2004年11月30日  バンジー・ジャンパーの誤算[ネタ]

1997年7月13日、バージニア発。地元警察によれば、レストン市在住のエリック・バルシア(22)が12日、70フィートの高さの鉄道鉄橋からバンジージャンプを試みた後、死亡しているのが発見された。http://darwinawards.com/darwin/darwin1997-05.html

ファーストフード店の従業員であるバルシアは、バンジージャンプ用の紐を足に結び付けた。彼はその前に鉄橋からアンカーを下ろし、下にある公園までの距離を測り、バンジーコードの長さをそれより若干短くすることも忘れていなかった。彼は頭から鉄橋を飛び降り、2~3秒後、70フィート下にあった舗装面に激突した。

地元警察は、「彼が用意したバンジーコードは、伸びたときには鉄橋の高さより長くなるものだった」と発表した。多分、死んだファーストフード従業員はロープにこんなメッセージでもくくり付けておくべきだったのだ。「(ポテト)フライをおつけいたしますか?」と。
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この話は例の「ダーウィン賞」サイトにあったものだが、実はオチがよく判らないのである。最後の文章はPerhaps the deceased fast food worker should have stuck to the line, "Do you want fries with that?"となっている。"Fries"と"Fly"で、「ポテトもおつけいたしますか?」と「本当にこれでと
ぶつもりですか?」を掛けたのだろうというのが推測。もっとも、コメントがあったからそう思うんだけど。

でも、米国人がFryでFlyをかけることなんかするかねぇという疑問が尽きない。日本人はRとLの区別が付かないと、散々馬鹿にするくせに。でも、それ以外の意味では通りそうにないが、肝腎の日本語訳にうまく反映できません。

2004年11月29日  マジックもそろそろ勘弁[日常]

TVのバラエティでやっているのは血液型番組とマジックだけだとちょっと前に書いたけれど、マジックのほうもいい加減げんなりというほどに賞味期限を過ぎたような気がする。ちょっと前まで、NHKがステージマジックを時々やるぐらいだったのに、最近はどこもクローズアップマジックばっかりである。すべてのTV局でそろってマジック番組やるかね。

欧米のレストランなんかに行くと、待ち時間にクローズアップマジシャンが現れて、結構面白いマジックを見せてくれて、日本の段取り常識から言うとなかなか出てこない料理を待つイライラを忘れさせてくれるだけでなく、なんとなく特別なセレブ感覚も味あわせてくれることがある。チップを渡すタイミングは実に難しいけれど。

最近のTVバラエティは、あまり芸のない芸能人が集団で現れ、その乏しい既得利権を享受するという構造になっているから、数人だけに見せるのを目的にするクローズアップマジックはそういう番組構成に実に役立つのであろう。オッパイがデカイだけのトロイ女の子は「何でー、怖ーい」と言っていれば済むし、無芸芸人もあっけに取られた表情を見せていればいいのである。特別なものを目撃しているという特権意識さえ披露できればいいわけだ。

それはちょっと前までの、自分たちの日常話を切り売りしていればセレブっぽい態度が取れた構成では、もう番組が成り立たなくなってきたということの現れなのだろう。何か共通の話題がないと番組を作れないわけ。さんまや松本人志みたいな天才を中心に据えるという手はそこそこ成り立ちうるが、それには限界あるものね。後釜はなかなか出てこないし。

こういう現状をかんがみるに、この後来るブームは何かという問題になるわけなのだが、私には多分80年代に来たことのある、ニューアカがもっとくだけた格好のものになるのではないか、という予感がある。半分ネタバレしたようなマジックに感心しまくったり、どう考えても皆知っているはずの常識的「トリビア」に「へぇー」を連発する芸能人を見ていると、今後はもっとまとまった教養主義(表層的なものでしょうけど)に回帰していくに違いないという確信がわいてくるのである。

その場合、その教養主義の内容は何になるんだろうというのは全く不明。案外、デカルト、カント、ショウペンハウエルあたりの旧制高校系なんではないかというのが私の予想。当然、何の責任も持ちませんけど。

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2004年11月28日  文学刑事サーズディ・ネクスト<1>[本とか映画とかTVとか舞台とか]

文学刑事サーズディ・ネクスト<1>ジェイン・エアを探せ!」(ジャスパー・フォード:ソニー・マガジンズ)という少々変わった小説を読み終える。強いてジャンルを当てはめるとSFと言うことになるが、そういう分類を超えたレベルの「娯楽小説」と言うのがふさわしい。物語は我々の住んでいる世界とは違う時間線上にある、20世紀終盤のイングランド。その世界では100年以上前からウェールズが社会主義国として分離独立しており、帝政ロシアとの間でクリミア戦争が130年間泥沼状態にある。

すでにその世界では時間旅行が可能になっていて、クローン技術などのバイオテクノロジーも進歩しているのに、なぜかマイクロチップは発明されておらず、ジェット飛行機もない。そしてその世界で、最大のエンターテインメントとなっているのは「文学」なのである。子供は文豪カードを交換し合い、街角には古典作品の一節を聞かせるコイン式マシンがあったりする。

初版本や肉筆原稿はとんでもない高値で売り買いされるので、犯罪組織は巨利を稼ごうとして贋作や違法出版に手を出してくるため、文学関連の犯罪行為を取り締まる特別機関が存在し、それが女性主人公サーズディ・ネクストが属するスペシャル・オプス27局、通称リラテックというわけだ。彼女はクリミア戦争に従軍歴があり、無謀な作戦でかろうじて生き延びるが、その時兄を失い、恋人が重傷をおったという心理的重荷をしょっている。

その世界にアシュロン・ヘイディーズという稀代の天才的犯罪者がおり、こいつがサーズディが大学時代の教官であったという経緯があるものだから、彼女はスペシャルオプスの別部局、どうも手に負えない犯罪者を追跡・密殺するのが任務らしい、に借り出され、そこで反撃にあって部局員は殺され、彼女も重傷を負い、リラテックに戻った彼女は官僚機構と戦いながら、ヘイディーズへの復讐をもくろむというのが大筋。

ヘイディーズは触っただけで分子構造を変えたり、自由に姿を変身させたり消したりというような超人的能力があり、それを利用して文豪の肉筆原稿を盗み出し、本の中に入りこむ発明品(それを作ったのがサーズディの叔父、マイクロフト(ママ)というのは、ちょっとご都合主義が過ぎるような)をつかって古典作品の根本的書き換えをはかる。超能力者の犯罪にしては、古典作品を人質(登場人物を殺してしまったりするのだから比喩ではない)にして、もくろむのが恐喝というのがちょっとナニ。

はじめはディケンズの作品が盗まれ、続いて狙われるのがシャーロット・ブロンテの「ジェイン・エア」である。ヘイディーズはジェインを物語から誘拐し、一人称小説を成立できなくするが、サーズディはジェインを助けて一緒に物語に入り込み、先に潜入しているヘイディーズとその中で対決する……、という話。

