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今日、2月10日は、日露戦争宣戦布告の日なんだそうである。近代化しつつあった日本が精一杯の軍事的見栄をはり、しかもその一か八かの賭けが成功したという、記念すべき日である。もちろん、百年前にそれを始めたときには、その政策当事者たちはほとんどヤケクソの冒険主義だったわけだが。
この戦争に関しては、相反した評価があると言っていい。一つはアサヒ新聞に代表される民主的リベラリズムのクリシェである。無謀としかいえなかったその戦争開始決定を批判しつつ、幸運な勝利に終わったことが、かえってその後の日本の帝国主義的慢心を決定づけてしまったとする。たしかにその通りである。
もう一つは結構土俗的というか、ある意味多数派を成す意見であって、近代的日本のアイデンティティは、実にあの戦争によって形成されとするものだ。実際、私の乏しい知識からしても、あの時代のロシア南下政策は明白なものであった。開戦直前、ロシア軍は当時の朝鮮領域に進出し、数千の無辜を虐殺する事件をおこしていたはずだ。
この立場からは、朝鮮に軍事進出し、利権を形成しつつあった当時の日本に、それを無視しておとなしく引き下がるという選択枝はなく、朝鮮の人々を守る口実と、日本という国家を守る切実な理由のためにも、対ロシアの戦いは避けるわけには行かなかったとされる。背に腹をかえられぬ戦いとしてあの戦争は戦われ、その幸運な勝利こそが日本の現在の地位を勝ち取った(太平洋戦争の敗北すらチャラにする程度の効果で)とする。ある意味、これも正しい主張であろう。
冷静な結果論からいえば、日露戦争の勝利で守った朝鮮権益なるものは、その後、あらゆる意味で大赤字をこいた。歴史のIFを言い出したらきりがないのだが、ロシアが朝鮮進出を果たしていたとして、それが本当に日本への脅威になったかどうかというのは怪しいと思わないでもない。国内に不穏を抱えていたロシアのこと、朝鮮進出→日本への直接的ちょっかいという風に進めたかどうかは疑問だ。
時間的な問題はあるだろうが、明石大佐がやっていたような、ロシア革命派への援助を大々的にやる政策だってあったのではないかと思う。何ならシベリア鉄道に封印列車を走らせてもよかったのである。そりゃもちろん、一番流れやすいところに歴史は進むわけで、あの時代にはやはりロシアの脅威は切実であり、当時の選択には、そんなのんびりしたものはなかったのだろうけれど。
何であれ、当時の政策決定者も驚いたのだろうが、一応あの戦争は日本の勝利に終わり(といったって、ベトナム戦争における北ベトナムの勝利みたいなものなんだけれど)、日本はアジアの国々から実力以上の畏敬を獲得し、彼らの民族主義にも油を注ぐ結果になった。旧覇権国家からは、それなりの警戒と評価も得て、その後の国家経営にかなりの効果を得たのは間違いない。
だからといって、やはり正当化はできないと私は思う。もちろん、あの戦争がなければ、今の日本という国家はなかったかもしれないという指摘は確かにその通りだ。いまの私が享受している自由と繁栄の生活が、この国家という枠組みに依拠しているのは事実で、旧ロシアやその支配域を受け継いだソ連、もちろん現ロシアであったって、その統治を受けるようなことになっていれば、民族的苦難以外の何者でもなかったと思う。
結局、日露戦争の勝利のためか、太平洋戦争で示した日本人兵士の勇敢さのためなのか、敗戦国としては望外の扱いを得て、そのうえに実力以上の繁栄を手にしたのが我々なのである。いままでのラッキーを噛み締め、先祖の遺産を細々と維持するに控えるべきだと思う。
アホ官僚跳梁の結果、国家なんてものに面倒見てもらうという発想自体、もう現実的ではないと誰もが感じているはずなのだ。野垂れ死にする覚悟をもって、自立を目指す姿勢がないところで、心地よい秩序を求める朝日新聞式リベラリスムのいやらしさには人々はもう聞く耳を持たない。まして国家経営能力のなさを露呈している連中にはとっくに愛想を尽かしている。それなのに、それ以外の選択枝がないことこそ、問題なのだと思う。
投稿者 webmaster : 2004年02月10日 23:39
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