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更新日記(2001年1月から2月まで)

 2001/2/28

もう2月が終わってしまった。すぐに春がきて夏が過ぎ、秋冬もよせてはかえし、暮れだ正月だ、ということになるのだろうな。月日は百代の過客、とはよく言ったものだ。そう不自由もなく季節の変化を味わっていられるのも、今のうちだろう。過ぎ行く今を、せいいっぱい感じ取るようにしよう。などと、妙に感傷的になる今日この頃。

 2001/2/27

ほぼ回復した、と思っていたが、どうも今ひとつはっきりしない。食い物の味が戻ってこず、塩っ辛さとか刺激系の味がまとまりなく感じられるだけ、という変な具合。さっさと寝たほうがいい様子。

 2001/2/26

精神科医というのは、人様の人権にかかわる仕事をすることが多く、「精神保健指定医」という一種の専門医制度みたいなものがあって、その資格をもっていないと、強制入院とか、保護室への隔離といったことは決定できないようになっている。専門医、といっても昔は数年以上仕事をしていれば自動的に取れるようなものだったが、最近は結構うるさいことを言うらしい。しかも、今度の病院がある県では、その資格を持っていて、なおかつ県から委嘱されていないと、措置入院鑑定などの県知事権限事項にはかかわれなくなっているらしい。

それで新規委嘱をするので、履歴書を出せという。学歴はなんと小学校から書けとのこと。「学部、専攻科目」などとも書いてあるので、なにかおちょくりを書いてやろうかと思ったがバカバカしいので、(略)ですませ、最終学歴だけ書いておく。これでダメだとお役人が言うなら、つまらん仕事しなくていいだけのこと。おまけに、本籍地市町村長が発行する身分証明書もだせ、ともある。私の場合、本籍地ったって暮らしたこともなく、戸籍が登録されてるだけのところが、形式的に出す証明書で何のチェックができると思っているんだろう。医師免許とか、運転免許とか、もっと具体的なチェックをしたほうが意味あるだろうに。

役人連中の考えることは、ホント、わからん。

 2001/2/25

かなり体調は回復したものの、まだ頭がぼんやりしていていけません。今回は空咳が先行して普通の風邪症状が後からくる、という特異な経過だった。CVAだと早とちりしなくて本当にラッキー。

今のところ、しつこいセキにステロイド吸入、というような治療は一般化していないが(多分)、これが広まるととんでもない医療ミスが頻発するのではないかと、ちょっと心配したりする。

 2001/2/24

なぜかまた筋肉痛、鼻水などの症状がぶり返してしまい、ステロイド吸入でセキを止めておしまい、と言う状況ではなくなってしまった。こういうときに必要なのは、ひたすら睡眠をとること。土日に重なるのがなんだな、どうも。

 2001/2/23

コンコンコンコン、とキツネ化しつつ「都市伝説」を更新。重くなるのでスカンのだけれど、画像を三枚ほど入れた。八百屋お七の病跡学的ヨタ話になるはずが、セキにさえぎられ、なんだかさっぱりまとまらない。基本的には三枚目の画像からくる感覚を言語化したかった、ということなんですが。

 2001/2/22

カゼが治りましぇ-ん。というか、妙な咳ばかりが残ってしまったので、どうも持病であるゼンソクが誘発されたらしい。"cough variant asthma"という、公式的日本語医学用語でどう訳すのか知らん#タイプなのだが、前にひどく続いた時はそれに気づかず(というより、そんなもん知らなんだ)、普通の軽い気管支炎だと思って対応し、えらく往生した。この咳もほっとけば二ヶ月以上は続くだろう。

#いま検索してみたら「異型喘息とか潜伏性喘息、あるいは咳喘息などと呼ばれてい」るそうだ。今ひとつ工夫がありませんな。

普通のテオフィリン系とか、β刺激剤をすすめる人もいるが、時間の無駄。こいつにはステロイド剤の吸入しかないのですな。良心的内科医なら眉をひそめる治療選択だが、ほんとに一発である。もちろん、きっちり検査して、感染症などを除外診断しておかないと大変な目にあうので、止まらない咳もちの人が、なんでもかんでもこれをやろうとするのはダメですが。

それと、咳に苦しみながらこのページをよく眺めたら、西暦年数が全部20001になっていた。全然気づきませんでしたわ。

 2001/2/21

この20年ぐらい、カゼなど引いたことがなく、寝込だりするのは、せいぜい二日酔いのときぐらいだったのに、久々にカゼっぽい。今までのように、不特定多数の風邪っぴきの人たちと、しょっちゅう顔つき合わせている仕事内容から、精神科専門医に戻ってしまったのが原因に違いない。ほどほどにいろんなウイルスと接しておくのは、健康の秘訣のようで、こちらでも、一般内科の外来を持たせてもらったほうがいいようだ。

というわけで、今日は早々と床につくことに。更新のほうが放りっぱなしだが、体調回復までしばしお休み。

 2001/2/20

昨日「グレコローマンかたぎ」について失礼なことを書いたら、早速管理者のそねさんより直メールが届いた。あの名称は公募できまり、意味は私の考えたような守りの姿勢ではなく、制限があってもガンガン攻めまくる姿勢への期待なのだそうだ。ご無礼は平にご容赦のほどを。あしたに礼拝、夕べに感謝、の心もちでチェックさせていただいておりますです。

しかし、こういうパワーと含蓄にあふれたサイト名を前にすると、このサイト名の工夫のなさが際立つな。始めは「おやじプレコックス固め」とか、「ムスクルス・ステルノクレイド・マストイデウス」とかの、ややこしいのを考えたんだけれど、何の事かわからないのではいけない、と妙に啓蒙主義的側面の強い名称になってしまった。いまさら変えようはありません。

 2001/2/19

ここのコーナーを毎日更新しようと決心した時、いわゆる「ダメ人間日記」だけにはならないようにしよう、と思っていたのだが、ネタがないときには自己憐憫に逃げる、というのは実に魅惑的な方法であることを実感している。しばしばそちらの方向に逸脱しかけているのは、ご覧になっているとおり。

でも、最近こちらのサイトなどを読まさせてもらっていると、ダメダメ自己憐憫を通り抜け、フォースの暗黒面などもののかは、そのままブラックホールに落ち込んで、ホワイトホール経由で天上界に通じているかのようないさぎよさまで感じる。よきかな、道をきわめること、である。そういえば、ぺのぺの日記なんかもそう言うパワーがあるなぁ。