引用されるシェイクスピアやディケンズ、ブロンテの小説に通暁していないと面白くないようにも思われるかもしれないが、雑学的にうまく処理されているので、まるきり内容を知らなくても充分面白いし、なにより主人公自身をめぐる物語が適度に引用作品と重なり合う構造を持っているので、重層的な感覚を楽しめるのがミソ。

この小説でわかったこと:「ジェイン・エア」は「嵐が丘」とは違う話である。ふつう、ブロンテ姉妹というけれど、二人は別に共同執筆で小説書いたわけではないんですなぁ。

さて、この第二作目「文学刑事サーズディ・ネクスト<2>さらば、大鴉」も買ってあるので、早速それに取り掛かろう。ポーの詩なんて読んだこともないんだけど。

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2004年11月26日  ホビット、ゴラムの追求を逃れる[ニュース]

lollipops_s.jpg今年の10月、インドネシアのフローレス島で、新種の「ホモ属」の化石が見つかったという報道があった。この現生人類の一亜種と考えられた化石は、身長が約1mと小柄で、頭骨もグレープフルーツ大であった。しかもその種は1万8千年ぐらい前まで生存していて、現生人類と共存していた可能性もあるとされたのである。世界のあちこちに残る「小人族」の神話は、こういった種の記憶なのでないかという推測が生まれたのも当然であろう。(「発見」を伝えるBBCの記事、およびアサヒ・コムの記事

ところが化石を発見したオーストラリアとインドネシアの合同調査チームはこのたび、便宜的に「ホビット」と呼んでいた小人化石は、何らかの疾患によって脳や骨格が変形した、4000年ぐらい前の人間のものと考えるべきだと言う見解を明らかにした。同時に発見された少なくとも6個体の「ホビット」たちすべてに深刻な障害があったと推測され、生存繁殖が可能とは考えられないと言う。インドネシアの発見者はやる気をなくして、化石資料を公的機関から自宅に持って帰ってしまったらしい。(記事はこちら。もしかしたら日本語記事もあるかもしれないが、面倒なので調べていない)

この記事だけではよくわからないが、何らかの発育障害を起こすような疾患が多発して、犠牲者たちが集団で葬られたところを掘り当てた、ということなんでしょうかね。何かの小児伝染性疾患か、それなら発育障害を残した個体が多数生き残ったのはちょっと不思議。栄養性の疾患、たとえばヨード不足でクレチン病でも集団発生したというあたりかな。これなら、他にもいくつか可能性はありそう。

というわけで、ホビットは邪悪なゴラムの追及を逃れ、再びファンタジーの世界に帰って行ったというわけ。

これも"The Anomalist"から。

2004年11月25日  切り裂きジャックの正体判明か?[ニュース]

英国の高級紙"Independent"は11月24日付けの記事で、19世紀末にロンドンを震撼させた連続娼婦猟奇殺人事件の犯人とされるジャック・ザ・リパー(切り裂きジャック)の正体が、新しい証拠鑑定によって判明したかも知れないと報じた。

事件自体はウェブのあちこちでも解説されているし、出版もされている。何よりも、この事件をさまざまな視点から謎解きしたノンフィクションや、フィクションを交えたミステリやドラマが沢山出ているので、概要をご存知の方も多いであろう。切り裂きジャックが起こしたものだと認定されているのは、1888年の8月から11月までにロンドンの下町、ホワイトチャペル地区で5人の娼婦がナイフで文字通り切り刻まれて殺された事件である。

犯人は自らジャック・ザ・リパーと名乗り、イニシャルを屍体に刻みつけ、臓器の一部を添付した挑戦状を警察に送りつけた。事件当時から犯人と目された人物は数多く、国王の息子から王室の侍医、かのルイス・キャロルまで容疑者目録に並んだことがあるというのだからすごい。ホームズに凝るのをシャーロッキアンというように、この事件のマニアのことをリパロロジストと言うそうである。舌もつれそう。

インデペンデントの記事によれば、今回新しく調査されたという証拠と言うのは、数多くの容疑者候補の中で、一般的には「捏造」と言うことで決着がついたとされているジェームズ・メイベリックというリバプールの木綿職人に関するものである。彼は事件の翌年、1889年にヒ素中毒で死んでいるが、それ自体妻による毒殺事件であるかどうかでもめにもめたと言う経歴がある人物である。

1990年代半ばに、彼によって書かれたという5件の犯行すべてを告白する日記がリバプールの古物商によって発見され、一時はそれに基づいて映画まで作られると言う話になったこともあるのだが、結局その日記と言うのは、出版権を売るために古物商が捏造したものだと結論付けられていたのである。日記の発見直後、メイベリックの金時計なるものも出てきていた。屍体に刻まれていた筆跡と、時計のサインは一致するのだそうで。

今回、その金時計に刻印されていたメイべリックのサインが調査された。そのサイン刻印を電子顕微鏡で見ると、真鍮の削りかすがこびりついていることが判り、その錆を検討したところ、かなり古いものであることが判明した。ただ、時計は近年磨きがかけられていて、刻印の正確な年代は判らないのだという。しかし、時計のサインは近年の偽造ではないという鑑定は、その信憑性を再び浮かび上がらせることになった。

もっとも、残されているメイベリックの結婚届の筆跡と。時計のサインは一致しないのだそうで、決定的な証拠と言うにはかなり弱いところもあるらしい。切り裂きジャック事件を検討している警察関係者は、「フィクションは数多いが、事件に関する事実は限られている」との見解。

最近、ポール・アルテの「赤い霧」なんてのを読んだばかりなので、切り裂きジャック事件に妙に興味があって目に付いたのだが、普通こんな話は面白くもなかったかなと反省。例によって流し読みの大筋だけ把握訳なので、間違ってたら誰か指摘して。

最近ネタ集めにつかっている"The Anomalist"から。

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2004年11月24日  仔猫大密航[ニュース]

stowaway_s.jpgミラノの仔猫が大型トラックの荷台に入り込み、1600kmはなれたウェールズで発見された。生れて6ヶ月のオス猫はミラノからウェールズまで三日がかりでヨーロッパを横断し、北ウェールズのフリントシャーに行き着いた。

仔猫は空腹ながら健康状態は申し分なく、すぐに動物保護センターに引き取られ、マリオと名づけられた。しかし6ヶ月間の検疫隔離を行わねばならず、そのための費用が捻出できないと薬殺される可能性もあり、現在有志が1500ポンドの基金を募っているとのことである。

どうもミラノでは単なるノラ猫だったようですな。マリオがたどった道筋はこういうものらしいが、ヨーロッパというところは案外せまいのだと思わないでもない。さて、マリオ君はイタリア生れの猫としてウェールズで無事に暮らすことが出来るか、続報を待ちたいところ。

