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2004年11月10日  不安の適応的機能 [医学・科学関連]

何度か引用したことのある神経科学研究者、最上氏の日記から。

怒りにせよ、悲しみにせよ、劣等感や憎しみのようなものでさえ、全ての感情には適応的な意味があって存在している。しかし、人によって陽気な人もいれば陰気な人もいるように感情の配合比は異なっている。しかし人間全体を見ればおそらく最適値の周りにチューニングされているのだろう。

しかし、そのチューニングは数万年前の人間の生活にあわせてできているのだろう。現代に至って社会は巨大化し複雑な産業技術が成立し、安全で安楽な生活が可能になっている。この社会の変化によってチューニングの最適点は変わっているはずである。

私はこの方が提唱しておられる、神経機能の情報論的検討という方向に大賛成で、自分にその手の思考解析能力がないものだから、期待しながらせめてその発想の妙だけでもわけていただこうかと日記を読んでいるわけだ。

最上氏の日記では、タバコや酒、最近ではプロザックというような不安抑制薬物が盛んに使われるのは、数万年前の生活用の感情のチューニングで不要な不安が喚起されるからだというような論理展開がされるのだが、ちょっとそれには同調しがたい。現生人類が誕生してから、そのあたりのセッティングはほとんど変わっていないとは思うが、不安はいつの時代でも不安であり、それなりの適応的意味合いがあるのもまた同じであるとおもう。

サーベルタイガーに襲われるのではとジャングルを恐る恐る歩む狩人と、契約ノルマがこなせずトボトボ街を行く営業マンも、それほど質の違う不安を経験しているとは思いがたい。前者は命にかかわるぞといっても、そういう運命で暮らすしかない時代に、それが特別のものにはならんと思う。もちろん、日常レベルの不安とは質の違う、病的レベルの不安というものはあるわけで、恐らくそれは人類誕生以来のことに違いない。

そう思う根拠は何だといわれても、それは直感だとしか言えない。少なくともプロザックが適応になるような状態に人が落ち込むのは、時代も社会もそう関係などない了解不可能性の淵を越える必要があると思う。大体、病的不安に落ち込んでいる人間は、数万年前であってもやっぱり適応できないだろう。

精神医学関連業界の半玄人に受けのいい中井久夫氏も、分裂病に関して同じようなことを言っている。分裂病者はその病初期において、徴候性変化に過剰なまでに敏感であるが、それはかってのシャーマンなどに必要な能力であったのだろうというような言い方である。そうかねぇ、と私は思う。シャーマンだって人類創生時代からいたわけではなく、人間集団がだんだんと国家というものにまとめ上げられていく経過の中で出現し、そのうち特殊芸能に変質していった。人類にほぼ均質に出現し、間違うと廃人になっていくようなグローバル疾患が、そんな一過性のものに関係あるはずがないじゃないか。

日常心理の類推から了解できる精神的不調と、全く異質で了解が出来ない精神疾患を峻別するという、ヤスパースの視点に立つことで近代精神医学は始まったようなものだと私は理解しているのだが、いわゆる啓蒙レベルではヤスパース以前の得手勝手な理由付けで精神疾患がおこるような考え方が息を吹き返す。これに精神分析の中途半端な一般的理解が重なって、精神疾患に対して妙にロマンチックな誤解が生まれることとなってしまったのではないかと私は思う。

何であれ、実情を離れたイメージで精神疾患がとらえられることは、臨床現場にもマイナスだし(なんせ、プロからしてこの辺を全く理解していないのではと思える連中がいたりする)、精神衛生対策立案にも歪みをもたらす。医療業界にいる連中でも怪しいのだから、基礎的な神経科学研究者にまで正確な理解を求めるのは酷かもしれないのだけれど、研究指針のヒントにはなるかと思うので、是非一度検討していただきたいと思う。

投稿者 webmaster : 2004年11月10日 23:28

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コメント

私の興味は「正常な範囲でも不安の強い人も弱い人もいるけど、どの程度の強さが適応的なの?」という事でした。病的な不安は今回は対象外です。

webmasterさんのこのエントリの前半はこの問題について論じていますが、「少なくともプロザックが・・・」以降の後半はちょっと論点がずれて、精神疾患について安易な適応的理由付けをすることをたしなめているものと読めました。精神疾患について安易な理由づけやイメージはいけないというのは私も単純に同感です。

投稿者 最上嗣生 : 2004年11月19日 23:27

私の曽師匠にあたる西丸四方氏は、「金魚には分裂病ぽいのがいる」と常々言っておられました。意欲低下と引きこもりが目立つのがいるんだそうです。私は金魚を飼う趣味がないのでわかりませんが。

動物行動学でも、魚類というのは生物の基本的行動様式の大部分が見られるようなことを言いますし、原生生物ではかなり歴史の長い先輩である彼らには、人間にもある病的パターンがすでに形成されていてもおかしくないかも。

投稿者 webmaster : 2004年11月12日 00:31

私も動物については門外漢ですが,ストレス状況下の動物に見られる「自傷行為」は,
人間の子供に見られるような,チック,爪かみ,抜毛と同種の行為でしょう.自閉症の子供たちには,常同行為が多々見られます.
常同行為は,不安を制御する,最も原始的な方法なのでしょうね.猫同士がにらみ合って緊張状態にある時に,しっぽを律動的に振ったりもします.

私は,分裂病が,とっても人間くさい疾患だと感じるので,チンパンジーや犬には存在するのかなぁと思っていたのです.
動物は,ドーパミンを神経系の制御に使っていても,幻覚妄想状態ではなくて,ただの一過性の興奮状態があるだけなのでしょうね.
妄想はないでしょうね,きっと.心理的防衛機制だから.
聴覚亢進は,身を守るのに役立ちそうだ.幻聴は,困るな.

人間と動物を分け隔てるものは,ドーパミン系の過剰な発達のおかげですかな.変なものを頭の中に生み出す能力.

投稿者 同業者 : 2004年11月11日 22:23

門外漢ですが、動物園における動物たちの自傷行為は多々報告されております。

投稿者 小狸工房 : 2004年11月11日 20:52

いつも興味深いテーマをありがとうございます.

基礎系のひとや,研究志向の強い医者は,物事をマスで考えるが,
どっぷり臨床系の人は(僕はどっぷりですが),個人で考えるのだから,話はかみ合わないのでしょう.

種としての進化という文脈の「適応」と,
個人のレベルでの「適応」とは,次元が異なるわけで…

マスの思考法である,進化論に従えば,適正値からずれている人は,淘汰されてきたでしょうから,
発症年齢が若い精神疾患の場合,充分有効な治療法が出現した,ごくごく最近まで,淘汰は容赦なく続いていたはずで,
それにもかかわらず,現在でも,軽症群,周辺群まで含めれば,多くの精神的問題を抱える人が存在するのは,
やっぱり,癌やその他の疾患と同じように,必要な生理機能の単なる「失調」と捉えた方がいいんでしょうね.
いわゆる「紙一重」というやつですね.

ところで,チンパンジーに分裂病は存在するのでしょうか.
犬にあるのでしょうか.ネズミにあるのでしょうかね~

投稿者 同業者 : 2004年11月11日 00:59