ところで「グレコローマン」というと、「たとえ心はすさんでいても、下半身だけには手を触れさせない、ロマンチックな乙女心」というギャグを大橋巨泉が30年以上前に言っていたが、それを意識しておられるのだろうか。メールで聞くのも恥ずかしいので、人づてにでも伝わって、返答いただけることがあれば僥倖としたいものだ。

 2001/2/18

一日だらだらと過ごし、夕方スポーツジムに行っただけで、エネルギーレベルは0に。帰りに酒屋に寄ったら、ベルギーの修道院ビール「シメイ」の大瓶を売っていた。早速ぐだぐだと飲み始めてしまう。ワインは食いモノとコミでないとどうしようもないものだが、ビールはこれだけでも飲める、という利点がある。シメイの場合、枝豆は合わんしなぁ。

このビール、アルコール分10%近いので、すぐに酔っ払ってしまうが、飲み残してなるものかと必死の努力で完飲。飲みながらテレビ朝日で韓国映画「シュリ」を見るが、酔っ払った頭には登場人物の区別がつかず、なんだか全然判らない。情報部員の主人公とその相棒、似すぎてますよ、あれ。メガネとほくろでしか区別つかん。しかも、すぐ主人公はメガネはずしてしまうのね。女優はみんなキョンキョン系の顔で、一番はじめに出てきた工作員、主人公の恋人と同じ顔してるな、と思っていたら、やっぱり同一人物だ、というオチにもならぬオチ。

多少金をかけた「キーハンター」か「Gメン75」という印象で、さっぱり面白くもなかったのですが、これはすべてシメイのせいなのだということにしておきましょう。

 2001/2/17

一昨日の続き。

春の海 ヒメネスのたり のたりかな

バネストの山岳スペシャリストとして知られるヒメネスも、海沿いコースではさっぱりである、という意味。

お住まいは? 生まれたときから ツキディデス

アテネの歴史家、ツキディデスに住所を聞いた様子を句にしたもの。季語もなく、日常会話を切り取った雑詠であるが、歴史の重みを感じさせる。

マラルメは スルメのペニスじゃ ありません

十九世紀末に絶大な人気を誇った詩人、マラルメも、今は知る人も少ない。中にはまったくの誤解をしている人までいる。諸行無常であることよなぁ、という意味。季語はスルメ。

 2001/2/16

新職場にいままでのPCを持ち込んだのはいいが、ISDN接続しかなく、しかもTAのドライバがチップセットと相性がわるいようで、しばしばSTOP ERROR 0x000000D1Aなんとか、などというまがまがしい画面になってしまう。そこで安売りマザーに換装してみたら、またまた起動しなくなった。仕方なくインストールしなおし。ドキュメントとか、このサイトのファイルなんかはネット上にセーブしてあるが、たいがいのアプリケーション類は全部再インストールせにゃならん。

ある程度回復させたところで、マイコンピュータを見てみれば、なぜかブートドライブがE:になっているので、レジストリをいじったのが大間違い、どないにもならなくなり、またはじめからやり直し。結局、丸一日をPCの手当てで過ごしてしまった。これはつまり、ほかに仕事がない、と言うことですわ。

しかも、いまもブートドライブはE:なんだな、これが。

 2001/2/15

例の殊能将之ミステリィに出てきたような、バカ俳句を苦吟しつづけているのだが、さっぱり気の効いたのが出来ない。今のところはこういうのだけ。

モナドでは ファンヒーターは 使えません

解説:モナドには窓がない、というライプニッツの定義から言えば、そこで換気の必要なファンヒーターを使うのは危険である。季語:ファンヒーター。

仏の座 スピノザで妻の座 危うけり

解説:仏の座がはえてくる春になって、スピノザなんか一生懸命読んでいたら、現在の男性優位社会においては、主婦としては認められにくい。季語:仏の座。仏の座とスピノザ、妻の座がかもしだす、音韻連関が見事である。

ぐりとぐら アリストテレス じゅんとネネ

解説:子供の頃読んでいた本の主人公たちも、歴史上の人物も、昔のアイドルたちも、みな忘れ去られていくばかりなのだなぁ。季語:なし。「と」で対比的に提示される名詞群のかもしだす、音韻連関が(略)

 2001/2/14

近所の安売り酒屋に、バレンタインディ狙いなのだろうが、カロン・セギュールの97年ものが山ほど積み上げられていた。しかも三千円ちょっと、という破格値である。これは相場から言うと妙に安いという意味と、自分が買うワインとしては無茶高い、という両方の意味で破格、ということだ。

地下にしつらえたセラーにおいて、ゆっくり熟成させて飲む、なんてことはするはずもなく(やりたくても地下室がない)、せいぜい早めに栓をあけて、空気に触れさせておくが、やはり若すぎるというか、スカスカというほうが当たっている。香りだけはかぐわしいんですけどねぇ。酒そのものには強くない女性をナンパするためのワイン、ってとこなんかしら。少なくとも、高い金出すなら、ガツンとこたえるボディがないとダメ、というような田舎ものにはすすめられません。

でも、カロンってのはローマ時代の小船の事だとか、セギュール伯爵がどうしたとか、マダム・ポンパドゥールが気に入ったとか、やたらにウンチクだけは並べられる設定なので、ナンパ状況にはホント、適当だと思いますな。しかし、家で飲む分には大後悔。いつもの三本千円なら、一ダース近く買えたのに。ほとんど泣きそう。

 2001/2/13

ハワイ沖の、原潜・高校実習船衝突沈没事故は、いたましい悲劇だとは思うのだけれど、不謹慎な私は、「二十隻近くがハワイ沖で実習活動をしている」という事実に驚愕してしまった。なにより、水産高校(もしくは高校の水産科)が全国に四十七校もある、というのにびっくりである。四十七校というからには、都道府県別に一校ずつなのだろうな、と思ったが、岐阜や山梨に水産高校があるとも思えない。「埼玉には海もないのに水産高校があるんだって?」という東京人に「お前のところには**高校があるじゃないか」と答えるジョークを考えたが、肝腎の**部分が思いつかない。中途半端ですいません。

ここはネットを活用すべきであろう。すると検索一発、「各水産高校ホームページ紹介」というページが見つかる。それを見ると、海のない奈良、滋賀、岐阜、長野、山梨、群馬、埼玉にはやはり水産高校はない。しかし、広島、岡山、大阪、和歌山も水産高校がないのだ。和歌山なんか、捕鯨科があってもよさそうなのに。また、栃木にはちゃんと水産科のある高校がある。ただしここは淡水の栽培漁業を中心に学ぶらしく、遠洋実習などはしないようだ。