こちらが地元新聞の記事

2004年11月23日  ハーポ・マルクス生まれる[今日は何の日]

harpo.jpg
1888年の今日、マルクス兄弟の次男坊、ハーポ・マルクスが生まれる。ユダヤ系大家族のマルクス一家は子供たちに音楽を習わせる。長男のチコはピアノを弾き、ハーポはハープを、そして3男のグルーチョは歌を歌い、舞台で音楽ショーを演じて家計を助けた(写真をクリックすると、ハーポ、チコ、グルーチョ兄弟の写真に拡大)。この頃は下から二番目の弟、ガモも一緒に活動し、彼が軍隊にとられた後は末のゼッポも参加している。

ある時、曲の合間にちょっとしたコントを演じたところそれが大受けし、以後兄弟はもっぱらお笑い演劇の方向を目指すことになる。ハーポは台詞回しがあまり上手でなかったので、全く喋らずにパントマイムだけで演技し、それがグルーチョのしゃべくりを際立てる効果を呼ぶ。彼らは1920年代にはブロードウェイでオリジナルのミュージカル喜劇を演ずるまでの人気者になり、その出し物の一つであった舞台劇、「ココナッツ」が1929年映画化され映画スターとしての活動が始まるのである。

彼らの芸風はハーポのマイムがあるとはいえ、セリフ重視の構成であったため、当時の喜劇無声映画のスターであったハロルド・ロイド、バスター・キートン、チャーリー・チャップリン達よりも前から有名であったにもかかわらず、映画で活躍できるようになるにはトーキーの発明を待たねばならなかった。おかげで彼らの残した映画はそう多くなく、10年ちょっとでグループ活動は終わることになる。

なお、末の弟ゼッポは初期の映画3作目までは一緒に活動していたが、少々キャラが弱いという事でそれ以後は引退してタレント・エイジェンシー会社をガモと二人で設立している。このゼッポが出ている映画を、「初期マルクス」と呼んで特別視する熱狂的ファンもいるが、正直言って引退は正解というところであろう。

1949年の「ラブ・ハッピー」を最後にマルクス兄弟としての活動は終わり、57年に「人類の物語」という映画にグルーチョ、チコと一緒に出たのが映画活動の最後である。なおこの時のハーポが演じたのはアイザック・ニュートンであった。その後、かのビリー・ワイルダーがマルクス兄弟を再結集して映画を撮る計画があったが、ハーポの心臓発作のため頓挫している。1964年9月、ハーポは心臓手術を受けるが術後経過は不良で、そのまま死にいたる。享年76。

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2004年11月22日  それでいいのか血液型[都市伝説・デマ・トンデモ]

最近TVを見ていると、いわゆるバラエティ番組はマジックと血液型関連ばっかりである。マジックは見ていても楽しいが、科学的つくりを擬似的に装う血液型性格判定番組は見るのもつらい。私はかなり前にこの血液型性格判定のインチキ性にふれ、それでも座興としては認めようではないかという意見を述べたことがあるが、近頃の番組作りは明らかにやりすぎである。

特にランダム性などまったく無視したサンプル群をだし、その連中の行状をもとにして一般論を展開するなどというのは全くのインチキで、そんなことで法則性を主張するのは全く無理に決まっているのである。番組をつくるほうもそんなことは知り抜いているから、適当に責任逃れのキャプションを出してごまかしているが、あんなことでは全く不十分で、これは単なるネタであると表明すべきなのだ。

大体血液型というのは、外部からの感染病原体が生き延びるためにつかう抗原偽装という戦術に対して、多様な抗原性を用意してその努力を無効化するという対抗戦術なのだから、そんなものでパーソナリティといった超高度機能が変化するわけがないのである。まるっきり違うレベルの話なんだから。こんな馬鹿話になんで人は満足してしまうんだろう。

やはりTV番組で星占いの星座別性格特徴とか相性みたいなことをやっているのもあったが、それを見ていると12もある類型で何かを言うのはかなり難しそうである。番組が終わればまず誰も内容を覚えていないのは間違いない。その点、血液型というのは4っだから、多少知的能力にハンディがある人でも中身を覚えておける。Aは几帳面、Bは感情的、Oは質実剛健、ABは天才的ひらめきというわけだ。

大概の人は出そうと思えばそれとは全く違う例をいくらでも提示することが出来るだろうが、いったんこの程度に単純化された図式が頭に入ってしまえば、都合のいい例ばかりが目に入るということになる。血液型だって、PQとかMNやRHなど、簡単に判定できるものだけでいくつもあるが、それを考慮に入れて複雑化されるようなことがあったろうか。何故ないかというと、血液型性格判定なんかに納得するのはトロイ人だけだから、4分類が8になったり、16になったりすると覚えておけないわけですな。

そんな風に愚弄されているにもかかわらず、あっさりTV局のネタ切れ対策に乗ってしまっているのだから、大衆というものの本質は底知れない馬鹿ということなのかもしれない。少々暗澹とする現状である。馬鹿話というのは馬鹿話だと知っているから面白いので、それが科学的真理であるかのように思い込んだってさっぱり面白くない。どうせすぐにすたれるだろうから、そう文句を言おうとも思わないが、馬鹿にされて喜ぶのだけはやめておいたほうがいいのではないかというのが私の意見。あ、マジックのほうはそのままブームが続けばいいのだけど。

2004年11月21日  重蔵始末[本とか映画とかTVとか舞台とか]

朝から不整脈が出て調子がよくないので、今日は一日何もしないで軽い本を読んですごそうと決める。選んだのはアマゾンの古本セクションで買い揃えた「重蔵始末」(1)(2)(3)。そろそろ幕末期になろうという頃、蝦夷地や千島の探検をしたことで知られる近藤重蔵を主人公に据えた話である。史実なのか創作なのか知らないが、そうした冒険に携わる前、江戸で火盗改めの召捕り与力を勤めていたという設定の、「捕り物帖」風の時代物短編小説連作。作者はスペインもので知られる逢坂剛で、アマゾンで見る限りこの人が書いたちょんまげものはこれだけのようだ(なんか、西部劇の舞台を侍が行くような話は読んだような気がするが、それは別ということで)。

私は以前、近藤重蔵の墓がある町に住んでいたことがあり、なんで北方探検をした人がこんなところで死んだのだろうと訝しく思って、経緯を調べたことがある。まあ、その墓があるお寺の副住職が、病院の職員だったので、ほとんどその人から聞いたのだけれど。なんでも近藤は幼いときから神童の誉れたかく、軽輩にもかかわらずその学識才能は幕府上層部にも知られた存在であったらしい。

