2005年4月30日  カンボジア軍、ゾンビを捕獲[ネタ]

ラオス国境に近いカンボジア北東部の小さな町で、「ゾンビ疾患」の小流行が見られた。原因は地元固有種の蚊が媒介する新種のマラリア病原体である。これは被感染者に対して、二日以内に100%の致死率を示す。

しかもこの寄生体は、宿主の死後二時間ほどでその心臓の動きを再起動させ、死体に異常な暴力的行動を引き起こさせる。これは宿主の脳機能が激しい障害を受けていることと、寄生体が特殊な化学物質を「よみがえり」の間、その体内に放出することによると考えられている。

カンボジア当局は、感染はすでに封じ込められており、不安は無用であると発表している。アリ・セリィ将軍は、「我々はこの新種病原体のサンプルを得ており、それがどのように死者の心臓や他の臓器の機能を再開させるのかの研究に着手している。これを使って、人々の生活の質に寄与させることを検討している」と述べている。

米国のライス国務長官はこの計画に反対し、次のように述べた。「カンボジア政府は強大な生物兵器を保有していることになる。今すぐその病原体サンプルを破棄すべきだ」。カンボジア政府の公式的な声明は今のところない。

国連調査団がこの研究の安全性確認のため、カンボジアに派遣される予定である。
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以上、こちらの一見BBC報道から。なかなかうまく作ってある偽サイト。よく見りゃちゃんと4月1日の日付になっている。

2005年4月29日  カエル大爆発の真相[ニュース]

数日前、あちこちの超常現象系のサイトで「カエル数千匹が謎の大爆発」という記事が書かれていたのをご存じの方も多いであろう。ドイツのある湖で、数千のヒキガエルが身体を自ら膨らませ、その後に破裂して死んでしまったのだという。当初、ドイツはハンブルグ地方だけの現象であったが、それはポーランド国境からデンマーク国境地帯にまで広がったという。衛生当局はそれらの現象が見られた水域に何らかの細菌やウイルス、化学物質による汚染があったのではないかと疑って、死んだカエルや水質の検査を行ったが、そうした徴候は認められなかった。

そのため、もっぱら超常現象愛好家の好餌となったわけだが、一人の獣医がこの現象について、もっとも合理的な説明を行った。ベルリン在住の獣医、フランク・ムスマンはこう説明する。「腹がへったカラスが、カエルの肝臓をつっついたんですな」。

「カラスは賢い動物で、ほかのカラスがやっているのを見ると、すぐにカエルの肝臓をとる方法を学習するんです」。「カラスに突かれて腹腔が破れると、カエルの肺は膨張して、ほかの内臓も飛び出してしまうので、一見カエルが爆発して死んでしまったように見えるというわけ」。「とっても不思議にみえるけど、こいつはそう珍しいことではないんですよ。まあ、ドラマチックに見えるけど」。

そんなわけで、世界(の一部)を震撼させた謎の出来事は、カラスの捕食活動という、実にロマンのない話であったという結末に。「なーんだ、つまらない」と、世界中から舌打ちが聞こえてきそうな話。

こちらがその報道記事

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2005年4月28日  広汎性拒否症候群[医学・科学関連]

二日ほど前のABCニュースに、かなり気になる記事が載っていてた。旧ソ連、東欧地区からスウェーデンに難民認定を求めてやってきた人々の子供たちの間で、奇妙な疾患が多発しているのだという。これにかかった子供たちは、生きる意欲を失い、一切の自発的行動をしなくなり、適切な治療をおこなわないと死に至るのだそうだ。

同国ではすでに400人に及ぶ症例が知られており、その数は増すばかりだという。不思議なのは、この状態が多発しているのは同国だけで、数年前まではほとんど知られていなかった。発症者も難民として移民を希望する人々の子供に限られるという。同国のカール・グスタフ国王は、入国管理担当者に、この疾患にかかった子供たちへの寛大な対応を要請したという。

その報道記事には、「この状態は"Pervasive Refusal Syndrome"として知られている」という一節があったのだが、不勉強な私はその病名を聞いたことがなかった。Pervasiveってのは広汎性発達障害というときの「広汎性」と同じなので、「広汎性拒否症候群」というところが適切な日本語病名になるだろうが、原語で引こうがこの訳にしようが、日本でこの状態に触れるものは少なくともGoogleでは引っかかってこない(広汎性拒絶症候群でも調べたがおなじ)。

というわけで、仕方なく英語文献の検索。そうしたら、全文が無料で読める論文は一つだけ見つかった。それによると、この状態がはじめて注目されたのは1991年、英国でのことである。ロンドンのセント・ジョージ病院思春期精神医学担当のブライアン・ラスク教授たちのグループが、9歳から15歳の間の4症例について記載したのが最初である。この子供たちは一切の栄養摂取、排泄、体動、言語活動を含むコミュニケーションを拒否する状態が数ヶ月続き、小児科病棟では対応できず、小児精神科病棟に移送されて長期にわたる治療を必要とした。

彼らの報告の後、同様の状態は次々に世界各地で報告されるようになり、初報告者のラスク教授は50症例におよぶコンサルテーションを求められたという。この疾患は、全く器質的な異常が認められないのに、急激な社会的な引きこもりをしめすようになり、無言無動となって栄養摂取しなくなり、低栄養で死に至る状態に陥りつつ、それに対する治療的な関わりへは断固たる拒否を示すという特徴を持つ。

我々からすれば、それって単なる若年発症の緊張病じゃないのかといいたくなるが、やはりこの業界の人がそういうのを見逃すわけもなく、なんとか適切な身体管理でこの状態を乗り切ったあとの予後は非常によく、後遺障害も全くないという特徴があるのだそうだ。分裂病を経過した人に対する精神科医の嗅覚というのは、そりゃかなりのものでして、ここで「ありゃ、この人何ともなくなっているじゃないの」という素朴な驚きというものが、この状態を新疾患単位として考えざるをえなくさせているんでしょうな。でも、まだ10数年以上経過観察された例はないのだけれどね。

スウェーデンの難民たちの子供に、この状態が多発している理由というのが解明されれば、案外すんなり治療や予防の方策も定まるかもしれない。でも、Google検索レベルだけでどうこう言うのも何だが、まだまだ情報は行き渡っていないようだ。日本ではほとんど注目もされていないのがその証拠。

そういえば年齢は多少ずれるが、最近頑強な昏迷状態を呈する人をよく見るような気もする。しかもそれらの人には、今までの標準的治療があまり効かないのである。向精神病薬がトラブル起こすばっかりで、全然事態を打開しない。一時的な興奮を抑える役には立っても、昏迷をほどく助けにならないし、悪性症候群みたいな状態をすぐに起こしてしまう。

結局、栄養の管理と褥瘡予防、拘縮予防といった、下支えの対応を地道にやって、昏迷がほどけてくるのを待つしかない。一例、それこそEPAの大量投与をやったら、翌日からコミュニケーションが可能になったというのがあるんだけど、あの薬、注射はないし、鼻腔カテから入れるにしても、カプセルをいちいち破らないといけないので面倒なんですよね。某社が出している経管栄養用の栄養剤がα-リノレン酸の配合量がおおく、EPA投与の代わりになるかと一生懸命使っているんだけど、やっぱEPAの直接投与の方が効果ははっきりしているように思う。

ヨーロッパで多発するようになった奇妙な小児精神疾患と、私が経験しているような非定型な昏迷状態の増加ということが関係しているのかどうかわからないし、ましてやある種の必須脂肪酸不足の問題だなんて言ってるわけではないのだけど、なんとなくその辺に答えがありそうな予感がしているのであります。

B. Lask:"Pervasive refusal syndrome";:Advan. Psychiatr. Treat., March 1, 2004; 10(2): 153 - 159.

2005年4月27日  電子カルテ慰労会[日常]

電子カルテが稼働して一段落、というわけでシステムのベンダーとコーディネーターの慰労会という名目でBBQ大会が開かれる。調子に乗って飲み過ぎてはいかんと自重していたのに、その自重自体が過剰な抑制論理側にある関係上、一口ビール飲んだらどっかにいってしまって、とことん飲みつぶれるのがイカンところ。アル中に「節酒」を呼びかけても無意味、というのを自分でやってりゃ世話はない。というわけで、ほとんど泥酔状態なので現状報告のみ。

