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2003年11月18日  J・P・ケネディ死す [今日は何の日]

1969年11月18日の今日、JFKの父親、ジョセフ・パトリック・ケネディ(JPK)が死ぬ。享年81。JFKが大統領に選ばれた喜びもさめぬ61年に脳血管障害におそわれ、右半身麻痺、失語を来たして療養していた。

ケネディ家は1840年代のアイルランド飢饉のおり、米国に移民してきたものの、不遇と貧困のうちに死んだパトリック・ケネディを開祖とする。三代目のJPKは、ハーバードを出て銀行家になる。ラッキーに恵まれて若くして頭取となり、インサイダー株取引で大資産を築く。大恐慌前にはきっちり売り抜ける先読みのよさと、禁酒法に乗じてマフィアと組み、密造酒作りに乗り出す思い切りのよさでさらに資産を増やす。

シカゴ市長を経て、1930年代には中央政界に入り、英国大使として、チェンバレン英政権の対独宥和政策を後押しする。本国でも反ユダヤ活動を活発にやっていたらしい。そのナチス肩入れが災いして40年には大使を辞任。権力への志向は子どもたちに託される。

ところが一番期待していた、秀才でスポーツマンだった長男のJPK.Jrが太平洋戦争で戦死。JPKの期待は不出来な遊び人の次男、JFKに受け継がれる。とはいえ、父親の期待をウザがるばかりのJFKは女遊びにうつつを抜かしていたが、大病をへて親父の期待にこたえる使命に目覚め、大統領選出馬。でも女遊びはやめなかったが。

JPKは資金を動員してマスコミを買収し、マフィアとの結びつきも利用して投票箱のすり替えなどの違法手段も駆使し、ニクソン有利の下馬評を覆しての勝利。暗殺という悲劇に終わったことが一番の原因とはいえ、キューバ危機をそれなりにうまく乗り切りったり、ソ連との協調路線を軌道にのせるなど、なんだかんだでJFKは「理想の大統領」として、人々の記憶と歴史に残ることになった。

しかし、JFKのあとを継ごうとした三男ロバートも暗殺され、四男エドワードも、秘書を死なせる交通事故を起こすというスキャンダルに見舞われ、政界は絶望。その事故からまもなく、失意のJPKは息を引き取った。

JFKの大統領戦でJPKのやった工作に対して、FBIがおこなった捜査資料の一部が公開されている。ヒマな人は読んでみたら如何でしょう。ざっと流し読みしても、変な脅迫を受けていたり、FBI前長官との癒着が示されていたり、なかなか面白い。

投稿者 webmaster : 2003年11月18日 22:34