北方の探検という大役を務めた後、書物奉行に抜擢されると言う異例の待遇を与えられたが、どうもすぐテングになってしまう人であったようで、恵比寿の別所坂に邸宅をかまえて贅沢の限りを尽くし、とりわけ女出入りの激しさは悪評を呼んだらしい。挙句の果て、その派手な行状のせいで大坂へ左遷され、結局免職になってしまう。

しかも、大坂に飛ばされていた間、屋敷の管理を頼んでいた百姓一家が落ち目の近藤家の足元を見て屋敷の乗っ取りを図ったため、重蔵の息子富蔵が切れてしまい、その一家を切り殺すという事件を起こし、近藤家は断絶、富蔵は八丈島に遠島、重蔵は滋賀の僻地藩に預かりの身(要は保護観察)になって、そこで生涯を終えたのだった。多少の才覚があっても、人間関係がうまく作れないと思わぬ落とし穴が待っているぞという教訓として、近藤重蔵の名前を記憶していたというわけ。

まあ、そんな多少の縁と基礎知識があったので読んだのだが、正直言って小説の出来は今ひとつであった。傲岸不遜で頭のめぐりが抜群によいという重蔵の性格設定がありつつ、あまりキャラが立ってない。天才的勘で強引に事件を解決して、周りの人間の会話で謎解きを解説するというつくりもやっつけ仕事っぽい。やっぱり、ああいうハードボイルドな人物設定というのは、スペインの渇いた大地なら兎も角、江戸情緒にはなじまないということなんでしょうな。

なんて言いながら、三冊とも一日で読めてそこそこ時間つぶしにはなったので、古本屋に安値で置いてあれば買ってもいいかもしれない物件。

2004年11月19日  Big Dick Cheney!![ネタ]

big_dick_s.jpg左の不鮮明な写真(クリックで拡大)は、9月11日付けの"Milwaukee Journal Sentinel"に、選挙キャンペーンでミルウォーキー方面を遊説したチェイニー副大統領ご一行の記事に添付されていたもの。

みたくもないのだが、わざわざ目立つようなポーズをとっておられるので仕方なく目が行ってしまう副大統領閣下の股間が、異様なふくらみを呈しているのがわかる。

これを掲載した元の雑誌の編集者は、まるきり気づいていなかったと言っているらしいが、読者がそれを指摘して段々噂になり、あちこちのブログで取り上げられるようになった(例えばこことかここ)。まずいのが彼の愛称"Dick"である。これはRichardをこう呼ぶ(私にはどうもその理由が判らん)とは聞いたことがあるものの、同時にペニスの俗語であるのも有名。

それがなんかの具合で異様に局部がデカく写ったものだから、ブッシュ・チェイニーの再選に不貞腐れた連中が一斉にからかいの材料にしたということのようだ。写真がやたらに不鮮明なのは、雑誌からスキャンしたものしか流通していないのが理由らしい。もともとなのか、読者の指摘で引っ込めたのか、元記事オンライン版には写真が添付されていないのである。

もっとも、副大統領はあまり健康状態がすぐれぬという報道もあり、あれはもしかしたら失禁防止用の装具ではないかという推測もある。なお、副大統領はこの疑惑について、具体的には語らず、本来のモノはそんなにデカイ訳ではないというジェスチャーを示すにとどめているそうだ(嘘)。

元情報はこちらから。

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2004年11月18日  サーバーが変[PC・MT]

MTの一部機能が働かなくなり、メールフォームもうまく機能していないという掲示板の書込。CGIがすべてダメというわけではないんですけどね。PHPなら動くかと、適当なスクリプトを拾ってきては試してみたが、やはりことごとくダメ。少々疲れ果てたので、ちょっと頭を冷やすことに。

不謹慎かもしれないが、「娘はもらった」という文面は、なんとなく江戸川乱歩あたりを連想するので、犯人は中高年で結構インテリという素人プロファイリング。

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2004年11月17日  インフルエンザワクチンをめぐる攻防[医学・科学関連]

たまにはまじめな話を。

毎年この季節になると、各医療機関には「インフルエンザワクチンはじめました」というチラシみたいなのが張り出される。昔子供のころ、駄菓子屋に「カキ氷はじめました」とか、「関東炊きはじめました」(注:関東炊きとは「おでん」の関西呼名。いまは関西でもおでんと呼ぶようになった)というのが季節になると張ってあったものだが、それを思い出して感慨にふける。もしかしたら、新しい季語として歳時記にのっているかもしれないと思う。

インフルエンザワクチンというのは、ほんの10年ぐらいまで小学生全員に接種されていたが、副作用の問題などもあり次第に受ける人がいなくなり、いまは一律接種は中止されていて、希望者だけが受けるようになっている。おかげで保険適用もなく、言い値をつけることが出来るから、医療機関によってかなり値段が違う。一部では一回5千円ほど取るところもあるし、2千円程度の控えめな値段のところもある。

製品は同じところが作っているので、元値は同じである。たしか1バイアル1ccが2000円足らずであったと思う(1000円だったかなぁ?)。大人の接種量は0.5ccなので、希望者がうまく偶数で来てくれれば一回2000円でも十分元がとれる。レストランなどの原則、原価の3倍というのを取れば、多くの医師会が協定価格にしている3000円というのが妥当な値段かもしれない。

小さな子供なら0.2ccか0.3ccなので、1バイアルで3人から5人打てることになり、患者がどんどん来るところならかなりボロイのだが、一部の医療機関は「子供だから高度の技術と観察が必要」といって、大人より高い値段を設定していたりするから、この業界は口先商売の世界だといえる。某知り合いなど、「おかげでこの冬もBMWが買い換えられる」とホクホクである。

それは兎も角、一番重要な点ははたしてこのワクチンという奴は有用なのか、少なくとも害はないのか、という問題であろう。しかも、それにそう決着がついているわけではないというのが困ったところなのである。この点に関しては、前橋市医師会が1987年に発表した「前橋レポート」というのが、以前から一部でくすぶっていた「無効」論の先陣を切ったことで知られる。ただ、これは学術雑誌に出版されなかったこともあり、その調査方法、分析手法についてはかなりの批判があるのは事実である。(こちらに転載あり。PDFでのダウンロードも可能)

ところがここ何年か、インフルエンザ脳症や老人施設での集団感染などについて、意図的なまでの報道があいついだこともあり、任意接種の数はどんどん増え、かって学童に強制接種していたころよりも使用量は増える傾向にある。厚労省の研究班は幼児への接種についても有用という研究結果をだし、小児科学会もそれを受けて推奨するという意見を表明している。厚労省の研究結果を示せればいいのだが、以前見た覚えがあるのにどうにも見つからないので、前橋レポート批判の急先鋒論文(PDF)を紹介しておく。

