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パートで行っている救急病院では毎朝医局会をやっていて、新患の病状検討とかオペ予定の調整などを話し合っている。まことに熱心な仕事ぶりで頼もしい。今日はちょっと時間が余り、脳外科の医者が「初歩的な内容で申し訳ないが」と前置きして、消化器専門医にこんな質問をした。
「最近、急性胃腸炎で救急受診する人が多いのだが、下痢と嘔吐が同時に来ている人に対して、鎮痙剤と嘔気止めを同時に点滴投与するのはどうなのだろうか」というのである。一番ポピュラーに使われる鎮痙剤はブスコパンという薬で、これはアセチルコリン受容体をブロックし、それによって腸管の動きや消化液分泌を抑える。嘔気止めの方はプリンペランという薬が使われる。これはドパミン遮断作用を通じて大腸以外の腸管運動性を高め、ぜん動運動を亢進させて嘔吐を押さえる(多少の中枢性作用もある)。
作用点は違うものの、言うならばこの両者は正反対の働きをする薬剤なのである。それを安易に、腹が痛いからブスコパン、吐き気があるからプリンペランと、同じ点滴の中に放り込んで投与するのに問題はないのであろうか、と。
それに対して、某有名大学の助教授クラスであった腹部外科専門医は、こう答えた。「たしかに、その両者を併用するのには抵抗があるのは事実だ。下痢、嘔吐のどちらが優勢かを見極めて、単剤だけを投与するべきであろう。しかし、救急場面ではあえて両者併用も致し方ない場合もあり、まあ、その、ケースバイケースというか、現場の判断が第一ということでその……」。まことに歯切れ悪く、併用した場合の薬理的な問題はないのかという、さらなる質問にはムニャムニャ言うばかりになってしまう。
皆が顔を見合わせているところで、この議論に終止符を打ったのは一般外科の医者だった。それも、「そんなもの、なんの問題にもならん。今までずっとやってきて、不具合はなかったんだから、今まで通りやってりゃいいんだ」という、まことに明快な意見。皆は多少の疑問を残しつつ、救われたように安堵の表情を浮かべて会議はお開きとなった。
お前はどう思うんだ、と言われたら、私もこの鎮痙剤+嘔気止め併用には昔から抵抗があり、やらないように心がけていた。私らの場合は、普段から抗精神病薬という嘔気止め薬剤としても超強力な薬を使うのに慣れているので、プリンペランごときで収まるような嘔気なら、放っておいてもすぐ収まるのは承知しており、まずそういうものでお茶を濁すことはしない。下痢にしても、ある種の感染症だったりすれば、無闇に止めるとかえって悪化することもあり、輸液で脱水の補正をしておきゃよかろうと思うし、現に大概の場合、それだけで落ち着いてくれるものだ。
教訓:専門家の処方といったって、「今までそうやっていた」という以外、そんなに根拠なんかなく、ごく単純な科学的事実とも矛盾することは数多い。その結果の不利益がたいしたことがなく、充分な医療サービスを受けたという満足感につながるなら、人は「治療に抗して」、回復していくのであろう。
あれれ、もうちょっとオチャラケで書くつもりだったのに、変に真面目になってしまったぞ。
投稿者 webmaster : 2005年08月09日 21:23
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> 下痢止めや制吐剤は対症療法なので、
> そういう合目的性というものは全く無視して作用します。
たとえば煙草の不始末が原因で火事になったとき、
その原因である煙草のことなど放っておいて、
とにかく延焼を食い止めるために放水しなければなりません。
根本原因を排除するように作用する薬も有れば、
生体反応を制御するように作用する薬も有るということですね。
> 要は病原体を体外に排出するための合目的的反応です。
なるほど、下痢や嘔吐の理由も確かめずに、
無闇に押さえてはいけないという理由が良く判りました。
投稿者 スポック : 2005年08月11日 09:41
感染性の胃腸炎などで下痢、嘔吐がおこるのはその機序はかなり複雑ながら、要は病原体を体外に排出するための合目的的反応です。
下痢止めや制吐剤は対症療法なので、そういう合目的性というものは全く無視して作用します。しかし、必要以上の反応を抑えて、体力の温存を図るというようなメリットもあり、そう危険もないようなウイルス感染なら、反応を抑えておいてもよかろうという判断で使われるわけ。
毒素排出型の細菌(O-157が有名)だったらそうすることはむしろ危険となるのは普通に考えても判るわけですが、実際はそういうチェックが完全かといわれるとかなり怪しいのが原状です。大体、病原体の同定にはえらく時間がかかるので。
本文で挙げた2剤は、主作用で相反します。大体、ブスコパンの能書には、「プリンペランの作用を抑制する」と明記してあるぐらい。
投稿者 Webmaster : 2005年08月10日 23:09
すみません。
全くの素人が意見を述べるのも気が引けるのですが、
「下痢と嘔吐が同時に来る」症状があり得るということは、
下痢の原因と嘔吐の原因は、必ずしも相反しないということですよね?
しかし、それぞれの対症薬の作用が互いに相反するのだとすれば、
下痢薬と嘔吐薬のいずれか、あるいはそれらの両方が、
原因に対して正確に作用できていないということではないのでしょうか?
それとも、両薬の主作用は互いに相反するものではないのだけれども、
副作用が相反してしまうということなのでしょうか?
投稿者 スポック : 2005年08月10日 15:36
もちろん急性腹症ではない,としてですよね.
一通り吐いて下しておなかが空になれば楽になるのに,
というのは暴論でしょうか……
投稿者 ネオ筑摩屋 松坊堂 : 2005年08月10日 11:30
「がきデカ」の扉画で、雨のそぼ降る中こまわり君が片手にデコレーションケーキ、もう片手にチキンの丸焼きを握り締め、わんわん蝿がたかるそれをもぐもぐやっている絵がありました。
この一枚の絵で作品世界を完璧に表しているのもさることながら、来診した医師が
「下痢は無理に止めないように、悪いものは徹底的に出したほうがよろしい」
というわけで下痢止めすら処方してもらえないというのが強烈でした。
三十年経った今でも目に焼きついています。
投稿者 小狸工房 : 2005年08月09日 22:18