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2004年06月29日  10kmの差 [医学・科学関連]

パートで行っていた職場を変えて1ヶ月、今までの病院の患者さんもなんとか大過なく引き継ぎ、新しい診療圏の症例も増えてきて思うことは、たかが10kmの差というのは大きいのだということ。

今までの病院と今度のところでは、都心までの距離でいうと、その差はたった10kmなのだが、個々の症例のバックグラウンドがコロリとかわるのである。ごくごく印象的にいえば、「土の香りがしなくなる」とでも表せばいいのかも。

基本的には日本中どこにいったって、人々は狭い世間のしがらみへの反発と依存のなかに生きているわけで、その葛藤の質とかがそうそう変わるものでないのは自明の事である。ましてその病像までもが変わるわけではない、といいたいところなのだが、正直いうとちょっと変わるのだな、これが。

都市に生きる疎外された人々は、より都市文化に影響された脱構築的病像を示すといえば安っぽい社会学的分析にピッタシカンカンなのだが、事実は全然そうでない。実にストレートで開けっぴろげな、昔ながらの身体症状を伴うような不安症状や精神的虚脱を示して病院を訪れる人が多いのだ。脳器質疾患まで古典的教科書的症状を示しているようにさえ思える。

その理由を考えてみるに、主要なものは医療機関の表面的な対応であろう。精神科疾患の受け皿が、少数の古典的収容所病院と、一般病院やクリニックに二極化していて、本格的な精神病的錯乱でない限りは、敷居の低い後者に対応されることが多いため、「狂える人へのメタモルフォーゼ」といでもいう極限的パフォーマンスを演じることへの覚悟が、今ひとつ成立しにくいのではないか。

都市部に多いメンタルクリニックの隆盛は結構なことではあるのだが、そこでの医療はどうしてもファーストフード風になるためか、どうも今ひとつ具体的問題解決能力に欠けるところが目立つような気がする(もちろん、そうでないところもあるけど)。そういうところを沢山経てきた患者さんは、薬にたいする断片的な不信感だけをつのらせるが、そもそもちゃんとした診断すら受けていない場合がある。

わかりやすい症状をパーッと手堅く示せば、適切な医療に行き当たる機会も増えるだろうという、やむにやまれぬ願いがあるのかもしれない。現状の精神科医療では、不十分な医療環境で、不当で不要な拘束をうけるような事はまずなくなったといえるのだが、そのことが逆に医療側にも医療を受ける側にも、緊張感を失わせる結果になっているのかな、なんて考えたりする。

もっとも、今のところには重度の病態をも含めた診療体制があるわけではなく、一般病院で対応できるレベルだけを見ているのだから、私の印象というのも、そういう御気楽な限界の中だけのことであるのだが、案外、全体に通じる事ではないかとうすうす感じている。

駆け出しの頃、伝統的文化の色濃い田園地帯で診療していて、キツネ付きやら天狗付きが毎日のように押し寄せ、なんじゃこりゃと当惑していた昔が懐かしい。都市化というのは、要は単純化の事だったのですな。

投稿者 webmaster : 2004年06月29日 23:48

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