お前の意見はどうなんだといわれたら、希望する人にやめるようにと説得こそしないが、自分からは勧めないし、もちろん自分でも受けないし家族にも受けさせない、というところだろうか。高年齢者のハイリスク群で、そうはっきりした効果があるわけではないことを理解してくれたら受けてもらうという程度。悠々自適の老後をすごし、はやりのインフルエンザでころりと逝く、なんて素敵な死に方だと思いますがなぁ。まして病気でもない人に、針さして通過儀礼みたいなこと強いる趣味はおまへん。まあ、BMWが手に入る立場ならやらんでもないが。

2004年11月16日  Google AdSense[PC・MT]

サイトのトップにGoogle AdSenseを表示するようにして、一ヶ月ちょっとになるのだが、その結果はというと予想外の配当(っていうんか?)である。具体的な額は明かさないと言う契約があるので幾らだとはいえないが、この手のサービスの中では段違いであるように思う。ドル建て小切手で支払われるというのはかなわんが。

当然Google社の方もたっぷりマージンを取っているだろうから、広告を出している企業はえらく高額の宣伝費を出していることになる。それだけの効果があるのだろうかと、ちょっと心配になる。たまたまクリックしたサイトで物を買うなんてことする人いる?私はいっぺんもないぞ。

予想外といったって、もちろんそれで飯が食えるほどの額になるわけでもなし、しれているといえばしれている。でも、ReadMeJapan!なんぞを見る限り、一部サイトは数万のアクセスを集めているようなので、そういうところは自分の場合から類推すると、大卒初任給ぐらいは充分獲得できる可能性があることになる。

もちろん問題はどうやってそのアクセスを維持するかということで、努力対効果比はそう高いとは言いがたい。それにサイト内容からキーワードを拾い、それに合致するような広告を掲載するという仕組みが、ついついどんなことを書けば有利なのかというセコイ態度を導きがちなのが情けない。盲導犬やら骨髄バンクの公共広告ばっかり続くと、イライラしてきますからなぁ。

それにしても不思議なのは、"Ads by Google"という表示があるかと思えば、"Ads by Goooogle"というのも散見されること。どうも"o"の数が多いほうがよりランクの高い広告が掲載されているような気がするんだが、こちらの僻みかしら。

2004年11月15日  自信は災いのもと[ネタ]

ダーウィン賞サイトより。

日曜の夜、バーテンがG・S(45)に酒を注いでいたとき、彼はGがどこで生涯を終えるか、もしくはGが自らを遺伝子プールから取り除くのにどんなことをするのかとまでは想像していなかった。我々も皆知っているように、さびしい夜をアルコールとすごしたときは、自らへの極端な過信が生じることがあるものだ。Gもまたそのために自分をダーウィン賞候補にノミネートすることになった

明らかにGはバーからオランダの小島にある自分の家に歩いていくには疲れ過ぎていたので、彼はフェリー乗り場の前にある駐車スペースにおいてあった車を失敬した。この内燃機関を正しく操作するなら、もう歩く必要はないのだ!自分の家に向かいながら、はげしい酩酊によって生まれた自信は、Gが盗んだ車で正しくコーナーを抜けていくたびに強化されていった。不幸なことに、彼が走っていたその道は彼により大きな挑戦-それは道端の草原にとめられてあったのだが-へと導いていた。彼は乗り物を止めてその新しく獲たおもちゃによじ登ると、それを使用することが出来るよう、作業を始めた。

地元の飛行機クラブの管理人は、あまりにも朝早くセスナ機が離陸していく物音のため、不快な気分で目覚めた。そう、いまや明白なように、それはほとんど燃料タンクが空のまま飛び去っていくGだったのである。

我らが友人Gは、セスナを潜水艦に再構成するべく試みた。機首をまっすぐ海に向けて突っ込んだのである。その週の終わりに、漁師が機体の一部を発見したとき、皆はGの潜水冒険が失敗したことを知った。まもなく、彼の遺体は岸辺で発見された。偶然にも、発見者ははじめにGが盗んだ車の持ち主であった。

4年前にホントに実際にあったことのよう。こちらの新聞記事を参照のこと。オランダ語ですが。

はじめ、"Unfortunately the road he was driving on, lead him towards an even bigger challenge which was parked in a grass field just of the road. "の部分をすっ飛ばして読んでいて、よく意味が通じないので無理やりこじつけておりました。コメントで指摘していただき、修正した次第。せめて二度は読め、という教訓であります。

2004年11月14日  時間旅行者の予言[都市伝説・デマ・トンデモ]

2000年の暮れごろ、アメリカであちこちの掲示板サイトに、John Titorと名乗る男からの書込が相続いた。多分タイターと発音するのであろうその男は、自分は2036年からやってきた時間旅行者であると主張した。彼は自分の祖父が開発にかかわっていた、1975年に市販された世界初のポータブルコンピュータであるIBM5100を手に入れるために未来からやってきたのだと。

何でも、そのコンピュータには2036年までは明らかにされなかった特殊な機能が内蔵されていて、それを利用してコンピュータシステムのさまざまな問題点を解決できるのだという。メモリ一杯一杯にして64kというPCに、タイムマシンまである未来テクノロジーが解決できない問題を託すというあたり、ちょっと無理がありすぎる感が強い。

タイターによれば、今後30年ぐらいの間に、世界は大きく動くのだという。まず2004年、合衆国大統領選挙をきっかけにして国内の緊張が高まり、翌年には内戦がはじまる。これは2012年まで続き、米国経済はすっかり疲弊し、合衆国政府は解体してアメリカ連邦帝国が樹立される。

2015年、ロシアが連邦帝国とヨーロッパ連合、中国に対して核戦争を仕掛け、30億人の死者を出した末、戦争はロシアの勝利に終わる。ロシアの援助によって新合衆国政府が打ち立てられ、合衆国は小さなコミュニティの連合からなる社会主義国となる。2034年、GEがタイムマシンを実用化し、タイターはその2年後、2000年にやってきた。その目的からすれば、1975年でないのがよく判らんが。

予言の内容は出来の悪い近未来SFそのもので、矛盾点がありすぎ、ほとんどの人はこれを痛めのジョークとして楽しみ、いつしか忘れていったのだが、彼の予言(っていうのかな、こういうの)が始まった年が過ぎようとして、なんとなく当たっていないでもないという気分も出てきて、ちょっと話題になっているというところのようだ。

何しろ、今度の選挙の州ごとの勝敗地図が、ほとんど南北戦争前の対決図式と同じだとささやかれるのである。カナダの移民局サイトには米国民からの問い合わせが殺到しているとも言われ、近い将来国境はこうなるのではといわれるほどである。なるべく馬鹿馬鹿しい話を持ってきて、笑ってなかった事にしたがる気持ちもわからんではない。

タイターの予言に関するまとめサイトはこちら。元記事はこちら

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2004年11月12日  錯覚2題[ネタ]

beer.com左の写真はきわめて有名な錯覚喚起トリックなんだそうである。顔面の凹凸を写し取って、その凹面の方に彩色したもので、いわばお面を内側からみたような感じ。で、これがどんな錯覚を生むかというと、見ている人間が移動すると、お面がそれに応じて見つめ返すような動きをするように感じるというもの。こちらの映像(ウィンドウズメディア:1.9M)をごらんあれ。

