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2003年10月25日  カイジ:賭博黙示録 [本とか映画とかTVとか舞台とか]

昨夜イヤイヤ当直をさせれられていたら、当直室にこのマンガ本が放り出してあったので、日本シリーズ終了後、することもなくなって読ませてもらうことに。勤めている病院にはCATVなどがなく、誰も見ない医療情報のCSが部分的に契約されているだけなのである。そんなもの、誰が見るかね。ネットならタダで数百倍の情報が手に入るのだし。

それはそれ、福本伸行の「カイジ」シリーズである。絵はへたくそだし、設定は恣意的で、普通ならとても読む気になるようなものではないのだが、ヒマには勝てず読みすすんでいるうちにはまってしまった。のんべんだらりの目先生活を送っているカイジが、知り合いに保証人のハンコを押させられて借金地獄にはまり、それを解消するために悪戦苦闘する話である。

もちろん、自己破産のテクニックが松介されるわけではなく、怪しいウラ金融と、そのバックのウラ社会が仕掛けてくる、借金クリアのためと称する集団ゲームでの悪戦苦闘である。債務を抱え込んだ連中を船にあつめ、「限定じゃんけん」というものをやらされるわけ。はじめにグーチョキパーのカードと、チップとなる星、そしてそのチップの売買も可能な借入金が渡され、一定時間のあいだにカードを使いきり、はじめの星数を維持していれば生き残れるというもの。

ちょっと考えれば、プレイヤーが相互に信頼し、馴れ合いのアイコを繰り返せば全員生き残れるはずなのだが、それでは元金の高利で赤字になるため、ほかの人間をを出し抜こうという人間が現れて、さらにそれの上手を行こうとする複雑な戦略をとる連中もそれに続き、このゲームでの最適化行動を見つけるのは難しい。カイジは絶対絶命状況のなか、何度も挫折しながら、戦略と機知を駆使して生き残りをはかる。

かなり単純化されたルールのもとで行われるゲームを題材にした、プレイヤー同士の協調と裏切りという要素も絡めた、ゲーム理論の実践的演習ともいえる。統計や確率にそこそこの知識があればもっと楽しめるのだろうけれど、そのあたりは全部すっ飛ばして読みすすみ(頭痛くなるもん)、一時間弱をかなり満足して過ごせた一作であった。土壇場に置かれて、ここまで集中して最適化戦略を考え出す能力のあるカイジが、なんでその日暮らしのダメ生活の末に、ウラ社会のいいカモになってしまうのかというのは、かなり不思議ではあったけれど。

確かに面白いとは思ったが、それは一気に読めたからで、これがだらだら長期連載してあればまず読まないのは間違いない。内容はいくらでも引っ張っていけるので、おそらく今でもどこかの漫画雑誌に連載が続いていると思うのだが、それに付き合える若い人の根気にはホント感服してしまう。

考えてみれば、私だって昔、ピッチャーが振りかぶって打者がその球を打つまでに1ヶ月は引っ張りまくった漫画を読んでいたような気がするので、そういうものを楽しめるのは若さの特権なのかもしれない。

投稿者 webmaster : 2003年10月25日 23:30