2005年4月26日  個人情報保護法案[日常]

いつも行っているスポーツクラブでは、入り口で入館登録するだけでなく、なぜかプールに行くとき、もう一度自筆で記名することを求められた。水の中で急死でもされたら個人の特定がやりにくいので、そのための対策なのだと思って、不承不承ながら絶対読めないようにミミズがのたくったような字で名前を書いていたものだった。

それが、最近は記名ではなく会員番号だけを書くようになった。名前を書くのも面倒だが、会員番号なんて覚えている訳がないので、適当にいい加減な番号を書き込むが、文句を言われたことはない。泳いでいるときに不整脈でも起こして死んでしまったら、クラブ側が身元を割り出すのは結構手間だろう。その時はカンベンしてね。

こういう風にしたのは、きっと個人情報保護法案が施行されたからなのだろう。そういえば入館の時も、以前は会員カードをセンサーにかざせば、名前と登録時の顔写真がPC画面に表示されていたが、4月からはそれも出なくなった。病院業界では、この法案施行に対して事前に対策が必要だと喧伝された割には、いい加減な張り紙出すぐらいで、別になーんも変わっていないのと対照的である。外来で名前を呼ぶのもいけないのだ、なんて言われたものですがね。

さて、この法案のせいというわけではないのだが、私もこの4月から自分の個人情報管理対策をさせてもらうことにした。サーバーをかわる際、ついでにWHOIS情報を書き換えたのである。ドメインをとるとき、まさか公開されるとは思わなかったため、かなりまじめに自分のプライベートメールアドレスに住所氏名、自宅の電話番号まで登録していたのである。前のサーバー会社のシステムでは、なぜかそれを修正することができなかった。今度はえらく簡単にそれができる。

こうしておけばスパムも激減するであろうと思ったのだが、個人アドレスに来るジャンクメールは増えることはあっても減ることはない。WHOIS情報なんかをソースにしてスパムを出す、てなことはあまり一般的ではないらしい。そういえば、そちら経由と思われるような勧誘電話だってかかってきたことはないものな。独自ドメインをとっている個人のかなりの部分は、正直に個人情報を公開しているというのは、案外知られていないことなのかもしれない。スパム業者さんは読まなかったことにしてほしいな。

2005年4月25日  ジェームズ・ボンドはいかに読まれたか[医学・科学関連]

"Scientometrics"という科学雑誌がある。この題名をあえて訳せば、「科学的計量学」とでも言えばいいか。科学論文の引用のされ方とか、情報伝達経路について研究した論文が寄せられている雑誌で、科学分野におけるSEO対策研究雑誌とでも言えようか。

その2004年度発行分に掲載されたのがこれ、「ジェームズ・ボンドと、その業績の引用について」(" James Bond and citations to his books")。その抜粋を以下に書き出してみる。

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この論文は二つの文献計量学的問題について検討した。ひとつは専門的領域(ここでは鳥類学)での基本的文献ということと、個々の研究者は引用する文献をどのように決定するのかということである。フィラディルフィアの鳥類学者、ジェームズ・ボンドは、西インド諸島の鳥類専門家で、自然研究者の実例としてよく名指され、その長いキャリアから生み出された多くの研究成果は、その有名な著作をつうじて彼の科学的名声を支えている。

そして、彼はその名前がある有名な大衆小説に使われたことから、思わぬ悪評をも被ることになった。ここでは、彼の著作とそこに掲げられた鳥類の一覧を、他の類似した著作と比較することで、その評価への方法論を提示してみた。
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抜粋の訳なので、なんだかよくわからないところもあるが、想像力をたくましくして類推すると、研究者を高名にする要素として、たまたまスパイ小説の主人公の名前に使われたということがどこまで関係しているか、ということを調べたという内容の論文ではないかと思う。要は、ジェームズ・ボンド氏は凡庸な自然研究者だった、と言いたいのかも。

中身はともかく、パフォーマンスの演出だけで有名研究者であるかのように受け取られている研究者というのは、確かにいることはいますがねぇ。まあ、それに騙される専門家というのは、まずいないけど。

狭い業界の話で申し訳ないが、私の分野でも結構高齢だけれどかなり精力的に地方会などで研究発表されておられる方がいて、この方がまた、TV出演で高名な某軍事評論家とよく名前が似ているのですわ。顔も何となく似ているような気がするほど。

その研究内容にはなんの興味もないながら、一度は学会に行って「かの軍事評論家氏は先生のご子息でしょうか?」と質問したい衝動を抑えられない。だから、滅多に読まない国内文献を、その方の名前を見つけるためだけに眺めているぐらい。実に失礼な話ではあります。

Lewison G.:" James Bond and citations to his books";Scientometrics, 2004, vol. 59, no. 3, pp. 311-320(10)

2005年4月24日  飛び降り自殺画像[ネタ]

この画像はある警察関係者から送ってこられたものだ。これは心臓の弱い人にはお勧めできない。胃腸に問題がある人も、リンクはたどらない方がいい。これはある飛び降り自殺者の死体を、飛び降り直後に撮った写真である。飛び降り者の内臓が露出してしまっているのが、はっきり写しだされている。周りにいる目撃者たちの恐怖の表情をみても、この写真の真実性がわかると思う。
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そんなキャプションがついた写真が、チェーンメールとなって流通しているのだという。写真自体は、だいぶ前に妙なアングラサイトで見たことはありましたがね。あんまりおすすめしないが、どうしても見たい人がいれば、自己責任で見てください。以前紹介した交通事故被害者画像メールの方が、まだ趣味がいいかも。

画像はこちら。元情報はこちら

2005年4月23日  ブルースクリーン[ネタ]

bluescreen_s.jpgどこかで見たような事故系の面白写真の収集サイトこちらで紹介されていて、その中にあった一品がこれ(クリックで拡大)。もしかしたら合成写真かも知れないが、まずいことは続けて起こるもの、という今までの経験から言えば、かなり信憑度は高い。電子カルテが動き出したと思ったら、季節はずれの雷で停電になったりするのが、現実というものですからなぁ。

しかし、最近の飛行機というのは、本当にこういうふうに表示が全部PC画面なんだろうか。アナログ表示だけでも飛べるようにしておかないと、ちょっとまずいのではないかなと、かなり本気で思う。なんていいつつ、じゃおまえの所が導入した電子カルテでは、そのへんどうなんだよといわれたら、ウームと考え込んでしまうのでありました。まあ病院の場合、サーバーが落ちても、別に治療が出来なくなるわけではないのだけど。

2005年4月22日  電子カルテその後[日常]

電子カルテ導入後、ほぼ3週間がたったわけだが、今の段階ではまだまだ何ともいえぬ部分はあるものの、一応大きな混乱もなく、なんとかスムースな移行が出来たのではないかと思う。あちこちの導入事例から、「外来が終わらない」、「職員が夜帰れない」などというような混乱を聞かされていたので、かなり腹をくくっていたものの、実際始まってみればえらくあっさりしたものであった。

現に今日なんか、当直なので明日の外来予約患者のカルテ転記でもしようかと、午後7時頃に医事課に電話したら、もうすでにみんな帰ってしまった後である。まあ、このシステムというものが、医者にほとんどの作業を集中させる目的なのだから、うまく稼働すれば病院事務の仕事はほとんどなくなってしまうのであるけれど。

思わぬ副作用というものもあり、それはこちらのサイト記事更新がどっと負担になったこと。なんせ、一日中キーボードとにらめっこの生活をしていると、帰ってからまたPCに向かう気がしなくなるのである。てなわけで、もう一つテンション落ち気味で、思いついていたネタをまとめるのも面倒な毎日なのだった。

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2005年4月21日  ガード下のマリア様[ニュース]

underpath_mary_s.jpgシカゴの下町地区のガード下の壁に、マリア様の姿が浮かび上がり、たくさんの人々が参拝に訪れる騒ぎになっているそうだ。この「マリア像」はこの4月10日、通行人によって発見された。それをTVが取り上げたため、各地から見物人が訪れるようになり、マリア像の前に供え物やキャンドルを置いていくため、地元警察は混乱を収拾するために交通規制を行うまでになっている。