これとほぼ同じ理屈のペーパークラフトがあるので、そちらも参照されたい。厚めの用紙にプリントアウトし、切り抜いてすぐに作れる。こういうのを作るときの折り方指定、「山折り」「谷折り」は、"Mountain Fold"と"Valley Fold"というのだということを知ったのが今日の収穫。どう見えるかというビデオ映像はこちら(ウィンドウズメディア:1.5M)。プリントアウト用画像はこちら。これもなかなかの不思議感覚だ。

なんでこう言う具合に見えるかという理論のほうは、こちら(PDF)を参照のこと。これを書いたリチャード・グレゴリィ氏が、最初のお面のモデルだそうな。

もと記事はこちらから。

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2004年11月11日  ヴァーチャル・バーテンダー[ネタ]

beer.com一時ちょっと話題になった、着ぐるみニワトリに動きを命令するバーガーキングのサイトがあったが、どうもそれと同じ仕組みらしいのがここ。Beer.comという、よく正体がわからないサイトの(どうも出会いサイトみたいだが)、メイン出し物のようだ。ビールの宣伝というわけではないらしい。

例のニワトリと同じように、カウンターで艶然と微笑むウエートレスのお姉ちゃんに、飲み物を注文したり、ちょっとした動作を要求するとそれにこたえてくれる。飲み物はどうもビールとエールしかないみたいだが、バナナなんかをたのむと、多少思わせぶりの動きを見せてくれる。ちょっと手が込んだところではこれ。"fight"というコマンド。"kiss"なんてオヤジ好みのものもあるが、一番気に入ったのは"become men"。ま、さまざまに御工夫のほどを。

2004年11月10日  不安の適応的機能[医学・科学関連]

何度か引用したことのある神経科学研究者、最上氏の日記から。

怒りにせよ、悲しみにせよ、劣等感や憎しみのようなものでさえ、全ての感情には適応的な意味があって存在している。しかし、人によって陽気な人もいれば陰気な人もいるように感情の配合比は異なっている。しかし人間全体を見ればおそらく最適値の周りにチューニングされているのだろう。

しかし、そのチューニングは数万年前の人間の生活にあわせてできているのだろう。現代に至って社会は巨大化し複雑な産業技術が成立し、安全で安楽な生活が可能になっている。この社会の変化によってチューニングの最適点は変わっているはずである。

私はこの方が提唱しておられる、神経機能の情報論的検討という方向に大賛成で、自分にその手の思考解析能力がないものだから、期待しながらせめてその発想の妙だけでもわけていただこうかと日記を読んでいるわけだ。

最上氏の日記では、タバコや酒、最近ではプロザックというような不安抑制薬物が盛んに使われるのは、数万年前の生活用の感情のチューニングで不要な不安が喚起されるからだというような論理展開がされるのだが、ちょっとそれには同調しがたい。現生人類が誕生してから、そのあたりのセッティングはほとんど変わっていないとは思うが、不安はいつの時代でも不安であり、それなりの適応的意味合いがあるのもまた同じであるとおもう。

サーベルタイガーに襲われるのではとジャングルを恐る恐る歩む狩人と、契約ノルマがこなせずトボトボ街を行く営業マンも、それほど質の違う不安を経験しているとは思いがたい。前者は命にかかわるぞといっても、そういう運命で暮らすしかない時代に、それが特別のものにはならんと思う。もちろん、日常レベルの不安とは質の違う、病的レベルの不安というものはあるわけで、恐らくそれは人類誕生以来のことに違いない。

そう思う根拠は何だといわれても、それは直感だとしか言えない。少なくともプロザックが適応になるような状態に人が落ち込むのは、時代も社会もそう関係などない了解不可能性の淵を越える必要があると思う。大体、病的不安に落ち込んでいる人間は、数万年前であってもやっぱり適応できないだろう。

精神医学関連業界の半玄人に受けのいい中井久夫氏も、分裂病に関して同じようなことを言っている。分裂病者はその病初期において、徴候性変化に過剰なまでに敏感であるが、それはかってのシャーマンなどに必要な能力であったのだろうというような言い方である。そうかねぇ、と私は思う。シャーマンだって人類創生時代からいたわけではなく、人間集団がだんだんと国家というものにまとめ上げられていく経過の中で出現し、そのうち特殊芸能に変質していった。人類にほぼ均質に出現し、間違うと廃人になっていくようなグローバル疾患が、そんな一過性のものに関係あるはずがないじゃないか。

日常心理の類推から了解できる精神的不調と、全く異質で了解が出来ない精神疾患を峻別するという、ヤスパースの視点に立つことで近代精神医学は始まったようなものだと私は理解しているのだが、いわゆる啓蒙レベルではヤスパース以前の得手勝手な理由付けで精神疾患がおこるような考え方が息を吹き返す。これに精神分析の中途半端な一般的理解が重なって、精神疾患に対して妙にロマンチックな誤解が生まれることとなってしまったのではないかと私は思う。

何であれ、実情を離れたイメージで精神疾患がとらえられることは、臨床現場にもマイナスだし(なんせ、プロからしてこの辺を全く理解していないのではと思える連中がいたりする)、精神衛生対策立案にも歪みをもたらす。医療業界にいる連中でも怪しいのだから、基礎的な神経科学研究者にまで正確な理解を求めるのは酷かもしれないのだけれど、研究指針のヒントにはなるかと思うので、是非一度検討していただきたいと思う。

2004年11月08日  コカ・コーラの利用法[医学・科学関連]

コカ・コーラには思わぬ利用法があるというのは一種の都市伝説になっており、こちらでも以前紹介したことがある。トイレ掃除とか、錆落とし、洗剤の添加剤など、さまざまな利用法があるのだというのだが、今月2日、イギリスの高級紙ガーディアンが報じるところによれば、インドの農民はもっとすごいつかい方を開発しているのだという。

それは綿花やトウガラシ畑に殺虫剤として撒くというもので、作物を食いあらす昆虫の幼虫を効果的に駆除するとのこと。その上、一般の殺虫剤の4分の1という値段で手に入り、しかもほとんど人間に対する作用がなく、作物にも毒性をのこさないという、いいとこずくめなのだそうだ。

なんでも、インドの農民は昔から作物の寄生虫駆除に、砂糖水をつかってアカアリを呼び寄せるという伝統的方法を使っており、コーラを使うことでより簡単に同じことが出来るのだという。なお、使用時には製品そのものを散布するらしいので、興味がある方は家庭菜園などでつかって見られれば如何だろう。インドのアカアリは日本にいないだろうけれど。

