« テンプレート一部改変 | メイン | 夕日の丘 »
自分の診ていた患者、200余名を殺し、"Dr.Death"として知られたイングランドの開業医、ハロルド・シップマン(57)が、本日朝6:20(日本時間午後3:20)、服役中のウェークフィールド刑務所の独房で、首吊り自殺を図っているところを発見される。刑務官はすぐに救命処置を行ったが、8時過ぎに死亡が確認された。(記事はこちらとこちら)
1998年、ハロルド・シップマンはイングランド北西部グレーター・マンチェスター州ハイドで開業していたが、自分が診ていた81歳の女性患者にモルヒネを注射して殺し、遺産が自分に相続されるように遺書を改ざんしたという容疑で逮捕された。その後の捜査で、シップマン医師は自分の患者を、少なくとも215人は殺したと見積もられている(1000人を超えるという報道もある)。手口は全てモルヒネ注射によるものであった。
実際に立件起訴されたのは15件の殺人と、逮捕事案の遺言書改ざんで、2000年1月に終身刑の判決が確定して服役していた。政府は彼の事件の全体像を探るべく調査を続け、シップマン医師が殺害した可能性のある被害者は最低215人、最大260人という結論を2002年7月に出しているが、再び裁判が行われる可能性はまずないだろうと言う意見を表明している。
シップマンは1970年に医学部を卒業し、4年間総合病院で研修した後、家庭医として登録しているが、そのころからしばしば意識消失発作をおこすようになり、合成麻薬系鎮痛剤ペチジンの中毒に陥っていることが発覚した。彼は自分自身に、違法に処方箋を発行していた事も判明した。彼は罰金刑に処せられ、薬物依存治療プログラムを受けた後、77年にハイドで、グループで再開業した。
同僚たちは彼の仕事振りを評価していたが、患者に対して傲慢で恩着せがましいという見方をするものもあった。93年、彼は仲間から離れて単独開業をするが、彼の診療所は多くの患者に利用されていた。そして98年、彼にとって運命の日が訪れるのである。
シップマン医師は全ての嫌疑に対して無罪を主張し、これは服役後も同様であった。取調べ中も彼は捜査員に対して傲慢な態度を崩さず、まるでゲームを楽しむがごとき態度をとり続けた。捜査過程で精神科医が彼と面接しているが、いわゆる「快楽殺人」であることは否定し、一種の無意識的不安回避行動であったと示唆している。なお、彼はその犯行で金銭的な利害を求めることは、最後の遺言書改ざんの一件を除いてなかったらしい。
被害者の家族たちは、シップマン医師がこういう形で決着をつけたことを意外とは思わないとした上で、これで完全に事件の全貌があきらかになる道が閉ざされたと無念がっているという。
普通に精神科なんかやっていると、自殺以外に受け持ち患者の死をみることはそう多くない。私の場合、合併症や痴呆老人の受け持ちが多くなって、自然と内科疾患も診るようになったころ、最後まで付き合ってその死を見取った初めての経験で感じたことは、正直言って、実にすがすがしい達成感であった。
合併症だらけの高齢患者を、そう無理な延命をするでもなく、といってほっぽらかすわけでなし、という微妙なバランスを保ちつつ、安らかな最期をうまく演出するというのはなかなか難しい。
精神科疾患というのは、基本的に完結することのないものであるから、小康を得られたとしてもまた思わぬ展開があるやも知れず、その時々の危機を何とか乗り越えたというささやかな満足で終えるしかない。その点、身体的死というのは一回で終わりだから、やるだけのことをやりおえた満足は大きい。
どうもシップマン医師は、このあたりの満足への誘惑に妙な形で耽溺してしまったんではないのかな、というのが私の感想である。医療というのは一種のゲームであるとは思うが、常にオープンな条件で執り行なわれるからこそ、公正性やゲームとしての醍醐味が保たれるのである。壷振りが賽の目を動かして、プレーヤーの運命を勝手に決めたらいけません。
いうならば彼は、ローカルな神様になろうとしたわけだ。患者の運命を操作したり、取調べや公判、および事後調査の場面をつうじて、ある状況を支配することができなくなってしまったら、もはや彼には死を選ぶしかなくなったということなのかも知れない。
投稿者 webmaster : 2004年01月13日 21:27