2004年07月31日  適応障害[ニュース]

雅子皇太子妃殿下は適応障害だ、という公式発表がされたとの報道である。これに関する報道機関のニュースを読み比べると、各社微妙なニュアンスの違いをこめていて、なかなか興味がそそられる。例えば朝日は「ストレスにより、抑うつ症状や不安な気持ちになる『適応障害』との診断結果」という表現で、「適応障害」という病名と、その力動的背景を説明している。

読売はほとんど同じようなものともいえるが、「『ストレスへの適応障害によって不安や抑うつ気分が現れている』と診断」されていると伝え、「適応障害」という言葉を、病名というよりはむしろ日常的な意味合いで使っている。即物的な報道では定評のある毎日になると、「医師団から『適応障害』と診断を受けた」と実にあっさりと書かれており、「詳しい診断結果」がそれかいなと、大概の人は思うような内容である。

読売の報道には「適応障害なんていって、そんなもの『この人は調子が悪い』といっているのと同じだぞ」という、ほのかなツッコミのニュアンスが感じられるが、ほかの記事からはそれで納得してしまっている様子がうかがわれる。

いろいろと下衆なうわさが飛び交っていた皇太子妃の病状に、こんなあっさりした公式発表がなされただけでは、かえって疑心暗鬼が蔓延するだけではないかと私なんかは心配してしまうが、専門家がもっともらしく言えば、バカみたいな説明でもなんとなく通ってしまうというのは、私らのレベルでもよくお世話になっている手法で、どうもこの場合もそうらしい。

ほとんどの人は色々と問題を抱えながら、その環境にそれなりに適応して毎日を送っているわけで、その人に求められる機能を遂行できない状態が慢性的に続くなら、原因は何であれ適応障害であるといえる。それだけでは何を言ったことにもならないのは自明なのだが、それが通るというところがこの問題の面白いところである。

「適応障害」を病名として使っているということは、アメリカ精神医学会が定めるDSM-IVの診断基準に依拠しているわけだが、こいつがなかなかの傑作なのである。これの原型をはじめてみたとき、連想したのは、ボルヘスの「異端審問」という本に引用されていた「中国の百科事典」である。それには例えば「動物」がこう分類されているという。

(a) 皇帝に帰属するもの、(b) 剥製にされたもの、(c) 飼い慣らされたもの、(d) 幼豚、(e) 人魚、(f) 架空のもの、(g) 野良犬、(h) この分類に含まれるもの、(i) 狂ったように震えているもの、(j) 無数のもの、(k) 立派な駱駝の刷子をひきずっているもの、(l) その他のもの、(m) 壷を割ったばかりのもの、(n) 遠くから見ると蝿に似ているもの。

DSM分類は、まさしくこの「中国の百科事典」そのままの様相を呈しているのである。そこでは状態像分類や原因分類、経過分類がいりまじり、しかもそれに、「これらの条件のうちn件以上を満たすもの」というような付随的な要件がくっついていたりする。その人がどのような症状であるかすら問わないような診断だって可能なのだ。形だけの診断をしなければならないとき、とりわけ役所に出す書類を書くときには実に役立つので、私もそういうときには最大限活用させてもらっている。要は、責任をとりたくない立場から医療にかかわるには最適な診断体系なのである。

適応する側の問題も、その環境側の問題も問わず、とにかく適応過程でのトラブルなのだというその控えめな診断のおかげで、いったい具体的に何が問題なのだろうという下々の当て推量の数々はひとまず回避できたようなので、医師団におかれては本格的な治療プロセスを推し進めていっていただきたいものだ。とりわけ、そもそも「適応」しないといけないものかという判断だけは、ぜひ示していただきたいと思う。

(注:31日の夜酔っ払って書いたので、実に不敬な表現が数多く混じってしまい、本日周到な削除をした上でアップするのだが、おかげで何を言いたいのかサッパシ分からん文章になってしまいました、とさ。8月1日記)
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2004年07月30日  ブルームーン[ニュース]

明日7月31日は、地球上のかなりの部分で「ブルームーン」がみられる日なのだそうだ。ブルームーンとは1ヶ月のうちに来た2度目の満月をそう呼ぶのだという。御存知のように月齢周期は29日強で、1か月というのは二月を除けばそれ以上なのだから、3年にいっぺんぐらいは起こってもいいはずである。実際、前回これが起こったのは2001年の11月30日(一部では12月30日)で、次回に起こるのは2007年である(グリニッジ標準時からの偏差が-1:00から+11:00の地域に限られるが)。

昔は一つの季節に4回目の満月が来ることをブルームーンといったそうだ。早くから太陽暦が使われていた文化圏では、こんなかたちで太陰暦への郷愁というか、月の運行に時間意識をゆだねる回帰感覚を味わっていたのかな、なんて思ったりするが、そういうことには全然詳しくない人間の考えなので、まるで間違っているかもしれない。少なくとも、数世代前まで太陰暦を使っていた日本では、こういう呼び名が生まれる根拠がなかった頃はもちろんのこと、現在でも全然ポピュラーにはなっていない。

この"blue moon"は英語の成句になっていて、"Once in a Blue Moon"というと、ごくまれなことというような意味合いをあらわすそうだ。「盲亀の浮木、優曇華の花」というような感じですかな。そう滅多に起こらないことでもないのに、こういう使い方をされるのには、16世紀ごろから「月が青い」という言い方で「ありえないこと」を表現する言い回しがあったためらしい。

昔、ブルース・ウィリスが新人のころ、「ブルームーン探偵局」なんていうTVドラマに出ていて、NHKでも放映されていたので、結構みていたのだけれど、もしかしたらあのネーミングには、「滅多に依頼人が来ない」とか、「稀にしか事件を解決しない」というような意味合いが隠されていたのかもしれんなぁ、などと思うのだった。そういえば「月がとっても青いから」なんて歌謡曲があったな。「月がとっても青いから、遠回りして帰ろう」などという歌詞で、子供心に一体どういう意味なんだろう、大体月って青いか?と不思議に思ったものだった。あれも英語圏文化に詳しい人が、その教養をひけらかして作った歌詞だったのかもしれん。

ところで、明日はアメリカ西海岸あたりからカトマンズぐらいまでならブルームーンになるのだが、残念なことに日本では満月になるのが8月1日にずれ込んでしまう。でも、8月30日になれば本当のブルームーンが日本でもみられるので、恋人を夜中に連れ出す手管にでも使ってみたらいかがだろう。もちろん、実際に月が青く見えるわけではないけれど。

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2004年07月29日  有限会社ひきもどし[ウェブサイト]

スラッシュ・ドット・ジャパンに、「有限会社ひきもどし」なる会社の広報サイト(?)が紹介されていた。この会社はプロフェッショナルとして引きこもり問題に実利ベースで対処する企業なのだそうで、「“ひきこもり”を“ひきもどす”だけでなく時流に乗るきっかけをつくり、流れに乗った船に乗せ、大海原への航海の楽しみを伝えることが弊社サービスの最大の目的」というのがその宣伝文句。