コカ・コーラ社のスポークスマンはこの11月1日、「コーラを殺虫剤目的に使うのは科学的根拠がなく、効果がないのは明らかだ」との声明を発表したとのこと。

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2004年11月07日  果物と野菜摂取はガンを予防しない?[医学・科学関連]

今月3日に発刊された"Jurnal of the National Cancer Institute"(国立ガン研究所雑誌)に、"Fruit and vegetable intake and risk of major chronic disease."(果物と野菜摂取と主な慢性疾患危険性)という論文が掲載された。その内容は「果物と野菜摂取はガンを予防しない」という、以前からの常識を打ち破るもので、その論文が掲載されているのと同じ号に、反論というか疑問を差し挟む編集者の意見が載ったり、わざわざ報道向けにバランスを取ろうとするようなメモがくっつけられていたりする。

いままでさんざん「ガン予防のために果物と野菜をとろう」と、専門家とその周辺が主張し続けていたものの、それにはそう根拠などないというのには皆うすうす気がついており、単に予防医学の名で人をコントロールしようとしているだけではないかと批判する専門家だっていたのである。その辺の痛いところを統計的な手法でついてきたので、通説に従ってきた人たちにとっては、ちょっと釘を刺しておかなくてはマズイということなのであろう。

この論文は台湾出身で歯科医師から公衆衛生に転じ、現在ハーバード大公衆衛生学教室と高雄医大両方に籍を置く洪信嘉博士とその同僚たちによって書かれたものだ。彼らは7万人あまりの看護婦さんと、3万7千人の男性医療従事者の健康調査データをつかい、1986年を基点とし94年まで、心血管系疾患とガンの発症、他疾患での死亡をイベントに設定した8年間の前向きコホート研究を行った。当然、開始時にそれらをすでに発症していたデータは除かれている。

その結果として、この11万人近くの調査対象群には、8年の間に3600例あまりの心血管系疾患と、約9000例のガン発症、そして約1500の他疾患や事故による死亡が見られた。これらのイベント群と、開始時に行われた半定量的調査による食生活パターン群との相関を見るというのが大雑把な研究手順である。この研究グループが出した結論は、果物や緑色野菜を大量に摂取する群はわずかに心血管系疾患の発症が減る傾向が見られるが、統計的には有意とは言えず、ガン発症に関しては全く無関係であったというもの。

いままでガン予防のため、果物や緑黄色野菜を取れといわれてきたのには全く根拠がなかったかというとそういうわけでもなく、もっぱらガンにかかった人の食生活とコントロール群を比べるというケース研究からそう言われてきたのだが、たまたま典型的な発症例を軸にするという、きわめてバイアスがかかりやすい手法なのである。ちょっと時間がたったら症例に加わるかも知れない発症スレスレ例などは考慮しようがないし、食生活の評価というのも事後に行うので事実を本当に反映しているかどうか疑わしい。

その点、この前向きコホート研究ははじめに設定した条件と期間内のイベントの相関を見るので、バイアスが入りにくい(入らないわけではない)のである。これがまれな疾患だったりすると、調査群をかなり巨大にする必要がありコストも大変だが、今回の10万という対象群の大きさとイベント回数は、かなり適切に考察が行える規模であろう。医療従事者を対象に選んだという点で、ちょっと過剰な食生活改善努力がなされているかもしれないが、「紺屋の白袴」という面もあるので、相殺されるような気もする。

日ごろ、自分の患者さんには「好きなもの食べるのが一番」と、ほとんど食生活指導なんかやらないので(80、90になって、いまさら「体にいいもの」食っても仕方なかろう、というのが本音なんだけど)、この論文内容はなかなか我が意を得たりと思うところ大である。全く食わないというのと、病的過食以外に医療が介入することなんかあるかねぇ。自分の好きなうまいもの食って、それで仮に早死にするならそれも人生でしょ。

実はガンと緑黄色野菜についてのコホート研究というのは数少ないながらやられていて、その時も同じような結果だったはずなのである。これでどんどん同様な研究が進み、今までの説の誤りが実証されるとともに、小姑の嫁いびりみたいな「食事指導」もついでに一掃されたらいいのにな、とかなり真剣に思う今日この頃。

なお、元論文そのものは金を払わないと読めないので、読んだのは抜粋だけ。別のサイトのかなり詳しい逐行的解説を読んだので、まず内容ははずしていないと思うが、抜粋なんか仕方なく書いているだけで、元論文とまるっきり反対の内容だったりするという指摘を某専門家から受けたことがあるので(その人はそういう論文書いてるということなんでしょうな)、その点は多少の留保をつけておきたい。

"Fruit and Vegetable Intake and Risk of Major Chronic Disease";Hsin-Chia Hung, et al:Journal of the National Cancer Institute, Vol. 96, No. 21, 1577-1584, November 3, 2004

2004年11月06日  サッカー観戦[日常, スポーツ]

だいぶ調子が出てきたので、あらゆるデューティ仕事を形だけですませ(結局同じだ)、尻に帆かけて帰宅し、地元J1リーグチームのサッカー観戦に出かける。なぜか今日は午後二時からはじまるんですな。私の体調以上に絶不調の地元チームは、これ以上負けるとJ2降格もやむなしという状況なのだ。

そこまで追い込まれているのに、試合が始まるとディフェンスもオフォエンスもガタガタで、あれよあれよという内に2点もリードされ、そのまま試合は終了。ヴェルディの森本君、君が優秀なのはわかるが、あんまり若いうちから調子に乗るとろくなことはないぞ。

勝ちの高揚に乗って滞っていた文書類を一度に済ませ、どっと生活のペースをアップしようと思っていたのに、足取り重く帰宅して不愉快な大酒に浸るだけの土曜日である。天は我を見放しておりますな。今日はとにかく早く寝よう。

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2004年11月05日  ガイ・フォークス・デイ[今日は何の日]

399年前の11月5日、イギリスで13人のカトリック教徒によるウエストミンスター宮殿爆破陰謀事件("Gunpowder Plot")が察知され、関係者一同が逮捕された。その2年まえの1603年、エリザベス一世が崩御し、跡継ぎがいなかったためスコットランド王であったジェームズ六世が、ジェームズ一世としてイングランドも治めることになったのだが(ああややこしい)、プロテスタントを支持基盤にしていた王はイングランドのカトリックを弾圧する政策をとった。

これに怒ったカトリック達の一部は、ロバート・ケイツビーを首謀者として国王暗殺を図る。議会が開かれるウェストミンスター宮殿の地下室に爆薬をしかけ、国会議員たちもろとも国王を吹き飛ばしてしまおうという大胆な計画であった。実際の実行役に選ばれたのはガイ・フォークスという男であった。彼は良家の出で(陰謀関係者はみんな良家の出なのだが)、もともとはプロテスタントであったらしいのだが、後にカトリックとなり、スペイン軍に志願してネーデルランドで戦った経歴がある狂信者であった。

