多少まとまった読書ができたここ数日なんだけど、かんじんの理解力というか、それらの本の要求水準にまるきり達していないと自覚するばかりの、寂しい初夏の日々なのであった。最近、本読んでもさっぱり理解できんのですな。でも。書くことがないので恥ずかしげもなく書くのです。
その一冊目、丸谷才一の「輝く日の宮」。丸谷才一であって、九谷オーではないのである。正直いうと、この人の本は3冊しか読んでいない。赤穂藩浪人による吉良家討ち入りを論じた「忠臣蔵とは何か」、あとはこのサイトにも感想文を残した「女ざかり」だけである。「裏声で歌へなんとか」は挫折した。だって、詰まらなかったんだもん。
学術書?である「忠臣蔵~」はしょうがないとして、小説である「女ざかり」まで、作者による読者への講義というか、説教がはじまったりするのは、ある意味新鮮だった。ウザイとは思わず、もちろんただ感激とまでは行かないまでも、結局のところ、かなりいい加減な主人公たちの性行動倫理というものに、ほどほど居直れる屁理屈を提供してくれているのが、そこそこ気に入ったわけ。
この小説(?)もその意味では同じようなものである。主人公たちはインテリで、かつエグゼクティブなのであるが、実に他愛なく男と女の関係を取り結んでみたり、あっさり破綻してみたりする。この点、何か力を入れて、そういうのに意味合いを持たせたりする「官能系」とは大違い。食い物の趣味が合う合わないのといおなじレベルで、そういう話が進行するのである。
ああヤダヤダ、オヤジっていうのは手前がそういうのと無関係だったものだから、こういう色好み乱交系にホント反発するんだから、と思われるのも承知のうえで、この手の話はやっぱりつまらんとしかいえないのである。
作者はそのつまらなさを自覚しているのか、泉鏡花風の美文で話をおこし、おいおい、これにつき合わされるのかよという読者の不満を、適当なところで学会裏話につなぎ、なんだかよくわからない新劇脚本みたいな学会つばぜり合い劇を描いて見せてくれたりして、それなりにサービス満点である。
でもやはりつまらないのだ。才色兼備の女性主人公にふられた、「奥の細道」や「源氏物語」の新解釈はそこそこ面白いのに、それをとなえて結構危ない業界わたらいする主人公の物語はそう面白くない。それは直接国文学業界の内情は知らないまでも、学問業界の類推から、多分似たようなものだと思える予断を持った人間の感想なのかもしれないけれど。
要は、主人公のこの程度の思いつきに業界主流が必死に反発するようなことがあるはずがないし、冷ややかな無視で終わるはずなのである。それは主人公が中学生時代に書いたささやかなファンタジーに、公安当局がここで示されているような過剰な反応をするはずがないという判断にも通じる。
いい歳してるはずでしょう、丸谷さん。つまらん想像を熱狂的ファンと一緒に楽しむのは勝手です。でも、それを堂々と押し付けがましく講義するのはいかがでしょう。もうちょっと控えめに、自分の立場の胡散臭さを自覚されてもいいのではないのでしょうか、というような提言をしたくなる物語でありました。
そんな風にツッコミさせたくなる反応を狙った「小説風論文」というのなら、これは素晴らしい企画というべきか。ところで、今までその作品にはそれなりの理論的バックボーン(『忠臣蔵~』なら御霊信仰、『女ざかり』なら贈与論)が込められていた丸谷文学、今回はいったい何だったんだろうか。強いていうなら人の宿命というか、いやおうなく与えられている前世と後世、輪廻論とでもいうものだったのかな。
投稿者 webmaster : 2003年06月30日 21:36