なんかえらい物知りになったようで、いい気分だったのだけれど、事故に巻き込まれた宇和島水産高校のサイトに急遽作られた、仲間たちの無事を祈るページを見て、柄になくしんみりしてしまった。

春を追い 漕ぎつづけておれ 若き水夫(かこ)

 2001/2/12

きのう予告した、「皇室ネタ」を書いてしまった。なんか冷や汗びっしょりである。更新間隔が開いているので、いろんなサイトをネタ探しで訪問してみたら、昔某所で読んだ事のある文章とおなじものを発見した、という次第。すでにネット公表されているからよかろう、という逃げの姿勢が情けない。考察のほうもお粗末ですんません。

 2001/2/11

「建国の日」らしいので皇室ものを、というわけでもないが、「大正天皇」(朝日選書:原 武史 著)を読む。都市伝説化している「詔勅遠眼鏡事件」でしか知られぬ、影の薄い天皇とされているが、実際はリベラルな才人で、明治期にほぼ確立された国家主義と、下からの超国家主義(それをファシズムと簡単にまとめては間違いなのだろうけれど)の勃興に板ばさみになり、政治的に抹殺された気の毒な君主、というのが実像だったようだ。精神医学的な観点からもなかなか面白いので、もう少し調べて、そのうちまとめてみたいと思う。

皇室ネタといえば、数年以上前から、ある大ネタを得てはいるのだが、さすがの私にも公表する勇気がない。サイト閉鎖するしかない、というような状況になったらアップするかも。個人的には、皇室への敬愛の念ますます高まる、臣民必読のネタだと思っているのですけれどねぇ。

 2001/2/10

過日の大雪もあり、風もまだ冷たいが、日差しは確実に春のものとなりつつある。そんな陽気を感じてか、帰宅する道中、オープントップにして、仲むつまじく絡み合うカップルの乗ったスポーツカーの後ろについて走る栄誉に恵まれた。ああして、自分たちをショウアップする勇気、というのはなかなか日本文化ではお眼にかからないものだ。その資質に多少恵まれないカップルであったからといって、文句をいうような親父くさい真似はしたくない。前に電車の中で派手にネッキングする高校生カップルを見たときは、むしろ感動したぐらいなのだから。

彼らを見ていて、思いついたジョークの一部。

「車のくせに屋根もないとは不届き千番。貴様のようなものにはこれが似合いじゃ。ささ、この幌でもカブリオレ!」

 2001/2/9

昨日の「美濃牛」だが、とにかく感服したところがこれ。ストーリーとはほとんど無関係に(と言って、伏線になっているのだが)、アリスの「マッド・ティーパーティー」を意識したような「句会」が開かれる場面がある。探偵役がそこで披露する一句。

「アクィナスを 嫁によませちゃ いけません」

「アクィナスの『神学大全』を嫁に読ませると、カトリックになってしまって、離婚するのが大変」という意だそうだ。季語は「秋茄子」なのだと。こういうのばっかりだったらいいのにねぇ。

これは真似せねばならんだろう。うーん、いい人名はないかと、三時間も考えた結果がこれ。

「馬刺し喰い 気分はシベリアの バクーニン」

この意は「半分凍ったような薄っぺらい馬刺しを食わされ、シベリア流刑時代のバクーニンの気持ちになったことだなあ。そういえばバクーニンは馬喰う人とも書けるなぁ」という詠嘆である。あまりに出来が悪いので、今後もしばしば再挑戦してみたい。

 2001/2/8

年に4〜5回、むしょうにミステリとかSFが読みたくなる事があり、とくに今のように、新しい環境に慣れないといけないが、差し当たってすることもなし、という状況ではとりわけそういう欲求が強くなる。仕事時間に読んでるわけ、まことにすんません。これで常時接続さえあれば、本なんか読まずにすごすのですが。余計いかんか。

本屋で評論系の本何冊かと一緒に、ミステリ、SF数冊を買ってくる。最近、殊能将之というミステリ作家が注目を集めている、という話なので、探してみるが二作目の「美濃牛」というのしか見つからない。

読後感。ま、勉強家で、ギャグの好きな作家らしい。しかし、見ず知らずの人に、ちょっとうまいワイン代にはなる金をふんだくるようなものではないぞ。狙いはよくわかるだけに、ますます脱力感にとらわれる。数年はハードボイルドもの以外のミステリは読まないだろうな、これで。

でも、好きな人は好きなんだろうな、こういうの。もっと意識的に「お笑い本格」というジャンルを追求してくれたら、ファンになろうかな。基本的な、「お笑い」への執着、というのは京極夏彦にも感じるが、なんで連中はそれをもっと展開しないのだろうか。

 2001/2/7

マイペースには自信がある私だったが、この歳で新しい環境に慣れるのはなかなか大変だ。おまけにシトシト不景気な冷たい雨まで降りつづく。

雨も元気に降っていると、ワハハ、雨じゃ雨じゃ、万物これで皆すくすく育って言う事なし、とポジティブになれるものだ。頭の中に自然と、「シンギング・イン・レイン」とか「雨にぬれても」みたいなアッパーなBGMが流れてくるし。それがこんな雪混じりの情けない雨では、橋幸夫の「江梨子」になってしまう。あの歌、なんかありもしないトラウマをほじくりだしてくるようで、ますますいけません。こりゃ「認知療法」の適応かな。

 2001/2/6

変な行きがかりでとんでもない思い込みをすることはあるものだが、最近判明したのはこれ。

居酒屋チェーンらしい「漁民」というのを電車の窓などから見ることがあったが、あれを私は「ぎょみん」と読むのだと思っていた。なるほど、水産系採集生活文化を主張しているつもりなんだな。海の幸を中心にしたメニューが一杯あるんだろう。壁には青木繁の絵がかかっているのか。当然、農耕文化系の料理をだす姉妹チェーンがあるに違いない。その名前はもちろん「農民」に決まってる。

本当にそう思っていたのだ。「うおたみ」なのね。なんかがっかりだ。

 2001/2/5

「掲示板」のほうで書き込みして、ちょっと元記事を確認してから、と思って移動したら、なぜか元の書き込みが全部消えてしまいもう一度同じ事をするのはきつくなってしまった。戸利(仮称) さん、すんませんね。