国会開会式の開かれる11月5日、治安当局はこの陰謀を察知して国会議事堂地下を捜索し、そこで36樽の爆薬と、導火線をもって着火の機を伺っていたガイ・フォークスを発見し、逮捕したのだった。首謀者たちは逮捕の際抵抗して殺されるか、翌年早々には死刑執行の運命となった。この事件以来、いまでも国会開会の際には宮殿の衛士たちが犬を連れて、国会中を大捜索する伝統が続いているのだそうである。

この事件の後しばらくたったころから、11月5日はガイ・フォークス・デイと呼ばれる子供たちのお祭りの日として祝われるようになった。ボンファイヤー(かがり火)ナイトとも呼ばれる。子供たちはありあわせの材料で作ったガイ人形を引き回し、通りがかる人々に"A penny for the Guy"と小遣いをねだるのである。そして花火が打ち上げられ、かがり火が焚かれ、ガイ人形が放り込まれてお開きとなる趣向である。同じ時期のハロウィンなどよりも、よっぽど重要なお祭りなんだとか。雰囲気にかなりカブるところがあるものね。

あと100年もしたら、アメリカでも「モハメッド・アタ・デイ」として9・11がお祭りになるかも知れませんなぁ。アラブ装束の人形を乗せた飛行機を引っ張る子供たちが家々を回り、"No Globalism or trick!"といってお菓子をせびるような祭りである。なんで「ビン・ラディン・デイ」ではなく「モハメッド・アタ・デイ」なのかというのは、首謀者よりも実行犯の方が名を残したガイ・フォークス・デイの伝統を踏まえただけ。

2004年11月04日  オレたち芳香族[日常]

一昨日の馬鹿飲みがたたり、今日は一日不整脈に悩まされる。しばらく調子が良かったのにねぇ。あらゆるデューティ仕事を形だけですませ(いつもと同じだ)、自室にこもって療養に努めるのだが、こういう風に身体的に参っているときは同時に精神的変調もきたすもので、ふと頭の隅にタイトルにした言葉、「オレたち芳香族」というのがこびりつく。

あまりさえない連想なのに、それが妙に気になって何度も頭に浮かぶという、一種の強迫観念みたいになって実に気持ち悪い。ブッシュさんの勝利で、レッドスキンズのジンクスがパーになったのがなんとも残念で、そういう喪失感も引き金になったのだろう。

ここはむしろ強迫観念に立ち向かうべきであると、Googleして使用例を調べてみたが、「オレたち芳香族」というのは出てこない。こんなツマラン連想を文章にしてアップするやつはそりゃおらんわ。しかたなく不調のまま昼寝をたっぷり取ったら、非局在化した4n+2のπ電子に追いかけられる夢にうなされまくったのであった。

2004年11月03日  金太郎[日常]

昨日某氏に飲みに誘われ、途中でふと今日は休みだということに気がついたのが運の尽き、気がついたら今日の正午だった。なんかフラメンコのライブをやってる店で、マティーニ飲んでたのが記憶の最後。

てな訳で、午後もぼんやり過ごすことになる。今週中に書いて提出しないといけない書類があるんだけどね。えらく早くから準備して、フォーマットを揃えればほとんど終わりというところまでやってしまったのが失敗。あとはインチキな考察さえつければいいのだが、どう書いても嘘になる感じなので一件落着にさせにくい。

そうこうする間に夜になり、またチビチビ飲みだしたりするので結局今日は完全なダレ日。「トリビアの泉」を一ヶ月ぶりに見たら、「金太郎」という話は日本人の1.4%しか詳しく知らないというネタをやっていた。確かにあの話はあんまりドラマツルギーというものがないので、人がちゃんと記憶しないのもしかたない。私なんか、金太郎は確か巨人に入って、西鉄の桃太郎投手と対決するんだよな、なんて妙な話が混線するので何がなんだかわからなくなったりするのだった。

金太郎という民話のバックには、製鉄技術を持った異民族というモチーフがあるに違いないと思うのだが、よくわからんのはそれで中央権力に取り立てられて、やはり異民族のアレゴリーであると思える鬼を退治するという話になることである。外部勢力によるテロは外部勢力に任せろ、毒をもって毒を制するという話であるとしても、処女懐胎(だったかどうかは知らんが)までして得た純潔種雷神の子供を、通りかかっただけの中央官僚なんかにみすみす渡してしまう山姥の動機が判らんし、そんな母親の決断に従う金太郎のほうはもっと不思議。異民族の誇りはどこにいった。

こういう、肝心なところが隠蔽されたような民話にはあいまいなところがあるのは当然で、それをちゃんと覚えにくいのも当たり前。桃太郎のように他民族制圧の快感をストレートに語る話なら、誰だって覚えておけますわ。

2004年11月01日  レッドスキンズ敗北。大統領選はいかに?[都市伝説・デマ・トンデモ]

先日、アメリカ大統領選に関して、ワシントンを本拠地とするフットボールチーム、レッドスキンズが、選挙直前のホームゲームで勝つと現職与党側が勝つという言い伝えがあることを紹介した。これは実に1936年以来、一度たりとも外れていないのだとも。

昨日、その注目の一戦がウィスコンシン・グリーンベイパッカーズとの間に行われたのだが、われらがレッドスキンズは28-14というダブルスコアでの敗北を喫してしまった。オフェンスは結構がんばったのだが、ディフェンス陣に難があったとのことである。いままで70年近く、一度もはずさずに大統領選を予言してきた一戦で、このような結果がでたことは、ビンラディン氏の応援演説ビデオなどで追い風を受け、有利な戦いを進めてきたブッシュ陣営には誠に遺憾なことに違いない。

どっちが勝とうとそう変わりがあるでなしというような時、せめてこういうジンクスの継続性だけでも求めようとするという投票行動はありえますからなぁ。しかも、ブッシュ陣営にはもう一つ不利な条件があることが最近明らかになっている。それは、米大リーグのワールド・シリーズでレッドソックスが勝ったときの選挙では、現職大統領は再選されないというものである。このジンクスは実に1912年以来、例外なく正しかったことが証明されている*。タイムやCNNの世論調査など何でありましょう。さしあたってのリード報道になど目もくれず、ブッシュさんには最後の最後までがんばってもらいたいものだ。彼ほどネタを提供してくれる大統領はいないのだから。

*これは全くの冗談で、レッドソックスは「アメリカの阪神タイガース」と呼ばれるほどの弱体球団で、1910年代は強かったものの、1918年以来ワールドシリーズで勝ったことがなく、1975年以降はプレーオフがやっとという状態だったのである。いわゆる「ベーブ・ルースの呪い」という奴である。なんせ、こんな映画が企画されるぐらいで。したがって、大統領選とワールドシリーズ勝利が重なった年というのは、1912年しかないのだ。