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PCゲームのGrand Theft Auto 3がそこそこ面白かったので、その続編である"Vice City"をかなり前に注文していたのだが、一ヶ月以上たってやっと手元に届く。英語版なのに、むこうのアマゾンから直接買えない。本とは版権の仕組みが違うんだろうか。
GTA3のときにも書いたが、普通のゲームではプレイ主体は所与のものとして、無批判に「正義」なり、「秩序」の側におかれることが普通であるのに、このゲームの場合は、「犯罪者として成功する」というのが前提になっている。Grand Theft Auto IIIの場合は、仲間に裏切られた銀行強盗が、車泥棒をやりながら一匹狼としてのし上がる話なのである。
今度の"Vice City"は、単に舞台がマイアミを思わせる架空の都市になっているだけで、あまりしつこい設定は無いようだ。英語版なので、登場人物の言っていることがイマイチよく判らん。聞き返すわけにもいかんし。まあ、ミッションだけは明確に示されるので、ゲーム進行にはそう支障はないけれど。
私には昔から、なにか具体的な課題があるときには、それだけに集中できないような別の阻害要因も抱えないと本来の目的もうまく達成できない、という一種の信仰にちかいスタイルがある。学生時代、追い込みでテストに備えねばならないときに、マンガや小説をどっと買い込んでしまうし、今だって外来が無茶込みするときに限って、目の前のPCでフリーセルをやり始めるのである。
したがってこれをやり始めれば、今まで延ばし延ばしにしてきた原稿仕事も進むに違いない、という目論見である。かなり転倒しているような気もするが、スタイルというものは大事にしないと。
というわけで深夜までゲーム三昧である。さて、今度は地元の顔役に頼まれた労働争議つぶし仕事だ。
投稿者 webmaster : 2004年01月24日 23:41