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2004年06月01日  新職場1日目 [日常]

パートで行っていた方の職場を変えて今日が1日目。今までみていた人たちの8割近くはこちらに来る予定ではあるものの、はじめはゴタゴタするだろうからと、月なかば以降の受診で済むように工作したおかげか、ほとんど仕事がない。

それでもそこそこ新患が来るのと、入院患者のコンサルテーションもあって、全く給料泥棒という雰囲気でもない(筈)。ICUにいくと薬物系自殺未遂(それも常習)が2例もいて、どうもこのあたりが当面の仕事になりそうだなと、少々暗い気持ちになる。苦手なんだよね、こういう人たち。そんなにやりたいなら、元気を出して最後までやりとおせばいいんではと、心の底では思っているわけで。

人生常に行き当たりばったり、という哲学(?)を持っている私には、生きていくことに意味を見出せなくなるという観念がいまいち了解不能である。意味なんかを抱えて、人は暮らしているものなんだろうか。生きのびていく可能性を追求するために冒険するとか、利害反する相手と刺し違えるしかない、なんて状況なら理解も出来るんだけれど。

実際自殺を試みる人で、考えた挙句にそうするなんて人は多数派とはいえない。いろんな軋轢があり、ストレスがあっても、それなりに対応していたはずなのに、突然自殺に走るという例は数多いし、失敗した場合、あとでその時の記憶を欠く人も多い。思いつめた挙句、という例の場合は自殺予防の相談プログラムも意味があるんだろうけれど、私がかかわっているような例では、あんまり役立ちそうにもないのだ。

だからそういう理性的かつ良心的な対応は無意味だ、といっているわけではないが、それだけでは対応できない要素がこれにはあるというのを、ちょっと覚えてもらっておいてもいいかな、と。なんであれ、急にカタスロフが来る例では何をしようもないし、そうでない例には古典的対応を誠意を持ってやり続けるしかない。でも、そういう例に入院を勧めるのだけが方針というのが、古典的対応なんだけど。

少なくとも、強制的収容で問題が解決するわけがないというのに容易に気づくという点で、精神科医が典型的精神科治療施設で仕事をしないメリットというのはあるんですな。なんであれ、私の本格的精神科医療キャリアは総合病院の救急対応から始まっているようなものなので、今度の職場ではその経験を少しでも還元するようにしたいと思うものだ。でも、仕事は少なめにして欲しいが。

投稿者 webmaster : 2004年06月01日 22:19

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