近所の安売り酒屋で「フォリ・ア・ドゥ」という、カリフォルニアのワイナリーのワインを売っていたので、普段買う価格帯を大きく上にはずれていたにもかかわらず、買ってしまった。昔の友人とまた食事する機会があったので、あいそなしも何なので、それを持っていく。カベルネ・ソービニオン96年、ちょっと若い、などと言うほどのものではないはず。

ひとくちめは濃厚な甘口、と思えるが、カカオとタバコ、ホップを思わせる苦渋系の口残りが特長だ。この値段(3000円弱)なら、まあ許せるか(適正価格は2000円と言うところだけど)。フォリ・ア・ドゥに関してはこちらを参照。ワイナリーのオーナーは精神科医らししい。ラベルの図柄は、どう見てもロールシャッハテストの図版からパクったものだが、ここなどにはつまらんウソが書いてある。こういうごまかしがまかり通るというのが、訴訟文化とは言いつつ、アホばっかりが寄り集まる、かの地の文化程度が知られるものだ。株なんかが好きな人、アメ公連中からは距離置いたほうが良いよ。

 2001/2/4

考えてみれば、慢性化した精神疾患=不幸と決め付けてしまうのはいけませんな。人間、どんな状況でもそれなりに喜びと悲しみを感じながら暮しているもので、精神病院で人生の大半を過ごす事を、そのまま悲惨と思うのは、非当事者の勝手な思い込みかもしれない。もちろん、住環境が良いに越した事がないのは当然だけれど。

 2001/2/3

「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」

トルストイの小説「アンナ・カレーニナ」の書き出しの部分なのだそうだ。読んだことはなく、当然孫引きである。幸福は類型的だが、不幸はいろんな事情からやってくる、という事なのだろうか。精神病院でまた働き始めて、ある種の不幸の集積体と接するようになると、この言葉に真実味を感じなくなる。不幸とはなんとどれも似たものなのだろう、と思ってしまう。もちろん、類型としてとらえているだけではどうなるものではなく、そこに個別性、特殊性をどう見出すのか、が次の問題なのは判っているつもりだが。

いわゆる「狂気のロマンチシズム」みたいなものに幻想をもって精神医学領域に興味を抱く人は、まず必ずこの「類型的な不幸の群れ」に毒気を抜かれてしまうものだ。そこで踏みとどまれるかどうかが、この業界で暮していけるかどうかを決める。ほとんどの精神科医師は、患者処遇の問題として、病棟の改善、医療体制の改革を推し進める、という立場で、類型化された不幸を解きほぐせると信じるものだが、この歳になると、なかなかそう単純なものではない、という感覚が先立ってしまう。若い医師からみれば、思いっきりやる気のない態度、と思われても仕方がないかも。

 2001/2/2

新職場での初めての当直だったので、日付どおりの更新が出来なかった。今度の職場には今のところISDNによる接続しかなく、それでもFTPのIDとパスワードを覚えておけば簡単な更新ぐらい出来たのだけれど、当然そんなものはドロナワが身上の私としては準備しているはずもない。

前の職場に置きっぱなしのPCを担いでいくにせよ、TAってのは一台しかPCがつなげないだろうし、どうすりゃいいんだろう。さっぱり判らん。便利な環境というのは明らかに人間を退化させますな。

 2001/2/1

このファイルはそう大きくもないので、2月分もそのまま書き継ぐことにした。新しい職場でいささか疲れ、ごちゃごちゃと操作するのがめんどくさい、というのが最大の理由。

疲れた理由の最大のものは、せめて一日目ぐらいは、とネクタイなんか締めていったのが原因。明日からはまた、処置着スタイルに戻そう。あれで、ニューヨークヤンキースの野球帽かぶったら、体型さえ無視すれば気分は完全にアメリカン。田園風景には似合わないが、まあいいじゃないか。疲れるよりはまし。

 2001/1/31

いまの職場とは今日でお別れというわけで、本当はまだ週に2回は来るのだけれど、ささやかな宴を開いてくれるそうなので、「本人は会費が要らない」というメリットのみにつられて出席することに。

飲み会の後では更新出来そうにないので、これだけでおしまい。

 2001/1/30

昨日書いたことを、今読み返すとどうも妙だな。なんであの程度のことをカリカリと告発せにゃならん。どうも最近、運動直後とか、drowsy状況で書くことに変な力が入っていることが多い。ボケのはじまりかな。どうせバクチの入門記事なんだから、デタラメであろうが後でいちいちフォローしないのは当然だよね。あんた、あんな記事にだまされて泣いたからって、そりゃ自己責任でっせ、という大人の態度を示しているのだから、それをごちゃごちゃ言う事はありませんでした。ゴメンなさい、これからも毎日新聞とり続けますので、関係者はお怒りにならないよう。

「都市伝説」を追加。いかん、まったく簡潔にならない。どうもピック系の痴呆が始まっているらしい。

 2001/1/29

毎日新聞の金曜と土曜の夕刊に競馬欄があって、競馬そのものには興味はないのに、結構愛読している事は以前書いたとおり。そこでは予想なども程々に書かれてるのだけれど、その結果はどんなものなのだろう、と思ったら、少なくとも日曜の朝刊には土曜レースの結果はまったく書かれていないのに気づいた。月曜朝刊を目を皿のようにして調べてみると、スポーツ欄の片隅に、前日の京都競馬最終レースの結果だけが何の解説も抜きに、着順と配当だけ数行かかれていた。

前日の記事には別のレースを予想解説したものもあったはずで、なんでこのレースだけを選んで、こんなそっけない扱いするのかさっぱりわからない。実際に馬券を買うような連中は専門誌を買うから、いちいち書く必要ない、と思っているとしたら、前日の競馬欄は何のためにあるのだ。競馬マニアとか、JRAなどの利権団体への追随だけではないか。健全なスポーツとして競馬を広めるつもりなら、自分の記事へのフォローぐらいしたらどうか。つぶれる寸前だからきれい事はいってられない、ってのが本心だろうが、それにしてもやり方はあるはず。

朝日の偽善、読売の権力すりより、ってのも見たくないが、毎日のこの見識のなさは、多少自覚しないといかんと思うよ。最近はスカスカの、まるで正月のお決まり特集みたいな記事ばかりだし。鳥越俊太郎サン(はて、牧太郎だったっけ)、なんとか出来ないのかね。サンケイとるぞ、しまいには。