なんのことはない、コンクリート壁のヒビから滲み出た汚水が作ったシミなんですがねぇ。この報道写真みれば、ガキがこのマリア像にキスしていたりする。腹こわしても知らんぞ。私なら夜中に一人で歩いているときなどにあれを見たら、かなり鬼気迫る悪霊系だと思ってビビるのは間違いないと思うが、向こうの人はあれをマリア様だと受け取るらしい。(報道はこちら

聖なる姿が何者かに顕現するというのは、キリスト教がらみでよく話題になって、トーストの焦げ目がマリア像になってるだの、キリストのご尊顔が蛎殻に現れただので、ネットオークションの対象になったりする。聖なるイメージというものが、より固定化されて共有されているということなんでしょうかね。考えてみれば、日本では人面魚とかの見立てはたまに話題になるが、この手の顕現系の話は聞いたことがない。

「心に神を持たぬ者の前に、神が現れることはない」-聖パウロの言葉(嘘)-

2005年4月19日  Dr. Livingstone, I presume?[日常]

殊能将之さんの日記記事に、ご自分の「外国人相手にギャグを言う悪い癖」について書かれてあった。パーティで一度会ったことのあるラリィ・マキャフリイに本屋で出くわしたとき、"Dr. McCaffrey, I presume."と言ったのに全然ウケなかったのだそうだ。別の例も書かれていたのだが、昔からあの言い回しがどういう文脈でギャグになり得るのかと疑問であっただけに、ウケなかったのは殊能センセーのせいばかりではあるまいと思われた。

ご存じのように、殊能センセーのフレーズは"Dr. Livingstone, I presume?"のもじりである。1871年、アフリカ奥地で行方不明になった探検家、リビングストン博士を救出するために現地に赴いたアメリカの新聞社特派員、スタンレーが、タンガニーカ湖のほとりの村で博士を発見したとき、感激のあまり、やっと発することが出来た言葉とされている。「リビングストン博士とお見受けしますが……?」という婉曲表現の中に、スタンレーの感動がよく表現されているのだそうだ。

こんな言葉を私が知っていたのは、昔々のMacOS用の冗談機能拡張、Bongo-Bobで見たことがあるからだ。この機能拡張はOldMacOSが立ち上がるとき、ランダムに気の効いたアフォリズム箴言を表示するのである。その中の一つにこれがあり、意味がわからないので腹が立ち、必死に調べたことがあるからだ。この言葉は、スタンレーとリビングストン博士の出会い状況を超えて、ジョークとして広く使われることになったと言うのだが、それがわからない。

Googleで"Dr & presume"を調べると、元の"Dr Livingstone, I presume"という題名をもった古いジャズとか、ムーディ・ブルースのプログレッシブ・ロックがあるようだ。TVドラマのERには、"Dr.Carter, I presume."という題名がついた回があるし、スタートレック(DS9)にも、同じようなものがある。スパイ映画の台詞にも使われていたりする。しかし、その程度なのである。

リビングストンなんて名前の人はそういるわけではないから、実際に使われる時は、ドクターをつけてもおかしくないような人に対する呼びかけに使うことになる。ところが言葉全体が特異性に乏しいので、意味をずらすことから生まれる換喩的おもしろみを感じにくい。よっぽど息のあった人同士でないと、これがジョークとして成立するのは難しい。

私がNYの街角でどこかの医師と待ち合わせたとして、待ち合わせ相手と思える相手に、"Dr.Jones, I presume?"と、私としては勇気を振り絞ってジョークの第一声をかけたとしても、"Yes, exactly."と返事されて終わりだと思う。あまりにもジョークらしさにかけるからである。

日本語で、日常的な短い語句がジョークとして成立する例というのが何かあるかとかなり考えてみたのだが、いい例が見つからない。「無法松の一生」の「ボン、ボンじゃござんせんか」なんかは、まったく同じような使い方が出来そうだが、あれは小倉弁という唐突さと俳優物まね風のしゃべり口が、ジョークモードへの切り替え信号になっている。ほかにも思いつく短い語句もないではないが、パフォーマンス優先であったり、やはりマイナー系の方言であったり、五七五リズムにのせるというような特異性が工夫されている場合が多いのである。

英語の場合も、もしかしたらウエールズ出身であったスタンレーの訛りを真似するような約束事があるのかも知れない。向こうの人は、文面からでもそういうニュアンスを読み取るのかも知れないなぁ、などと考えるのであった。なんでこんなどうでもいいことをグダグダ書いているのかというと、これがジョークとして一般的に成立するなら、向こうの研究者が来るパーティなどでは、実に心強い武器を得たと思っていたからである。殊能センセーでもダメらしいというのを読んで、ちょっとアセっているというわけ。

全然関係ないが、Googleで"Dr.Livingstone,I presume?"を検索していて、一番たくさん引っかかったのが、ブログに対するコメントスパムの文面である。この語句が入った怪しい薬物通販のスパムを、そのまんまにしている人がたくさんいるらしい。スパマーの意図がまんまと実現されてしまっているので、身に覚えのある方は早めに対策を取られたほうがよろしいかと。

2005年4月18日  どこでもミュージカル[ネタ]

reach.jpg由緒ありげな大学の講義室。一人の学生が教官に質問する。なぜか流れてくる音楽に合わせて、その学生は思い入れたっぷりに滔々たる声量で歌い始める。どうも、学問への疑問と、愛に生きることの素晴らしさを主張しているようだ(純然たる想像)。それに唱和する数人の学生たち、苦笑しながら拍手する教官と学生たちをのこして、彼らが講義室を出て行くところでムービーは幕となる。

このムービーはあちこちで公開されているのだが、作ったのはコロンビア大学の学生グループのようだ。同じようなテーマの「図書館ミュージカル」もなかなか面白いが、こちらの講義室版のほうが決まっている。

たしか平岡正明が左翼だったころ、「国家死滅の後、得られる理想社会のイメージはミュージカルである」というような意味のことを言っていたと思うが、これを見ていると結構正しいような気になってくる。でも、誰もがあんなハイキーの歌を歌うのは無理なような。

グループの公式サイト。「講義ミュージカル」が一番新作みたいで、、「図書館ミュージカル」はもう見られなくなっているので、某所でダウンロードしてこちらに保存しておいた(約10MB)。

正直言いまして、才覚とドッチラケのどちら側に傾いているのか、というのはかなり判断が難しそう。

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2005年4月17日  「騒音おばさん」報道への疑問[ニュース]

日曜日のニュースショーをみていたら、どこの局も、奈良県で騒音を流し続けて傷害罪で逮捕されたというおばさんの映像を、かなりの時間をとって流していた。なかなか強面の中高年女性が、若向けのヒップホップなんかを好んで選曲し、それも結構リズムに乗って嫌がらせをしているところが面白いのだろうが、どう見ても「病的」なあの行動を延々と流し続けることに、全くためらいが見受けられないのが不思議なのだった。

どこかの局では黒縁メガネがトレードマークの、マスコミ女性精神科医がコメンテーターになっていたが、なんだか歯切れ悪く「早めに医療ルートに乗せるべきだった」というようなことを、ゴニョゴニョ言うだけであった。そう思っているなら、ああいう狂態を長々と実名で全国にさらすことがよろしくないことであることぐらい指摘すべきではありませんかね。

人権屋さんというのが世の中にはいて、こと「弱者」のやることに関しては絶対的に保護されるべきだとしゃしゃり出てくるものなのだけど、常識では明らかにビョーキと見えても、公式にそうラベルされていないとその保護対象にはならんと見える。

だいたい、あのおばさんのイカレタ行動は数年以上続いていて、民事裁判での差し止め命令も得られていたというのに、まるっきり法執行が不徹底だというそちらの方のいい加減さについて、誰も指摘しない。とにかくあのおばさんが非常識だ、というばかり。常識とか非常識のレベルではないのだから、そんなこと言っても仕方ないのに。

