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2005年01月05日  精神科救急の難しさ(2) [医学・科学関連]

承前。

そんなわけで(どんなわけだ)、精神科救急というのはなんの事はなく、まず薬物の適切な選択というのが第一という当たり前のものであり、考えてみればこれは別に救急に限ることでもなく、精神科医療一般にいえる事である。ただ、ここで注意しないといけないのは、身体疾患に対症療法するのと違い、基本的に対症療法しかない精神科医療の場合、中長期的な対応を必ず視程に入れておかなければいけないということだ。

患者本人だけでなく、その人を支える家族も含めたシステム全体の回復力というものを考え、今後の変化に備える必要があるわけだ。そのシステム自体の病理が患者本人の症状の原因だったりすることも場合によってはあり、単なる対症療法には終わらぬ結果を期待できることすらある。もっとも、これは本来身体疾患においても留意されるべきことではあるのだが。

少なくとも、医療機関が患者の病理性だけを切り離してそれをすべて抱え込んでしまうというのが一番まずく、身体疾患ではそれはある程度成り立つとしても、精神科疾患ではそれはとんでもない間違いの原因を作ることになる。しかも、精神科医療に長年かかわっている関係者の場合、長期入院で慢性化して人格水準がすっかり落ちてしまった人とか、知的障害で子供のころから施設や病院暮らし、なんて人をモデルにした対応しか出来なくなっているので、ビビッドな感覚を持った人間として患者を見られなくなっていることが多い。

つねに口やかましく生活指導をする対象として、患者をみる癖が出来ているわけだ。たいがいの精神科病院では、小遣いの額とか、一日のタバコの本数が細かく決められているが、それは別に分裂病は小遣いやタバコの規制で直ると思ってそうやっているわけではなくて、退行してしまって自己判断が出来なくなっている人に対してやむなく規制しているに過ぎぬのに、充分な判断が出来る人に対しても同じ「指導」をすることが治療だと思い込むアホが医者の中にもいるのだから困ったものだ。*

初発の分裂病の青年だったら、ああいう風にどんどん自己決定の権利を奪われていく体験と、病的な経過によって本来の能力が蝕まれていく体験が重なり合い、その精神が荒廃にいたる道筋が強化されるばかりであろう。一過性の反応で入院させられたり、周期的な経過を持つ疾患の人なら、まったくまともなその判断力からすれば、そうした規制は当然の権利の侵害としか映らないであろう。それに対してつたない反乱を企て、病状の悪化と判断されて鎮圧されることを繰り返して、本来の疾患からは考えられないような慢性化を呈する人も実際にはいるのである。

最近の精神科医療はそのあたりの患者側の権利には結構敏感になっていて、昔ほど無意味な権利侵害は起こらなくなってはいるものの、それを保証するはずの法整備は勘所をついているとは言いがたく、くだらん書類のやり取りばかりを義務化した実質のないものに終わっていて、見当はずれの「親切」の真綿で、患者の首をしめあげるような精神科病棟の実態を改善していくものにはなっていない。もちろん、法律なんかはじめから関係はありはしないのだけれど。

基本的には外来治療をメインにして、前回私が述べたような原則で運営されるような救急対応を前提とした、やむを得ぬ一過性の入院を組み合わせたような体制が精神科医療の基本となるべきだというのには、私も基本的に同意するし、厚生労働省もどうも出来ればそういう方向に持っていきたいようでもある。そこには、こういった善意で運営されながら患者の人間性など考える視点のない、現状に対する反省というものが一般化されているからだと私は思いたい。

でも、それだけではすまないのがこれまた精神科医療が抱える宿痾なのである。それを某地方で精神科救急センターを作り上げることにそのキャリアの大半を費やした、ある精神科医の苦闘とその結果についてなぞることで説明してみたい。というところで、長くなったので以下は明日。

*自由奔放なのはいいが、その影で患者ボスが収奪体制を作っているような「進歩的運営病院」もあったりする。管理する側のアホという意味では同じようなものだ。

投稿者 webmaster : 2005年01月05日 16:04

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コメント

普通の救急病院のことは 何度も聞いたことがあって ある程度わかっていたのですが、 精神科救急のことは知りませんでした。
 救急の電話を受ける係の人は 病院の当直の先生の顔とその先生がどのくらいの技量 力量があるか ある程度知っていて、仕事のよく出来る先生が当直すると、救急患者を全部その仕事のよく出来る外科の先生の所へまわすって嘆いていた人がいましたよ。(だから 一睡も 眠れないと) 
 外科に関しては、新人と何十年も救急をやっている人の力量は 歴然で 救急車で 患者さんを搬送する救急担当の係の人は そのへんのデータを持っているというか 経験で知っていると言うか 病院と先生を選んで運んでいるということを聞いたことがあります。 

投稿者 藍・I : 2005年01月07日 11:34

バルバラ異界はおかーはまが若返り蘇生術を受けた辺りから読めていません。あれからさらに凄いことになっているのですか。
森脇女史はきっと充電期間中なのでしょう。むしろああしたものを描いていて一方的に消耗するのは読者としていただけません。
山岸作品も「鬼」辺りから読めていないのですよね。そろそろじっくりと付き合いたいです。

投稿者 小狸工房 : 2005年01月07日 03:55

萩尾望都のバルバラ異界もなにやら物凄い事になってますね。
メッシュ~残酷な神が支配する、の流れがいったん終わって、別の切り口から入ってきたというか。
山岸作品と萩尾作品は読み落とし無いように気をつけてますわ。森脇真末味が全然見当たらないのが寂しい。

投稿者 ネムネム : 2005年01月06日 22:09

山岸涼子作 「ストロベリー☆ナイト☆ナイト」

主人公である少女の心の荒廃を招いたのが現代社会そのものであるとして、この作品では視点を変えればつまり、現代社会がそのまま巨大な精神病院なのであり、現代人はすべからくその患者なのであると看破しているわけです。
さて少女が正常な自我を取り戻すきっかけがその社会の崩壊にあり、ラストシーン、すっかり身も心も軽くなった少女は…

やはり幸福であったろうと存じます。

彼女の作品は何度読んでも畏ろしいです。

投稿者 小狸工房 : 2005年01月05日 20:46