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2004年08月26日  ケルベロス第五の首 [本とか映画とかTVとか舞台とか]

「キマイラの新しい城」と一緒に注文していた、「ケルベロス第五の首」(ジーン・ウルフ:国書刊行会)を読み終える。72年に書かれたSFなのだそうで、やたらに装飾華美な文体で、クローニングによって世代を引き継ぎ、植民惑星で怪しげな生業を続けている一家を描いた第一篇に始まり、型式も文体も違う他二編が続く中篇集である。

注:以下はある意味ネタバレなので、注意されたし。でも、この程度のこと知ってたってそう変わりはせんですけどね。

はじめの話の舞台になった植民惑星の双子惑星の原住民の物語が第二編で、それを書いたのは前の話にも出てきた人類学者だということになっている。神話とも民話ともつかぬ冒険叙事詩みたいな形式になっていて、どうも私はこれと似たような話を同じような文体で書かれたものを、高校生の頃「SFマガジン」で読んだような気もする。あんまり自信はないものの。

最後はその人類学者自身がどうも主人公になっているようで、カフカの「審判」のパロディみたいな不条理逮捕劇が、視点や時間軸がカットバックされながら断片的に示されて、最後にはあろうことか何の解決や謎解きもなく、あっさりと話は終わってしまうのだった。もちろん、どういう風にもとれるほのめかしがそこらじゅうにちりばめてあって、それはSFネタ部分の謎とも入れ子になっていて、まことに重層的な構造を呈しているのである。

訳わからん映画について、「筋なんて関係ない。格好よくて美しい映像がそれなりの流れで続けばいい」なんてよくいわれるのだが、それを敷衍すると、言語によって美しく意味ありげな世界がつむぎだされていればそれでいいのだ、と考えればよろしいのですかな。さりげない謎の提示と、それに関する回答のほのめかし(それもどうとでもとれるような)があちこちにあるのだが、細かな表現や言い回しにどれだけ気づくかの記憶力テストみたいなもので、正直いって、訳者自身によるあとがきとか、この辺の解説ぐらいを読んでおかないと、なんじゃこりゃで終わってしまうのは間違いない。

投稿者 webmaster : 2004年08月26日 23:09

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