はじめに書いてしまうとこれは全くのフェイクサイトで、同名の映画「有限会社ひきもどし」の宣伝なのだそうだ。結構凝っていて、会社の理念とか理論的背景までちゃんとでっち上げているのも奥ゆかしい。しかしスラッシュ・ドットの住人たちにはあまりそのセンスは気に入られなかったようで、引きこもりという社会問題をジョークの種にして、ちょっと見フェイクともわからないような無責任なサイトなんか作るんじゃない、というような意見がメインになっていた。

あれをみてフェイクと思わぬほうに多少問題があるのでは、と私なんか感じますがなぁ(今はわかりやすいところにフェイクの断り書きへのリンクができているけど)。ナードを自称される方々というのは、過剰に倫理的なタイプが多いのだなとちょっと感心した次第。

この「ひきもどし」会社は、ひきこもりを一種の発達段階として捉える理論を採用しているようで、「人類は単なる『環境への不適応』としての『ひきこもり』ではなく、『ひきこもり』と『ひきもどり』の繰り返しによって進化する生物」であり、「『ひきこもり』経験の中で獲得したものを社会に還元する。このことにより、人類全体がさらに向上する」という仮説に基づいた治療的関与を行うと主張している。

仮説が大層な割には、その「治療」が部屋を煙でいぶすとか、デカい風船を突っ込んで破裂させるというようなバラエティの芸人いじめみたいなのとか、ニセの冠婚葬祭イベントを催すというような下らんものばかりなのはちょっとイケてない。

以前、吉本隆明の「ひきこもれ」という本の内容を紹介した事があるが、引きこもりのなかには、吉本のいうように、確たる生き方がさしあたって見つからないため、孤立した生活をあえて選んでいるような例もあるのだとは思う。しかし、私らのところに相談が来るようなケースはそういう余裕なんかまるでない例ばっかりで、やはりちゃんと「疾患」として対処する必要がある。彼らの自己決定をいくら待っていても、問題は複雑化するばかりなのである。さすがに吉本はそういうところの区別をちゃんとつけている。

こういうところに、「正常と病気の区別がつくはずがない」などという素人の思い込みで口を挟む人が結構いるのだが、ハッキリ言って、百年の歴史をもつ近代精神医学は、少なくとも診断レベルではほぼ完璧な判断が下せるのだ。治療はまた別、というのが難だけど。

結局、しゃれたつくりではあるのだが、例の「ひきもどし」サイトも、病的問題と個人的発達の問題を混同しているという、決定的思い違いに依拠して作られているという点で、凡百の床屋談義の枠を出るものではない。スラッシュ・ドットに集うような、偏差値的にはかなり優秀であろうナードの皆さんにも、やはりその枠を超えた論議というのは難しいらしいというのが今日の発見。

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2004年07月28日  ナイキグランドセントラル駅[ニュース]

ニューヨーク交通局が、地下鉄駅名にスポンサーをつのる計画を立案中との報道。ヤフーBBスタジアムとか、味の素スタジアムみたいなのを駅名でやろうというわけですな。報じているところがANANOVAなので、今ひとつ信憑性にはかけるものの、それなりのアイデアであるとは思われる。

ANANOVAの記事ではタイトルにあげたものとか、ソニータイムズスクエアなんてのを例に出しているのだが、タイムズスクエアって、もともとタイムズ社の建物があったからそういうんじゃなかったっけ。ソニースクエアにしてもらわないと、ちょっと金を出す意味が薄れるような。

山手線に導入されるとしたら、まっさきに決まるのは「じゃぱネット高田馬場駅」だろう、というのは古舘伊知郎がいってたことのパクリ。

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2004年07月27日  スシ眼鏡[アートとかグッズなど]

glasses_s.jpg
毎日新聞の夕刊を見ていたら、「海外の社会面」というベタ記事に、「ドイツの会社が、フレームを取り外し、はしとして使える通称『すし眼鏡』の販売を始めた」という記事がでていた。これは4日前ぐらいに報道され、あちこちのBLOGで取り上げられていたネタであるのだが、商業紙が取り上げたのはたぶん今日が初めてであろう。

しかしですね、どう考えてもその「はしとして使える眼鏡」というのは妙なのだ。新聞記事ではあいまいに書かれている発売元は、たとえば先ほどの記事ではここだとされているのだけれど、そのサイトのどこを読んでも「スシ眼鏡」なるもののを売り出したという記事を読むことは出来ないのだ。

ネットを走り廻って見つけたのがこのサイト。「スシ眼鏡」ってこんなものかな、という想像図(左上図)がアップされているのだが、これを見る限り記事にあるような「食事中に眼鏡を使えない」というような物でないので、インチキの疑いが尽きないのだ。この点について毎日新聞はどのようにお考えなんでしょう。ちょっと聞いてみたいな、なんて思うのであります。

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2004年07月26日  バイアグラの書き方は13垓通り[ネタ]

先日、あまりのスパムの多さに音を上げて、プロバイダの着信拒否サービスを使い出したことを書いたのだけれど、一時は半分以下になったと喜んでいたのに、ここのところはまたゾロ元通りである。発信元のドメイン名自体が次々に替えてこられるので、一つ一つ拒否設定していたのでは追いつかない。やっぱり内容のフィルタ設定しかあるまいと、いろいろ検討しているのだが、敵もさるものである。

例えばスパムの代表例、「バイアグラ大安売り」をとれば、素直に"Viagra"とつづって買わないかといってくるようなスパムは、まず皆無であるのはご存知であろう。手元に来ているのをざっと見ただけでも、"VI@GRA""VI3AGRA""VyAGRA""Viágrá""V|i|a|g|r|a"である。陳腐化してしまった商品名のおかげで、"ViaZUgra"と書いてあっても意味がとおるのだから始末に悪い。こういうのを前もってフィルタ登録しておくのはまず不可能なのである。

いったい、こういう風にフィルタ対策用としてつづりにノイズを入れるやりかたは何通りあるのだろうという、純粋に学術的興味を追求したのがこのサイトである。ここの管理人はまず、VIAGRAそれぞれのつづり文字自体のバリエーションの検討から始めている。

Vには"V v \/"(最後の奴はバックスラッシュ+スラッシュ)、Iには"I i 1 l | ï ì : Ì Î Í Ï !"が入りうる。この調子でやれば元つづりの変異だけで3x13x17x4x3x17=135,252通りが可能である。次に、"via-gra"や"Viag%ra"という、字間に記号や別文字を加えるタイプがある。例えば"*"を冒頭、字間、末尾に加えるバリエーションだけでも2の7乗=128通りとなる。これにはあらゆるアルファベットを使うことが可能だから、ウムラウトやアクサンなどがついた西欧文字を動員すると192通りということになり、その7乗が全体の組み合わせとなるのである。

したがって全体の組み合わせ総数は以下のとおり。
192x3x192x13x192x17x192x4x192x3x192x17x192=1,300,925,111,156,286,160,896