昔からああいう均質な近隣社会での妄想的加害-被害意識に基づいた異常行動を示す人というのはよくいて、大概中年の主婦であることが多い。そういう人たちの妄想は限定的であることが多く、典型的分裂病にみられるような、感情面や人格面での障害がほとんど進行していかないため、社会的破綻をうまく回避して暮らしていたりする。時折、そういう異常が露出することがあっても、そのことによる不利益とのバランスが成立して、外に向けて積極的に表現されることがすくないのである。

あのおばさんのように、どういう事情か知らないけれど、全く歯止めというものが欠けてしまえば、ふつうは妄想的ストレスが溜まりに溜まった時だけ出てくるような異常行動が奔出し続けることになる。警察や行政がちゃんと解決するつもりになれば、なんぼでも手段はあったはずで、人権がどうしたこうしたという腑抜けた言い訳を使ってサボりまくっていたのは間違いないだろう。

地域のトラブル、それも暴力的な威迫を伴うような異常行動に対して、世間知を働かせて問題解決にあたるというような姿勢がどこからも、本来その義務があるような公的機関からも、出てこないのが問題なのであって、あのおばさんの奇異性だけにすべてを帰してすむ問題ではないと知るべきなのである。

2005年4月16日  幻覚剤の発見[今日は何の日]

LSDが初めて単離されたのは1938年、スイスSANDOZ研究所のアルバート・ホフマン研究員による。ホフマンは陣痛促進剤として使われていた麦角菌抽出物質から得られるアルカロイドの研究を行い、LSD-25という化合物を得た。この物質が示す向精神作用にはまったく注目されず、ホフマンは当初、「これを投与した動物は落ち着きがなくなった」とだけ記している。

ホフマンは1943年、この物質の効果について「奇妙な予感」を持って再調査を始める。4月16日、彼は研究中に微量物質を吸飲したらしく、奇妙な経験をすることになった。彼は急にめまいに襲われて早退するが、その過程で異常体験を覚えることになる。「ファンタスティックな絵や情熱的で万華鏡のような色の移り変わりとともに様々な形が絶え間なく流れていく」のを感じるのである。

彼は三日後、意識的にLSD-25を摂取し、その幻覚作用を再体験する。彼は強い知覚の変容、とりわけ時間体験変化について興味あるいくつかの報告を行っている。この物質の幻覚作用がポピュラーになるのは、60年代のヒッピー文化であった。当時の反逆者たちは、この物質によって得られる幻覚は、権力によって抑圧された日常意識を解放すると主張したのだった。

私が精神科医になった頃は、まだこの手の物質によって精神医学研究をすることは認められていたと思う。WHOへの申請文書があったんじゃないかな。実際に自分で使って幻覚を体験して見ることも、ちゃんとした手続きを経ればオッケー牧場だった筈。そういう物質を摂取することで得られる幻覚体験が、分裂病の病理を解明すると多幸的に受け取られていたわけだ。そんなもの、自分で経験すればなんかいいことがある訳がないんだけど。発熱の体験すれば、発熱の病理が理解できる訳がないように。

まあ、何であれLSDという物質が世界史上の重要タームになるきっかけになった日が、62年前の今日と言うわけ。

アルバート・ホフマンが初めていっちゃったので 4月16日はLSD記念日

2005年4月15日  自動論文生成プログラム[医学・科学関連]

ネット以前の「マイコン」の時代から、自作のエンターテインメントプログラムの分野に確固としたジャンルを築いていた「自動文章生成」というものがある。川柳や俳句の自動生成なんか、BASICの時代を経験した人なら、一度は作ってみたことがあるのではないだろうか。マックのハイパーカードなんかを使うと、なかなか洒落た文章生成スタックができたものだ。

もちろん、本当に文章を作るのではなく、データをランダムに組み合わせて出来るものが、思わぬ意味を紡ぎ出すのをみて楽しむだけなのだが。今ではCGIでその頃よりよっぽど複雑な操作ができるので、あちこちのウェブでそういうお遊びが提供されているのはご存じの通りである。

基本的にはその原理と同じだが、MITでコンピュータ・サイエンスを専攻している学生たちが作ったこのCGIは、さすがにひと味もふた味も違う。それはランダムにコンピュータ・サイエンス研究に関する論文を作り、しかも出来上がったものは、グラフ、図表、引用論文の一覧までちゃんと備わった本格的なものなのである。しかも、学生たちはこのプログラムで2通の論文をつくり、今年7月にフロリダで開かれるコンピューター科学の国際学会に演題として提出し、そのうち1通はみごとに受理されたという。

学生たちにいわせれば、この学会はそういう体裁をとっているだけの内実のないもので、ただ金集めが目的の集まりなのだそうだ。医学関係でも、薬屋さんの宣伝目的だけの学会もどきがよくあるが、それに似たような感じなんでしょうかね。もっとも、医学系の場合は、参加者はそこそこのお車代と、パーティーの饗応を当てに出来るんだけど。

コンピューター科学の方はそういうわけにもいかず、結構な額の参加料を取られる一方らしい。学生たちは参加料と旅費を捻出するため、自分たちのページでカンパを募っているので、そのプログラムの出来に感心した人は寄付してあげてください。彼らは、発表当日もランダムに紡ぎ出されるインチキ講演をして、ITバブルにつけ込んだエセ国際学会を皮肉るつもりらしい。

私はスズキ・イチロー博士の名前で論文を作ってもらったが、たしかにそれっぽいのは出来たのだけど、何が書いてあるのかわからないのが一大欠点。このプログラムのソースは公開されているので、ちょっといじればすぐに精神医学関連向けに改造できるのではないだろうか。ぜひ好事家にお願いしたいところだ。

【参考】スズキ博士の大論文"Decoupling Lamport Clocks from Architecture in Agents"(PDF)

引用はこちらから。

2005年4月14日  ビッグ・バン(ド)以前に時空はない[医学・科学関連]

こちらからの伝聞情報で申し訳ないが、あんまり決まっているので思わず紹介。

eurekalert.orgという科学啓蒙ニュースサイトみたいなところがあり、そこの4月13日の記事として掲載されたのが、「時間とは何か」というヘルシンキ大学物理学研究施設、カリ・エンクヴィスト教授の文章。

「時間概念は自明のものだ。1時間は60分で成り立ち、一日は24時間、1年は365日から出来ている。しかし、我々は時間それ自体の本質について考えることは、まずない」という書き出しから始まるこの解説文は、一般相対性理論から導き出される、時空の始まりについて触れ、そこでこうまとめられるのである。

"Before the Big Band, there was no space or time."(ビッグ・バンド以前には、時間も空間もなかった)と。まあそりゃね、Big BangとBig Bandのタイプミスというか、誤植であるのはわかりますよ。でも、それで済ましたくないインパクトがある言葉で、なんか近代エンターテインメントの本質を突いているような気すらする。

年取ってくると、ビッグバンドをバックに歌うオールドスタイルの歌手が好きになってしまい、ついついシナトラのMP3なんかをかき集めて聴くようになるものだ(私だけかしら)。ボビー・ダーリンの伝記映画が受けたりする理由も、だからよくわかる。最近の若い歌手、例えばロビー・ウイリアムズなんかも、そんな歌をいっぱい出していて、それがまた実に決まっている。

まさしく、「ビッグ・バンド以前には、時間も空間もなかった」のであります。これをコピーにしてキャンペーンにつかっても問題ないと思うので、日本でも是非この線で、新しいエンターティナーを売り出して頂きたいと願うばかりである。

2005年4月13日  チキン・パワード核地雷[ニュース]

chicken_atom.jpg英国国立公文書館サイト4月5日の記事より。
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かって国家機密とされていた、生きたニワトリによって機能する核地雷が、このたび初めて英国国立公文書館で公開されている。これはピーター・ヘネシー氏の著作、「秘密国家」に基づいた展示の一環として行われているものだ。

冷戦時代、7トンの重量がある小型トラックサイズの兵器が考案された。もしソ連軍の侵攻が起こって英国軍がドイツにある基地から退却を余儀なくされたとき、これを埋めておくのである。この地雷は中心部のプルトニウムを高性能爆薬が取り囲む構造になっていて、遠隔操縦、あるいは時限式で爆発させるものだった。核爆発の破壊力と放射能汚染のため、ソ連軍によるドイツ基地占領は不可能になるという狙いである。

