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2004年01月05日  デヴィッド・ヘルフゴッド [日常]

TVを見ていたら、NHK教育の福祉何とかという番組で、デヴィッド・ヘルフゴッドについて放送していた。97年のアカデミー賞主演男優賞をとった映画、「シャイン」のモデルとなったピアニストであるとのこと。

NHKのサイトなどから付け焼刃で得た知識によれば、彼はオーストラリアの貧しい家庭に生まれ、亡命ユダヤ人共産主義者で、一度は音楽家を目指した父親の指導の下、幼いときからその才能を開花させるのだが、父親はそんなデヴィッドに嫉妬し、独占するためにプロへの道を閉ざそうとしたのであった。

何とかイギリスに留学したものの、そこで精神異常を来たして帰国し、精神病院に10年以上入院、退院後は福祉施設に暮らしながら場末のバーでピアノを弾いて生活の糧を得ていたところを、現在の妻、ギリアンと出合い、プロのピアニストとして復活を果たしたということのようだ。

NHKは昨年7月に来日したヘルフゴッド夫妻にインタビューしているのだが、肝腎の本人がわずらっている疾患についてあいまいにしか触れないので、「傷つきやすい」だの「その傷つきやすさが音楽的な才能をはぐくんだ」などというような、どうかと思うような「神話」に加担するばかりの構成なのだった。病名も「不安神経症」などと誤魔化しているし。

あの人はどう見ても分裂病*の欠陥状態だろう。薬物療法を続けながら、なんとか再増悪を防いでいるというところだと思う。そんな状態でも、なんとかコンサートツアーを続けていけるのは、マネジャー役のギリアン夫人の強力な支えと、何よりも疾患にも崩されなかった彼自身の音楽的才能という核があったからと思われる。

「シャイン」という映画は見たことがないが、解説を読むと、精神疾患によって失われたかにみえたデビッドの音楽的才能を、夫人の愛の助けで取り戻すという話になっているらしい。でも、そんなやつぁおらんぞ、普通。急性期にはピアノ弾いてる余裕はないだろうが、程ほどに落ち着けば音楽活動はやれる範囲でやったろうし、それが彼の拠りどころになっていたはずだ。

もちろん、人に聞かせるレベルに洗練するためには、心置きなく練習する環境が必要なはずで、福祉施設で暮らしているのではそれは少々心もとないだろう。そんな彼を見出したギリアン夫人が、強力なイニシアティブでその才能を表に出させるべくプロモートした、ということなんでしょうな。もちろんその一環として、愛と感動の物語を脚色することも。別に私は貶めようと思っているわけではない。客を呼ぶにはそれも大事なことだと思う。

何であれ、番組でちょっと流した彼の演奏は、緊張感がどの音にも満ち満ちた素晴らしいものだった。メリハリという面からみれば、ハリばっかでメリがないぞといえないこともないのだけれど。重い精神疾患に耐えてきた彼には、全体的構成に目を配る余裕がなく、その瞬間瞬間にベストを尽くすしかないのでしょうな。今後の、そう無理をしない活躍を期待したいものだとおもう。

*なんでお前はいまだに分裂病という病名を使い、「統合失調症」という学会が決めた正式名称を使わないのだ、という質問を頂くことがある。以前どこかで書いたような気がするのだが、私はこういう意味のない言い換えがきらいで、統合失調症という病名も出来がいいとおもわないから使わないだけ。すでに業界ではこの言葉が「慢性化」してきていて、「統失」なんぞと略す奴もいる。お前はピッチャーエラーを治療するつもりかと、思いっきり突っ込みたくなることもある。

投稿者 webmaster : 2004年01月05日 22:19