これを日本式に読むと、13垓92京5111兆1562億8616万896、ということになる。英語で読めば1.3SEXTILLIONSだ、というのがこの話のオチ。

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2004年07月25日  自殺問題を考える[医学・科学関連]

警察庁の発表によれば、昨年2004年度のわが国の自殺者数は3万4427人であったという。毎日新聞の記事によれば、いままで不景気期に一致した58年と86年にピークがあったものの、減少傾向が見られていたのに、90年にはいって増加に転じ、総数が3万人を越えるのはこの6年連続であるらしい。

デュルケームの「自殺論」を引くまでもなく、自殺と社会的規範の解体とは深い関連があると思われ、経済的不況による生活基盤のゆらぎがその原因となるのも了解できるところである。警察庁の統計も90年からの自殺急増の主因を不況と位置付けているようであり、毎日の記事もそれを踏襲しつつ、「人生を勝負事や他人との競争とはき違えるような風潮が広がっている」というような、価値観の問題にもっていくような論調を使っている。

ま、そのあたりはなんとなく納得できないわけではない。「勝ち組」めざすばかりの貧弱な価値観なんか、ちょっとした拍子に破綻してしまうのもそのとおり。「生きる喜びや生命への慈しみ」を大事にして、弱者に手をさしのべる「社会の母性」を育まにゃいかんのだという笑っちゃうような主張にしても、とにかく何かいったことにしないとイケないときには、この程度のことで誤魔化すしかない内容であろう。押し付けがましい管理社会はカンベンしてくれよな、とは思うけど。

私がいまひとつ納得できないのは、精神科関連疾患との関連である。毎日の記事では「自殺者の多くが心の病気におかされている」とさらっと書いてあり、これはほかの報道や統計などでもそういうことにされている場合が多いのだけれど、これは本当なのだろうか。精神科疾患に自殺が多いのは確かに事実である。でも、精神科疾患はそんなに増えているだろうか。分裂病なんか、人類発祥以来一定の割合で発病していると思うし、うつ病にしても、少なくとも躁うつ病の発生率はそう変わらないはずである。

WHO分類でいう「大うつ病」や「気分障害」をとれば、事例として医療が対象にする件数は増えていると思うが、実数はそんなに変わるはずがないがなぁという気がしてならない。そもそも、簡単な統計だけを論拠にしても、うつ病者が自殺者の底辺になっているという主張には、どうもまずい点があることを指摘できるのだ。

というのは、自殺はまずほとんどの国で男性に多く、女性に少ない(2000年の日本で3倍弱)。ところが、うつ病に関していえば、女性のほうが発生率は高いのである。統計にもよるが、平均して約2倍強と言うところだろう。これをどう解釈したらいいだろう。女性のほうがいろいろと抑圧がつよく、症状が出やすいので症例は増えるが、男性の場合はぎりぎりまで発病しないので、いったん具合が悪くなると重症化しやすいのだ、というような説明もあるのだが、どうもあと付けの強弁くさい。

どんな文化にも見られる、男性は力強くなければならないというマチズモの問題としてこれは説明されたりするが、それなら病気の問題はどこに行ったのだということになってしまう。女性の場合はうつ病になりやすく、手厚く治療されるために、むしろ自殺の機会はへるのだという、精神科医療の赫々たる成果といえるならうれしいのだが、まずそれはないだろう。女性の自殺率の低さは、医療充足率などと全く関係なく、世界中で見られるからである。

そんなわけで、マスコミレベルで語られる「精神科医療の充実」で自殺がへるという期待には、正直いって多少の疑義がある。まして、DSM-IVで大雑把に診断し、SSRI投与してあとは野となれという精神科医も多く見受けられる現状で、自殺予防一般に関して、どこまで問題解決ができるかは少々心もとない。

もちろん、精神科医療機関の敷居が低くなるのは悪いことではない。でも、精神科医の皆さん、ホントにそういう人たちが押し寄せてきたら、彼らに充分なサービスを提供できる技量がありますかねと、意地悪な質問をしてみたくなるのも事実なのである。

参考資料
平成10年(1998年)以降の自殺死亡急増 - 自殺予防対策のための自殺死亡統計 -」国立保健医療科学院
"Suicide rate - gender ratio "nationmaster.com

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2004年07月24日  「受精レース」放映計画[ニュース]

毎度おんなじネタ元で恐縮なんだけど、英国テレグラフ紙が報ずる「受精レース放映計画」がちょっと面白いので紹介。これは英国の民放、チャンネル4が企画している視聴者参加番組で、いうならば一種の男性サバイバルショーである。

子供を作ることを希望している女性がまず紹介され、それに対して1000人の男性がつのられ、父親としての適格性が審査されるところからこの番組は始まる。審査基準はその知性、セックスアピール、フィットネスレベルである。遺伝的要因も検討されて、最終的に二名の候補者に絞られるのだが、ここから先の最終審査がなんとも即物的というか、自然の理に任せたというか、トホホというか。

具体的な詳細はまだ検討中らしいが、仮に「ママにならせて!」と呼ばれているその部分は、最新テクノロジーを用いて、卵子が受精する過程を映像化するものになるのだそうだ。つまり、二人の最終候補者から提供された精子が、互いに競争しながら卵子にたどり着いて、どちらかが受精させるまでを追うというもの。

反中絶団体からはすでに厳重な抗議が届いているとのことだが、番組関係者は「これは科学の成果に基づく、娯楽を超えた魅力に満ちた番組だ」と自画自賛しているそうな。それにしても、精子を競わせるのはいいとして、その精子たちの区別はどうやって画像化されるんだろう。その辺がうまく解決できるなら、最終候補二人にまで絞ることなんかしないで、そこそこ優秀な精子を選び、フィーリングカップル5vs5のノリでやってしまうというのも面白そう。

倫理的にはいろいろ意見もあるだろうが、少子化で国が滅びるといわれる昨今、TV番組の枠をこえた動きにつながるかもしれないな、なんて思うのだけれど、やっぱ不謹慎?

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2004年07月23日  ボールドウィン兄弟化センター[ウェブサイト]

アメリカ芸能界のファースト・ファミリーと呼ばれる、ボールドウィン4兄弟なる俳優兄弟がいるのだそうである。6人兄弟のうち、4人までもがそこそこ知られる俳優なんだそうで、DVDやビデオ経由でしか映画を見ない私も、言われてみればそういう人達もいたっけなという程度の知識はあるのだから、一般的には結構なセレブなのだろう。

彼らの人間性全般をいたく気に入っているという外科医、クライブ・ボーデッカー博士は、人々にボールドウィン4兄弟にそっくりな風貌を与えることを天職と考え、研究を重ねた結果、独自の外科的手法を開発することに成功し、それを安価に提供するため、広報サイトを開設した。

料金欄をみれば、「レッドオクトーバーを追え」のジャック・ライアン役で知られる、長男のアレック・ボールドウィンそっくりコースは1200ドル(外税)。「バック・ドラフト」の主人公だった、ウィリアム化なら899ドル(同じく外税)。「フリント・ストーン」でなんかえらく間抜けな役をやっていたスティーヴンは250ドル(外税)。聞いたことないのだが、向こうのB級映画では有名らしいダニエルの場合は応相談ということになっている。

