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パート先の病院で、救急担当医たちが深刻な顔をして症例検討をしているので、何を話しているのかと立ち聞きしていたら、何日か前に火傷で入院した救急患者が、思わぬ急変で死亡した例についての討議であるという。事故で下半身に30%の火傷を負い、当初は標準的な火傷管理手順で良好な経過を示していたものの、入院後それほど間をおかずに不整脈が出現し、心停止にいたったという。
年齢は40台、それで急変したというのは確かに不思議だと思っていたら、担当医の一人が私にたいして、「この人は長い間精神科治療を受けていたので、その投薬内容などを検討してくれないか」との依頼。カルテを受け取ってみて驚いた。その人は、私が10年ほど前、別の病院で見ていた人だったからである。
その人は「慢性分裂病」ということで入院を依頼された。行動が落ち着かず、徘徊や衝動的行為が頻発して、家庭では管理できないということだった。しかし、入院時の面接では、分裂病というよりは陳旧性の自閉性障害と思われた。かなり退行的ではあるものの、分裂病に特有の接触性の障害もなく、思路にも乱れはない。固執傾向と、一方での集中困難の同居というアンバランスさが、一見分裂病性の思考障害と思わせるのだろう。
落ち着かないからという理由で、彼には向精神薬大量投与がなされていたが、その行動が問題になって投薬量が増えるほど、彼の行動異常は悪化して行ったということであった。「この子の面倒をみるのは疲れ果てました」と肩を落としている母親の反応も、分裂病の家族にみられるものとは微妙に違う。
入院後も、彼はちょっとしたことでパニックになり、突然テーブルの上で頭を抱えて地団太を踏んだり、みなで散歩をしていて突然車道に飛び出そうとするような事がしばしばみられた。それで薬を追加すると、眼球上転などの非特異的な錐体外路症状が出現し、行動はますますまとまらなくなるのだ。どうも薬を増やすと意識もうろうになるだけらしいと、思い切って神経遮断剤を中止し、その多動傾向に注目して「リタリン」の投与に切り替えてみる。全く逆の方向に切り替えたわけだが、こういう大胆な事が出来たのも、度重なる大騒ぎのおかげで、長らく保護室収容をしていたからである。
かなりバーバリックな方針転換であったが、これは彼に劇的な効果を示した。彼はパニックを起こさなくなり、かなり持続的な会話も可能になったのである。彼がしんみりと、「ボクももう30なので、いつまでも母に負担をかけている訳には行かないのです」と、内省するところを見るのは信じられない思いであった。
面会に来た母親もその変貌には驚き、彼は自宅に帰ることになったが、問題は自宅近くの病院への紹介であった。慢性分裂病と1年前まで言われていた病院に、リタリン4錠を飲んで落ち着いたという紹介書を書いても、「うちはこんな冗談のような処方は出来ない」といわれ、彼は片道2時間をかけて私のいる病院に一年近く通院することになった。
彼は引きこもりがちではあるものの、一応家族をそう困らせる事も無く生活していたようであるが、ある事情から彼をそれ以上見ることは出来なくなり、何とか受け入れてくれる病院を見つけて転院となった。それからほぼ10年、彼はそう変わらぬ引きこもり生活を続けていたらしい。彼の服薬内容をみると、以前ほどの大量投与ではないものの、一般的な神経遮断剤と、抗てんかん薬の中等量多剤投与に切り替えられていた。
リタリンは多動性障害に結構効果はあるものの、だんだん効かなくなる傾向はあるので、おそらく行動がまとまらなくなる度に、昔ながらの鎮静系薬剤に切り替わって行ったのだろう。なんで火傷を負ったのかという事情はカルテからはよくわからなかったが、タバコをすっていて着衣に火がつき、3度近くの火傷を負ったということだった。彼がちょっとしたことでパニックをおこし、頭を抱えて足を踏み鳴らしているところを思い出した。きっと着衣に火がついて、適切に対応が出来ず衣服が燃えるまま、そんな風にパニックを起こし続けていたのかもしれないな、と思った。
悲惨な最期に終わった彼の人生に、私はなにか意味ある手助けが出来たのだろうか。当時、半分ヤケクソの薬物療法方針転換が思い掛けずヒットして、私は半分有頂天であった。ほら、惰性的診断に惑わされずに、ちゃんと症候をつかんでいけば今の薬物療法の限界の中でも、ソコソコの安定は得られるものなんだ。そんな自慢げな話を後輩医師にしていたことを思い出す。やっぱ、浅知恵だったんだなぁ。その浅知恵投薬はあっさり変更されていたとはいえ、一応再入院は防げていたようではあるが。
少量であるとはいえ、多剤投与されていた向精神病薬剤は、すべて心毒性の恐れが何がしかあるものばかりであったが、急に来た心合併症の原因を追究している同僚たちには、そのことをあまり強調しなかった。彼の死因について、変に落とし所を提示することになってしまうのも気の毒に思えたのである。せめて、その救急治療経過を真摯に討議することが、彼への弔いになるような気もした。
その一方で、当時からさらに老境に達しているであろう彼の母親にしてみれば、この事故はある意味救いになったかもしれないかなという、不謹慎な思いもしないではないのだった。
投稿者 webmaster : 2005年02月01日 23:01
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トラックバック時刻: 2005年02月03日 23:19
私が担当している患者さんの子供さんが自閉症です.
時々うつ状態になるそのお母さんは,親は障害者を子供に持ったという運命を次第に受け入れていくことができるが,
親が亡くなった後,きょうだいにその運命を引き継がせるのは,かわいそうでならないと言ったことが忘れられません.
投稿者 同業者 : 2005年02月02日 22:17
患者さんのお母様そして ご家族の皆さんに「長い間 ご苦労様でした。」ってねぎらいの言葉をかけてあげたいですね。四十数年(少なくともそのうちの三十年以上)ともに暮らしてお世話をしてきた中で 人に言えないいろいろなことが おありだったのでしょうね。
死因はやけどということですが 私はなんとなく その患者さんの寿命ではなかったかと思います。ご冥福をお祈り申し上げます。
投稿者 藍・I : 2005年02月02日 17:06
どこまでも付いて回る
お医者様のジレンマ。
心中お察しします。
投稿者 小狸工房 : 2005年02月02日 02:55