 2001/1/28

WOWWOWで「海の上のピアニスト」をみる。生の世界は無限だから、神でないとすべてに触れ得ない、という理屈で死を選ぶオタクピアニストの話である。人が無限の存在であるわけはなく、そいつらが作った都市だって無限であるわけはない。閉じられた時間の中で、限りある生を生きる、てのは当たり前だろう。そこいらがわからん奴とは付き合いようがない、と突き放してはいかんのかな。私なら、こんなのが患者で来たって、思い上がりなさんな、で済ましそう。

この監督はたしか「ニューシネマパラダイス」を撮っていたはずだが、肝腎のところで決定的な疑問を観客に抱かせる、という致命的欠陥があるように思う。「ニューシネマ…」の時は、あの映画館に一台しか映写機がなかったこと。最近ならいざ知らず、昔の映画館では二台の映写機を交互に使って、何巻にも分かれたフィルムを映写していたはず。この映画の場合は、解体される事になって、ライフラインもない船の中で、燕尾服なんか着込んだピアニストがどうやって生き延びていたのか、もちょっと納得させてくれないと、バカバカしいおとぎ話にしかならんぞ。

でも音楽はよかったな。最後のタイトルロール、フィリッパ・ジョルダーノの歌を使ってたら泣いてしまうところ。これ以上しつこく書きふくらましようがなかったので、「本、TV」の更新はなし。

 2001/1/27

大雪である。そのうち雨になるという予想にもかかわらず、雪は降り続け、太郎の屋根にも、次郎の屋根にも雪は降りつむ。チェーンを巻くほどでもないが、普通に走るには不安、という道路状況の中、四輪ドリフトを駆使して帰還。途中、スタックした車のために渋滞に巻き込まれつつ考えた、「やゆよ財団」風ネタ。

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関東甲信越地方は27日未明から広い範囲で雪模様となった。都心部でも数センチ以上の積雪がみられ、この冬一番の積雪となった。TV報道関係者は、「関西の大雪の時のように、カメラの前でお約束のようにコケてくれる人がいないから、いいニュース映像がとれない」と異口同音に訴えている。

 2001/1/26

「オイ、お前、ちょっとここに座んなさい。まえに『ジョンカラノテガミ』が来た時にさんざん意見したよね。父さん、毛唐なんぞにこの家の敷居はまたがせないって。それなのに何かい、今度は『パブロカラノテガミ』かい。父さん、ラテン系ってのが一番嫌いだってのは知ってるだろ。死んだ母さんも言ってたもんだ。孫に『コイノボリ』買ってやる日はいつだろうかねって。そんな私らの気も知らないで、お前って奴は…。」

27日、東京競馬9R8枠「コイノボリ」、10R2枠「パブロカラノテガミ」。無印です。

 2001/1/25

仙台の「点滴殺人未遂事件」にかんして、容疑者が全面的に否認していると報道されている。たしか当初、「犯行をほのめかしている」というような報道がされていたので、海外の類似事件などの類推から無責任に意見を書いてしまったが、ちょっと慎重になる必要があるようだ。

でも、弁護団の主張には少々肯きがたい所もある。嫌疑に覚えがなければ覚えがないでいいはずで、「筋弛緩剤は呼吸管理していれば死なないから、殺人未遂はおかしい」と言うのは屁理屈だろう。銃で撃とうが毒を飲まそうが、「すぐに適切な医療をしていれば助かったから、殺人ではない」と言うのと同じだと思うのだけれども。

いずれにせよ、容疑者とされる人はわざわざ自分に不利なことをいう義務もないのだから、潔白を主張するなら堂々とつらぬいてほしい。この事件は、解明する側に豊かな想像力が必要だと私は思う。チグハグなストーリーを高圧的に押し付けて、自供をせまるような日本警察お得意の貧困な手法では、この事件の真相は永遠に闇に閉ざされるだろう。

 2001/1/24

仕事は完全に残務整理モード。嚥下が出来なくなって、高カロリー輸液で当座をごまかしていたような老人患者に次々に胃瘻造設し、流動食に切り替え、ついでにケースワーカーの尻をたたいて老人ホームなどに引き取ってもらう算段をする。「母には最善の医療を受けさせたいんです」などと、きれい事を言って、面倒見たがらないような家族には説得は不可能だ、というのは明らかなので、無駄な努力はしない。

そんな家族に限って、やっとリハビリが進んできて、寝たきりから脱する事が出来た、というような老人がたまたま転倒して、顔面に青アザ、なんて時には親戚一同現れて、「病院の管理の不充分性」などを告発なさるマンパワーはたっぷりお持ちなんだけれどね。マスコミもそう言うのは大好きだから、何もせずに寝させておくのが一番、という風潮を大概の老人施設は持ってしまってる。先端医療施設で命だけは永らえ、ここのような市中病院でローテク系延命をして、老人施設の準固定資産として下請け、という一種の利権分配構造がほぼ完成しているわけ。

そう言うのを支えているのが、「市民主義」であったり「マスコミの正義感」であったりする、ということをこの国の人々は知る日が来るのだろうか。

 2001/1/23

某病院からずっと移籍の要請が来ていて、どう返事したらいいものかと困ってはいたが、いいかげんな態度を続けるわけにもいかず、OKすることにした。精神科医なのに、本格的精神病院で働いた事がない(パートではいろんなところへ行きましたけれど)、というのがいままで引っ掛かっていた。今度の勤務先は誰がどういおうと、精神病院そのもの。例の臭気、よるべない患者たちがわさわさと集まってきて会話をせがむ最終収容所の雰囲気。勤務医としての最後の仕事としてはこれ以上の環境はない。診療体制のそれなりの変革とか、新築移転の設計など、仕事だけは山ほどある。ありゃ、肝腎の給料の事を聞いていなかったな。

当面、今までの病院の外来や入院患者のこともあるし、漸次移行ということになりそう。ここのサイトも、今の病院ドメインに当面小判鮫は続けさせてもらう予定。すくなくとも、常時接続環境はなくなるみたいで、2月以降は連日更新は無理になるみたい。早めに職場の常時接続体制を作ることもせにゃなりません。また、インチキ管理者をやらにゃいかんのかな。

 2001/1/22

考えてみれば、個人ページとして再出発してからほぼ一年が経っている。ネタ切れだ、書くことがないと言いつつ、よくここまでずるずるとやってこられたものだ。今まで日記なんか書いたこともなかったが、この3ヶ月ほどは、とにかく毎日書くというのも続けられている。その分、自分で読んでもさっぱり面白くないのが難点ですがね。

