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2004年08月05日  ツバメの巣 [日常]

今住んでいる家には、毎年玄関にツバメが巣をかける。たっぷりフンを落とされるので、掃除がわずらわしくはあるのだが、やはり親ツバメのかいがいしい世話にこたえて、子ツバメが驚異的なスピードで生育し、巣立ちしていくところを見るのはなかなか感動的な体験で、出来る限り協力してやろうという気になるものだ。

昨年は巣を作っている最中にカラスに襲われたらしく、営巣を諦めて別のところに移動したようで実に寂しかった。今年は4月はじめに巣を再建し始めたのはいいが、やはり1度カラスに襲われ、哀れにも卵が落ちて壊れていた。今年も諦めるのかと思っていたら、6月ごろから2度目にチャレンジしたようで、5匹ほどの子ツバメが生まれ、あっという間に大きくなって巣立ちしていった。フンで汚されなくなったのはいいのだが、なんとなく子供達が独立しつつある自分の身と同一視してしまい、ちょっと寂しい気分にならないでもない。

人間の生活圏に営巣することで外敵から逃れようという戦略をとるツバメというのは、なかなかの策略家であると思うのだが、それは人間が文化を確立して他の生物種たちへの支配権というか、生殺与奪権を得てから後のことだろう。それまではツバメの先祖はどうやって自分の子供を育てていたのだろう。人間のほうも、ツバメを自分の生活圏に受け入れることに、どのようなメリットを感じていたのだろうか。

日本では大概の地方で、ツバメが家に巣を作ることを吉兆とする言い伝えがあるのだが、考えてみればツバメは益鳥だから歓迎されるというような、あんまり有効とも思えぬ機能的な理由付けしか聞いた事が無い。そういえば、かのピタゴラス教団は家にツバメの巣が作られることを戒律で禁じていたと聞く。向こうは勝手に作るのだから、そういう戒律を守るためには、ツバメが巣を作り出したらそれを壊すという、かなり非情な行為をしろということになる。万物の調和を唱えた教団にしては、えらく狭量な行為を強いるではないかといいたくなる。

ちょっと前に読んだ中沢新一のカイエ・ソバージュの第一巻「世界最古の哲学」に、たしかそのあたりの考察が書かれていたが、今ひとつ納得しがたかったような記憶がある。ピタゴラス教団が豆を食べるのを禁じた理由についても考察されていたが、やはりそちらも受け入にくかった。というわけで、自分で考えてみた「ツバメの営巣を禁じる」「豆を食べてはならない」というピタゴラス教団の戒律の成立理由について少し論じてみようかな、なんて予告してみるのだった。あんまり期待される様なものではないけれど。

投稿者 webmaster : 2004年08月05日 23:29

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