ビフォア・アフターのギャラリーを見る限り、かなり超絶的テクニックをつかって完全に風貌を変換してもらえるようだし、一番高いコースにしたって日本で簡単なことするよりもよっぽど安いので、渡航費を考えてもお得だと思えるのだがいかがなものだろう。

しかし、ボールドウィン兄弟に関して検索すると、"OFFICIAL"を自称するサイトからして、どう見てもおちょくりとしか思えないようなところばっかりで、ボールドウィン化というのはかなり両義的行為であるように見えるのがリスクといえばリスク。

Museum of Hoaxes7月20日の記事より引用。

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2004年07月22日  精神科薬広告ノベルティグッズ[日常]

lullan_d_s.jpg「新サイコドクターあばれ旅」の風野氏が、蒐集した「精神科薬広告図像集」を公開しておられるのはご存知のかたもいるだろう。それにぜひ追加したいと思い、昼寝もやめて撮った画像が左。メーカーのMRさんが配ってくれたマグカップである。

風野氏のギャラリーでは2000年の部の冒頭を飾っている、「ルーラン」という薬の宣伝イラストをマグカップに印刷したものだが、ちょっとした工夫がしてある。このマグカップ、何も入っていないときにはこのように、黒い背景にひとりとんがった木のてっぺんに座った男性が描かれていて、そのまわりをなんやら稲妻みたいなものが取り巻いているのである。電波、ってことかな。

それが、お湯をそそぐとあら不思議、背景は青空になり、男性の周りには笑顔の家族とペットが現れるのである。温度によって色が変わる顔料をつかった、よく土産物屋さんでみる簡単なつくりなのだが、幻覚に支配された孤独な世界から、明るい日常に戻ってこれるのだよというメッセージが実にうまく表現されていると思う。薬屋さんのノベルティグッズとしては出色の出来といえる。

残念なことに、肝腎の薬剤効能のほうは、副作用も少ないが、およそここまで効かない薬も珍しいといいたくなるようなもので、とてもお湯をいれた時のようにさっと症状が消えるような効果は、お世辞にもあるとはいえないのが欠点なんだけど。もちろん、症例によっては効く例もあるとは思うものの、少なくとも私はそういう例に行き当たったことはない。こんな風に簡単に治療ができるものならいいのにね、と苦笑しながらお茶のむには最適ですが。

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2004年07月21日  土用の丑の日[日常]

昼休みに薬屋さんの説明会があるので、なるべく出席してくれと医局秘書から連絡が回ってくる。月に2回ほどこういう説明会があるが、私はまず出ないのだ。要は新製品の宣伝であったり、競合薬品のおかげで売り上げがおちた製品のてこ入れである。なんで他人の商売に協力してやらにゃいかんのだ、薬なんか使うかどうかはその必要性だけにかかっているので、宣伝なんぞに左右されてなるものかと思っているのである。

そりゃ、餅は餅屋であることは承知していて、我々とは違う視点からのメーカーサイドの情報が役に立つこともある。でもキョービそんなこと、わざわざ暑苦しいスーツ姿の営業マンにやってもらうまでもない。ネットでちょっと調べればすむことである。それにね、私は人から根拠なく下手に出られるというのが苦手である。営業用の阿諛追従など聞かされると身の毛がよだつのである。

ふた昔まえごろは、この薬屋さんの営業活動というのは掟なしの世界であった。ほとんど贈収賄すれすれの利益誘導や便宜供与が当たり前だったのである。大手の病院や大学医局の裏金づくりといえば、なんと言ってもまず薬屋さんの宣伝資金がその出所のNo1であった。私も医局の会計を扱っていた事があり、型式的な治験をやって協力費明目で金を集めるようなことに何度か関与した事がある。

奇麗事をいっていても、別の医局や大学に金が回るだけの事で、こちらは図書や資料の充実に使うからいいじゃないかと合理化していたものだ。だからいまだに、どんなにEBMだのなんだのという体裁を整えていようと、提灯持ちの香りがする薬物治験論文なんか全く信じないんですな。さんざん自分がインチキやったことがあるもので。

ましてや今日の説明会は、TVでCMまでうって幻想をあおる某痴呆用薬剤である。この薬は日本で開発されたが、開発費がかかりすぎたのか、海外の製薬会社と共同販売という形になっている。確かに初期の痴呆症状を軽減する効果はあるように思うが、製薬会社やその提灯持ち医者が言うような、中度-重度の痴呆患者にも有用というような証拠はどこにもない。それどころか、夜間せん妄の発現率を明らかに増やし、パ-キンソン症候群の副作用出現もあって、かえって介護の手間がかかる例がよく見られるのである。薬価もやたらに高く、初期の薬効についても費用対効果比率がそう高いとは思えない。

私らのもとに紹介される痴呆患者は一般科や開業医からすでにこの薬を投与されていることが多いが、入院のきっかけになったせん妄症状や歩行障害などが、要はこの薬の副作用に過ぎなかったことも結構多い。この薬をやめるだけで落ち着く人もいるぐらいである。そんな薬で一日分500円近い金をふんだくろうというのは、ちょっと了見が間違っちゃいませんかといいたくなるのも当然であろう。

この病院で使用量が激減しているのに危機感を持って、今日の説明会開催に至ったのであろう。そんなもの、意地でも出てやるかと思っていたのだが、医局秘書によれば「今日は土用の日なので、ウナギ弁当を用意しているみたいですよ」との事。ウナギの誘惑には勝てず、ついつい節をまげて出席してしまった。しかも、主義に反して喰ったそのウナギ弁当のまずかったこと。信念より食い意地が勝るのは仕方がないと納得させてくれる味でないと、自分の情けなさに落ち込むことを防ぎようがありまへん。

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2004年07月20日  またもドロナワ[日常]

昨晩、真夜中に帰り着き、ビールかっ喰らってさー寝よと思った瞬間、今日職場で、ちょっとしたレクチャーをやらねばならないことになっていたのを思い出す。一般病院での精神科疾患への対応というような内容だ。そういえば症例データをメモしていたような気がする。問題は、そのメモがどこにも見当たらないということであるが。

仲間内の発表というものは、どこかの教科書に書いてあるようなことだけいっていても面白くなく、多少のハッタリをかましたくなるものだが、精神科領域というのはこのハッタリがなかなか難しい。極私的な臨床体験の開陳と、遺伝子解析のようなビッグプロジェクトにきれいに分かれてしまうのだ。身体科医が相手というところで、奇矯な人文系の知識を並べ立てて異質さを強調するという手もあるのだが、結局変人振りを際立たせてしまうだけに終わり、円滑なチーム形成という観点からは無意味な行為である。

リエゾン精神医学の実際」という、昔の本だが手元にあったのを引用させてもらうと、総合病院における精神科医の行動指針みたいなことが書いてあってまことに面白い。身体疾患であっても積極的に症例検討会などに出席し、多少視点は違うにせよ同じ医療従事者なのであって、医療業界のはぐれ者ではないことを強調しろ、なんて書いてある。まるで忍びの者の極意書みたいだが、同じような立場で長らく仕事してきたこちらには、実に身につまされる記述である。

