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承前。一晩頭を冷やしてみて、一体私はあのブログで展開される理屈のどこが気に入らないのか、実はあまりわかっていないということに気づいている。finalvent氏の前提を受け入れるなら、そのロジックは実に明快であり、私なんかには「はぁ、御説ごもっとも」としかいえないものだ。問題は、その前提に私は立てないというだけのことに過ぎない。
戦争なんて、やりたい連中に勝手にやらせておけばいいのではないだろうか。いままでの歴史的な経緯を踏まえるならば、自分たちが当事者にならないように、小ズルいといわれようが、根性なしといわれようが、細心の注意で目先を切り抜けていくのが、私たちにふさわしい身の処し方だと思う。幸い冷戦も終わっていて、意地の張り合いから世界戦争に発展する可能性もそう高くはない。
私だって、しつけの悪いガキに対して、町内の頑固親父が説教かます姿には快哉を叫びたいし、現に日頃の仕事で、家庭内暴力という当事者間の病的悪循環に対して、国家から法的に委託された権限をつかって強制的隔離という暴力的介入をやっているのである。でもそういうモデルを、国家間のレベルに安易かつ無前提に持ち出してくることは、明らかな間違いだと思う。
正義だの人類への貢献だのというような「正しい」主張は、個人的な幻想とか、差し当たっての一国内での取り決め上の題目にとどめておいて、普遍的な真理として登場させるのはナシにしていただきたいと切に願う。それがどんなに冴えた俊英によって提唱されるものであろうと。
ま、こうして読み直してみれば私なんぞの考えることは、昔ながらの非武装中立論に近い、女々しい理屈なのだと自分でも感心してしまう。これで自分の家族が、どこかの国家的犯罪の餌食になったり、テロリストの被害者にでもなれば、この国家の威信にすがり、勇ましい解決を要請したりするんだろうな、と思う。そういう覚悟のなさに居直るヘタレぶり以外に、自分のいるべきところは見つからない。
(注)悪い癖で、本来同類には出来ないような粗雑な主張をするところまで一緒くたにして、「お利口な間抜けぶり」なんて表現してしまったが、「極東ブログ」にはそんな部分はない。
投稿者 webmaster : 2004年05月07日 19:08
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「後に歴史に裁かれようとも、そうせざるを得ないという決心は、たとえまるで支持できないものであろうと、それなりに立派なものだ」とおっしゃっていますが、政治家の覚悟なんて物は豚にでも食わせれば良いのであって、政治家は常に彼が何をして、あるいは何をせず、それによってどんな結果がもたらされたか、それだけによって評価されるべきです。そして、完全なパレート最適が現実界には存在しない以上、政治的な行動は常に誰かに損害を与え、政治家は常に罪人です。「行動者は常に非良心的だ」という事で、そのような立場にある政治家への憐むのは仕方ないでしょうが(といっても多くの政治家は自分の罪を引き受けようとしないのが常でしょうが)、政治家としての評価にそれを差し挟むべきではありません。
「何の利害も、当然何の責任すら持たない」、「戦争なんて、やりたい連中に勝手にやらせておけばいい」等の言葉からしておそらく、Webmaster氏は「良心的な非行動者」に引っ込もうとされているのだと思います。しかしそれは、どのような立場でもない、という事ではあり得ないというか、「自分の立場も相対化する原則放棄やダブルスタンダード何でもあり、という卑怯な『立場』」と書いているように、自覚していらっしゃるのでしょうけど、立場とは見られる事によって生起するものであり、つまり立場は「明確にする」物じゃなく、他者によって時には否応無しに、明確にさせられる物です。実際、「昔ながらの非武装中立論に近い、女々しい理屈」というのは、finalvent氏の様な人からすれば(彼の文章をほとんど読んだ事が無いので、好い加減な判断ですが)、明確に彼に対立する立場なのでしょうし。
何かについて主体であり、立場を持つという事が、否応無くそうさせられる物である以上、立場を明らかにするというその事を批判する事に意味はあるんでしょうか。意味なんか無い、とWebmaster氏はおっしゃるのかも知れませんが、否応無く立たされた立場から、finalvent氏の議論を、あるいは彼の立場を批判する事は可能だし、またWebmaster氏の書いている事の半分方以上はむしろそちらに属する話だと思います。
