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外来の待合室で私のみている19歳の少女が、一心不乱に携帯メールをうっている。「ご熱心ですな」と声をかけると、「生活かかってるんですからー」と屈託のない笑顔を向けてくる。
診察のときに打ち明けるには、彼女は顧客たちにバレンタイン・ディー勧誘メールをうっていたのだという。彼女はいわゆるキャバクラで働いているのだ。「チョコ用意しているから今夜も来てね」、という内容なのだが、「大枠の文章は同じでも、要所を変えておくのがポイント」だという。
彼女は1年前まで引きこもりの上にリストカットを繰り返す、「きわめて対応の難しい境界例、もしくは分裂病との鑑別が必要な例」ということになっていた。中学時代の不登校のころから通院歴があり、高校に進学はしたがすぐに中退し、家出してカルトに所属してみたり、売春まがいの行為で補導されてみたり、なかなか多彩なエピソードがある人だということだった。デイケアを勧めているが、参加を嫌がる。社会性欠如が著しいと。
私がみるようになったのは前の主治医が転勤したためだが、カルテに記された上のようなサマリーをみて、どうも妙な思いを感じたものだった。波はあるが結構活発で、本人なりにかなりの社交性があって、問題はそれが持続しない生活史が、分裂病とも境界例とも判断しがたい例にはふさわしくないように思えたのである。
私は古典的な診断基準と病態理解で患者をみるので、分裂病というのは基本的に「早発性痴呆」だと思っている。間違うと廃人になっていくだけの病気だと思っているから、わき道にずれているとはいえ、かなりの社会的パワーを一時的にせよ示す人を分裂病圏と診断するのには抵抗を感じるのである。
そういう先入観もあったが、実際に本人をみると、境界例とか分裂病と診断する根拠はどこにもなかった。確かに引きこもってリストカットを繰り返していたが、別にそれは診断基準にならない。疎通性はきわめてよく、幻覚妄想もなければ、思考もきわめて明晰といえる。人生総体をデスペレートにとらえ、ガキっぽく拗ねまくっているだけである。オレンジ色のツンツン髪に鼻ピアス、田舎にはふさわしくないパンク装束であるが、それを「衒奇性」だとみる医者は単なるバカであろう。デイケアなんて勧めても、パンク娘がそんなものに参加するわけがない。
この年代の若者例によくあることだが、自分の苦境を説明するのに詩的表現を多用し、それが凡庸なものでなければないだけ、ある種の病的表現に近いものになる傾向がある。治療者側にそういうことへの感受性がかけていると、まずそれは病的症状の発露とされてしまうのである。そんなアホなと思われるかもしれないが、例えばドストエフスキーの文章を示されると、こいつはかなり病的に屈折しているなと8割以上の精神科医は判断するとおもう。
この例もまさしくそれであった。「世界が夕闇の底に沈んでいくとき、聞こえぬ声が空に響く。偽りの私が私の仮面をつけて語るのは私の墓碑銘」なんだかんだ……、というようなヘボな、でもそれなりに一生懸命な文章が書かれたノートを持ってきて自分の苦しさを表現するので、ああ、幻聴もあるのかと安易に判断されてしまうのである。
私の診断は単純に「うつ病」。小娘悲哀系にはSSRIがよく効くが、精神運動抑制もかなり強いので初めのうちは三環系をどっさり使うことにする。邪道を承知でドグマチールも併用する。これはデブになるし、月経は止まるし、乳汁分泌は始まるしという副作用のオンパレードであるが、効果発現が即時的で、のんびりと抗うつ剤の効果を待っていられない場合には非常に使いやすい。口渇という、抗うつ剤の必然的副作用を打ち消すという利点もある。
当然それまで飲まされていた、意味不明な向精神病薬は全部中止。改善もせずに(そりゃ診断が間違っているのだからよくなる理由がない)ずるずると対応されていた患者によくあることだが、効きもしない薬が何種類も併用されていて、向精神病薬だけでじつに5種類ぐらい出されていたのである。
じっとしていると身体がむずむずしてつらいという、アカシジアと呼ばれる副作用もでていたが、それは「皮膚寄生虫妄想」だと決め付けられて向精神病薬の増量につながった。その症状を「皮膚の下を何匹もヤスデが這い回るような……」なんて気色悪い表現をしてしまうので、鈍い医者には妄想と受け取られるのである。
彼女は劇的に改善した。中断していた通信制高校の課題をやり始め、ツンツン髪を栗色に染め直してコンビニでバイトをはじめた。母親との関係にかなりの問題があって、元気になったはなったなりにトラブルが相次ぐため、半年ほどして一人暮らしをはじめた。そのうち、コンビニでは生活できないと、キャバクラで働くようになったのである。
「金のためだと思って割り切っているので平気」だという。結構なじみ客もついた。客の一人に紹介され、映画のちょい役にも出演した。もっと本格的に出演する話もあるのだという。「それ、AVじゃないの?」と尋ねると「やだー、私は明朗健全がモットーなんだから」と笑う。
顧客へのくすぐり用に100円ショップで買ったというチョコレートを一つ診察机の上において、彼女は笑顔で帰っていった。この見事な「社会復帰」をどう評価すべきか?「まあ、金のためだから」、チョコをポケットに収めながら、私はそうひとりごちたのである。
投稿者 webmaster : 2004年02月14日 23:33
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一応断っておくが、自分の見ている症例について書くときは必ずかなりのモデファイをしており、ここに書いたそのままの人は存在しないのである。
もちろん丸っきりの創作ではない。そのあたりのバランスはかなり考慮しているつもりである
投稿者 Webmaster : 2004年02月15日 13:21