開発計画に従事していた科学者たちは、この核地雷は冬季になるとうまく作動しない可能性があることに気付いた。重要部品の温度が下がりすぎるからである。そこで彼らは、核地雷内部の保温手段について検討することになった。

具体的な方法として採用されたのは、地雷内部に生きたニワトリをたくさん入れておくというアイデアであった。ニワトリたちは、窒息や飢えで死に絶えるまでは十分な熱を供給しつづけるので、核地雷内部のデリケートな部品が凍ってしまうのを防ぐわけである。ニワトリが果たす重要な役割にもかかわらず、この核地雷は「青いクジャク」というコードネームで呼ばれていた。(以下略)
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ヒーターつけときゃいいような気がしますがねぇ。ニワトリが突っついて部品を壊す心配だってあるだろうし。イギリス人がこういう無益な殺生を思いつくのがちょっと不思議。連中は人間相手ならエスニック・クレンジングの世界史的先駆者だけど、こと動物になればやたらに倫理的になると思っていたんだが。

しかし、実際に使うときには元気なニワトリがいるわけだから、これが配備されていたのなら、冷戦のころの英国陸軍基地には、かならずニワトリ小屋があったことになりますなぁ。餌やり係の兵隊さんは「核地雷駆動装置維持供給係」とよばれていたのかな。

この展示会は、この4月2日から始まり、10月末まで開かれるので、英国を訪れる予定のある方は是非見学を。入場料は無料だそうで。

なんて書いていたのだが、よく見りゃこの記事は昨年のものでした。したがって、そういう展示会はいまやってません。なお、エイプリル・フールだなんて根拠ない指摘があるが、あくまでこれは本当の話ですからね。

2005年4月12日  ハッピーエンドでないとねぇ......[都市伝説・デマ・トンデモ]

かなり前に仕入れていたネタなんだけれど、あんまり不謹慎なのでアップは遠慮していたもの。画像という事実の一面が、事実を離れたストーリーを生むという好例。

昨年3月頃から、ネットに流通した一枚の写真がある。それは、どことも知れぬ病院の救急部で治療を受けている男性の姿であった。初めの頃、その写真にはなんのキャプションもつけられておらず、ただただ、彼が受けた外傷の画像的衝撃性に依拠したといえるようなものであった。そのうち、その画像には解説の文章がつくようになった。その概要は以下のようなものである。

「以下に示す映像は、ウェスト・バージニアでオートバイの運転を誤って受傷した男性が治療を受けている救急治療室で撮られたものだ。彼は時速120Kmでカーブを曲がろうとして失敗した。

彼は側溝にに突っ込んで放り出され、運悪くフェンスの杭の上にお尻の方から着地した。その後どのようなことになったかは、容易に推測できるであろう。被害者にとって幸運なことに、異物の嵌入による臀部のひどい外傷と大腿骨骨折、肋骨骨折にもかかわらず、六ヶ月後、彼は完全な回復を得たのである。

医師は彼の受傷のさい、異物嵌入があまりに重篤だったため、出血が少量で済んだことが回復の理由であったと言っている。」

画像があまりにショッキングなので、こうしたハッピーエンドの解説が画像だけのチェーンメールに、自発的につけられて豊富化されたのだと思われる。この怪我で、ひどい目にあったというだけでは、ちょっと被害者の方は気の毒すぎますものねぇ。

実際は、詳細がもう一つ明らかではないものの、この映像はチェーンメールにつけられた説明とは全然違い、アーカンソー大学医学部の救急医療部で撮られたものだと言うことだ。この被害者はトラックに乗っていてフェンスに激突し、その際、フェンスを固定していた杭がトラックのエンジンルーム越しに彼の会陰を貫いたとのこと。

彼はすぐに会陰を貫いた杭の除去術を受けたが、数日後に感染症のため死亡したそうである。写真を見ても、左足の血液循環はほとんど止まってますものねぇ。リスクがちょっと高すぎる。このチェーンメールを作った人は、こんなに痛い写真を見せて他人を気持ち悪がらせたいが、同時にハッピーエンドになる話はでっち上げたいと思ったらしいところが、人間の複雑なところ。

実際の画像はどこなんだといわれるかも知れないが、かなりグロなので、以上の記述から推測して、見たいと思う方だけ自己責任で見て頂きたい。後で文句は言わないでね。画像はこちら

インチキながら、元キャプションを引用したのはこちら

元情報はこちら

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2005年4月11日  ブッシュさん、カミラ夫人を拒否[ニュース]

2月20日と、いささか古い報道で、しかもサンディ・ミラーというイギリスの東スポとしてしられるタブロイド新聞の言うことなのだけれど、なぜか日本ではほとんど報じられなかったようなので、ここで落ち穂拾いしておきたい。
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ブッシュ大統領は、カミラ夫人が離婚経験者であることを理由にして、ホワイトハウスへの来訪を拒むと表明した。この決定は、チャールズ皇太子が結婚後に米国にロイヤル・ツアーを行うという、かねてからの計画に水をさすことになった。

この旅行は二人にとって初めての公式的訪問になる予定であったが、米国の右派キリスト教徒の支持をバックにしているブッシュ大統領にとっては、二人とも離婚経験者というカップルを招いてホストをつとめるというのは、「不適切な」ことであったのだ。この決定は、彼の先輩大統領であるレーガン氏が、離婚経験者であるにも関わらずおこなわれた。

ある政府関係者は、「ホワイトハウスはカミラ夫人を歓迎しない、という指示は政府全体に伝えられている。二人の訪問はマスコミの注目を集めるのは間違いなく、大統領は二人と密接な関係があると人々に受け取られたくないのだ」と語る。

アメリカ人の多くはダイアナ元妃をいまだに愛しており、皇太子とカミラ夫人にいい感情を抱いていない。そんな二人に対して盛大なディナーなどを開催したら、大統領にとっては、きわめてまずい宣伝になってしまうというのである。(以下略)
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タブロイド紙とはいえ、この決定に関する報道は事実だったようで、皇太子は結局米国への公式訪問を断念し、結婚式もえらく地味なものにすることに間接的につながった。それにしても、再選のことを考える必要もないのに、ご自分よりはよっぽど人気が高かった先輩大統領までくさすような、堅苦しい建て前を持ち出すというのは、ちょっとイカンのではないかなと思わないでもないですな。

スタッフにだって離婚している人いっぱいいるだろうし、そういう人まで拒否するんだろうか。居心地が悪くなるのは間違いないしね。社会学者の中根千恵さんが、離婚に対する倫理的な規制のない社会では、離婚率はほぼ66%程度になる、というような事を言っていたような記憶がある(かなりあやふや)。それからすればアメリカの50%程度という離婚率だってまだ低いわけで、セコイ倫理で縛ろうとしても所詮無理というモノ。

チャールズ皇太子夫妻におかれては、離婚がポジティブに認知される過程を積極的に推し進める役割を担って頂きたいと願うばかりであります。そうすりゃ、私らの仕事がちょっとは楽になるかも。

2005年4月10日  法王のシルバー・ハンマー[都市伝説・デマ・トンデモ]

一昨日、法王の遺体が痛まない謎について調べていた時、こんな言い伝えがあることを知るに至った。法王がいよいよ臨終と言うとき、ぐっすり眠り込んでいるのでなく、本当に死んでいるのだと確かめるために、側近第一位の枢機卿が法王の額を銀のハンマーで三回叩き、さらにその洗礼名を呼んで返事がなければ、そこで身罷られたと判断するという。

これは2チャンネルの書き込みから、かなりちゃんとしたブログの記述に至るまで、ほぼ同じ内容で書かれていて、何らかの典拠が存在するのか、ある種の伝説が流布しているかどちらかであると思われた。

そんなわけで、"pope sliver hammer"で検索してみたら何のことはない、いつものネタ元であるsnopes.comで、この言い伝えについて詳しく検証してあるではないか。門外漢が独自に調べたって仕方がないので、そちらの記事内容を要約してみたい。

はじめにあげた言い伝えには多少の混乱があり、洗礼名をまず三回呼んで、返事がなければ次に銀のハンマーで額を叩くというのが一般的であるようだ。そして、法王の印である「漁夫の指輪」がはずされ、それをハンマーで壊すらしい。

