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2003年11月28日  「日本語」 [本とか映画とかTVとか舞台とか]

「日本語」上下巻(岩波新書:金田一春彦)をやっと読み終える。一月近くポケットの中に入れておいて、暇なときに少しずつ読んだのだが、いつもどこまで読んだのかがわからなくなり、行きつ戻りつしていたのだった。

途中でわからないぐらいだから、読み終えた今でも、よく日本語の文法の問題として挙げられる「は」と「が」の区別などについて、いったいどう書いてあったのか、細かなことはほとんど覚えていない*。私の理解力の問題もあるが、この本が体系的に日本語の特色について書かれているというより、いろんな切り口から日本語の特質をあれこれと書き連ねてあるという、アホダラ経みたいなつくりであったことも関係しているのだと思う。

*たしか「は」は題目を示し、「が」はそうでない。ではなにかというと、いろいろ複雑な場合があって……、というような記述ばかりなので、何も覚えていないのもしかたないのである。

といって、面白くなかったかというとそんなことはなく、さまざまな薀蓄をつうじて、著者の日本語に対する愛情が伝わってくる好著だったと思う。基本的に、「日本語は世界の言語とくらべて、未熟で不完全なものだ」という意見にたいする反駁として、さまざまな外国語と対比されて論理が進められており、多分かなり恣意的なんだろうなとは思うものの、なんだかわかったような気にされてしまうのである。

たしか「トリビアの泉」でもやっていた、「ハンガリー語では料理の塩が足らないのを『シオタラン』という」といった雑学も数多く、「バスク語ではこればかりだというのを『コレバカリダ』という」などと、「トリビア…」に応募すれば38ヘェぐらいが取れそうな話も仕込める。

人当たりのいい老教授が出来の悪い学生たちを相手に、噛んで含める授業をしているというような雰囲気で、うとうとうたた寝しながら聞いていて、時折のギャグとジョークの部分だけは覚えているといった読後感である。たまにはこういうのをのんびり読むのも悪くない。

なお、著者もちらりとこの本に登場させている石川啄木は、著者の父君金田一京助氏と親交があったので知られる。京助氏は啄木の才能を認めるあまり、自ら借金をしてまで啄木に金品をわたしていたらしい。啄木はそんな苦労はよそに、遊里で蕩尽するばかりであったとのこと。春彦少年は、啄木は石川五右衛門の子孫だと、子供心に信じていたそうである。

この状況をかりて、どなたか春彦少年をワトソン役に、啄木を人間的に出来損ないだが天才的な推理能力をしめす探偵に設定した、文学ミステリを書いたら面白いのではないかとおもう。性格破綻者探偵というのは、京極夏彦のシリーズなどにはでてくるが、石川啄木をモデルにすることで、もっとリアルな造形が可能になると思うのだが。

題名は当然、「金田一少年の事件簿」である。

投稿者 webmaster : 2003年11月28日 23:24