実は日常生活上、かなり大きな部分を占める問題を抱えているのだけれども、そいつに言及するわけに行かないのがつらいところ。この体験談などまとめたら、昨今の情勢では、実用もかねた、かなりのインパクトのある読み物になるとは思うんですが。いつかそういう機会があれば、ということにしておこう。

 2001/1/21

「都市伝説」「業界雑感」を更新。前者はあんまり調べが足りず、日ごろの感想を書くだけに終わってしまった。後者のほうは、精神科医としての話と、一般身体科の話がちょっとごっちゃになっているところがあるので、少々判りにくいかもしれない。

 2001/1/20

例の「ゴールドベルク変奏曲」、長いファイルを一つ抜いてCD-Rに焼き、通勤音楽用に使用中。やはりG・グールドに間違いないと思う。多分、昔の録音のマスターなんだろうな。クラシックの場合、演奏家の著作権は、どうなるのだろうか。いずれにせよ、もう45年以上経っているから関係なくなってアップされたのだろう。こちらには結構なことだ。その割には、古典的演奏がどんどん「オープンソース」化される様子はない。法的問題がまだあるのか。

明日の京都11R、馬番4枠(と言うのかどうか今ひとつ自信なし)、「ロバノパンヤ」久々の出走である。黒い三角が一つついていたりするので、評価する人もいるのだろう。頑張れ、ロバノパンヤ、私がついているぞ。馬券は買わないが。ところで、雪の日も競馬ってのはやるのかしら。

掲示板のほうで言われている、「結婚すれば治る」。当座をごまかすだけの古典的言い逃れムンテラのひとつだが、確かに女性への配慮のない言葉だと思う。私は結婚式での「二世誕生を心待ちにしています」というのが大嫌いだが、それと同じ、「女としての分を守りなさい」という押し付けに満ち満ちた言葉であると思う。まして、医学的にそれほどの根拠もないのがいかんな。差し当たっては治りにくいけれど、我慢して付き合っていけば、30過ぎる頃には治る人が多いよ、と言うつもりならそう言えばいいので。

 2001/1/19

昨日見つけた「ゴールドベルク変奏曲」のMP3ファイルはやはり謎である。グールド55年録音版を見つけ出して聞き比べてみたが、細かな部分はそっくりだ。でも、曲の長さが全然違う。レコードは主題のアリアが1分53秒だが、MP3は4分以上もある。しかし、どうも繰り返しが多く、録音にも乱れがある。あとの変奏部分もみな同じように長い。

グールドは、レコードはそれ自体完結した芸術であるといい、テープ編集なんかテクニックの延長線上にある、と公言していたと聞くので、このファイルは編集前のマスターか、没になった録音なのかもしれない。このファイルについての唯一の情報は、"Location: New York City, New York - USA"ということだけだが、これは一応55年版とは一致。余りに漠然としすぎているけれど。

それにしても、80分弱の全ファイルをなんとかCD-Rに焼く方法はないものか。まあ、2〜3曲すっ飛ばしておいても、どうせわかりはしないのだけれども。

 2001/1/18

最近ヒマなときにはmp3.comに入り浸り、タダの曲をダウンロードしてはCD-Rに焼く、という感心しない行為に耽溺している。そこでこういうのを見つけたのだが、全く演奏家の説明もない謎のページになっている。しかし、これはどう聞いても、グレン・グールドの市販されていない録音としか思えない。若い頃の録音とは違うようだし、晩年の盤とは明らかに違う。

このスピードとタッチの鋭さ、そのくせ、遊びの余裕のある盛り上げ方、グールドだと思うがなぁ。でも、テンポがどことなく引っかかる感じがするのと、有名なあの唸りが入っていない。もし別人の演奏だとしたら、かなりの大家が指のすさびのつもりで録音したのか。そこらの音大生あたりの物まね演奏だったら大笑いだ。ディジタル操作を使えば簡単かな。

事情はよく判らないけれど、とにかく落としてCDにしようと思ったら、一枚に収めるには微妙に長い。こっそりディスクの肥やしにするしかない様子。

 2001/1/17

昨日の「天下一品」ラーメンのダメージがまだ持ち越されているのか、おなかの具合がよろしくない。血中アミラーゼ値がかなり上昇しているような気がする。

昔、京都で研修医をしていた知人がさっそくメールしてきて、ここのラーメンを毎月Web通販で取り寄せているのだという。「関東のチェーン店はダシが薄すぎる」とのことなので、私の感想もそう独りよがりではないようだ。その人の曰く、「食べた翌日は必ず下痢するけどね」。そこまでして食わねばならんか。

 2001/1/16

所用でいつもは通らないような道を走っていたら、「天下一品」と言うラーメン屋を見かけた。昭和50年頃に京都から始まったチェーン店に同じ名前のところはあったが、まさか関東に進出しているはずもなし、とおもって、立ち寄ってみれば、なんと同じである。くどめのテキスト先行店内掲示、過剰な商品説明、どう見てもあの京都の大学街にある店の類縁店らしい。社長はよく地元TVに出てくる、面白い人でしたけどね。

スープはギトギトというか、ラードとニカワをかき混ぜたような独特のもの。本店ではネギ入れ放題だったが、不景気のためか、そこまでおおらかではない。しかし本店とは違い、圧倒的にうすダシである。というより味がない。京都の食い物は、塩気は薄くてもダシがとにかく強いのだけれど、そこまで同じではないらしい。正直に言うと、極めてまずい。ダシ入り醤油と称するものも用意されてはいるものの、予想通り塩辛いだけで、微妙なダシ味などみじんも感じさせないものだ。味の素だけは一杯はいってるのかもしれないが。

あそこのラーメンは、京都のたぬきそば(京都ではそれがあんかけそばだったりするので話はややこしいのだが)の伝統を継いだのか、と思える部分もあり、本店あたりではそれなりに顧客をつかんでいるのだけれど、やはり、ギトギトのくどさばかりに依拠してしまって、うまさの概念を忘れてしまったのかと思える。こちらでも程々にファンはいるらしいが、あれで日本全体を制覇するのは無理だろう。

なんていいながら、妙に中毒になってしまう要素もあるのから困ったものだ。私の場合、食べた後、3時間は嘔気に悩まされるのにね。何か、変質した油が嗜癖を呼ぶのかもしれない。

天下一品関係者に置かれては、これはあくまで個人的嗜好の問題であって、決して一方的価値付けを図っているものではない、と言う事を了承していただきたい。でも、少なくとも関東のチェーンの場合、どう贔屓目に言ってもあれはまずいとしか言えない。せめて、ギョーザは6個にしましょう。