まあ、一般身体科で遭遇する可能性の高い精神疾患への対応という、無難なところにしぼり、多少の「と」系モデュレーションを施した精神病理学的ウンチクを交えるという控えめな構成にしておこう。「訴えはあるが所見がない」一群の患者たちに、少しは柔軟な対応が可能になるようにというのが目標というところ。

あ、そういえば広報誌に載せる自己紹介記事の締め切りも今日だった。めんどくさいので、ここのURLだけ書いとこうか。

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2004年07月17日  ちょっとお休み[日常]

連休にわざわざ混雑する場所に出かけるという、世間並みのことをすることになり、二日間記載はお休み。ほんとはゴロゴロ寝てたいんですけどね。

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2004年07月16日  Movable Typeアップグレード[PC・MT]

Movable Typeの日本語正式版がリリースされていたので、無意味に新し物好きの私としてはアップグレードするほかなく、早速の作業にとりかかる。この機会に、評判の悪いEUC-JPエンコードからUFT-8に変えようかと思ったが、CFGファイルを書き換えるとなぜかエラーになってしまい、結局先送り。

例のDecember0000の問題も片付かんしなぁ。有償版を買って、サポートをこまごまと受けようかと思っては見たのだが、しみったれ根性に阻まれて、フリー版を手探りで使うという今までの路線を継承することに。

3.0D英語版ではいくつか目に付いたバグ(なのか、自分の設定ミスなのかわからないけれど)も、一応直されているようなので一安心、と書いてみて確認してみたところ、じぇんじぇん直っておりません。いちばん困った症状は、タグをいれたエントリーをプレビューすると表示がおかしくなり、「編集画面に戻る」でタグ部分がゴッソリ消えるというもの。プレビューしなけりゃ問題ないんですがね。かなり深刻な問題だと思うのだけれど、もしかしたら私だけなのかな。

ほか、表示の"Powered by Movable Type 3.0D"の3.0Dというところが、まるでトラックの排気量表示みたいでやな感じだったのが、"3.01D-ja"となってちょっとましになったようにも思う。"D-ja"を"Deja Vu"と読んでしまいそうだけど。

コメント機能も復活させようかと思ったが、スパムがうっとおしいので当分このまま。TypeKey登録を済ませた人だけ受け入れるという方法があるらしいが、そんなめんどくさいことしてまでコメントしたい人もいないだろう。私なんか登録してるけど、そのキーナンバーをとっくに忘れているので、制限があるところにコメントなんかとてもできまへん。

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2004年07月15日  上院議員の涙の訴え[ニュース]

<ワシントン発ロイター>その時、合衆国上院議場には悲しみにくれる父親のすすり泣きだけが聞こえていた。

7月8日、オレゴン選出の共和党上院議員ゴードン・スミスは、彼の死んだ息子の名前がつけられた若者の自殺予防法案を提起するため演壇に立った。当日、上院は異例の速さでこの法案を満場一致採択した。

「息子は将来に絶望しており、彼の現状には苦痛だけを感じていた。苦痛と絶望はあまりに激しく、彼は救いを死に求めた。それが救いだった」、スミス議員はそう息子を振り返る。彼の息子、ギャレットは昨年9月、大学寮で22歳の誕生日の一日前に自殺したのだ。

「美しい、素晴らしい子供だった」、そう議員は語った。議員夫妻は生後まもないギャレットを養子に迎えたのだ。彼は知性に恵まれていたが、学習障害と失読症、そして躁うつ病と戦っていた。「自分の子供を葬るためのマニュアルなんてない。まして、原因が自殺という場合は特に」。

上院議場は彼が演説を始めるときはまだ空席が多かったが、演説終了時には数人の同僚議員が彼を迎え、抱きしめるために列を作っていた。そして二名の議員が追加発言を求めた。

ネバダ州選出の民主党議員ハリー・レイドはギャレットの葬儀に列席したとき、参加者が自殺についてオープンに語っていた事に触れた。そして、彼自身の父親が銃で自殺した時には、恥ずかしさのため、何年もそのことについて語れなかったことを告白した。スミス議員の法案に類したものが父親の時代にあったなら、「彼は人生を全うしてしただろう」。

オクラホマ州選出の共和党議員ドン・ニックルスも、彼の父親が自殺したことについて触れた。「詳しいことは語りたくない。それは大きな痛みだ。私はこの法案通過の結果を信じている。我々は多くの命を救うことになる。おそらく数千にのぼることだろう」。

この6千万ドルの予算支出を伴う法案は、各州の自殺予防プログラム展開を援助し、大学キャンパスでの精神衛生サービスにより多くの補助金を追加する内容である。毎年3万人の米国人が自殺しており、10~24歳の世代でいえば、三番目の死因となっている。

ニューメキシコ州選出の共和党議員ピート・ドメニッチは、かねてから自分の娘が分裂病に罹患していることを公表してきたが、いったん帰宅していたにもかかわらず、再び議場にかけつけ、スミス議員への賛意を表明した。

ドメニッチ議員は、彼がここ数年主唱している、精神疾患治療に身体疾患治療と同等の支払いを医療保険に求める法案成立への意欲についても述べた。そして、その法案に暗然と反対している共和党の同僚を非難した。「君らが誰かはまだ知らないが、絶対見つけ出してやるよ」。
-----------引用以上。

権力を持つ政治家も、か弱い人の親であるというニュース。私もいままで地方議員の家族ぐらいなら、何人も診た事があるが、その親が熱心な精神衛生政策の推進者になった例など、まずありませんな。ほとんどひたかくしにするか、それを期に政治の世界を引退するかどちらか。失点になる「恥」として受け取られるだけのよう。

日本の場合、自殺率は米国の3倍近くだし、若い世代の死因ダントツ第1位なのである。何の対策も立てず、ささやかな精神衛生政策も、ただ予算削減の対象というのはあんまりお粗末なんではと思うのだが、こういう正直な動きがないというのがそもそもの原因なのかも。

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2004年07月14日  大便としての生命[ニュース]

先月中旬、フロリダ州タンパで行われた中絶禁止政策推進団体"Right to Life"の集会に出席したブッシュ大統領は次のように述べた。

「我々は常に思い起こすべきだ。すべての人間の命は大便として始まったのだということを。神の目からは大便も生きる存在であり、神は人類に授けられた権利と祝福のすべてを大便にも与えられたのだ」。

聴衆は皆、眼を点にしながら、大統領が12回ほど繰り返した「大便」という言葉に聞き入っていたのだそうな。何のことはない、"Feces"=「大便」と、"Fetus"=「胎児」を間違えたというだけのことらしいのだけれど、なんとなく彼の生命観の本音がこめられているような気もしないではない。

この内容自体は某掲示板投稿の引用で、最新号のNEWSWEEKがソースだというのだが、ウェブ版では確認できない。まるっきりガセかもしれないので、言いふらすときは自己責任で。