2003年の9月、英国の高級紙「ガーディアン」は、法王の死後に行われる手続きとして、これをそのまま記事にしたが、その数日後、「バチカンによれば、その手続きは神話だとされる」と訂正した。今回、法王の死後にアソシエート・プレスが行った報道によれば、「そうした手続きが数百年にわたってなされてきたのは事実だが、60年半ばの第二バチカン公会議の改革によって、それは行われなくなった」とのこと。ただ、「漁夫の指輪」を壊すという儀式は今も続けられているらしい。

というわけで、一応歴史的には根拠がありつつも、今は行われていない儀式的手続きであると言うことのようだ。

なお、シルバー・ハンマーといえばどうしても、ビートルズの"Maxwell's Silver hammer"が思い出されてしまうのだが、これは法王の死後儀式とは全く関係ないらしい。この曲を作ったころ、彼らは「業」というインド宗教概念にとりつかれていて、めぐる因果の力の象徴として銀のハンマーについての歌を作ったのだという。つまり、こちらのハンマーは、シヴァ神のもってるトンカチで、カルマに対する破壊的癒しということになる。

もちろん、カトリックがそういうインド宗教の考え方を取り入れた可能性だってあるかもしれない。地上で神の代理人を長らく務めたことによって生じたカルマを、トンカチで祓らおうという発想が、そうした儀式として残っていたのかもしれませんな。

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2005年4月 9日  PCアップグレード[PC・MT]

職場で使うメインのマシンをMacMiniにして、これはこれでなかなか乙なものじゃと悦にいっていたのだが、電子カルテシステムになって困ってしまった。かのWeb式電子カルテは、なんとWinIEのみ対応という代物だったのである。開発途中は確かNetscapeでデモしてたはずなんだがなぁ。OSXのサファリなんかで閲覧するとひどい文字化けになってしまい、PCだってFireFoxだと画面がえらく崩れてしまうのである。ましてOSXにおいておや。

その他にも、PCでないとうまくアクセスできないこちらの商売系のサイトが多いので、仕方なく今までのペン助3号機を使っていたのだが、今度はOSXとの差が大きすぎる。あんまり本質的な差ではないものの、その雰囲気が違うのはもう一つ気分が悪い。そういうことならというわけで、PCの方をドカンとアップグレードすることにする。

CPUはペン4の3ギガアップ、グラフィックカードもどっと凝って、当直の時など3Dゲームがさくさく動くようにしようと、ヤ○ダ電気のパーツコーナーに出かけたのだが、これがいけない。この会社はオタク相手のせこい商売なんかしていられないという、企業としての正道に戻ったようで、明らかにオタクコーナーを縮小閉鎖の方向に持ち込もうとしている。コーナーにぼんやりたっている店員に、パーツ購入を申し入れるのだが、担当者を捜してきますといって、どこかに逃げていってしまう。

20分ほど待ちぼうけを食らったらさすがに私も頭に来て、フロア主任に強硬に申し入れ(「なんかい、ワレんとこは、金つこうたろちゅう客を無視すんかい、ああん?」で態度が変わるのだから、関西弁は便利ですなぁ)、やっとショッピング開始である。ところがやってきたアンちゃんの知識が私の半分ぐらいしかなく、CPUにあうM/Bも説明できない。最近の775ソケット(?)のことなんか何にも知らないので、もうちょっとで妙なものを売りつけられるところであった。そうなったらそうなったで、ゴネるネタができたのだけれども。

そんなわけで、またもPC組み立て+OSインストールのGeek休日である。ここまで速いCPUになると、再起動も速いが、それでも意味なくお守りはしてやらねばならず、何の意味もないのに、それなりに緊張感あふれる春の宵を過ごすのであった。こういった私的PC事情を総括すると、やはりOSXがWinの壁を破るのは、かなりの思い入れを前提にしても、かなり困難であるということであろう。

2005年4月 8日  法王の肉体は不滅か?[ニュース]

ローマ法王が亡くなられて、今日はその葬儀だったが、それに先だって遺体を公開して一般弔問が行われたのはご存じの通り。たしか、日本のマスコミは人間の死体というものを画像で示すことにはまことに臆病で、TVだとまずモザイクをかけていたり、歯切れの悪いコメントを長々とつけたりするものだと思っていたのに、法王だけは別格扱いらしく、堂々とアップにしていたのでいささか驚いた。聖人に列せられるのは間違いないので、すでに「死体」ではなくて「聖遺物」であり、即身仏と同じ扱いでいいという判断があるのだろうか。TVで遺体映像を見たのは、フセインさんの息子さんたちの時以来だ。

それにしても不思議なのは、亡くなられて一週間になろうとしているのに、そのご遺体が全然痛んでいないように見えることである。これが透明プラスチックの棺にでも安置されていたならば、エチレンオキサイドガス封入でもしてあるのだろうと思うのだが、ご遺体は戸板みたいなのに乗せられているだけなのである。

うーむ、あの戸板はもしかしたら、「スター・ウォーズ」でハン・ソロ船長がカーボナイト冷凍された時のパネルみたいなものかしらんと考えたりしたが、そんなアホなこともあるまい。もっと簡単なものであれ、防腐処置に役立つようなメカが隠されているようには見えないのであるが。

この疑問は皆が感じていると思ったのだが、グーグルで「法王 遺体 防腐」などで引いてみてもわずかな数が引っかかるのみで、しかも今回の葬儀にふれているものは一つもないのである。向こうの報道ではこの問題は結構話題になっていて、色々な推測が飛びかっているようだ。これなんかを見ると、ローマ法王庁は公式的には防腐処置は行っていないと発表しているらしい。

聖人というものはこの世で生を終えても、天国での復活が約束されているので、その肉体はいつまでも痛まないのだそうで、聖人に列するかどうかを決めるとき、逆に墓を掘り返してみて、その遺体が生前どおりに保たれているかどうかを調べたことまであったらしい。その先例から言うと、下手な防腐処置なんかするのは、聖人への冒涜になるわけですな。

どなたか、日本のマスコミがふれようとしないこの謎に敢然と挑戦してみられてはいかがだろう。そんなもの、どうやって調べるんだよ、と思われるかもしれないが、実はとっておきの方法がある。自分自身がローマ法王になり、その秘密を直接知るのである。こちらのサイトでは、わずかな価格で法王職への応募文書を譲ってくれ、法王候補者であることを示すTシャツまで売ってくれる。私もここを通じて応募してみようと思うのだが、真言宗の方で認めてくれるかどうかわからないので、ちょっと躊躇しているところ。

元情報はこちらから。

こんなこと書いていると、またサーバーダウンの神罰を喰らいそう。

2005年4月 7日  エイリアンはロイヤル・ウェディングの夢をみるか[ニュース]

いまいち人々から祝福される雰囲気の乏しい、チャールズ皇太子とカミラさんの結婚なんだけど、法王の死のために一日延ばしになってしまって、さらにケチがついた格好である。式も当初の予定だったウィンザー城から市の公会堂と、えらく地味にとりおこなわれるとのこと。

そんな二人の結婚式を熱く見つめている業界があるのだそうで、それは英国名物のブックメーカー、いわゆる「賭け屋」である。一体、結婚式に賭けが成立するのかと思うが、そこでどんなことが起こるかというのに賭けさせるのだそうだ。

有名ブックメーカーは、カミラさんが結婚式当日、皇太子をすっぽかすというのに33対1を提示しているとのこと。1ポンド賭けておけば、もし本当にそうなれば33ポンド戻ってくるわけ。この逆の状況は40対1、ウィリアム王子が二人の結婚指輪をなくしてしまうというのには25対1。なんかみすみす損しそうな割には、リターンが少ない。

大穴期待向きには、当日が吹雪か大洪水になるというのに100対1、結婚式の最中にエイリアンがウィンザー城に着陸するというのが10000対1。これなら結構な臨時収入になるので、トライしてみる価値がありそう。

引用はこちらから。

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2005年4月 6日  電子カルテ稼働開始[日常]