投稿者 宮川拓 : 2004年05月10日 01:31
なぜ極東ブログがダメなのか。日記にはちゃんと書いてありますね。
>というのは、彼はその博学と多様な情報ソースを駆使して、
>この世界を正しく解釈し善導することが出来る、
>ある意味での超越的な立場を求めておられるに違いないと感じるからだ。
>それはかのスーザン・ソンタグの「NATOによるコソボ空爆擁護論」なのであった。
>どんなものであれ利害関係がある人が何らかの擁護論を述べるのはわかる。
>でも、何の利害も、当然何の責任すら持たない人間が、真理からの必然であるかのように
>立場の主張をするのは、どうにも理解できないのである。
また6日と7日の日記は「立場を明確にするということ」と題されています。
おそらくwebmasterさんは、「おのれが主体であることに疑いをもたず」
「戦争についてきっぱりと明確な『立場』を持とうとしている」
その姿勢に不快感を示しているのではないでしょうか。
自分は内田樹さんによるソンタグ批判と共通の問題意識を感じました。
リンク先の文章も参考になると思います。http://village.infoweb.ne.jp/~fwgh5997/simple/28.html
http://village.infoweb.ne.jp/~fwgh5997/simple/29.html
投稿者 NarbeQ : 2004年05月09日 15:10
Kさんのほうがよほど感情的だと思うけど。先にトラックバックを書いた人なのかな?
議論を求めてないじゃん。
だから、正義だとかは、自分だけで考えて、それを聞きたい人に話せっていってるじゃん。
このページは、webmaster様の広範な知識、色々な経験が一流のユーモア、洒落で構成されてるのが魅力でしょ。そういう空気が本当にわからないの?
単に笑いだとかが嫌いなの?だったら、見なきゃいいだけだと思うけど。
webmaster様のご活躍、今後とも楽しみにしています。
大変ですね、洒落も理屈も婉曲表現もわかんない人を相手にするの。
相手にしてないのか。「荒らしは放置で」という常識からすれば、このコメントも本当に邪魔なだけですね。でしたら、お手数ですがすぐに消してください。
投稿者 firework : 2004年05月09日 01:50
「正義だの人類への貢献だのというような「正しい」主張は、……」というところですが、
──つまり、「普遍的な真理として登場させるのはナシにして」と続くレトリックだとはわかりました。声高な正義の主張は止めてくれ、というようなことでしょうか。
ただ、「正義」だの「人類への貢献」だのといった主張がどんなものでも全部成り立たない訳ではないでしょう。(とんでもない膨大な悲惨があったらそれは不正義だというのは当然です。)
また、「一国内での取り決め上の題目」だったら、正義の主張がまあ認められるというような言い方もおかしい。「一国内」だろうと、「外国からみ」だろうと、その正義の主張がおかしい場合もあれば、おかしくない場合もあります。
また、「冴えた俊英」かどうかも、正義の主張が受け入れられるかどうかとは関係ありません。(正義の主張が妥当かどうかは、それがその場面での人々の生に適しているかどうかの吟味によって決まるはずだと思いますから)。俊英かどうかを気にするのも、変です。
要するに、貴論は、正義云々を自己主張の強さというぐらいのレベルでとらえ、また正義というのは(総じて?)欺瞞だというようにとらえ、それは自分の感覚に合わない、と言っているかのようです。だから、「正しい主張」自体について、ナシとか一国内にとどめろというような形での議論になるのでしょう。しかし、そうだとすると、それはあまりにも正義の女神に対して「粗雑」「失礼」ではでしょうか。
声高に言わない自分がいい子だと言いたいようでもあり、それが成り立たないからと、極東ブログの威勢のよさに嫉妬しているようでもあり、どうも理解できません。しかし、そもそも貴論が、議論を、感覚的な次元での強さ・弱さ・面白さ、冴えているいない、みたいなものばかりを焦点にして受け止めているように私には思えます。それがとても残念。「お疲れ」なのか「癖」なのかわかりませんが、もっと理性的な文章を書いてください。
投稿者 K : 2004年05月08日 16:41