7/23追加:これは完全なガセであることが後に判明。NEWSWEEKのweb版で確認できなかっただけでなく、現に出版されたものにもこんな記事は載っていないということだ。ホワイトハウスの広報では、ブッシュ大統領が例の集会に出たことは発表されているものの、発言はしなかったと記されているそうな。いかにも言いそうなんだけどね。
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2004年07月13日  カエルを生んだ女性??[都市伝説・デマ・トンデモ]

先月終わり、BBCが「イランの女性、カエルを生む」という記事を報じた。現在、その記事は削除されていて読むことは出来ないが、コピーや翻訳はあちこちのサイトに残されている(こちらとかこちら)。

一読して思うのは、「そんなアホな」という常識であるが、どうもどこかで聞いた事があるような懐かしさを感じるのも事実なのである。私の場合は、子供の頃聞いたことがある、「ヘビが女性の局部から入り込み、そこで育って出産に至る」という伝説であった。

都市伝説の教科書ともいえるブルンヴァンの「ドーベルマンに何があったの」(新宿書房)にも、これのタコ、カエル版の伝説が紹介されていたはずである。ここでも似たような話のパターンをいくつか、紹介した事があるような気がする。

それとまるっきり同じような話が、地方新聞の引用とはいえ、BBCにそのまま掲載されるというのは少々驚きである。生物学的に考えて、どんな生物の胚であれ、人間の体の中で成育してそれが妊娠様の徴候をしめすなんてことがありうるはずがない(まあ、細菌とかカビ、寄生虫なら、ある意味で『育つ』ということはあるだろうけど)。

BBCはかなりの「と」系記事であってもまず事後削除などはしないので、まるっきり痕跡も残さず消えているということは、この記事が全くのガセであったことを示しているのだろう。あんまり大胆な古典的ガセになると、かえって懐疑が働かなくなるということの一例なのかもしれない。アホらしすぎる話には、論理的に不可能性を説明するのが、かえって困難になってしまう。

誰も反論しないからこれは本当なのだ、という信じがたい論理にすがる人は時々いるもので、この手のヨタが一人歩きする根拠がそれだったりする。今ひとつヒネリのないガセには、しゃれたツッコミもまたやりにくいのだということで、決め付け的否定になっているのを承知の上で書いておきたい。

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2004年07月12日  妙な事件相次ぐ[日常]

メインの職場の比較的近くで、二人の幼児が自宅で襲われるという事件があり、なんと犯人は彼らの祖母だったというのが判明したという報道である。子供が子供を傷つけたり殺したり、なんて事件だと識者なんかが大騒ぎするのだが、この事件ではさっぱりそういう様子がないのが解せない。選挙と重なっていたという要素もあるのだろうが。

私が知る限り、この手の事件はかなり起こっているはずで、こういうのが社会病理的に語られないというのは不思議である(語ったってしょうがないけどね)。殺したり傷つけたりしないまでも、老人が同居している子供をスポイルするという風潮は目に余るものがあると私は思うが、いってはいけない部類のことなのかもしれない。これに関しては、マンガや映画や小説とか、ネットというような悪者をでっち上げるわけにもいかんのだしね。

ところで、この事件は一応解決したわけだが、この地方ではちょっと前にも女子高校生が殺されるという事件があり、しかもこれとほとんど同じ事件が一年程前に同じ県内で起こっているが、ともに未解決である。今年はじめには女子大生がやはり同県内で殺され、これも犯人はいまだに見つかっていない。地方警察の無能ぶりは只事ではない。

少し前にこのあたりで、勤務医が自分の妻と子供二人を殺し、死体を海に捨てたという事件が起こったことがあるのだが、狭い田舎のこと、犯人だった勤務医と顔見知りだったという人と結構出会うのである。彼らが小声で異口同音に語ること、「あのセンセも、死体を大黒ふ頭なんかに捨てるからよその県の警察が出てきてしもうた。鹿島灘にでも捨てていたら、いまでもわしらを診てくれていたのに」。まことにハードボイルドな意見。

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2004年07月11日  禅メール[都市伝説・デマ・トンデモ]

昨夜、二時間近くかけてスパム着信拒否設定をしたのに、若干少なくなったかなという程度で、今日もスパムは殺到している。そういうスパムの中に、時折全く文章になっていないものが混じるのに以前から気がついていたのだが、ちらりと見ては削除するだけなので、深く考えてみたことはなかった。

その文面は、今日到着したばかりのものから引用すればこういうものである。

lockian cayley cowmen amalgamate alexis torrid conway clinton nozzle miguel instrument osteoporosis schooner bagging isotropy. barnhard epitaxial freeboot zoology pine kamikaze deliquescent drapery apr loomis massey midsection hireling ashen teleprinter cozen esprit voluntarism bootleg caryatid oviform price catharsis churchill lock. mortgagee rensselaer evansville pertinent ektachrome blake rimy dividend contour rafael waxen beady hairpin arbutus emerald accordant acre cram impost baltic baleen bookstore brownie boniface strategic antedate.

文法以前に、そもそも単語がデタラメである。意味のある単語も混じるが、ランダムに並べてあるだけで、まるっきり意味はとおらない。上に引用したのは薬物通販の宣伝スパムであるが、一番はじめに個人的メールを装ったような文章があって、通販サイトのURLが示してあり、そのあとにこれがつづくのである。

スパムとしての目的なら、はじめの三行ですでに達せられているはずなのに、なんでこんな単語の羅列を付け加える必要があるのだろう。無意味な文章でフィルタリングを避けるという目的なのかなと考えたりするが、それならはじめからない方がましだろう。

向こうの雑談系掲示板を読んでいたら、今こういうメールが「ミステリーサークルメール」とか、「禅メール」と呼ばれて鑑賞の対象になっているのを知った。しかも投稿文章自体が、こういうランダムな単語を交えつつ、何とか意味を通じさせるという高度なテクニックを駆使したものなのである。

私も日本語でちょっとまねしてみようと思ったが、あまりに難しくてあきらめた。一時の筒井康隆や町田康の文体を想像されれば、それに多少近いかもしれない。もしかしたら、何語であるかを問わず、これからの言語の行く末を示す新しい趨勢なのかも。そういう動きに乗り遅れないように、スパム着信拒否設定は程々にしておこうかな。

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2004年07月10日  スパム拒否設定[PC・MT]

暑さと寝不足でバテ気味なので、こういう時には単純作業に限るとスパム着信拒否設定に終日没頭。スパムの中には、ナイジェリアンスキャムみたいに面白いものもまれにあるので、つまらんものは捨てればいいわと鷹揚に構えていたら、いまや99%のメールはスパムばかりである。

フリーソフトに限らず、商用アプリケーションでもユーザー登録をするたびにスパムが増えるような気がするのだが、被害妄想かしら。どっと増えた最大のきっかけは、例の認証が必要なOSを入れたことだったように思うが、さすがにこれは大きい声ではいえまへん。

