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西暦645年の今日、飛鳥板蓋宮において中大兄皇子や中臣鎌足(後の藤原鎌足)たちにより、蘇我入鹿が暗殺される。いわゆる「大化の改新」の始まりとされる事件である。それまで蘇我氏は大和王権の担い手であり、初期の天皇制は早い話がこの一族が構成していた。日本書紀で「鞍作り」なんて差別的な呼ばれ方をすることでもわかるように、彼らは大陸からやってきて日本原住民を征服した天孫族=騎馬民族、崇神朝以降の初期王権勢力そのものであったのである。
日本原住民はもっぱら海洋系のルートで日本に到来して、神武・綏靖…と神話化される天の朝という王朝を作り上げていたが、後からやってきた蘇我氏=崇神朝は原住民たちを征服したのち、この天の朝王権を根絶やしにするのではなく、自らの傀儡支配体制としてそのまま利用する。反抗を続ける被征服民には徹底した弾圧をする一方、彼らの奉じる政治権威に自分たちが巧みに同化する方法をとったのである。
この体制がほぼ確立した7世紀、蘇我氏よりは遅れてやってきた渡来人集団=後の藤原氏によって、密かに権力簒奪の計画は進む。それが着手されたのが1360年前の今日、と言うわけ。このクーデターによって、かっての日本原住民と同じ立場になった蘇我氏の末裔たちは、やがて蘇我一族の権力が復活する日がくることを信じて、「蘇民将来」というお札をその家に掲げて再興を期したのであった。
昔はまりまくった八切止夫の歴史観からすれば、大化の改新はおよそこういう話になるんだけど、こちらの方が学校で習う歴史よりよっぽど面白い。私は受験のために日本史を勉強するときも、全部こんな具合の裏歴史で理解するようにしていたが、実に能率が上がったものだった。記述問題で、たまに裏理解の方を書いてしまって、真面目な教師に不審がられることがあったのが、欠点と言えば欠点。
投稿者 webmaster : 2005年6月12日 22:41
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「私の詩集」並みですね(笑)。
出版の目的が自説の流布であったとして、トンデ…こうした異説を受け入れられるほどに一般読者層も成熟したということでしょうか。
投稿者 小狸工房 : 2005年6月13日 23:03
八切の著書も作品社から続々復刊されてるんで有り難みが薄れたな~
日本シェル出版(と言っても実は八切の自宅)を訪ねて1冊買うと、オマケに20冊タダでくれたのは、もう何年前のことだったか…(遠い目
投稿者 裏返史 : 2005年6月13日 18:48