはいえ、英語圏の名前も読めないので情けない。
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2003/06/01 |
原稿書き直しもほぼ終わり、ちょっとした言い訳さえ添付すれば、なんとか明日中に義理が果たせそうな雲行きである。記事の選択にはまだ多少の修正があると思われるものの、大枠はこれで決まりであろう。
ちょっと昔の記事になると、資料につかったサイトが消えていたり、検索結果が全然違ったりするのがめだったが、出来る限り今でも通用するものに変えたつもり。本になったら消えてしまうサイトが多いという話だが、本といっても一部を抜き出しただけのものなので、サイト更新をやめる口実にはなりそうにもない。
追い詰められたときほど余計なことをしたくなるもので、恒例のファイル移動も済ませておく。