最近、利用しているプロバイダが着信拒否設定を無料提供しているのを知ったので、スパムの発信元をひとつずつ入力するという、非効率な作業を展開する。考えてみればガイジンさんから個人的メールが来ることなんかまずないのだから、"*.com"を拒否設定すれば9割は排除できるわけだが、.comアドレス持ってる知り合いもいるし(そういえば自分だって持ってる)、学術系のメーリングリストなんかは大概.comなんだし、なかなか難しい。hotmailも排除すべきかどうか、なかなか悩むところである。

というわけで、個別的拒否設定だけしたつもりなのだけれど、もしかすると勇み足で着信拒否にしてしまったアドレスもあるかもしれないので、連絡が取れなくなった個人的知り合いの方は、電話か葉書で知らせてくださいね。

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2004年07月09日  ツールでいささか参り気味[日常, スポーツ]

先週3日から始まっているツール・ド・フランスのおかげで、いささかならず体調が崩れ気味。夜9時過ぎに放映が始まって、前半部分は適当に録画で誤魔化し、12時過ぎにはゴールという、そう無理のないTVプログラムであるのが逆にわざわいし、いつも最後まで見てしまうのがいかん。これで深夜3時ごろというようなスケジュールなら、はじめからビデオにまかせるんですがねぇ。

大体TVで放映される自転車レースというのは、環境ビデオみたいなもので、ところどころのアタックなどの山場以外は実に淡々とした展開なものだから、ついつい間を取るためにビールを馬鹿飲みしてしまったりしがちである。特に今年の展開は、途中でやたらに集団落車があって、有力選手があっさりリタイアしたり、中途半端な逃げが生きてしまったりと、どうも今ひとつの模様。

まだ序盤だから今後どうなるか予断は許さないものの、今のところはまことにすっきりしない気分での視聴を強いられる。このままでは、明石家さんまの芸能生命のことを心配する前に、こちらが睡眠不足と欲求不満でアウトになりそうである。いきおい、こちらの記載ももうひとつおざなりが続きそう。

去年までは同じような時間設定でも、そうつらくなかったんだが、やはり加齢のせいですか。

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2004年07月08日  The American Way of Life[ニュース]

car_accident.jpg今年の5月23日、オハイオ州デイトンでおこった交通事故の監視カメラ映像(MP2,1.42MB)。75歳の女性が運転するPTクルーザーが赤信号を無視して交差点に突っ込み、右から来たスバルと衝突、スバルは跳ね飛ばされて回転し、ちょうど横断歩道を渡っていた42歳の男性を巻き込んだというもの。男性は死亡は免れたものの、6月末の段階でなお危険な状態にあるとのこと。

命が助かったのは、スバルが衝突されて大きくへこんだため、そこがすきまになって衝撃を和らげたからだそうで、運が悪いなかにも多少のラッキーがあったということか。まあ、赤信号の横断歩道を渡るときは充分注意しろというのが教訓ですか。

引用はこちらから。

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2004年07月07日  コメントスパム[PC・MT]

けさがた、200近いコメントスパムが書き込まれているのを発見。すべて海外エロサイトの宣伝ばっかりだったが、書き込み元IPはすべて違っており、結構手の込んだスクリプトを使っている様子である。

仕方なくコメントは受け入れない設定に切り替え、手作業での削除をする羽目になる。総作業時間15分という損失。こういうスパム書き込み、何かやる側にメリットがあるんでしょうかね。自動化作業だろうから手間はいらんとしても、結構工夫する必要があるだろうに。

私の個人アドレスに来るメールも、いまや99%はスパムである。英語のタイトルなら反射的に削除するようになってしまって、時折混じる学術系のメールを捨ててしまうことがあるのと、いわゆる詐欺系メールの吟味をする気にならなくなるのが困ったところ。

リアルの方だって、自宅にいればリフォーム勧誘や、怪しげな下水検査業者の訪問販売だし、電話がかかってくればマンション買え、先物投資しろのセールスである。人が動けば経費が確実にかかるリアル社会なのだから、ああいうのはどこかで帳尻が合っているということになるが、一体どこの誰があれに金を出すのだろう。

具体的必要性というものを離れた消費こそが、今の消費経済をつくっているわけだから、実体がなかろうが金さえ動けばいいというのは経済の本質に根ざしたもので、うさんくさく思っているほうがズレているのかもしれん。それにしても、スパムのほうは消費拡大につながるとも思いがたく、ますますの隆盛を見ている理由はまったくわからんのだが。

というようなわけで、コメントのほうは当面クローズということに。御意見は掲示板のほうでよろしく。考えてみれば、トラックバックスパムというのもありえるだろうに、今のところそれを見たことないのが不思議。

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2004年07月06日  カーエアコン事始[ネタ]

それは1937年、うだるような暑さの8月のことだった。ミシガンにある、自動車王ヘンリー・フォードのオフィスに、コーエン三兄弟が訪れた。「フォードさん、私たちは自動車産業に革命を起こす新発明を成し遂げました」、長兄のノーマン・コーエンが切り出す。

フォードは疑わしげだったが、この申し出には興味をそそられた。「その発明を直接ご覧に入れましょう」、そういって兄弟たちはフォードを外に連れ出し、建物の前に止まっている黒い車の前に連れて行った。

次兄のハイマン・コーエンがドアを開ける。「さあ、中にお入りください。フォードさん」。

「何だって!気は確かか。車の中は100度近くになってるぞ」、自動車王は叫ぶ。

「たしかに」、兄弟で一番若いマックスが微笑む。「しかし、お座りになって白いボタンを押してください」。

興味をそそられたフォードはボタンをおした。すると、突然冷たい風が車のあちこちから吹き出し、たちまちにして車の中は快適な涼しさになった。

「こりゃすごい!」フォードは叫ぶ。「君らはこれにいくら払ってほしいのかね?」

ノーマンは「価格は100万ドルです。」と告げ、それからこう付け加えた。「それと、ちょっとした条件があります。『コーエン兄弟のエアーコンディショナー』という商標を、フォードのロゴの下に入れていただきたい」。

「金なら問題ないがね」、フォードは答える。「しかし、私の車にユダヤ苗字を彫りこむことなんか出来ないね」。

彼らは押し問答を繰り返し、結局500万ドルで妥協した。コーエン兄弟の苗字の件は取り下げられた。しかしながら、コーエン兄弟たちのファーストネームだけは、全てのフォード車のエアコンシステムに刻まれることになったのである。

今日になっても、フォード車に乗り込むたび、人はそのエアコンシステムの操作パネルに、はっきりと記された彼らの名前を見ることが出来る。NORM、HIそしてMAXという名前を。

引用はこちらから。実にしゃれたオチだと思うんですけど、そうでもないですか?

