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そんなわけで健全スポーツオヤジと化していた私であるが、もともと運動能力が乏しいため、タイムを競うというレベルには全く達しない。そこで種目を増やして変化を楽しもうと、ロードレーサーを買い込んで、自転車競技まではじめる。
ただ、日本のアマチュア自転車ロードレース界は少々オタク系の雰囲気が強く、レーステクニックを素人同士が広く共有して底辺を広げていこうという姿勢があまりない。市民レースは古参のコア連中が、レースの作法も知らない素人を邪魔にするばかりで、あまり楽しくないのである。ロードレースの難しいテクニックを捨象した自転車パートを持つ、トライアスロンのほうに素人が押し寄せたのも当然である。
私も自分で可能な種目だけで成り立つトライアスロンにのめりこみ、今までの健康目的という運動から、レース出場のための運動という風に、完全に目的と手段がひっくり返ることになる。トライアスロンでは、そこそこのところで完走を目的にする程度なら、スピードよりもとにかく持久力が大事なので、インターバル練習なんか絶対やらない私の練習法でも十分楽しく参加できる。
といいつつも、いささか常軌を逸した距離(私は、水泳3.8km、自転車180km、そしてフルマラソンというロングタイプだけを目的にしていた)をこなさねばならない競技なので、並みの練習をしていたのでは完走どころか、生還すらも難しい。スポーツクラブで普段練習する時でも、負荷をかなりあげたエアロバイクを一時間こいで、その後トレッドミルで10km走り、それから2kmは泳ぐという、ショートレース程度の無茶な練習を週4回以上やっていた。休みの日には、雨でもなければ200kmほどロード練習をする。
このおかげで、ふだんの時間管理はとても上手になった。というより、レースに関係しないことは、ほとんど通り一遍ですますだけという生活だった。このころはトレーニングだけで一日2000カロリー近い消費をしてしまうので、気を付けていないと体重が減ってしまう。ランニングなら有利だが、水泳では浮力が少なくなってしまうし、自転車でも多少体重があるほうが、少なくとも下りは有利で安全性にも役立つ。そのために、炭水化物を中心にいつも食い放題という食生活を続けたわけだが、本来の好みともあって実に満足だった。
このころ、日本国内だけでなく、海外のレースをいれたら全部で30レース近くは出場しまくり、いつも後半3分の2あたりの順位というところでフィニッシュできていたが、その成績よりも何よりも、レースを軸にした生活は実に楽しいものだった。今までの人生を通じて、あの頃ほど充実していたことはなかったといえる。
ところが人間は歳をとるもので、そんな無茶な生活もいつまでもやっていられなくなる。疲れがなかなか取れなくなり、トレーニングをすればするだけ調子が落ちるようになってくる。トレーニングの質の問題かと、筋トレを取り入れたりするが、やることすべて裏目に出て来ると言う感じである。練習量も減らさざるをえなくなり、その一方で食生活は相変わらずの食い放題メニューなので、体重もじわじわ増え始め、ますます疲れやすさがひどくなるという悪循環である。(この項続く)
投稿者 webmaster : 2004年03月25日 21:55
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