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2003年11月29日  みかかの子どもワンダーランド [日常]

僻地大学に行っている娘が急に帰ってきて、なにか魂胆があるに違いないと思っていたら案の定、「ケイタイの電池が劣化してきたので、新機種に切り替えたい」と言い出す。そんなもの、電池パックを交換すればおしまいではないかとも思うが、日ごろそう金もかけずに放り出しているので、この程度のことは仕方ないかと、みかかのこどもショップにでかける。

私自身、今年買ったものの中で、何が一番ヒットだったかというと、それは間違いなくFOMAなのであった。でかく重く、やたらに存在を主張してくれるので紛失もしにくいし、なにより、電波帯の関係か、ちょっと建物の奥にはいるともう電波は届かないし、届くところでも、身体の位置を少し変えたら途切れてしまったりする。

私は携帯に限らず、電話というものは本質的に、禍々しいことしか伝えてこないと見切っているが、仕事の関係でアリバイ的にこれをもたないわけには行かない。FOMAみたいに接続が不安定だと、都合の悪いことはすべて聞かなかったことにできるのである。というわけで、娘の新機種もFOMAに。ほとんどメールばっかり使っているので、パケット代が安いFOMAは、かえって経済的でもある。

さて、そうして娘と出かけた子どもショップは人であふれ、どこが不景気なのだといいたくなる盛況ぶりで、入り口では「待ち時間45分」というカードをいただいてしまう。ここまで千客万来だと、客扱いなんかどうでもよくなるらしく、受付の女の子に新機種への切り替えができるかと聞いても、キョービのサービス機関としては珍しい仏頂面で、「あるものはあるが、ないものはない」という絶対的真理を告げられてしまう。

商品別の在庫ぐらいわからないのと食い下がれば、「汝が欲する携帯機種番号を告げよ」とのお言葉。どうも客はそういうことに精通した上で来店すべきだ、というポリシーがあるらしい。仕方なく自分のFOMAを取り出して機種番号を読み上げると、「我らの在庫を甘受せば、その望み叶えられん。奇矯なる彩色望みたれば、その限りにあらず」との御託宣。何とか手には入るようなので、おとなしく待つことに。

幸い、30分ほどで順番が回ってきたのだが、ここで問題が。娘が今住んでいる地方都市でそれが使えるかという質問に、係員は答えてくれないのである。にこやかな笑みを浮かべながら、「それは非常に難しい問題です」というばかりなのだ。地方都市とはいえ、いちおう県庁所在地なのである。「現在地のサービスエリアはお知らせできますが、他県の情報はわかりません」そう係員はいい、いままでの携帯電話とFOMAを平行してつかうなんとかという制度、もちろん別料金、について立て板に水の如く説明し始める。

あの、ネットで調べるとか、むこうの支店に聞くとかできないんですか?とその長広舌をやめさせるが、「その問い合わせは、なかなかむずかしゅうございます。ひとまずご住所をお預かりさせていただきます」といって、メモをもってどこかに消えてしまう。「ただいま調べさせております」と戻ってきた係員は笑みを崩さず、「FOMAは人口比率97%のカバー率を誇っておりますが、具体的な地域の通話条件を知るのはとても困難でございます」という。

県庁所在地でも、国内3%にあたることがあるわけですな、といやみのつもりでいうが、「残念ながら、そのような場合もないとは申せません」と歌うような口調で返される。その上で、使えるかどうかの確認をよそに、さまざまなオプション契約の説明をにこやかに始めるのである。

10分ほどして、ようやく例の県もサービスエリアに入っていることが判ったのだが、それでもクギはしっかりと刺される。「残念ながら、電波条件はきわめて複雑でございまして、そのサービスエリア内での安定使用は必ずしも保障されておりません。その点をご承知置きくだされば、契約変更もよろしいかと存じます」。多分、買ったけど家で使えなかったではないか、どうしてくれるというようなクレームがいっぱい来るので、FOMAを売るときは言質を取られないように、こういう態度を一貫するように教育されているのだろう。

なにか、カフカの小説の登場人物になったような気分だった。土曜の午後をミステリアスにすごせてよかったねというふうに、この体験を収束すべきなのだろうか、責任回避をメインにした顧客対応を教育されているらしい子ども社の先行きを憂うべきなのか、私には判断しがたい。なんであれ、えらく疲れて帰り着き、夕飯までコンコンと寝込んでしまったのは事実であった。

投稿者 webmaster : 2003年11月29日 23:29