週初めから電子カルテが稼働し始め、今日はそれを本格的に使って外来の仕事をする最初の日である。一応今までの紙カルテ記事を簡単に要約しながら、処方内容の転記もしないといけないので、どんなことになるのだろうと心配していたが、案ずるより産むが易し、普段より30分ほど長引いただけで済んだ。

まじめな同僚は、この一週間ほどは自発的にカルテ転記を夜遅くまでやっていた。私は「今日やれることは明日に延ばせ」というモットーを生まれてこの方ずーっと実行しているので、そういうことは主義というか、倫理として出来ない。ただ出たとこ勝負でいくのであるが、それでもそう患者さんの待ち時間を無意味に延ばすこともなく対応できた。

それでも、やはり労働強化は著明である。今まで事務や看護チームのメッセンジャーがやっていたことを、医者がPCを使って全部やるというのが電子カルテの本質なので、ほとんどレストランの支配人になった気分である。

病院と言うところはサービス業という意味では、レストランなどと実によく似ているのだが、言うならば医者は調理人であって、支配人ではない。個々の患者に対する対応で手一杯になるので、とても支配人の役目までは手が回らず、それでも管理面では支配人の役割をさせられるというところに病院サービスにおける根本的病弊がある。よく大手の病院で、結構エライ看護婦さんがコーディネーターということでフロアにいたりするが、あれがうまく機能すれば実にいい雰囲気が醸し出されるのだが、やはりそれに専念するには、看護婦さんの立ち位置はちょっと割り切り方に欠けるのである。

ごくまれに事務にやたらにこの辺にたけている人がいることがあって、そうなればその病院の運営は実によくなる。ところが、そんなこと、滅多にないんですなぁ。医療コーディネーターってのは絶対これからの専門職になるべきで、医者でも看護でも事務系でも、これをちゃんとやれる人はそういない。

電子カルテでは医者が患者の流れもある程度差配することになるので、支配人の仕事とシェフの仕事を同時にやっているようなものである。しかも、こういうゴツイシステムを入れると、たいがいのスタッフはそのシステムを遵守することだけを金科玉条にしてしまうので、その動きの無意味さにしばしば苛つかされる。したがって普通なら笑って許すようなことも、今日は全く許せず、かなり嫌な野郎を演じ続けた半日であった。

実例1)「次の患者さんは車椅子なんですが」→「だからなんだって言いたいわけ?診察室に連れてきにくいと言いたいなら、あちらの広い処置室で診察しろと言えばいいわけでしょ?スムースな進行考えるのがあんたの仕事であって、無意味なコメントいってりゃ気を遣ってるふり出来ると思ったら大間違いだよ!」

実例2)「先ほどオーダーされた薬は外部薬局で在庫切れです」→「あのなぁ、薬局というのは処方箋にしたがって薬を処方する義務があるの。在庫切れだから処方箋書き換えろなんてクソ忙しい時に言ってこさせるじゃないよ。あっちの責任で薬取り寄せさせりゃいいでしょ。それが出来んのなら店閉めろと言っときなさい」

実例3)調子が悪いので早めに処置してほしいと執拗に訴える心気症おばさんへ「診察が済んでから」と繰り替えすスタッフに→「何ともないのにいつもくるとカゲグチいっといて、診察しないとイカンもクソもないでしょうが。いつもやってる簡単な処置なんだから、先にやってやりゃいいじゃないか。向こうがやってほしいのは形だけなんだから。中身がないなら、形だけでも提供してやるのがサービス業の本質なの」

電子カルテよりは、こうした脱抑制にどっと疲れてしまい、午後はほぼ再起不能になってしまった一日でありました。なんであれ、これでシステムがタコなら、辞表ものなんだけど、一応それは回避出来そう。

2005年4月 5日  靴の使用と分裂病発症の関連について[医学・科学関連]

昨年7月に発表された北欧研究者の論文。全文は長いため、抜粋をつながりのわるい部分を補って訳してある。
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現在唱えられている精神分裂病の病因論および病原論的理論は、いくつかの疫学的、臨床的、および病態論的な事実によって支えられているにすぎない。様々な事実を説明しつくす研究はごく一部である。

この点、我々の研究結果は靴の使用と分裂病発症の関連について十分な関係性を示している。カカトのついた履き物が用いられるようになって千年以上になるが、これは分裂病の出現とほぼ一致している。そして、近代になって製靴作業が機械産業化されたことで、分裂病の有病率はさらに増大するのである。

靴製作の機械化はマサチューセッツに始まり、そこから英国、ドイツに伝わり、そしてヨーロッパ全域に波及していった。分裂病有病率の著明な増加は、これと全く時間的地理的にも一致したパターンを示すのである。

ドイツのバーデンでは、こうした背景で若い世代の患者が次々に発症し、重篤な認知障害を残す例が頻発したため、クレペリンは「早発性痴呆」という分類学的疾患単位を確立するにいたる。患者たちは入院後もカカトのついた靴を履き続け、病状は進行し続けたのである。

分裂病発症率は、温かい地方から寒い地方(そこでは靴使用がより一般的である)への移民第1世代において高いことが示されている。第二世代の発症率の高さも、歩き始めの時期から靴を履くことが原因である。他の知見もこの事実をより明確に指摘する。一月から三月に生まれた子供たちは、歩き始めが十二月から三月になるため、外気温の寒さから裸足で歩く機会はより少なくなり、より分裂病発症率は高くなるのである。都市環境ではこれはより明確な傾向をしめす。

歩行の際、下肢の機械的レセプターから発せられる同期的神経刺激は、小脳-視床-皮質-小脳ループのNMDAレセプターの活動を増加させる。靴を履くことによって引き起こされる皮質活動の低下は、基底核-視床-皮質-黒質-基底核ループのドーパミン活動を変化させる。自転車に乗ることは分裂病者の抑うつを改善することが知られているが(*)、これは下腿三頭筋の収縮によって強化された刺激によるものである。下肢の機械的レセプターから発せられる刺激の代わりに、電気的刺激を人工的に送ることでも分裂病者の機能を改善できる。

カカト付きの靴を履くことと、分裂病有病率との関係を移民研究から検討した。
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北欧では昔から、「精神疾患と生まれ月」とか「精神疾患伝染病説」などという、ちょっと変わった精神医学研究が行われていて、この論文にはそれらの成果が思わぬ形で利用されているように思う。30年ほど前には、伝統文化の解体と西欧化というのが精神疾患の背景として語られたものだが、それを「製靴産業の機械化」という側面から再構築し、はやりの脳科学風の論理まで組み込んだこの理論には、「自転車で使うのは大腿四頭筋だけど?」というような細かなツッコミが可能とはいえ、いささか意表をつかれる思いである。

確かに、文化の西欧化-産業化の過程で急性劇症症例が一過性に増えることは、フランツ・ファノンのような第三世界精神科医によって報告されている。しかも、現在の日本で著明なように、分裂病の軽症化(治りやすくなったという意味ではない)もまた進行していて、それは脱産業化ということと平行しているともいえるのである。

それをすべて説明する理論はまさしく、この「カカト付き靴が分裂病をつくる」学説といえよう。なに?なんで脱産業化したら軽症化することと靴が関係するんだって?そりゃ、堅苦しい革靴なんかはかなくなって、スニーカーですますようになったからですわね。明日からカカトがしっかりついた靴を履いている患者さんがいたら、ゴムゾーリに履き替えるように勧めようかな。

"Is there an association between the use of heeled footwear and schizophrenia?":Flensmark J.;Med Hypotheses. 2004;63(4):740-7.