 2001/1/15

きのう書いた文章が、とても妙である。この時、ジム帰りのエンドルフィン自家中毒状態だったので、粗雑な思考に、さらに論理解体が加わっていたらしい。それにしても、夏の間は暑かったから、今寒いといって暖房器具を買い足したほうがいいかどうか判断できない、と言うのはいくらハイな状態だとはいえ、ちょっとナニだな。

言いたいことを補足すると、敢えて富良野のログハウスで暮らすような生活ならいざしらず、中途半端な市街地暮らしで、欲しいものも手に入らないようなのは困るな、ということ。

 2001/1/14

寒さは続くのだが、今年引越ししたばかりなので、文句をいうべき寒さなのかどうかがいまいちよく判らない。今までいたようなど田舎だと、あらゆる不満がすべて、こんなところに住んでいるからだ、という方向に行ったのだが、今の住環境だと、この程度は我慢すべきかも、と思えてしまう。ほんの5ヶ月前まで、確か暑くて困っていたような気もするので。ストーブ買い足すべきか、どうかが判断しがたい。

と言って、人に言わせれば充分ど田舎に住んでいるのだけれども。子供時代に住んでいたところのように、充分な田舎暮らしも出来ないとところで、結局田舎である、と言う事だけは受け入れなければいけないような生活を強いられる、というのもバカバカしい話である。

私の田舎の定義:骨付きラム肉を近所で買えないところ。七面鳥肉が買えればまた別。

 2001/1/13

今夜はとても寒く、それを表す英語表現の事などを書いていたら、またも妙に長くなってしまったので「都市伝説」のほうに移動した。もともと日本人には疎遠な表現で、その語源が都市伝説だ、などと言ってもそう面白くもないだろうけれど、ウンチク話には適当であるような気がしたので書き連ねた。

10日に書いたインパクの企業サイトにやっと入れたので、それについても書こうと思ったが、また別の機会に。

 2001/1/12

金曜日は競馬欄ネタで埋められる、と目論んでいるのに、今日は珍名さんが見当たらない。何の知識もないから、レースの展開を予想して楽しむことも出来ないし、そもそも、競馬と言うのはスポーツなのだろうか、という根本的疑問が払拭できない。あれ、馬が走っているだけでしょう。勝ったからといって、馬がうれしいと思ったりするのかしら。賞金が入るといっても、馬が自由に使えるわけでもなし。

そんなこと思っていたので、ディック・フランシスの二文字熟語シリーズなんか、読む気にもならなかったのだけれど、「競馬からはかなり離れてきている」という批評をみて、「敵手」というのを初めて読んだら、これが予想外の面白さである。あれで主人公がペット業界のヒーロー(どんな人だ)、傷つけられるのが猫、という話なら、全篇息つくヒマもなく読んだだろう。

 2001/1/11

「点滴殺人未遂事件」に関する記述に、友人から「あれには安楽死とか言う前に、自分の存在を誇示するという動機が色濃いのでは」という指摘のメールがきた。うーん、その要素もあるだろうな。似たようなので、消防団員が自分で放火して、ヒーローになろうとする、なんて事件はたまにありますからな。

まだ事件の詳しい所はわからないけれど、やはり私には、「雑観」で書いたような順序で、その行為をエスカレートさせていったとしか思えないのだ。もちろん、容疑者は「このクリニックの命運を握っているのはオレだ」という意識をもっていたはずで、上で指摘されたような動機ともかなり重なり合うものがあると思う。

いずれにせよ利害ではなく、信念が引き起こす犯罪という意味では、宗教団体による犯罪ともつながる構造をもった新タイプの事件というべきだろう。

 2001/1/10

かのIT革命推進のため、政府が100億円以上の金をかけて開催しているという、インパクなるサイトをのぞきにいった。トップページからしてうっとおしい、フラッシュだかジャバだとかが出てくるので、テキスト版のパビリオン案内を見ようと思ったら、「このコーナーでは203の特定テーマパビリオンを紹介しています」とは書いてあるが、あと数行お役所言葉が続くだけで、何の案内もない。しょうがないからウザイのを我慢してフラッシュ版でみたが、使いにくいことおびただしい。それに自由参加の個人サイトなど数えるほど。ほとんどが自治体と企業ばかり。

普段絶対に近づく事のない、証券会社のパビリオンなるものに入ろうとしたら、実に事細かな個人情報を要求される。デタラメ書いとけばいいわ、と思っても入館のためのキーワードが郵送されてくるらしいので、そう言うわけにもいかない。これはスパムとダイレクトメール用の情報収集が目的なのだな、と思ったが時すでに遅し。おまけに仮登録段階で利用できるはずが、ヘルプの説明と、ログイン画面が全然違い、中味も見えずじまい。

結論。これは企業による、政府公認の詐欺的個人情報収集サイドビジネスである。他のも似たようなものなんだろうか。中味が見られるようになって、自分の早とちりだと思ったら訂正しますけれど。

 2001/1/9

掲示板の質問に答える形で「都市伝説」を更新。書いてるうちに、もともとあったネタのほうを忘れてしまった。

仙台の「点滴殺人未遂事件」について書いていたら長くなったので「雑感」に移動。エポックメーキングなんて書いたけれど、考えてみれば精神病院での患者リンチ事件などは、似たところがある。本当に殺しちゃったりしたような事件があったが、入院している患者を単にいたぶるのが目的、というようなことだけでああいう事件が起こっているのではないのが難しいところだ。歪んでいるとはいえ、それなりの「善意」が必ずそこにはある。教師による体罰問題もまたそうであるように。

基本的には医療がその方向性を示せないところでこの手の事件は起こる、ということだろう。その意味では医療の問題なのだが、社会的合意の不在が原因なのだから、医療にだけ責任押し付けられてもなぁ、と思ってしまう。

 2001/1/8

昨日は運動直後の、脳内モルフィンによる軽度意識水準低下状態だったので、「脂汗」に関しての思いつきが素晴らしい事のように感じたらしいのだけれど、ちょっと考え直せば、運動中の温熱性発汗に、いつにない苦痛が加わるための精神性発汗が加わっているだけのこと。不思議でも何ともない。ましてネタにもなりませんわ。

