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2004年07月29日  有限会社ひきもどし [ウェブサイト]

スラッシュ・ドット・ジャパンに、「有限会社ひきもどし」なる会社の広報サイト(?)が紹介されていた。この会社はプロフェッショナルとして引きこもり問題に実利ベースで対処する企業なのだそうで、「“ひきこもり”を“ひきもどす”だけでなく時流に乗るきっかけをつくり、流れに乗った船に乗せ、大海原への航海の楽しみを伝えることが弊社サービスの最大の目的」というのがその宣伝文句。

はじめに書いてしまうとこれは全くのフェイクサイトで、同名の映画「有限会社ひきもどし」の宣伝なのだそうだ。結構凝っていて、会社の理念とか理論的背景までちゃんとでっち上げているのも奥ゆかしい。しかしスラッシュ・ドットの住人たちにはあまりそのセンスは気に入られなかったようで、引きこもりという社会問題をジョークの種にして、ちょっと見フェイクともわからないような無責任なサイトなんか作るんじゃない、というような意見がメインになっていた。

あれをみてフェイクと思わぬほうに多少問題があるのでは、と私なんか感じますがなぁ(今はわかりやすいところにフェイクの断り書きへのリンクができているけど)。ナードを自称される方々というのは、過剰に倫理的なタイプが多いのだなとちょっと感心した次第。

この「ひきもどし」会社は、ひきこもりを一種の発達段階として捉える理論を採用しているようで、「人類は単なる『環境への不適応』としての『ひきこもり』ではなく、『ひきこもり』と『ひきもどり』の繰り返しによって進化する生物」であり、「『ひきこもり』経験の中で獲得したものを社会に還元する。このことにより、人類全体がさらに向上する」という仮説に基づいた治療的関与を行うと主張している。

仮説が大層な割には、その「治療」が部屋を煙でいぶすとか、デカい風船を突っ込んで破裂させるというようなバラエティの芸人いじめみたいなのとか、ニセの冠婚葬祭イベントを催すというような下らんものばかりなのはちょっとイケてない。

以前、吉本隆明の「ひきこもれ」という本の内容を紹介した事があるが、引きこもりのなかには、吉本のいうように、確たる生き方がさしあたって見つからないため、孤立した生活をあえて選んでいるような例もあるのだとは思う。しかし、私らのところに相談が来るようなケースはそういう余裕なんかまるでない例ばっかりで、やはりちゃんと「疾患」として対処する必要がある。彼らの自己決定をいくら待っていても、問題は複雑化するばかりなのである。さすがに吉本はそういうところの区別をちゃんとつけている。

こういうところに、「正常と病気の区別がつくはずがない」などという素人の思い込みで口を挟む人が結構いるのだが、ハッキリ言って、百年の歴史をもつ近代精神医学は、少なくとも診断レベルではほぼ完璧な判断が下せるのだ。治療はまた別、というのが難だけど。

結局、しゃれたつくりではあるのだが、例の「ひきもどし」サイトも、病的問題と個人的発達の問題を混同しているという、決定的思い違いに依拠して作られているという点で、凡百の床屋談義の枠を出るものではない。スラッシュ・ドットに集うような、偏差値的にはかなり優秀であろうナードの皆さんにも、やはりその枠を超えた論議というのは難しいらしいというのが今日の発見。

投稿者 webmaster : 2004年07月29日 23:38

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