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ツバメの巣の話からピタゴラス教団のタブーを考えてみようと思ったわけだけれど、どうもアヤフヤな決め付けになってしまった。やはりここは有名な「豆を食べても触ってもいけない」というタブーのほうから、順繰りに考えていくべきであったかもしれない。この豆に対する禁忌は徹底していて、なにせピタゴラスは暴徒の群れに襲われて、豆畑の前まで追い詰められ、そこを横切っていけば逃げられるのに、「豆には触れない」というタブーを守ってそこにとどまり、殺されたというほどである。
しかし、なんとなく妙な話ではある。見渡す限りすべて豆畑、というようなところに追い込まれたってことなんですかね。教団メンバー以外の人々は、やはり豆を大量消費していたということでもある。今だって、地中海系の料理には豆が沢山使われますからなぁ。そんな中、豆を喰うな、触るなというのだから、かなりの偏屈と思われても仕方がない。
中沢新一は「人類最古の哲学」のなかで、この豆タブーをこう分析している。いわく、豆というのは神話的思考の大好物であった。節分では豆をまいて邪をはらうし、同じような儀礼はアメリカインディアンにも見られる。季節の変わり目の儀式、つまり死と再生を象徴する場にふさわしい霊力をもったものだととらえられていたのだ。また、豆というのは女性的豊饒をも象徴している。女性器の一部のスラングであるのも世界共通だ。女性の中の男性性を指すというわけだ。同時に男性器の睾丸を意味することもある。つまり、男性の中の女性的なものを指すという、全く逆の意味すらもつ両義的なものなのだ。
死と生、男性と女性という対立を媒介するような両義性というのは、ひたすらに純粋な論理を追求していたピタゴラスにには到底受け入れられなかった、彼にとっては豆は悪魔的な恐るべき存在であった、というのである。構造主義的な分析というのは、そこはかとない胡散臭さが常に伴いつつ、まあよく屁理屈をつけたものだという芸へのリスペクトで納得するようなところがあるが、これはそう芸が細かいとはいいがたい。ツバメの巣の禁忌といい、どうも単調な印象が強い。
中沢によれば、ピタゴラス教団は男性だけで結成され、メンバーには極端な禁欲が要求されたというのだが、ざっと調べると当時の宗教的結社の中では例外的に女性に開かれていたようだし、ピタゴラス自身、60歳のときに教団メンバーの女性をめとり、7人の子をなしたとされているので、そんなに修道院みたいなところではなかったようだ。そんななかで豆に対するタブーがえらく厳格なのは、どうも不思議である。
ほかの食生活に関するタブーも結構珍妙で、パンを裂いて食べてはいかんなんてのがある。直接かぶりつけということなのだろう。ほかには動物の心臓と脳を食べるな、というのがある。逆にいえば肉は食べてもよかったわけだ。魚は控えろといわれていたようだが、これも少しは食べていいことになる。豆というのはソラマメの一種らしく、これにはアレルギーを持つ人がいるのと、酵素欠損のために食べられない人がいるので、ピタゴラスはそういう体質だったのではないかという意見もあるらしいが、自分が食えないからといってほかの人間にもそれを強いるというのは、なんぼカルト教団だといっても少々器量が小さすぎるような気がする。
彼の教団は政治的には貴族制への回帰を求める反動派だったらしく、一般大衆への受けはあまりよくなかったようだ。門弟になろうとしても、テストはえらく厳しく、学科で通っても人相学みたいなのでケチをつけられて落とされることもあり、落とされた連中が反対派に回ることもしょっちゅうだったという。ピタゴラスが命を落とした暴動というのも入門を断られた人間が組織したもので、具体的な利害対立というより、「お高くとまりやがって」という反感が原因なのである。
おそらく、「豆を食べない」というのも、一般大衆との違いを生活のなかで示す手段だったのではないか、というのが私の推測である。"Bean Eater"というとアメリカ白人が中南米のインディオ系に対して蔑称につかうことがあるが、そういう感覚は古代ギリシャ-イタリアにもあったのではないだろうか。一般大衆は蛋白質をもっぱら豆からとっていて、精神的にも生活様式でもエリート貴族であろうとしたピタゴラス教団の人たちは、貧乏人は豆食ってなさい、おれたちゃ下々とは違うからね、とその食生活にタブーをつくったというのが私の考え。
本当はマービン・ハリスばりに、豆を食べないことで生じるベネフィットを示したかったのだが、何ぼ考えても思いつかなかった。ま、そういう戒律を持つ生活文化は生き延びなかったのだから、それも当然といえるのだけれど。
投稿者 webmaster : 2004年08月07日 23:58
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