2004年07月05日  世界初、地下マラソン[ニュース]

このほど、スペインの首都マドリードで、地下鉄路線を使った世界初の地下マラソンが行われた。女性二人を含む八人の参加者たちは、マドリード南部を周回する12号路線に沿った約40kmを完走した。

地下鉄運行を妨げないように、レースは夜間行われ、全ての参加者たちは地下鉄切符を買うことが義務付けられていた。参加者の一人はこう語る。「蒸し暑いのと薄暗いのには参ったよ。でも、それだけの価値はあったね。」

えーと、このニュースの眼目は、英国経由ということから、"underground"というのは地下鉄のことだということに、どれだけ早く気づくかという点にありますな。はじめ、"underground marathon "って、どんなマラソンなんだろうと、ちょっとドギマギしてしまった。

2004年07月04日  味気のないお祭り[日常]

bland_s.jpg自宅近くに新しいショッピングセンターができたので、ミーハーながら早速お出かけ。本当はそんなところに立ち寄りたくもないのだが、いつも行っているスーパーとか、安売り酒屋の手前にそこがあるので、道がえらい混雑になってしまって、済ませる用事はそこで済ますしかなかったのである。

まだ一部店舗は開店準備中という、仮営業みたいな格好なのだが、近在近郷の老若男女が集ってまあえらい大繁盛である。ポイントがついたクレジットカードに契約させたい関係者の怒鳴り声と、それに反応しているのか、単に落ち着きがないだけなのか、クソガキどもがあげる意味不明な金切り声がこだまして、場内は阿鼻叫喚の地獄と化している。

そんななか、発見したのが中央入り口あたりの雑貨屋(?)の看板。"BLAND FESTA"だというのだが、これ「味気のないお祭り」とでもいいたいのでしょうかね。単純に"BRAND"と間違えたにしては、全ての看板がこうなっていたので、何か特別の思い入れがあるのかもしれないと思ったり。

まあ、確かにショッピングセンター自体の雰囲気をよくあらわしたネーミングではあるものの。

2004年07月03日  明石家さんまを消す方法[日常, スポーツ]

あまり一般的関心にかける話題で恐縮なのだが、いよいよツール・ド・フランス(TDF)の開幕である。自転車ロードレース自体はとっくにシーズンが始まっていて、ジロ・デ・イタリアもすでにCATVで放映されていたのだけれども、相変わらず2週間以上のタイムラグがある。ほとんど大勢が決しかけたあたりで、初日からの放映を始めるのだ。

私としても、リアルで見ることにそうこだわりがあるわけではなく、現にサッカーの欧州選手権なんかは全部録画で見ているのだが、それにしても試合自体の余韻覚めやらぬ時間に見るから面白いのである。プロ野球を2週間おくれの録画放映でしか見られないなんて事、想像できますかね。

毎年今頃いつも同じことばっかり書いているような気がするので、今年はジロのほうは黙ってネットだけで結果を見ておいたが、やはりイマイチ楽しめなかった。でも、なぜかTDFだけは一応リアルで放映してくれる伝統があるので、せめておとなしくそれを楽しまさせて頂こうと思う。

ところで、殊能将之さんの日記の6月21日の記事で、「明石家さんまはだいじょうぶか」と書かれてあった。「さんまは確実にEURO2004と全米オープンを見ているはず。少し前はNBAファイナルも見ていただろうし、次はウィンブルドンを見ることになるだろう。でもって、あれだけのレギュラー番組をこなしていくとすると、結論は『眠らない』ってことだと思うんだが」。さんまの興味範囲で、ここ最近のスポーツイベント放映をフォローすれば、必ず破綻するはずだという指摘である。

確かにその通りだとは思うが、ウインブルドンもほぼ終わろうとする今日、さんまはいまだにアウトになっていないようだ。もしかしたら、代わりに見てハイライトを編集しておくような役目の人間を雇っているのかもしれん。そこで、ここは提案なのだが、明石家さんまの後を襲おうともくろんでいるお笑いタレントは、何とかしてさんまを自転車ロードレースファンに引きづり込むべきであろう。

TDFの場合、3週間近い睡眠時間削減を強いられるし、あの競技の場合、事故場面でもない限り、ハイライトをかいつまむということが出来ない。さんまの肉体的、芸能的生命を確実に蝕むには充分な条件を揃えられると思うんですがな。千原兄弟あたり、よく検討しておくように。

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2004年07月02日  英雄たちのいる横丁[都市伝説・デマ・トンデモ]

英国のニュースサイトANANOVAより。

今年のウインブルドン準々決勝で、地元の圧倒的なエコ贔屓をバックにしたティム・ヘンマン(英)はノーシード選手のマリオ・アンチッチ(クロアチア)にストレートで負けた。そのアンチッチは、2001年に同じヘンマンを3日間にわたる壮絶な準決勝戦で下し、その年の優勝をさらったゴラン・イワニセビッチと同じ街の出身であるばかりか、同じ狭い通りで育っていたのだという。

ANANOVAによれば、クロアチアはスプリットという古い街のフィルーレ通りというところで、イワニセビッチは71年に、アンチッチは84年に生まれており、年代は違うものの同じテニスクラブでジュニア時代をすごしたという。さらに彼ら以外にも、かって世界ランキング50位以内に入ったことのある、3人のテニスプレイヤー(Niki Pilic、Zjelko Franulovic、Marco Ostoja)が同じ通りから出ているとのことだ。

そのまま信じるなら、なかなかの偶然の妙である。アンチッチが一発屋に止まる可能性があるとはいえ、王と長島が水戸市大工町で生まれ育ったというのと似たような感覚であろう。おかしな比較で申し訳ない。スプリットは人口20万人程度の街らしいので、思いつく同程度の街が水戸だっただけ。

ANANOVAというところはかなり怪しいソースの記事も載せるので、もしかしたら地元のヘンマンが負けた腹いせにホメ殺し系をでっち上げたかなと疑ったが、同じような記事をほかにも見つけたので、まあおおむね正しいのだろう。

人間、理想を持って一生懸命にやれば世界を手にすることなんか簡単なのだという教訓になるのか、結局遺伝子の問題だよということになるのか。

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2004年07月01日  ヨーロッパ携帯電基地局偽装アンテナ事情[都市伝説・デマ・トンデモ]

jesus_on_antenna_s.jpg以前、米国での携帯電話基地局のアンテナをカモフラージュする話をアップした事があったが、ヨーロッパでも同じような動きが広がっているのだそうな。米国ではもっぱら自然物に偽装されることが多かったが、ヨーロッパの場合、町の真ん中に必ずある教会が狙われるのは自然の理。次々に教会の塔がアンテナタワー化しているとのことである。

フェイクの十字架があふれるのがイヤという理由であれ、畏れ多いという理由であれ、これをこころよく思わない人たちがもちろんいて、ドイツ・ババリア地方のシュバブハウゼンという町では、町長が教会をアンテナタワーにすることを禁じたとのこと。しかし、あえて携帯電話基地局となることを自分たちのアイデンティティにする教会もあるらしい。

この話題を扱っている、あちこちのブログで上の写真が引用されていて(こことかここ)、出所はどうもこのドイツの英語版ニュースサイトらしいのだけれども、一体どこの教会の十字架であるのかがよくわからない。単に記事内容を象徴的に表した、フォトショップ作品ではないかなと思ったりするが確信はない。御存知のかたはお知らせ頂ければありがたいのだが。

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