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2004年11月23日  ハーポ・マルクス生まれる [今日は何の日]

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1888年の今日、マルクス兄弟の次男坊、ハーポ・マルクスが生まれる。ユダヤ系大家族のマルクス一家は子供たちに音楽を習わせる。長男のチコはピアノを弾き、ハーポはハープを、そして3男のグルーチョは歌を歌い、舞台で音楽ショーを演じて家計を助けた(写真をクリックすると、ハーポ、チコ、グルーチョ兄弟の写真に拡大)。この頃は下から二番目の弟、ガモも一緒に活動し、彼が軍隊にとられた後は末のゼッポも参加している。

ある時、曲の合間にちょっとしたコントを演じたところそれが大受けし、以後兄弟はもっぱらお笑い演劇の方向を目指すことになる。ハーポは台詞回しがあまり上手でなかったので、全く喋らずにパントマイムだけで演技し、それがグルーチョのしゃべくりを際立てる効果を呼ぶ。彼らは1920年代にはブロードウェイでオリジナルのミュージカル喜劇を演ずるまでの人気者になり、その出し物の一つであった舞台劇、「ココナッツ」が1929年映画化され映画スターとしての活動が始まるのである。

彼らの芸風はハーポのマイムがあるとはいえ、セリフ重視の構成であったため、当時の喜劇無声映画のスターであったハロルド・ロイド、バスター・キートン、チャーリー・チャップリン達よりも前から有名であったにもかかわらず、映画で活躍できるようになるにはトーキーの発明を待たねばならなかった。おかげで彼らの残した映画はそう多くなく、10年ちょっとでグループ活動は終わることになる。

なお、末の弟ゼッポは初期の映画3作目までは一緒に活動していたが、少々キャラが弱いという事でそれ以後は引退してタレント・エイジェンシー会社をガモと二人で設立している。このゼッポが出ている映画を、「初期マルクス」と呼んで特別視する熱狂的ファンもいるが、正直言って引退は正解というところであろう。

1949年の「ラブ・ハッピー」を最後にマルクス兄弟としての活動は終わり、57年に「人類の物語」という映画にグルーチョ、チコと一緒に出たのが映画活動の最後である。なおこの時のハーポが演じたのはアイザック・ニュートンであった。その後、かのビリー・ワイルダーがマルクス兄弟を再結集して映画を撮る計画があったが、ハーポの心臓発作のため頓挫している。1964年9月、ハーポは心臓手術を受けるが術後経過は不良で、そのまま死にいたる。享年76。

投稿者 webmaster : 2004年11月23日 21:38

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