一度スポーツクラブからの帰りに、はいてきたサンダルが「ほとんど自分の物と同じだが、微妙に違う」という疑いが払拭できなくなり、昔自分がテーマにしていた「カプグラ症候群」と同じだな、と笑ってしまったことがあった。疲労による何らかの脳機能障害が、知覚の時間的連続性感覚を失わせたらしい。そう納得しようとしても、目の前のサンダルは自分が履いていたものとはやはり違う、と感じるしかないのがまた面白い。あの体験も結局何にもつながらなかったなぁ。少なくともカプグラ症候は器質的還元が出来るものらしい、という見当立てはしたが。

今日は全身の筋肉痛で、二日続けて運動するのは断念。ほんの数年まで、あの4倍ぐらいの運動量をほぼ毎日こなしていたのがウソみたい。

 2001/1/7

ほとんど10日ぶりにスポーツジムに行った。ランニングマシンでちょっとウォームアップしただけで、不快な脂汗が浮いてくる。飲んで食って寝てただけだったからな。いつもの半分程度に押さえて、さっさと帰ることにする。正月とか夏休みは、ジムがまとめて休みになるので、会費の元を取りにくい。月のうち、10分の1以上休むのだから、これらの月は会費も値引きするべきだと思うけれど。

それにしても、あの「脂汗」というものの本態はなんなのだろうか。心地よい発汗とは明らかに違う、体調不良を自覚させてくれる現象だが、生理学的にちゃんと説明できるのだろうか。調べてみればネタになるかも。

 2001/1/6

昨日の続きを、と思ったら、夕刊が速攻で捨てられてしまっていた。「チャキチャキムスメ」というのが日曜日に走るようだが、検索しても出てこないので、単なる勘違いか。それともデヴューしたばかりか。

そういえば「ちゃっきり娘」は今どうしているのだろう。

 2001/1/5

金曜日の楽しみ、毎日新聞競馬欄である。「ウマ 馬 うま ランド」というダサい名前がついているのが、ますます哀しい。今回のトップは、明日中山11R、サンライズS、4歳上1600万下混合別定(いったい何のことかまったく判らない、というのがいい。何の説明もないのがもっといい)の八枠、「ジョンカラノテガミ」で決まりであろう。同枠、「マチカネシルヤキミ」というのもロマンチックだな。

「マチカネ」がつくのは山とあるが、どうもオーナーのマーキング習性に媚びただけみたいで、「マチカネラッパ」とか「マチカネキンノホシ」とかいうような、可哀想なのばっかりだった。その点これはいい。ちょっと工夫すればそのまま素敵な歌になりそうじゃないか。

夜半の雪 まちかねし心 知るや君 サイレントナイト ホーリーナイト

うーん、これではクリスマスだけで商売している某歌手の、そのまんまのパクリだなぁ。

 2001/1/4

プライマリイケアと程々の身体処置+精神医学的コンサルテーションという事で、今の病院に来てもう3年だが、そろそろそれにも飽きはじめた。だって、面白くないんだもの、健康神話を利用して商売するって言うのは。実は本来の専門分野の病院から、かなり前から誘いが来ていたのだが、今の職場ののんびりした雰囲気に流されて、はっきりした返事を引き伸ばしていた。

専門分野でのいままでの経験を、実際の医療現場に反映させる、というようなことはこの数年ぐらいしか出来ない事であろうし、このまま、苦労のない生活をしつづけるには、いささか早すぎるような気がなんとなくする。経済的なレベルでも、まるっきり冴えないところに止まっている、というのもイマイチだしねぇ。別に具体的に金に困っているわけではなし、今の状態で充分ではあるが、そこはそれ、下心ではなく、野心というものをそれなりに現実化させたいのが人間のサガというものだ。現実的処遇ということは別にしてね。

そりゃ勿論、モナコあたりで大資産持って、贅沢三昧というのに憧れないわけではないが、どうやったって、そう言うのは実現不能だしねぇ。私にとっての21世紀は、せいぜい後10年ちょっとの職業的余生の行く末を定めるところから始めにゃいかんようだ。

最低限、常時接続環境のない病院なんぞには行かんぞ。なんせ、ど忘れはひどくなるばかりで、薬のチェックもさっさと出来ない環境では、何するか怪しいもの。

 2001/1/3

休日日直で出勤。院内にようやくLAN回線が引かれたので、外来でもネット接続が出来るようになった。最近物忘れが激しく、カルテに書く漢字が判らなくて困る事がしばしばだったが、これで一安心。

患者家族諸氏、病歴を聞きながら、すばやくキーボード操作している医者がいたら、用心したほうがいい。それはこっそりグーグルを開いて、「痛風、尿酸値、薬剤」などと検索して、うろ覚えの薬の名前を思い出そうとしているだけなのです。

「都市伝説」を追加。またも追憶シリーズ。一部記憶に間違いがあるかもしれないけれど、お許しを。

 2001/1/2

朝からの酒はやんぺにして、本読みながらのTV漬け。箱根駅伝の後は、なんとTV東京10時間ドラマ、「宮本武蔵」にはまってしまった。21世紀などなにも意識していない、その余りの懐古的にしてワザトラなドラマ作り、あいだにはさまれるTV創生期のごときハズカシCMの群れに完全にノックアウトである。途中でチャンネルを変える誘惑に駆られたのは、唯一、NHK−BS「元祖御三家夢の競演」ぐらいのもの。完全に志向性は一致しているものなぁ。21世紀って、1960年代を超えられないのではないか、という予感の一日でした。

明日は休日日直なので、正月はもう終わりと言う事。明日からまた、いかに仕事しないで給料をもらいつづけるか、と言う永遠のテーマの再開である。

 2001/1/1

後ろ指さされることなく朝から酒を飲み、寝たり起きたりで一日を過ごすという、かねてより理想の生活を過ごしてみるが、そう楽しいものではない。

TVはつまらん事ばかりやっていて、かろうじて見ていられるのは駅伝と天皇杯サッカーぐらいのものだ。あとはウイーンフィルのニューイヤーコンサートを待ちかねるが、これもアルノンクールとかいう妙な指揮者で、いまいち。馴れ合いを廃したいというのは判るのだけれども、ラデッキー行進曲で始めるなよ。

たしか古楽器を使った演奏にこだわる人だったと思うが、理屈を優先する人に面白い演奏する人はない、と思っていたら、やはりそう予想は間違っていない。まあ、こういうのは縁起物だから、程々に妥協はしていてくれていてはいるのだけれども。なんだかなぁ、で21世紀は始まってしまった。


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2000年11月〜12月の日記

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