« Fordの「新戦略」広告 | メイン | Video Killed the Radio Star »

2004年04月09日  イラク拉致事件について [社会・歴史]

基本的には政治的な問題には口をはさまないというスタンスなのだけれど、この問題が何らかの形で決着というか、展開を見せた時になって、知った風なことを言う誘惑に駆られそうな気がするので、ここで一応の姿勢というか、トホホな意見しか持っていないのだということを自己暴露しておいたほうがいいように思う。

まず前提として、私は今のような形で自衛隊がイラクへいったのは間違いだと思っている。あんな腰が入らない、形ばかりの軍事行動をして米国のご機嫌を何で取らねばならないのかという定型的な類「反米」的態度もあるし、それ以上にイラク復興ということについて、何の役にもたたないと思うからだ。

そのくせ政府は中途半端な姿勢を合理化し、、軍事行動ではないのだ、復興人道支援なのだのおためごかしである。軍隊を派遣するのだから、こうなればアラブの反米勢力とは対決するしかない、一連托生なのだから甘っちょろいこと考えずに、いかれたイスラム原理主義者一掃のために一億火の玉の精神で事に当たれ、とでもいうならまだ支持してもいいと思える。

イラクを本気で復興させたいのなら、巨額の経済援助をすればいいではないか。それも妙なヒモ付き援助ではなく、純然たる「喜捨」として。イスラムの教えにもかなうのではないか。ドルを買い支える資金程度をそのまま民衆に配れば、思わぬところで円経済圏が拡大し、内需刺激に準じた効果が出るのではないか。金が足らぬなら、古米、古古米を配ってもいいではないか。食糧庁の倉庫カラにしてもっていけば?ちょっとセコイが、一石二鳥だ。

そういう援助が犯罪組織やテロ集団にわたらぬように、充分なガードが必要になるだろうが、その時こそ武装介入の名目も立つというものである。それをほとんど何の役にもたたない形で軍隊を送り、隊員はというと風呂に入ってリラックス、子供とTV電話して涙ぐんでみたりの情けなさで、イラクの民衆からはさっぱり感謝もされないというのでは、何のことやらわからんではないか。

ただ、今回の拉致を理由にした撤退というのはやはりナシであろう。それでは、派兵自体の無意味さが覆い隠される。正しい事をしているが、人質の命を救うためには仕方ないというようなヘナチョコにヘナチョコを重ねる論理をつかえば、なんぼなんでも日本という国は末代まで馬鹿にされまくる。別にそれだってかまわんのだが、やはりそこまで腰砕けになるなら、もう税金の残りを国民に均等分割して国家解散した方がましだ。赤字だったっけ。

人質救出の秘密交渉(やられているとして)の範囲で身代金とか最終的撤退が提案されることがあっても、人質と交換に即時撤退ということは現実に無理だし、やるべきでないと思う。人質見殺しという意見かといわれたら、そう取られても仕方がないということになるが、拉致した側にしても、単なる殺し屋集団ではなく、それなりに政治的効用を考えているはずだから、かえって自分たちの孤立につながるかもしれない行動を軽々しく取るとは思いにくい。まあ、ゲームのさい一番始末が悪いのが、最適化行動を選べないアホタレが相手の場合なので、これがそのケースである可能性もあるけれど。

また、拉致された人たちが単なる民間人や政府関係者ではなく、イラク民衆のために直接行動をおこそうという立場(それに近い人も含む)の人であったということは、日本に拡がっていた漠然とした反米親アラブ感情を、反テロリストに一本化する可能性も高い。政府がそれを見越して、強硬な見殺し策を取るかもしれないという予想もある。拉致された人々が少々危機感に欠けていたのは事実ながら、それは政府が人道支援なのだ、軍事行動ではないのだと、いい加減な取り繕いしていたのと相似形である。

なんであれ、現実の社会問題にかんして、まるっきり厨房まるだしの意見しか持てないのが悲しいのだが、プロである連中までもが同列のようにみえるのはもっと悲しい。場当たり危機対応が招く結果に、一時の感情論でねじ伏せられてしまうようなことにはなりたくないので、あえて間抜けな意見を書き連ねてみた。

投稿者 webmaster : 2004年04月09日 17:58

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://med-legend.com/mt/mt-tbcba.cgi/69