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かなり昔のことである。ある日、外来に30代後半の男性が初診してきた。めまい感と易疲労感が3ヶ月前ぐらいから続くようになり、ときおり理由なく胸部の圧迫感や動悸が起こるという。内科にいって調べたが何ともないといわれる。念のため、隣の県にある有名大学病院にもいってみたが、やはり異常はないといわれる。昔からの伝統産業の工場を親から継いでいて、仕事は一応安定しているものの、社長なのに朝から寝込んでいるような有様では社員たちに示しがつかない、何とかならんものだろうか。
よくあるパニック症状が合併した軽うつ状態で、少量の抗うつ剤と抗不安剤を服用すれば改善するだろうと告げ、現に一週間後に本人が再来したときには、症状はほとんど消えていた。「薬はどのぐらい飲む必要があるのか」という質問に、人によっては年単位になる場合もあるというと、いささか不満げな様子であった。一時的な不調で終わる人もいるから、様子を見ていきましょうとその場は納得してもらったつもりでいたのだが、この人はそれからぷっつりと受診しなくなった。
この人がまた私の外来を訪れたのは、それから2年以上たった頃であった。彼はおぼつかない足取りで診察室に倒れ込んできて、「横にならせてください」と、診察台の上に腹這いになってしまった。髪の毛は真っ白になり、顔面はやせこけ、まるで能面の瘠男である。後から入ってきた家族が説明するには、2年前に一度よくなったが薬を飲みたくないというのでそのままにしていたら、またすぐに逆もどりして仕事が出来なくなってしまった。知人の知人がそれを聞きつけて、「いい病院」を紹介してくれたのだという。
その病院に通い始めると多少よくなったが、それでも万全ではない。そのうちだんだん不眠が激しくなってきて、大量の睡眠剤を飲まないと眠れなくなった。日中は足下がふらつき、とても仕事どころではないが、夜になると眠れないのでまた大量に薬を飲むことの繰り返しで、食事もほとんどとれず、ここ一年はその病院に短期入院しては点滴を受ける生活だったとのこと。仕事もうまく行かなくなり、このままでは三代続いた工場を手放さないといけない。
通っていた病院の投薬内容は各種のビタミン剤と血管拡張剤、それと大量の抗不安剤であった。睡眠導入剤は5種類ほど併用されている。脳みそと末梢神経、筋肉系ことごとく、ベンゾジアゼピンでマリネ状態というところだ。仕方がないので、内科の病棟を借りて入院とし、抗不安剤を減量しながら抗うつ剤を点滴していくことにした。多少の退薬症状はあったものの、そう苦労することもなく、10日目には退院にこぎ着けることが出来た。
彼はその後通院を続けながら、傾きかけた工場を建て直すのに奔走しはじめた。先祖伝来の土地をいくらか処分しないといけなかったらしいが、何とか倒産だけは免れた。「いやー、ひどい目に遭いましたわ。特別のイオン水みたいなので体を浄化してくれるというので、例の病院に行ったんです。保険はきかないので、数百万以上とられるし、商売は傾くし、間違うと一家心中でしたわ」と、改善した後も真っ白けのままの頭をかきながら照れ笑いする。
「先生んとこで、ずっと薬が必要だといわれたのが引っかかってねぇ。あんなに簡単によくなるなら、ちょっと苦労すれば完全に直せるはずだと思って、浄化療法に走ったわけですわ。どんどん悪くなるのに、『これは体の毒が外に出てきた証拠だ』なんて言われると、ここを我慢すれば何とかなると思いたくなるもんで。いやはや、馬鹿をしましたわ」。
私はそれを聞きながら、これは無知に乗じられてインチキ医療にひっかかった被害者だと理解していてはいけないと考えていた。この人には、一度破滅の深淵をのぞき込む体験が必要であって、中途半端な薬物療法による安易な改善というものは受け入れられなかったに違いない。明らかに悪くなる一方なのに、2年もおとなしく我慢するというのは、本人が積極的にそれを望んでいたからに他ならないと思うのだ。
