昼休みに自室に戻ると、薬屋さんがデスクの上に宣伝雑誌をおいてくれていた。そこに「線維筋痛症」という疾患についての記事があり、聞き覚えのない病名なので、いつもは読みもせず捨てるだけの雑誌を、昼寝もやめて熟読する。その記事の著者である医師の作ったサイトも紹介されていたので、そちらもざっと目を通す。
それらを読むと、線維筋痛症とは「身体の広範囲に強い痛みを起こす原因不明の病気」であり、検査をしても特別の異常が見つからないものだそうだ。それを抱えた人はリウマチではないかとリウマチ専門医を訪れることが多いため、リウマチ学会を中心に今関心が広がりつつあるという。
でも私、昔からこういう人一杯みてきたし、今もみていますがなぁ。日本の、と限定する事も無いのだが、医療業界では客観的な検査所見がでないものは病気ではないとされることが多く、本人がいくら症状を訴えようと(時には目で見てハッキリした異常があろうと)、検査データとしてそれが示されないものは「気のせい、こだわりすぎ、ストレスのせい」とされることが多い(そのくせ、本人が「風邪だ」と主張すると、熱もないのにヘビーな抗炎症剤と抗生物質どっさり出すような医者も結構いるのだから、わけが判らんのだが)。それでもしつこく治療を求めると、形のないモノを見る唯一の診療科とされる、私らのところへ送られてくる仕組みになっていた。
最近は心療内科というような欺瞞的診療科名が通るので、敷居はかなり低くなっているが、ちょっと前まではこの敷居は非常に高く、ほとほと困り抜いた人しか来なかったため、逆に覚悟が出来るのか、案外治療には簡単に反応してくれたものだ。そういう訴えをする人は、かなり抑うつ的になっているレベルから、痛み以外のことに関心を振れないとうような、余裕を失っているだけの例までかなり幅があり、いわゆる精神科的対応が必ず必要というものでもない。
ごくごく簡単な認知療法的枠組み(といえばもっともらしいが、要は自分の症状を客観化する距離を持ってもらうようにするというだけ)で、必要な人には抗うつ効果のある薬剤をつかいながら、対症療法していくというのが方針のすべてであるが、まあそれで結構何とかなるものだ。もちろん普通の抗炎症剤とか、神経ブロックなども併用する。身体科でよく使われるミオナールなどの筋弛緩薬はふつうまず効かないので、確実に筋弛緩作用のある抗不安剤の使い分けに慣れている我々は、ほんのちょっとアドバンテージがあるといえる。
この状態の本質は、どうも体内知覚の伝達と抑制にかかわる未知のメカニズムの失調にあるらしい(例によって私の勝手な理解なので、眉に唾して読んで欲しいが)。実際に自己免疫疾患を持っている人に、この状態が発症することも結構あるそうだ。免疫システムというのも、要は情報伝達システムにほかならぬのだから、神経系知覚と絡み合っていることは容易に予測される。精神と身体を別のものとして、どちらかだけに問題があるというようなことがいえる訳はないのである。
いわゆる「慢性疲労症候群」ともかなり重複する部分があるとのことだが、そもそも主訴を大雑把にまとめたに過ぎない線維筋痛症やら慢性疲労症候群を、何かの実体だと考えるのが無理だと思える。千差万別の多様な身体知覚の変容という状態があり、その独自性を尊重しつつ、効果的な対症療法を積み重ねていき、背後にある(かもしれない)共通の本体にせまるという戦略が取られるべきであろう。
というわけで、多少の違和感を覚えないでもないのだが、「検査データに現れないものは病気ではない」とする風潮への逆流が生まれているらしいのは、なんであれ喜ばしいことだ。マニュアル優先にならざるを得ない医療現場では、こうした実体的な概念化が先行するのも仕方ないだろう。トータルに疾患を捉えるというのは題目としてよく語られるものの、なんだか気色の悪い「人間的共感」みたいな見当外れに流れがちだ。こういう状態への対応を通じて、多元的に疾患にせまる科学的方法論が浸透していくことを望むものだ。
なんか、もうちょっとおちゃらけにするつもりだったのに、えらく真面目な内容になってしまった。基礎的な文献なんかを丹念に読まず、通り一遍で書くとこういう一見もっともらしいものになるという実例。
投稿者 webmaster : 2004年06月02日 23:26
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あはは、なるほど。そういうことなんですね。
「痛いですか?」じゃなくて「痛いんじゃないですか?」って感じがいいんですかね。
うーん利用してみようっと。
投稿者 3ねんめのけんしゅうい : 2004年06月06日 21:54
この場合の「圧痛」というのは、気のせいといわれつづけてきた苦痛を共感するための一種の共同的パフォーマンスですな。
「痛いのここでしょ?」「うーん?そこかなあ、そういわれれば、あ、そこそこ」てな感じで。
それが受容のきっかけになるなら、付き合ってあげるのも一策かと。でも、それを実体だとして、なんか大層な研究する人もいるのかと思うと、少々バカバカしいけれど。
投稿者 Webmaster : 2004年06月05日 08:09
いつも読ませていただいております。
fibromyalgiaは、「典型的な圧痛点」が診断のポイントだといいますね。でも押して痛がった人をみたことがありません。
最後のほうで管理人さんは好意的に解釈してらっしゃいますが、たぶん診断名がないと金が出ないアメリカで開発された疾患概念のような気がしています。かの国では保険病名とかそんなあいまいなことは通用しないそうです。
リウマチ入門にはしばらく前からのっていますが、日本で最近注目され出しているのはたしか新聞記事がきっかけだった気がします。「あなたの日ごろの疲れは治る!」みたいなやつで。
投稿者 3ねんめのけんしゅうい : 2004年06月05日 02:50