こんなに香しい論文は絶対全文を読む必要があると思って探した結果、こちらの下半分に掲載されているのを発見した。同業者は是非保存して熟読して頂きたい。それにしても、このフレンスマルクという研究者はタダモノではあるまいと思うのだが、全く履歴がわからないのが謎。

(*)こんなの聞いたことないよ。少なくとも私は。
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2005年4月 4日  プラットフォーム非依存音声通信技術[PC・MT]

オペラ社はこのたび、プラットフォームに依存しないリアルタイム音声技術を開発した。「オペラ・サウンドウエーブ」と名付けられたその技術は、ハードウエアに依存せずに、短距離・中距離における個人間のコミュニケーションを可能にする。オペラ社はまだ特許を保留にしているものの、PCや携帯電話なしに、アナログシグナルを使うことでP2P通信を行う画期的な技術だ。

この技術は、オペラ社のメールサーバーがダウンしたさいに偶然に発見された。開発者が他のスタッフにどうしてもメッセージを送る必要があったため、代替手段として、その音声化された言語の直接送達という方法を試みたのである。この信号は送付先に直ちに到達し、適切に解釈された。

「多くの人にとって、メールはコミュニケーションで最優先されているが、この方法は常に100%確実とはいえない」、サウンドウェーブ開発者のトロンド・ワーナー・ハンセンはそう語る。「オペラ・サウンドウェーブは新しい世界を開いてくれた。それを使えば、物事はもっとはやく、より効率的にこなすことが出来るようになり、しかも実に簡単なのだ」。

キーボードを介さずに行うより効果的な通信手段として、このオペラ社の新しいP2Pリアルタイム音声技術は、今までの通信上しばしば起こったコンテキストを無視した誤解を防ぎ、今まで使われていた顔文字以上にダイナミックな感情表現も可能にする。オペラ社が提供するこの技術は、巨大市場をシームレスに統合していくであろう。

しかしこの技術はまだ開発初期の段階にあり、なお色々な問題が積み残されている。特に問題なのはその互換性であり、これは海外との通信の際、きわめて大きな困難をもたらす。また通信可能距離が今のところ30m以上にならないことと、セキュリティとプライバシィの側面が未解決という問題がある。

「スパム攻撃とフィッシングも解決しなければならない問題だ」、とハーコン・ウィウム・オペラ社CTOは認める。「塀の中の庭園といった閉ざされた環境と違って、混雑したネットワーク環境状況では、メッセージの送り手を同定するというのがかなり困難だ」。

ヨン・テッツナーCEOはこう語る。「オペラ社の目標は、ユーザーに最高の手段を用意することであり、このリアルタイム音声技術は個人間通信の進化の理想形態であると思う。我々の調査によれば、この技術に対する潜在的要求はきわめて大きく、巨大なマーケットが開けるものと期待している」。
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4月1日、オペラ社サイトのプレスリリース欄にアップされていた記事。昨日の夜までは読めたんですがね。今は削除されてます。こちらこちらに二次報道は残っているので、私の見間違いではなかったと思うんだけど。一応、"SoundWave"のデモソフト提供ページだけは残っているようなので、そちらをじっくり体験して頂きたい。

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2005年4月 3日  BBC、ボブ・マーレイにインタビュー依頼[ニュース]

英国の大衆紙、ミラーのオンライン版が4月3日につたえるところによれば、BBCは昨年、伝説のレゲエ巨人、ボブ・マーレイのドキュメント番組を作るため、本人との直接インタビューを申し込んでいたことがわかった。ご存じのように、ボブ・マーレイ本人は、1981年に死んでいるにもかかわらず。

BBCはボブ・マーレイ財団にメールを送り、「1〜2日を割いてわれわれのインタビューに応じてほしい」と伝えた。彼らはレゲエとボブ・マーレイについて、2時間程度の番組を作る計画があり、「この番組は本人の協力なしには成り立たない」と力説した。

インタビューは6月から8月までの間にという要請だったが、「そちらの事情を優先させる」とも付け加えてあった。この番組は昨年12月に放映する予定で、外にはクイーンも取り上げられることになっていた。

ボブ・マーレイは81年、36歳の若さでガンのため亡くなっている。家族に近い筋からの情報によれば、BBCの申し出は極めてショックだったという。「この地球上に、ボブ・マーレイが何年も前に死んだことを知らない人がいるとは思わなかった」、そう情報筋は伝えている。

これが判明したのはこの4月1日のことだが、BBCは「この失敗はエイプリル・フールではなく、我々はきわめて当惑している」と発表した。
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この番組は先日、日本でも公開されたこれのことらしい。本人が死んだかどうか知らないような人が、こんなの企画するかしら。しかし、わざわざ4月1日に公表することはないと思うけど。ウケねらいの内部告発ですかね?

2005年4月 2日  VPS落ち穂拾い[PC・MT]

サーバー引っ越しが済んだのはいいが、細かなところで不具合が出まくるので終日その対策で追われてしまう。MTで表示させる画像のディレクトリィを、いつの間にかあちこちに作ってしまっていたらしく、それを統合するのに30分、表示修正に同じぐらい、以前のコメントスパム対策をなんかを再開するのに、また30分である。

そうこうする間に、ブラウザによって画像表示がされないという奇妙なことが起こり始め、さらに不思議なことに、その現象は作業をしているPCだけで起こるのだ。同じブラウザ、同じOSなのに、別のPCだとそれが起こらない。

ほとんど陰謀に巻き込まれたような疑心暗鬼気分に落ち込んでしまい、ちょっと思いついた対策を加えているうちに、サーバーの管理プログラムまで妙な挙動を示しだしたので、ここでツボにはまるとえらいことになると、酒飲みモードに切り替えたのであった。いいじゃん、多少表示がおかしくたって。どうせ内容はこんなものなんだし。

しかしVPSってのは結構わけわからんところがある。やはりハードのPCとは微妙に違うのだろう。不思議なのは、FTPでいったんファイルをフォルダごとアップしたら、出来たディレクトリィが削除出来なくなってしまうことで、どこかで間違った操作をしているのだろうが、そうなる理由がわからない。ほかにも、なんか新しい設定をすると、それを解除するのが変に苦労なんだよなぁ。

そのほかにも、しょうもないトラブルのたびにサポートにメールを書き、その直後に結構かんたんな解決法を見つけるというサポート泣かせのパターンを繰り返してしまうので、多少の不具合なんかは鷹揚に見逃す態度が必要なんだろうなと自省するのだった。まあ、自分の仕事で同じようなことをクライアントから要求されたら、とっくにこちらが先に切れてるわけで。思わぬところで普段の仕事を反省する機会を与えられたと、天に感謝するべきなのであろう。

2005年4月 1日  「ピーターの法則」、遺伝子レベルで実証[医学・科学関連]

プリンストン大学遺伝子工学研究所のプリシラ・リュー教授の研究班は、このたび「ピーターの法則」を遺伝子レベルで実証したという研究内容を公表した。「ピーターの法則」は、60年代末にローレンス・ピーター博士によって発表された社会学理論で、「階層社会においては、その構成員は(各自の器量に応じて)それぞれ無能のレベルに達する」という公理が存在するというものだ。

この理論では、人は組織の中で時間とともに、その人には成し遂げられられない仕事を行わねばならないポストに昇進するとされる。仕事はまだ無能のレベルに達していない構成員が行うため、ピーター博士は昇進に自ずから制限があるような階層社会のほうが、構成員が無能レベルに達することを防ぐことができ、より効率的運営が可能であることを示した

リュー教授たちの研究は、各人の無能レベルを決定する遺伝子セットを探るというもので、米国の企業や団体で有能なガバナンス能力を維持している人たちの遺伝子検体を、平均的なヒトゲノム配列と比較検討する作業を積み重ねて得られたものである。それによると、トップに上り詰めてもなお有能さを維持している人には、塩基変異型遺伝子分布の特徴的な違いがあることが示されたという。

「ピーターの法則というのはマスコミがそう呼んでいるだけで、私の興味は『人の器』という東洋的概念にあったのです」、中国系であるリュー教授はそう語る。「器というものを客観的に提示することができれば、人々の組織や社会の運営能力を事前に知ることができます。私たちの研究は、世界の安定と繁栄に必ず寄与すると信じていますわ」。

学内で行われた研究発表の場では、「無能か有能かという判断が恣意的」だという批判もみられたが、多くは好意的にこれを受け入れた。遺伝子工学研究所所長のロバート・カーマイケル博士は、「これは画期的な研究だ。これからはヒラリー・クリントン上院議員とライス国務長官の遺伝子検査を行って、その大統領適性を知ることもできる。さらに遺伝子発現の調節メカニズムまで解明されれば、人類はその発祥以来悩まされ続けていた無能による災厄から解放されることになる」と、この研究の意義を強調している。