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死病に取り付かれた人であっても、自分にとって重要な日まで、精神力で持ちこたえることが出来るという巷に広がっている考えは間違っているということが、米国のがん患者に関する研究で示された。大概の人は、強靭な意志で特別な日まで生き延びるという物語を知っているだろう。そして、ごく特別な事例がそういう話を世に広めるのである。
オハイオ州立大学のガン研究者、ドン・ヤングは昨年のクリスマス前に、「医学の常識を越える」ようなガン症例についての物語を書こうとしているリポーターから取材電話を受けたとき、強い疑問を感じた。そこで彼はこれについて調査を開始した。彼は1989年から2000年の間にオハイオ州でガンで死亡した30万以上の症例について、その死亡報告書の解析を行った。そして、クリスマス、感謝祭、そしてそれぞれの誕生日の前後について、死亡率の低下があるかどうかを調べた。
ヤングの仮説は、特別な日まで生き延びるという神話は選択的記憶による、というものだ。特別の愛する人が特別の日まで持ちこたえたという記憶は、叔父が11月半ばにみまかったというものとくらべてより鮮明だろう。しかし、この神話を打ち砕くための解析は、ヤングの考えとは違う反応を引き起こした。
ヤングは言う。「人はこれを不遜な研究だというんだ。私はべつに何のメッセージもこめたつもりはない。この研究は単に、ある重要な日まで人が生き延びられなかったとしても、それはその人の精神力が弱かったというようなことではないと言っているだけなんだ。死はそれ自身の都合で訪れるのであって、人々のスケジュール表にあわせてくれることなんかない」。
以上、ヤングの研究について報じるNature.comの記事の前半をいい加減に約したもの。そのヤングの論文はJAMAの本年度最終号に掲載されている。無料では抜粋しか読めないが、予想されるとおりその主な結論は、クリスマス、感謝祭、誕生日などの特別イベント日の前後のガン死亡率には統計的に有意な差は見られないというものだ。ただ一部の対象においてわずかの変化があったらしいので付記しておくと、黒人の場合は感謝祭前に、また女性の場合は誕生日の前にわずかの死亡率増加が見られたとのことである。何であれ、特別の日まで持ちこたえて、そのあと従容として死を迎えるなんて例は、統計的に言えば偶然以上のものではないようだ。
まあ、日本人の場合、クリスマスや誕生日なんかはテーマにならないにせよ、例えば子供の結婚式だとかのハレの日まで生き延びた、なんて話は時々美談としては聞きますな。でも死生観の違いなのか、その辺に関する意識は欧米人よりはかなりあっさりしているような気もする。当然、それについてまじめに統計的研究をしたような話も聞いたことはない。
Donn C. Young.:Holidays, Birthdays, and Postponement of Cancer Death.;JAMA. 2004;292:3012-3016.
投稿者 webmaster : 2004年12月23日 22:59
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