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2004年03月26日  余は如何にしてダイエット教徒となりしか(4) [日常]

さて、だらだらと面白くもないスポーツ狂いの話を書いてきて、結局帰着するところは「運命というのは変えられないらしい」というもの。自分がやりたいことだけをやって、それが健康にも役立つなんてこともないようだ。体重を減らそうとヒーヒーいいながら泳いだり走ったりしていた段階から、それが快楽になってしまったところで健康というものとは無関係になってしまったわけ。

少なくとも、約20年間のスポーツ三昧は、私に時間管理を常に意識する生活スタイル(といえば聞こえはいいが、要はいやなことは極力やらずに済ますということ)と、スポーツ医学や栄養学の知識をたっぷり与えてくれた。他人の例ではなく、自分の問題にどう対処するのかせまられると、学習効率というのは飛躍的に高くなるのである。もちろん他人にも適用可能なので、思いがけず商売の助けになったのは言うまでもない。

しかし激しい運動をしていた頃、食事ということに関しては、私のやってきたことは結局食べたいように食べるということだけであった。そんなわけで、運動量を減らさざるを得なくなってから、体重が元の黙阿弥になるのもまあ当然であろう。これではいかんと、オーソドックスなモノからトンデモ系にいたるまで、いろんな食事プランに挑戦したが効果が出るまで続けられたものはなかった。ちょっと前までは、やりたいことだけをやって減量できていたのに、なんでそんなクソ面白くもないことをしないといけないのか、と思ってしまうのである。

そんなわけで、自分の商売の関係でも、人に減量をすすめる言葉にはあまり力が入らない。バランスよく食事をとって、適度な運動を、ってなことで減量できるわけがないのは知り抜いているのである。といって、やせようと思ってプールに通っているんです、というオバサンに、アップ500m、バタ足500mのあと、1分30秒もちで100mインターバルを20本、というような「処方」するわけにもいかない。

身体のつくりを運動で変えようとおもえば、その程度の量をやらないと無理なのである。ジョギングならまだ誰にでも出来るが、それでも一日10kmは走らないとはっきりした効果はでないだろうし、それが出来るようなら、すでに健康志向とは別の世界に入り込んでいるということだ。それが出来る人はやればいいと思うし、それはかなり素晴らしい体験をもたらしてくれることを保障してもいいが、やはり「健康のため」とは少し違うことを知っておくべきであろう。

書き始めた時は、ダイエットの理論的考察を意図していたのだけれど(題名、全然中身とちゃうやないかい)、いつの間にやらスポーツオヤジの挫折物語になってしまった。このバックグラウンドを踏まえた上で、なぜ一般的にダイエットは成功しないのかという話をそのうち展開するということで、尻すぼみに文章を終えさせていただく。

なお、現在は「余丁町散人」氏の影響で、いわゆる「アトキンスダイエット」に挑戦中なので、これを掉尾を飾る成功例として報告できればとおもう。トンデモ系ダイエット(失礼)挫折例が一つ増えるだけかも知れないけれど。

投稿者 webmaster : 2004年03月26日 19:57

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コメント

当方は一週間目にして、はやバテ気味です。塩鮭入りオニギリの夢をみそう。

投稿者 webmaster : 2004年03月28日 10:03

あっ、リファーいただき恐縮。小生はまだ続いてますぞ! 今日の昼は「港の定食屋さん」でぶり大根にメンチカツ。ご飯は食べなかった!減量は引き続き進行中、また体調よろしいです。

投稿者 余丁町散人 : 2004年03月26日 21:52