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今日は「正御影供」、承和2年(835)、弘法大師、空海が高野山で入寂した日である。さすがに古代日本の知的ヒーロー空海のことなので、その命日も休日になっているのかと思えば、何のことはない春分の日の振り替え休日なのであった。
でも、私が京都で高校生だった頃、21日は毎月、御影供ということでお休みだった。この日は東寺の境内で大規模な縁日が開かれるので、そのまっただ中にある学校で授業なんかやりようがなかったのであろう。京都では私立の学校はほとんどお寺が経営しており、東寺なら空海の命日が休み、知恩院関係なら法然の命日である25日が休み、などという風になっていたのである。
本願寺は西と東、それぞれ別の学校法人を経営していたが、そこが親鸞の命日である28日を休みにしていたという話は聞いたことがないなぁ。単にそちらに知り合いがいなかっただけの話かな。機会があったら島田紳助にでも尋ねてみよう。
それはさておき、空海を「古代日本の知的ヒーロー」などと書きつつも、一体あの人は何を成し遂げた人なのかと考えると、イロハ歌とか満濃池だとかを作ったというような伝説をのぞけば、さっぱり具体的なことが思いつかないのである。それは、日本に密教を伝えたのが業績だといえるだろうが、たとえば親鸞のように、独自な教義の創出をしたかというと疑問だし、そもそも、密教がどれだけ民衆文化に寄与したであろうか。
彼の業績というのは、連綿と続く日本の知識人、それも権力すりより型、の原型を提示したことにあるのではないかとおもう。洋行帰りを武器にして、仏教を軸にした古代権力のイデオローグとなり、その名も教王護国寺という国家事業体のトップに座るというのは、いまの日本でも似たようなキャリアを示す人をいっぱい思いつくような気がする。山形浩生さんなんか、典型的な小空海というところかな。どなたか、立派な国家プロジェクトになるようなお寺をつくって、彼をトップにすえてあげてください。
オチにならなんだなぁ。
投稿者 webmaster : 2005年03月21日 23:59
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ありゃま、こちらのエントリーをそのままコピー&ペーストして投稿した人がいるんですな。ちょっとルール違反のような。
家族のほうは自分たちのうらみつらみで全てが正当化されるような錯覚に陥っていて(気持ちはわかるが、これは現代における『悪』の主要な出所だと私は思います)、客観的な事実を他人に提示していないという基本的なことにも気づいていないのだから、あんな形で一般論を提示しても反発するだけなのは見えてますよ。
せめて、長期裁判が関係者たちに冷静さを取りもどす機会になればと願うばかり。
投稿者 webmaster : 2005年03月23日 10:28
精神科医を訴えるBLOGにて
http://green.ap.teacup.com/psychoproces/
まっとうなppさんの意見があって安心しました。
精神科医も訴えられるとは恐ろしい。
しかしまともな訴訟も心理療法の改善には必要かとおもう。
訴訟の前に適切な治療関係が有ることをのぞみ、
治療の前に健康な精神状態であることを望む。
今日は空海の日だったなんて。
あーぜんぜんしらなかった。
だって興味ないもんね。アハハ
投稿者 りょうた : 2005年03月23日 10:02