ギャンブルに溺れたり、たちの悪い女にひっかかって身代をつぶしかける三代目と同じことを、この人は医療という場で経験したのだろう。地域社会で代々の家業をそつなくこなすという、自分のよって立つシステム自体を再構築する衝動を、うまくコントロール出来なかったに違いない。精神分析のような、欲動エネルギーの配分というあまり役に立たない古典的考え方に対抗して、むしろ欲動エントロピーの処理という視点を持つべきではないかという発想のきっかけとなった症例であった。
この人の場合、差し迫った経済的破綻という危機が逆に回復へのきっかけとなった訳だが、多くの慢性遷延状態にある人をそこに止まらせている最大の原因は、「うつ病は励ましてはいけない」という部分的真理の教条化にあると私は思っている。患者側が具体的な目標を設定し、一つ一つ課題を積み重ねていくようなことは、まず「根をつめてはダメ」という治療者の一言で、ちょっとした揺れを理由にして放棄されてしまう。
もちろんうつ病者には、無茶な目標設定というか、少々うわずった理想に執着する傾向があるのは事実であるのだが、そのあたりの現実吟味こそ、プロが親身になってともに検討する課題であろう。精神療法というのはそういうものであるべきで、今更どうにもならない過去の軋轢なんぞに拘泥してみたって、何の役にも立ちはしないのである。
なんでガラにもなく、真面目なことを書き連ねているかというと、たまたまこんなブログを読んだことによる。ここの管理人さんは、うつ病で長らく通院していて、精神科医の対応に腹ふくるること多く、そのやりとりを記録していたのをこの度出版されたということだ(下のリンク参照)。ああでもなし、こうでもなしとグダラグダラとその場限りのことを言って、患者の方は具合が悪いと言っているのに「同じ薬だしときましょ」という対応するのはよく見られるので、ここの管理人さんが頭にくるのもよくわかるのだが、だからといってこの人が望むような長時間の「カウンセリング」を受けていても、まず改善は望めなかったであろう。
もっとも、体内で代謝されたら同じものになるような睡眠導入剤を何種類も処方するような医者では、はじめからまともな治療を求めるのが無理なようにも思う。なにより、この人がルジオミールが150mgも必要なうつ病という診断自体が間違っていると思いますけどね。
この人が医療で一番傷つけられた体験をしたのは、4年かよっていた主治医が、全く自分の名前を覚えていなかったことらしい。実は私も、患者さんの名前は全く覚えられない。顔とその人の生活史と症状のあらまし、生計手段とか家族関係パターンなどについてはかなり克明に覚えるのだが、名前まで覚えようとは思わない。そんなことで人を傷つけることもあるのだな、といささか反省。でも、覚えないな、まず。
投稿者 webmaster : 2005年05月22日 22:21
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わたしの場合は、お医者さんが自分の症状を思い出してくれなかったことで、ものすごくほっとしました。
自分の病気は特別変なものではないのだ。たいしたことないのだ。みんなにたようなものなんだ。だから、怖がることないのだ。と、思えて。
ということで、先生が名前を覚えられないことで、ほっとしている患者さんもいらっしゃると思いますよー。
投稿者 みたか : 2005年05月23日 14:53
自分と類似した点があって読んでいて他人事では無いように感じました(個人的なことなので詳しいことは書きませんが)。ところで紹介されてる本のタイトルが気になったのですが、診察を録音されて訴えられたのはフロイドでしたよね?ユングはCIAの重要人物の奥さんの担当医で追っかけられてたくらいだから重要機密も知り得る状況になってしまったんだろうし患者さんも色々ですが精神科医も色々ですよね...。病院に来る患者と医者も含めたクロニックペインもあったりするのはあきらかだと思ったりもしています。ストーカーの嘘八百で高等裁判所まで行って争う状況になってしまったりする我が国はどこまで経済理由が優先するんでしょうかね~。
少し愚痴まじりですいません(笑)。
投稿者 Dr.Tommy : 2005年05月23日 03:02